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昔話
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ぼんやりと思い出す。私の目の前にいた柊一さんから、言葉に言い表せられないオーラを感じ取ったのは事実だ。なんとなく彼の腕を掴んでしまったのを覚えている。
「止めた? っていいますか、なんか不安になったからつい掴んじゃっただけです」
「素晴らしいです。あなたは非常に勘もいい」
「何か起こるところだったんですか……?」
尋ねると、暁人さんは小さく苦笑いした。
「いえ、俺も心配しすぎているんだと思います。大人になったあいつは、ちゃんと力も制御できるようになってるし。でもつい、色々考えすぎてしまって」
「……力の制御? もしかして、食べる力ですか? でもあそこには悪霊なんて」
言いかけて止まる。あの夜のことを思い出した。
近所の人たちの行いを暴いたわけだが、反省の色もなく、録音した音声をお金で解決しようとした醜い人間たち。悪霊ではないものの、悪しき人たちだった。
……まさか。
私は小さな声で呟いた。
「あの力は、人間相手でも出来るのですか?」
私の質問に、暁人さんの目の色が変わった。
一度だけ見た、神秘的な、それでいて恐ろしい光景。柊一さんの体から出たオーラのようなものが、悪霊を包んでまた彼の体に戻っていった。その副作用として柊一さんの体は暗気という黒いモヤに包まれ、苦しむことになる。
「俺から聞いたことは伏せておいてください。全てをお話することは出来ませんが、確かにあの能力は人間を襲うことも出来ます」
「……え」
「とはいえ、人間は食べられませんし、よっぽど襲うこともない。ただ、激しい怒りを覚えると、柊一の力が暴走してしまうことがあるんです」
「あれに襲われた人間はどうなるんですか?」
「死ぬことはありません。ただ、数日目を覚まさず、起きた後悲鳴を上げて恐怖に襲われるぐらいのことにはなります」
小さく腕が震えてしまったのを必死に隠した。あの時、柊一さんは振り返って『大丈夫だよ』と言っていた。『暴走なんてしないよ』という意味だったのか。
「でも井上さんを襲うことは絶対にありません。あれは柊一がとんでもなく怒りを覚えなくてはならないからです。それに、大人になった今は力をコントロールできてますから、よっぽどもう」
「では、コントロールできていなかった昔は、そうなったことがあるんですね」
私の問いかけに、暁人さんは苦しそうに頷いた。
今まで、いつも朗らかでマイペースな柊一さんはどこか影があるとは思っていた。自分をひねくれものだと呼んだりもしていた。きっと昔、人を襲ってしまった経験があったからだ。
「……俺と柊一は、施設育ちなんです」
「えっ??」
「物心ついたころから、ずっと施設にいたんです」
知らなかった事実に口を開けてしまう。確かに、兄弟みたいな関係だと言っていた。つまり、施設で一緒に育ったということだったのか。
「元々霊が見えてしまう俺たちは周りから浮いていて、二人でいつも一緒だった。でもある時、同じ施設の子が悪霊に憑かれてしまったことがあって……その時、柊一の食べる能力が目覚めたんです。誰に教わったわけでもなく、ただ目の前の子を助けたい一心で、あいつは寝ていた才能を開花させた」
「すごい!」
「ただ……いろんな子が見ているそばでそれをやってしまって……化け物だなんだと、その後酷いいじめに遭うようになってしまって」
残酷な結果に言葉が出なかった。柊一さんがあれだけ自分の能力が怖くないかと私に尋ねていた理由が、やっとわかった。
昔、人に拒絶された過去があったからだ。彼は善意でやっただけだというのに。
「……それで?」
「俺も一緒にいじめられるようになって。ずっと隠してたんですけど、ある日柊一にばれてしまった。あいつは自分がそんな目に遭うより、俺がいじめられることの方が耐えられなかったみたいです。怒りが爆発して、いじめていた人間を例の能力が襲ってしまった」
「……そんな」
「それからはいじめはなくなりましたが、完全孤立。俺だけは柊一と話してましたが、他の人間は腫物に触るようになって、あいつはずいぶん荒れたもんですよ。今じゃ考えられないほどとがってました」
とがっている柊一さんなんて、まるで想像がつかないと思った。あんなに明るくてマイペースで優しいのに。
暁人さんがそばにいてくれたことは救いだったろうが、心に深い傷を負ってしまったに違いない。
「そうなんですね……もしかして、そんな時、二人に仕事を紹介してくれた人に出会ったんですか? 前柊一さんから聞いたんです。ある人に出会って救われたって」
私がそう言うと、暁人さんが驚いた。
「あいつはそんなことまで話していたんですか?」
「え、あの、そんな詳しくは聞いてないです。恩人みたいな人がいる、その人は遠くに行ってて今はあまり会えない、とだけ聞きました」
「……そうですか」
暁人さんが小さく答え、置いてあったコーヒーを飲む。なんとなく、これ以上詮索しない方がいい気がした。彼から、迷いを感じる。
それでも暁人さんは、ぽつぽつと言う。
「そうです。俺たちと同じように見える人で……元々同じ施設にいた先輩で……食べる能力のコントロールの仕方も、除霊の仕方も、それを仕事にする方法も全部教えてくれました」
「もしかして、私より前に浄化を手伝っていた、という人ですか?」
「その通りです。三人で仕事をこなしていました。確かに今はもう会えなくて、あの人は柊一の……」
言いかけた暁人さんが言葉を飲み込んだ。
そのまま沈黙が流れる。ファミレスのがやがやとした賑やかな声がBGMのように流れている。明るい中で、彼の悲し気な顔は浮いていた。
私は彼が続きを言うのをじっと待っていたが、その口から聞こえることはなかった。とても大切なことで、まだ私なんかが聞いてはいけない……そんな空気をひしひしと感じたからだ。そして、私は自分から切り出した。
「暁人さん、ありがとうございます」
「え……?」
「いつか、柊一さんの口から彼の話は聞けたらいいなと思います」
本人がいないところですべてを聞くのはよくない。もし、これからも仕事が続いてもっと仲良くなれる日が来たら、柊一さん本人から聞こう。彼が私に言いたいと思ってくれるその時まで待つんだ。
暁人さんは私の言葉を聞いてほっとしたような顔になった。
「ありがとうございます。……本当に、あなたに浄化の仕事をお願いしてよかった」
「柊一さんの話より、暁人さんの話を聞かせてください!」
「え、俺?」
「二人の性格は分かってきたけど、まだまだ知らないことがたくさんあるので。たまにはこういうお話もいいのかなって! あ、もちろん話せる範囲で」
私が笑顔でそう言うと、暁人さんが優しく目を細めた。その笑顔が柔らかくて穏やかで、一瞬自分の胸がどきりとした。
私こそ、あの夜声を掛けてよかった。真っ黒なもやに包まれた二人に驚いたけど、あのまま放っておいたら彼らと関わることはなかった。色々怖い思いはしてるけど、その分二人の優しさに触れて心が温まる。
私はその温かさが心地いい。
「でも、俺全然面白い話出来ないですよ」
「あはは、面白い話しろって言ってないですよー」
「じゃあ、井上さんも話してくださいね」
「えっ、別になんでも話しますけど何を話そう……最近柊一さんに影響されておにぎりの具を研究し始めたことでいいですか?」
「ははは! 面白そうです」
私たちは肩の力を抜いてくだらない話を始めた。でも、そんな時間が心地よかったし、少し距離が縮んた気がして嬉しかった。
まだ知らないことがたくさんある不思議な二人。私が彼らのすべてを知ろうだなんて、どこかおこがましい感じもする。
いいんだ。私は私に出来ることで彼らを手助け出来たら。
それだけで、十分なんだ。
※こちら、次のエピソードまでしばらく休載します
「止めた? っていいますか、なんか不安になったからつい掴んじゃっただけです」
「素晴らしいです。あなたは非常に勘もいい」
「何か起こるところだったんですか……?」
尋ねると、暁人さんは小さく苦笑いした。
「いえ、俺も心配しすぎているんだと思います。大人になったあいつは、ちゃんと力も制御できるようになってるし。でもつい、色々考えすぎてしまって」
「……力の制御? もしかして、食べる力ですか? でもあそこには悪霊なんて」
言いかけて止まる。あの夜のことを思い出した。
近所の人たちの行いを暴いたわけだが、反省の色もなく、録音した音声をお金で解決しようとした醜い人間たち。悪霊ではないものの、悪しき人たちだった。
……まさか。
私は小さな声で呟いた。
「あの力は、人間相手でも出来るのですか?」
私の質問に、暁人さんの目の色が変わった。
一度だけ見た、神秘的な、それでいて恐ろしい光景。柊一さんの体から出たオーラのようなものが、悪霊を包んでまた彼の体に戻っていった。その副作用として柊一さんの体は暗気という黒いモヤに包まれ、苦しむことになる。
「俺から聞いたことは伏せておいてください。全てをお話することは出来ませんが、確かにあの能力は人間を襲うことも出来ます」
「……え」
「とはいえ、人間は食べられませんし、よっぽど襲うこともない。ただ、激しい怒りを覚えると、柊一の力が暴走してしまうことがあるんです」
「あれに襲われた人間はどうなるんですか?」
「死ぬことはありません。ただ、数日目を覚まさず、起きた後悲鳴を上げて恐怖に襲われるぐらいのことにはなります」
小さく腕が震えてしまったのを必死に隠した。あの時、柊一さんは振り返って『大丈夫だよ』と言っていた。『暴走なんてしないよ』という意味だったのか。
「でも井上さんを襲うことは絶対にありません。あれは柊一がとんでもなく怒りを覚えなくてはならないからです。それに、大人になった今は力をコントロールできてますから、よっぽどもう」
「では、コントロールできていなかった昔は、そうなったことがあるんですね」
私の問いかけに、暁人さんは苦しそうに頷いた。
今まで、いつも朗らかでマイペースな柊一さんはどこか影があるとは思っていた。自分をひねくれものだと呼んだりもしていた。きっと昔、人を襲ってしまった経験があったからだ。
「……俺と柊一は、施設育ちなんです」
「えっ??」
「物心ついたころから、ずっと施設にいたんです」
知らなかった事実に口を開けてしまう。確かに、兄弟みたいな関係だと言っていた。つまり、施設で一緒に育ったということだったのか。
「元々霊が見えてしまう俺たちは周りから浮いていて、二人でいつも一緒だった。でもある時、同じ施設の子が悪霊に憑かれてしまったことがあって……その時、柊一の食べる能力が目覚めたんです。誰に教わったわけでもなく、ただ目の前の子を助けたい一心で、あいつは寝ていた才能を開花させた」
「すごい!」
「ただ……いろんな子が見ているそばでそれをやってしまって……化け物だなんだと、その後酷いいじめに遭うようになってしまって」
残酷な結果に言葉が出なかった。柊一さんがあれだけ自分の能力が怖くないかと私に尋ねていた理由が、やっとわかった。
昔、人に拒絶された過去があったからだ。彼は善意でやっただけだというのに。
「……それで?」
「俺も一緒にいじめられるようになって。ずっと隠してたんですけど、ある日柊一にばれてしまった。あいつは自分がそんな目に遭うより、俺がいじめられることの方が耐えられなかったみたいです。怒りが爆発して、いじめていた人間を例の能力が襲ってしまった」
「……そんな」
「それからはいじめはなくなりましたが、完全孤立。俺だけは柊一と話してましたが、他の人間は腫物に触るようになって、あいつはずいぶん荒れたもんですよ。今じゃ考えられないほどとがってました」
とがっている柊一さんなんて、まるで想像がつかないと思った。あんなに明るくてマイペースで優しいのに。
暁人さんがそばにいてくれたことは救いだったろうが、心に深い傷を負ってしまったに違いない。
「そうなんですね……もしかして、そんな時、二人に仕事を紹介してくれた人に出会ったんですか? 前柊一さんから聞いたんです。ある人に出会って救われたって」
私がそう言うと、暁人さんが驚いた。
「あいつはそんなことまで話していたんですか?」
「え、あの、そんな詳しくは聞いてないです。恩人みたいな人がいる、その人は遠くに行ってて今はあまり会えない、とだけ聞きました」
「……そうですか」
暁人さんが小さく答え、置いてあったコーヒーを飲む。なんとなく、これ以上詮索しない方がいい気がした。彼から、迷いを感じる。
それでも暁人さんは、ぽつぽつと言う。
「そうです。俺たちと同じように見える人で……元々同じ施設にいた先輩で……食べる能力のコントロールの仕方も、除霊の仕方も、それを仕事にする方法も全部教えてくれました」
「もしかして、私より前に浄化を手伝っていた、という人ですか?」
「その通りです。三人で仕事をこなしていました。確かに今はもう会えなくて、あの人は柊一の……」
言いかけた暁人さんが言葉を飲み込んだ。
そのまま沈黙が流れる。ファミレスのがやがやとした賑やかな声がBGMのように流れている。明るい中で、彼の悲し気な顔は浮いていた。
私は彼が続きを言うのをじっと待っていたが、その口から聞こえることはなかった。とても大切なことで、まだ私なんかが聞いてはいけない……そんな空気をひしひしと感じたからだ。そして、私は自分から切り出した。
「暁人さん、ありがとうございます」
「え……?」
「いつか、柊一さんの口から彼の話は聞けたらいいなと思います」
本人がいないところですべてを聞くのはよくない。もし、これからも仕事が続いてもっと仲良くなれる日が来たら、柊一さん本人から聞こう。彼が私に言いたいと思ってくれるその時まで待つんだ。
暁人さんは私の言葉を聞いてほっとしたような顔になった。
「ありがとうございます。……本当に、あなたに浄化の仕事をお願いしてよかった」
「柊一さんの話より、暁人さんの話を聞かせてください!」
「え、俺?」
「二人の性格は分かってきたけど、まだまだ知らないことがたくさんあるので。たまにはこういうお話もいいのかなって! あ、もちろん話せる範囲で」
私が笑顔でそう言うと、暁人さんが優しく目を細めた。その笑顔が柔らかくて穏やかで、一瞬自分の胸がどきりとした。
私こそ、あの夜声を掛けてよかった。真っ黒なもやに包まれた二人に驚いたけど、あのまま放っておいたら彼らと関わることはなかった。色々怖い思いはしてるけど、その分二人の優しさに触れて心が温まる。
私はその温かさが心地いい。
「でも、俺全然面白い話出来ないですよ」
「あはは、面白い話しろって言ってないですよー」
「じゃあ、井上さんも話してくださいね」
「えっ、別になんでも話しますけど何を話そう……最近柊一さんに影響されておにぎりの具を研究し始めたことでいいですか?」
「ははは! 面白そうです」
私たちは肩の力を抜いてくだらない話を始めた。でも、そんな時間が心地よかったし、少し距離が縮んた気がして嬉しかった。
まだ知らないことがたくさんある不思議な二人。私が彼らのすべてを知ろうだなんて、どこかおこがましい感じもする。
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