上 下
18 / 78

嵌められた

しおりを挟む
 おじさんは私と玲の顔を何度も交互に見る。そして開けっ放しの口を何とか動かしながら、玲に尋ねた。

「ご結婚された……?」

「はい」

「まい、かさん? 楓さんではなく……?」

「ええ、妻の舞香です」

 玲はつかつかと私の隣りに移動し、慣れた動作で腰に手を回した。頭の中はパニックに陥るが、ここまで来たら乗るしかない。私は余裕の笑みを浮かべて挨拶をした。

「初めまして。妻の舞香です」

 おじさんは未だ目を見開いている。そして玲さんに恐る恐る尋ねたのだ。

「玲さん、楓さんはどうなさったのです? あなたが楓さんとの結婚を白紙にしたがっている話は有名でしたが、ついにそうなったんですか」

 そんな有名は話なのか?? 心の中でつい突っ込んでしまった。楓、という名が恐らく、玲の婚約者だった人なのだろう。玲が結婚したくないと断言していた相手だが、こんなおじさんの耳に入るくらい有名なのか。それとも、上級国民たちはこういう噂が回りやすいのだろうか。

 楓さん、一体どんな人なのだろう……。

「ああ、親も楓さんもまるで聞く耳を持ってくれなくて。困っているところに妻との出会いが」

「ほ、ほう」

「運命を感じて、そのまますぐにプロポーズを。小学生の頃の同級生なのです」

「ほう!」

「私の入籍を、両親はまだ知りません」

 その言葉でおじさんは完全に固まった。恐ろしい物を見たと同時に、とても面白い物を見つけたような、複雑な顔で玲を見上げている。

 玲はにこりと笑った。

「そろそろ報告しようと思っていたところです。両親にも、他の方々にも。田辺さんに一番最初に知られることになるとは」

 田辺さんは、何度か頷いた。そしてみるみるうちに顔を明るくさせ、口をにいっと大きく開けて笑いながら私と玲に勢いよく話し出した。

「ははあ、素晴らしい! 政略結婚を蹴って愛を選んだわけですな! 素晴らしい、なんてドラマチックだ! 今度の創立パーティーにはご参加を?」

「勿論、二人で」

「いやー素晴らしい! あそこには大勢集まりますからね、色んな人に披露できますな。これだけお綺麗な方なら、ご両親も納得するでしょう! 玲さんにそんなドラマがあったとは……」

「ありがとうございます」

「こりゃ映画化しそうですな、わはは! お二人が運命的な再会をして惹かれ合ったのだと、いろんな人に教えてあげなくては!」

「はは、恥ずかしいですよ」

「お二人のデートにうちの店を使って頂いてありがたい限りです! 今後もよろしくお願いします、私は応援してますよ!」

 田辺さんは玲の手をしっかり握って握手をすると、妙に嬉しそうにしながら出て行ってしまった。残された私は、呆然とそれを見送り、まず私の腰に回したままの玲の手をそっとつまんだ。

「玲」

「お前、汚いもの触るように摘まむな」

「どういうこと? 結婚のこと言っちゃっていいの? パーティーに参加するって何?」

 声を低くして睨みつけた。しばらく私との結婚は伏せておくって言ってたし、パーティーに出るなんて寝耳に水だ。

 玲はふんと鼻で笑いながら、私が摘まんだ部分を手で擦っている。

「今度うちの創立記念パーティーがあってな。せっかくデビューするなら華々しい方がいいだろ」

「待って、まだ一週間しか経ってないのに?」

「パーティーまではもう一週間あるから」

「無謀だよ! そんなこと急に今決められても」

「ここのレストランのオープンにはあの田辺って男が関わってて、彼はよくここに顔を出してるんだ。今日だって来ることは分かってた。俺がいるって知れば絶対挨拶をしてくる」

 彼がそう言ったのでぎょっとする。それってつまり、田辺さんが今日いるってことを分かってて来たの?

「ちなみにあの男、お喋りでスピーカータイプ。今日聞いたことは一瞬で色んな所に出回るだろう」

「ちょ……ちょっと待って、なんでこんなことを? 今日はちょっと練習するために来たんじゃないの!?」

 彼の言い方からすると、あの田辺って人にここで会い、私を紹介することを想定していたようだ。そうなれば一瞬でいろんな人の耳に入るということも分かった上で。多分、ご両親や楓という人にも伝わるのではないのか。

 玲は私を見下ろし、にやっと口角を上げた。

「お前は案外飲み込みも早いし、センスもあるみたいだからな。今日一日見てて分かった。もしヘマするようならディナーはキャンセルするつもりだったが、お前はもう外に出てもいい。まだ足りない部分はあと一週間で詰め込むんだ」

「無茶苦茶な!!」

「だがまあ、安心しろ。パーティーは俺も同席するしずっとそばにいるから、まだ完璧じゃなくてもフォローしてやれる。あまり気負わなくてもいい」

「ちょちょちょ」

「一週間後頑張れよ」

 軽々しく言ってくる男に眩暈を覚えた。だが倒れるわけにもいかないで、足に力を入れて踏ん張る。履いているピンヒールが折れそうなぐらいに。

 そして玲を見上げ思いきり睨みつけた。

「なんで私に言う前に他人に喋ったの? あのおじさんがいることは予想してたんでしょ?」

「決まってるだろ。お前が怖気づくと面倒だからだ。お前に選択肢はないんだ、俺が全て決める。どうせ一週間後に親に会わせるって言ったら、お前はまだ早いとか言い出すだろ」

「そりゃ、会うなら完璧になってから会いたいと思うからね。元々そういう約束だもの、完璧な妻になってご両親を納得させろっていう話だったでしょ!」

「でも次の創立記念パーティーが一番発表の場としては相応しいんだよ。取引先とかいる前で発表しちまった方が、親はすぐに動けないだろ。それに周りから固めることも大事だ、色んな奴らが『いい嫁を貰った』って評判にしてくれれば、なお親は引き裂きにくくなる」

 淡々と理由を述べる玲の言葉を聞き、一理あるとも思った。私たちの結婚はかなり無理やりで強行突破した形だ。それを突き進めるなら、周りから固めるのは非常に重要だろう、特に二階堂のような大きな会社では。

 だが、それには大きな問題が残ってるではないか。

「だから……私あと一週間で、色んな人から絶賛されるような女になれる自信がないんだって」

 この一週間頑張ったけど、まだ基礎中の基礎だ。玲がフォローしてくれるとはいえ、不安が大きすぎる。

 私の尤もな不安に、彼はどう励ましてくれるのかと思いきや、腕を組んで静かに私を見下ろした。首を傾け、眉を顰める。

「俺はそんな気弱な女に仕事を持ち掛けた覚えはない」

「い、いや気弱っていうか」

「俺が今日見て、いけると思った。それが全てだ。もう決まったことは覆せない、お前はただ堂々と俺の横に立てばいい。食事の続きをする」

 それだけ言うと、玲は席に戻って一人座ってしまった。私は握りこぶしを強く握り、唇を噛む。

 横暴だ。勝手だ、強引だ。いやでもこんな滅茶苦茶な仕事を持ち掛けてきた時点で、この男がそんな奴だって知っていた。知っていて、私は受け入れた。

 きっと奴を睨みつける。そして、正面に静かに座りなおした。堂々と姿勢を作ると、玲は満足げに私を見ている。

 私は置いてあった赤ワインを飲みほし、玲に冷たい声で告げた。

「私は私の全力を尽くす。もし失敗したら、玲の見る目がなかったってことと、玲のフォローが悪かったっていうこと。以上」

「はは、さすが」

「責任もって私をエスコートして」

「任せろ」

 私達はじっとにらみ合った。運命的な恋をして結婚したという夫婦の間とは思えない、今にも戦いが始まりそうなほどのにらみ合いだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」 突然、降って湧いた結婚の話。 しかも、父親の工場と引き替えに。 「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」 突きつけられる契約書という名の婚姻届。 父親の工場を救えるのは自分ひとり。 「わかりました。 あなたと結婚します」 はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!? 若園朋香、26歳 ごくごく普通の、町工場の社長の娘 × 押部尚一郎、36歳 日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司 さらに 自分もグループ会社のひとつの社長 さらに ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡 そして 極度の溺愛体質?? ****** 表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

捨てる旦那あれば拾うホテル王あり~身籠もったら幸せが待っていました~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「僕は絶対に、君をものにしてみせる」 挙式と新婚旅行を兼ねて訪れたハワイ。 まさか、その地に降り立った途端、 「オレ、この人と結婚するから!」 と心変わりした旦那から捨てられるとは思わない。 ホテルも追い出されビーチで途方に暮れていたら、 親切な日本人男性が声をかけてくれた。 彼は私の事情を聞き、 私のハワイでの思い出を最高のものに変えてくれた。 最後の夜。 別れた彼との思い出はここに置いていきたくて彼に抱いてもらった。 日本に帰って心機一転、やっていくんだと思ったんだけど……。 ハワイの彼の子を身籠もりました。 初見李依(27) 寝具メーカー事務 頑張り屋の努力家 人に頼らず自分だけでなんとかしようとする癖がある 自分より人の幸せを願うような人 × 和家悠将(36) ハイシェラントホテルグループ オーナー 押しが強くて俺様というより帝王 しかし気遣い上手で相手のことをよく考える 狙った獲物は逃がさない、ヤンデレ気味 身籠もったから愛されるのは、ありですか……?

処理中です...