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昔の話
しおりを挟む「信じられない!!」
リビングに畑山さんの声が響いた。顔を真っ青にし、今にも倒れそうなほど衝撃を受けているようだ。私は目の前に置かれた経済学の教科書を開きながら言う。
「ほんと信じられませんよー。もう、下ネタ満載で私に敵意ぶつけてくるんですもんー」
「あ、あの金城家のお嬢様ですよね?」
「畑山さん知ってるんですか?」
「ご本人にお会いしたことはありません。ですが、金城家は知っています。玲さんと結婚される予定だとも聞いていました。そんな人がそんな下品なことを? 考えられない……」
ふらふらとなり、リビングの椅子にへたり込んだ。畑山さんがこんなふうになるのを初めて見た。まあ、私ですら楓さんの品の無さにドンびいたくらいだから、畑山さんなんてショック死寸前だよね。
玲のご両親に誘われたので食事に行く、ということは伝えていた。畑山さんは気合を入れて私をしごいてくれた。終わった今、結果がどうなったのか知りたいと言われたので、私はあの食事会の話を事細かに伝えたのだ。
行ったら楓さんがいたこと。食事しているときの汚物発言、私の家を見下す発言、トイレの前の下品な嘘についても。畑山さんは衝撃を受けたようで、さっきから愕然としてしまっている。
「と、いう感じで食事会は終わりました。ご両親とはがっつり戦っちゃいましたが、それは玲の要望でもあったので。私、作法などは全く言われなかったんですよ。完璧だったみたい。畑山さんのおかげです、ありがとうございます!」
私は深々と頭を下げた。下げ過ぎて机におでこをぶつける。顔を上げて額をさすっていると、目の前に座り畑山さんが少し眉を下げて笑った。普段から厳しいこの人から、こんな表情を見るのは珍しいと思った。
「たった一か月でここまでマスターしたのは舞香さんの頑張りがあったからです。初めはどうなることかと思いましたが、宣言通りガッツがありますね。私は驚いています」
「そ、そんな!」
「それにしても、玲さんの婚約者だった人がそんな人間だったなんて……私は知らなかったです。どおりで、勝手に入籍だなんて、あんな無謀な事をしていたんですね……」
悲し気に俯く。銀縁眼鏡の奥の目は、戸惑ったように揺れていた。私は顔を覗きこんで尋ねる。
「あの、畑山さんって玲を子供の頃から見てるんですよね」
「ええ。初めて会ったのは小学校に入る前だったでしょうか。彼はとても頭がよかったですよ。作法から知識、色々厳しく教えてしまいました」
懐かしむように目を細めた。そんな小さな頃から玲を知っているなんて、とても長い歴史があるんだなと感心する。
「いつまで玲の家庭教師をしてたんですか?」
「高校卒業するまでですよ。彼はいい大学に入りましたし、さすがに私の教えなんていらなくなりましたから。正直なところ、高校に入った頃にはすでに私が教えられることは尽きていました。玲さんは頭もよかったし、勉強となれば私よりもっと相応しい家庭教師がいたのは事実です。でも、彼の強い希望で卒業までは」
「そうだったんですか……」
「それ以来会えてませんでしたが、時折手紙を送ってくれました。大学に入ってこんな勉強が楽しいだとか、就職してこれがやりがいがあるだとか、半年に一度くらいですけどね」
「玲が手紙!?」
私は驚きの声を上げてしまった。あの玲が一体どんな顔で手紙なんて書いたというのだ。可愛いことをするじゃないか。畑山さんは少し笑う。彼女は笑うと、目じりに優しい皺が出来るんだ、と初めて気が付いた。普段は厳しく、私も学ぶことに夢中で、あっちの笑顔なんて気にしたことがなかったのだ。
「その中に、政略結婚させられそうで嫌だ、と書いてあったことがありました。理由は書いてなかったのですが、まあ誰でも決められた相手との結婚は嫌だろう、と彼の気持ちを分かっていた気になっていました。お相手がそんな方だったんですね」
「ああ、畑山さんはそれで玲と楓さんの婚約を知っていたんですか……」
彼女はふうと一旦息を吐く。ぼんやりテーブルの一部を見つめながら続けた。
「ある日もらった手紙に、あなたと結婚した、と書かれていました。一般人で作法などには疎いから教えてほしいと。電話をして直接話を聞いて驚きました。私は無謀だと言ったんですが、彼の意思は固かったので受け入れました。初めは不安でいっぱいでしたが、舞香さんは想像以上に飲み込みも早いし根性があるので、今では彼の見る目はあったのだなと反省しています。そして、玲さんがそこまでして背きたかった結婚だと気づいてあげられなかったことが、今とても悔しいです」
そんな弱々しい言葉が飛び出したので、私は一瞬言葉も出なかった。
畑山さんがそんなことを思っていたなんて。特に最後の一文は、畑山さんではなく普通親が言うセリフである。見た目は厳しく、決して親しみやすい人とは言えない畑山さんだが、とても真面目で根は優しいことは、ここ一か月で十分分かっている。
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