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しまった
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「ちーちゃん!? どうしたのちーちゃん!」
焦ったような声だった。何だろうと自然にそちらに視線が動いた。会場の隅にいた女性が、子供に向かって大きな声で呼びかけていた。小学二、三年生ぐらいの子だろうか。綺麗なドレスを着た可愛らしい女の子なのだが、体を前かがみにして何やら様子が変なのだ。
「…………?」
私は気になり、すぐさまそっちに駆け出していった。玲が背後で私の名を呼んだが、それよりも親子の様子が気になったのだ。
母親はパニックになったように名前を呼びながら、娘の口の中に手を突っ込んだ。そこでもしやと思い、私は駆け足で近づいたのだ。
「何か詰まったんですか!?」
尋ねると、泣き出しそうな母親がこちらを見て答えた。
「ブドウを食べていて……!」
さっと自分の体の血の気が引いたのが分かった。丸くて滑りやすいブドウは、子供が窒息する食物として有名である。
私は慌てて子供の顔を覗きこんだ。苦しそうというより、何が起きたのか分からずただ目を真ん丸に見開いている。
私はすぐさま振り返って玲に叫んだ。
「玲、救急車呼んで!」
彼の動きは早かった。ポケットからスマホを取り出す。周りにいる人たちがざわざわと騒ぎ出した。それを無視して私は女の子の顔を覗きこむ。
「咳して! 咳をして出すの!」
叫ぶも彼女は咳きこむことさえできそうにない。
私は足を立ててかがみこんだ。履いていたヒールは邪魔だったので放った。そして彼女の腹部を圧迫させるように自分の太ももに密着させ、そのまま背中の真ん中を力を込めて何度か叩いた。
「ちーちゃん!」
ブドウは出てこない。窒息は一分一秒も無駄には出来ない。私は焦りつつも自分に落ち着けと繰り返した。そして冷静に頭の中を動かす。
もう小学生には達しているだろうこの子なら大丈夫だ。私は体制を変えることにする。後ろから両手を回し、みぞおちを集中的に拳で圧迫しながら突き上げたのだ。ちなみに、この方法は乳児にはしてはならない。
「頑張れ! 出てこい!」
実際のところ、私はこの方法を行うのは初めてのことだった。看護師であるとはいえ、病院内で窒息する人間なんてほぼいないからだ。それでも戸惑っているわけにはいかない、早く異物を取り除かねば。
何度か腹部を圧迫させた時、口から何かが飛び出した。それが紫色のブドウであるということが瞬時に分かった。あっと声を漏らしながら手を止める。そして次の瞬間、子供は大声で泣き始めたのだ。
「ちーちゃん!」
母親も泣きそうな声になる。私はホッとしてゆっくり手を離した。と同時に、少女は泣き声と共に嘔吐した。腹部を圧迫したからかもしれない。私はしゃがみ込み、少女の顔色を観察しながら母親に向かって優しく言った。
「今からくる救急車には乗ってください、腹部突き上げ法をされたと説明してくださいね、お腹を強く圧迫したので苦しかったと思います」
「ああ、ありがとうございます……!」
母親が子供を抱きしめた。私はホッと胸を撫でおろす。異物は除去出来なければ命に係わる、無事に出せてよかった。
ぱっと周りを見てみると、皆安堵の表情でこちらを見ている。私も微笑み、立ち上がろうとした時だった。
なんとも冷めた、汚いものを見る目でこちらを見下ろす人たちに気が付いた。
玲のご両親を筆頭に、金城さんや何人かの金持ちたちは、嫌悪感で溢れた顔で私を見ていた。その時、ようやく自分の格好を思い出した。
乱れた髪に脱ぎ捨てたヒールと素足、伝線したストッキング。そして、吐瀉物まみれのドレス。
……しまった。
無我夢中で行っていて、まるで自分の姿を忘れていた。こんなぼろぼろの格好になるなんて。今日は大事なパーティーで私のお披露目会だったというのに、この格好。いや、かといってあの子を見殺しになんて絶対に出来なかった。私が行ったことは間違いじゃない。
それでも――この二週間必死に行ってきたレッスンが、私のドレスやアクセサリーをそろえてくれた玲の努力が、励ましてくれた圭吾さんの優しさが、全て無駄になってしまった気がした。
呆然としてしまっている私を、遠くで楓さんが声を押し殺して笑っていた。そして、ハンカチで口元を抑え、いかにも汚物という扱いでこちらを見た。
焦ったような声だった。何だろうと自然にそちらに視線が動いた。会場の隅にいた女性が、子供に向かって大きな声で呼びかけていた。小学二、三年生ぐらいの子だろうか。綺麗なドレスを着た可愛らしい女の子なのだが、体を前かがみにして何やら様子が変なのだ。
「…………?」
私は気になり、すぐさまそっちに駆け出していった。玲が背後で私の名を呼んだが、それよりも親子の様子が気になったのだ。
母親はパニックになったように名前を呼びながら、娘の口の中に手を突っ込んだ。そこでもしやと思い、私は駆け足で近づいたのだ。
「何か詰まったんですか!?」
尋ねると、泣き出しそうな母親がこちらを見て答えた。
「ブドウを食べていて……!」
さっと自分の体の血の気が引いたのが分かった。丸くて滑りやすいブドウは、子供が窒息する食物として有名である。
私は慌てて子供の顔を覗きこんだ。苦しそうというより、何が起きたのか分からずただ目を真ん丸に見開いている。
私はすぐさま振り返って玲に叫んだ。
「玲、救急車呼んで!」
彼の動きは早かった。ポケットからスマホを取り出す。周りにいる人たちがざわざわと騒ぎ出した。それを無視して私は女の子の顔を覗きこむ。
「咳して! 咳をして出すの!」
叫ぶも彼女は咳きこむことさえできそうにない。
私は足を立ててかがみこんだ。履いていたヒールは邪魔だったので放った。そして彼女の腹部を圧迫させるように自分の太ももに密着させ、そのまま背中の真ん中を力を込めて何度か叩いた。
「ちーちゃん!」
ブドウは出てこない。窒息は一分一秒も無駄には出来ない。私は焦りつつも自分に落ち着けと繰り返した。そして冷静に頭の中を動かす。
もう小学生には達しているだろうこの子なら大丈夫だ。私は体制を変えることにする。後ろから両手を回し、みぞおちを集中的に拳で圧迫しながら突き上げたのだ。ちなみに、この方法は乳児にはしてはならない。
「頑張れ! 出てこい!」
実際のところ、私はこの方法を行うのは初めてのことだった。看護師であるとはいえ、病院内で窒息する人間なんてほぼいないからだ。それでも戸惑っているわけにはいかない、早く異物を取り除かねば。
何度か腹部を圧迫させた時、口から何かが飛び出した。それが紫色のブドウであるということが瞬時に分かった。あっと声を漏らしながら手を止める。そして次の瞬間、子供は大声で泣き始めたのだ。
「ちーちゃん!」
母親も泣きそうな声になる。私はホッとしてゆっくり手を離した。と同時に、少女は泣き声と共に嘔吐した。腹部を圧迫したからかもしれない。私はしゃがみ込み、少女の顔色を観察しながら母親に向かって優しく言った。
「今からくる救急車には乗ってください、腹部突き上げ法をされたと説明してくださいね、お腹を強く圧迫したので苦しかったと思います」
「ああ、ありがとうございます……!」
母親が子供を抱きしめた。私はホッと胸を撫でおろす。異物は除去出来なければ命に係わる、無事に出せてよかった。
ぱっと周りを見てみると、皆安堵の表情でこちらを見ている。私も微笑み、立ち上がろうとした時だった。
なんとも冷めた、汚いものを見る目でこちらを見下ろす人たちに気が付いた。
玲のご両親を筆頭に、金城さんや何人かの金持ちたちは、嫌悪感で溢れた顔で私を見ていた。その時、ようやく自分の格好を思い出した。
乱れた髪に脱ぎ捨てたヒールと素足、伝線したストッキング。そして、吐瀉物まみれのドレス。
……しまった。
無我夢中で行っていて、まるで自分の姿を忘れていた。こんなぼろぼろの格好になるなんて。今日は大事なパーティーで私のお披露目会だったというのに、この格好。いや、かといってあの子を見殺しになんて絶対に出来なかった。私が行ったことは間違いじゃない。
それでも――この二週間必死に行ってきたレッスンが、私のドレスやアクセサリーをそろえてくれた玲の努力が、励ましてくれた圭吾さんの優しさが、全て無駄になってしまった気がした。
呆然としてしまっている私を、遠くで楓さんが声を押し殺して笑っていた。そして、ハンカチで口元を抑え、いかにも汚物という扱いでこちらを見た。
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