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撤退
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暁人さんの体を思い切り掴み、袴田さんは金切り声を上げて止めた。周辺に響き渡るぐらいの大声で、さっきまでと別人のような声だった。
予想外のことに私たちはぽかんとした。暁人さんも、体ごと袴田さんに止められ、結局家に入る直前で動けなくなってしまっている。彼女は血走った目で再度言った。
「中には入らないで!!」
その剣幕に、ただ呆然とした。
勝手に家に足を踏み入れようとしたこっちが悪いのは間違いない。とはいえ、ご近所の人が猫を探しているというときに、ここまで怒鳴って中に入るのを止めるだろうか。しかも、このスピード感。私ならぽかんとして何も出来ないと思う。よっぽど中に何か見られたくない物でもあるのだろうか。
普通じゃないように見えた。少なくとも私には。
少し沈黙が流れた後、袴田さんが焦ったように言う。
「私が中を見てきます、こちらでお待ちください」
「え、あ……玄関先で声を掛けさせてもらえませんか? クロは僕が呼ぶと必ず来るので」
「いいえ、見てくるから大丈夫です」
ぴしゃりと言い放つと、暁人さんを押しのけて玄関の扉を閉めてしまった。ご丁寧に、ガチャっと鍵まで閉められた音がした。
残された私たちは、ただ無言で顔を見合わせた。柊一さんが言う。
「ええと……勝手に入ろうとした僕たちが悪いのは前提なんだけど、それにしてもな反応だと思わない……?」
「同感だ。凄い力だったぞあれ。女性とは思えなかった」
暁人さんが肩を摩りながら言う。確かに、暁人さんって身長も高いしがっしりしてるのに、それを止めた袴田さんのパワーって凄かったのだと思う。弥生さんが心配そうに眉尻を下げる。
「何かよっぽど見られたくなかったんでしょうか……」
柊一さんが息を吐いた。
「あの様子だとそう疑ってしまいますね。ほんの少しでも家に入られればよかったんですけど、失敗してしまいました」
「入って何をするおつもりだったんですか?」
「僕らはそれなりに霊を感じ取れるので、中に何かがいるかどうかわかるかと思いまして。それと……三石さんのお宅では、霊がいるのとはまた違った、不思議な空気感を感じるんです。あれが同じかどうか、というのも気になってまして」
「そうなんですか……私は全然気づかなかった」
弥生さんが呟いた直後、玄関の扉がゆっくり開いた。すると、扉は全開にならず少しだけ開いたところで止まる。そこからにゅうっと袴田さんが顔だけを出し、長い髪を垂らしながら私たちに声を掛けた。異様すぎるその光景に、私はつい後ずさりをしてしまったぐらいだ。
「何もいませんでした」
「あ、あれ、そうですか、見間違いかなあ……」
暁人さんが頭を掻きながら誤魔化すが、袴田さんはにこりとも返さない。
「そうだと思います。家にいるのではないですか? では」
「あ! ミカンを……」
「うちの家、みんなミカンが嫌いなんです。お気持ちだけで」
短くそう言った袴田さんは、挨拶もなしに扉を閉めた。ガチャンと音がして、また中から鍵を掛けられたというのが分かった。
差し出したミカンの行き場はなくなり、暁人さんは困ったように腕を下ろす。
私たちは全員、無言で顔を見合わせた。この短時間で起こったことに理解が追い付かず、誰も言葉を発せなかった。しばらくして、暁人さんが小さく言う。
「とりあえず……帰りましょう。弥生さん、お腹も大きいのにすみません」
「い、いえ……」
その言葉を合図に、とぼとぼと家に戻っていく。私は隣の暁人さんに小声で尋ねる。
「あの様子、普通じゃなかったですよね? びっくりしちゃいました、はじめは普通に話してたじゃないですか」
「家に入ろうとした途端豹変したように見えましたね……何か家に入られたくない理由があったんでしょう」
柊一さんも会話に入ってくる。
「すごい剣幕だったからねえ。人の死体でも隠してるのかなあ」
「し、死体!?」
「あーごめん冗談冗談。でも、それぐらい必死だったのは確かだってこと」
ぞわぞわと得体のしれない恐ろしさが襲ってくる。幽霊を見た時とはまた違った恐怖だ。死体は確かに想像が行き過ぎていると思うけど、世の中にはそうして家に隠してる殺人犯は数多くいるので、ニュースで見たりもする。
怖がってしまった私をフォローするように暁人さんが柊一さんに怒った。
「だから怖がらせるようなことを言うなって。大丈夫ですよ、玄関に近づいたけど異臭はしませんでしたしね」
「そ、そうですよね」
「それにしても、この作戦で中を見ようとしたというのに失敗してしまいました。朝日野さんの家は『新婚が家探ししている』という設定にしてしまったので訪問するのは無理ですね。となると、リンゴのお返しとして松本家に行ってみるしかないでしょう。弥生さんに言ってみます」
暁人さんはすぐに弥生さんに相談し、そのまま松本家に行くことが決定した。ところが、お隣の松本さんはインターホンを鳴らしても出てこなかったのだ。休日なので出かけているのかもしれない。
結局、買ったミカンは役に立つことはなかった。私たちは困り果てながら一旦三石家に戻り、ミカンを自分たちで食べることになってしまった。
予想外のことに私たちはぽかんとした。暁人さんも、体ごと袴田さんに止められ、結局家に入る直前で動けなくなってしまっている。彼女は血走った目で再度言った。
「中には入らないで!!」
その剣幕に、ただ呆然とした。
勝手に家に足を踏み入れようとしたこっちが悪いのは間違いない。とはいえ、ご近所の人が猫を探しているというときに、ここまで怒鳴って中に入るのを止めるだろうか。しかも、このスピード感。私ならぽかんとして何も出来ないと思う。よっぽど中に何か見られたくない物でもあるのだろうか。
普通じゃないように見えた。少なくとも私には。
少し沈黙が流れた後、袴田さんが焦ったように言う。
「私が中を見てきます、こちらでお待ちください」
「え、あ……玄関先で声を掛けさせてもらえませんか? クロは僕が呼ぶと必ず来るので」
「いいえ、見てくるから大丈夫です」
ぴしゃりと言い放つと、暁人さんを押しのけて玄関の扉を閉めてしまった。ご丁寧に、ガチャっと鍵まで閉められた音がした。
残された私たちは、ただ無言で顔を見合わせた。柊一さんが言う。
「ええと……勝手に入ろうとした僕たちが悪いのは前提なんだけど、それにしてもな反応だと思わない……?」
「同感だ。凄い力だったぞあれ。女性とは思えなかった」
暁人さんが肩を摩りながら言う。確かに、暁人さんって身長も高いしがっしりしてるのに、それを止めた袴田さんのパワーって凄かったのだと思う。弥生さんが心配そうに眉尻を下げる。
「何かよっぽど見られたくなかったんでしょうか……」
柊一さんが息を吐いた。
「あの様子だとそう疑ってしまいますね。ほんの少しでも家に入られればよかったんですけど、失敗してしまいました」
「入って何をするおつもりだったんですか?」
「僕らはそれなりに霊を感じ取れるので、中に何かがいるかどうかわかるかと思いまして。それと……三石さんのお宅では、霊がいるのとはまた違った、不思議な空気感を感じるんです。あれが同じかどうか、というのも気になってまして」
「そうなんですか……私は全然気づかなかった」
弥生さんが呟いた直後、玄関の扉がゆっくり開いた。すると、扉は全開にならず少しだけ開いたところで止まる。そこからにゅうっと袴田さんが顔だけを出し、長い髪を垂らしながら私たちに声を掛けた。異様すぎるその光景に、私はつい後ずさりをしてしまったぐらいだ。
「何もいませんでした」
「あ、あれ、そうですか、見間違いかなあ……」
暁人さんが頭を掻きながら誤魔化すが、袴田さんはにこりとも返さない。
「そうだと思います。家にいるのではないですか? では」
「あ! ミカンを……」
「うちの家、みんなミカンが嫌いなんです。お気持ちだけで」
短くそう言った袴田さんは、挨拶もなしに扉を閉めた。ガチャンと音がして、また中から鍵を掛けられたというのが分かった。
差し出したミカンの行き場はなくなり、暁人さんは困ったように腕を下ろす。
私たちは全員、無言で顔を見合わせた。この短時間で起こったことに理解が追い付かず、誰も言葉を発せなかった。しばらくして、暁人さんが小さく言う。
「とりあえず……帰りましょう。弥生さん、お腹も大きいのにすみません」
「い、いえ……」
その言葉を合図に、とぼとぼと家に戻っていく。私は隣の暁人さんに小声で尋ねる。
「あの様子、普通じゃなかったですよね? びっくりしちゃいました、はじめは普通に話してたじゃないですか」
「家に入ろうとした途端豹変したように見えましたね……何か家に入られたくない理由があったんでしょう」
柊一さんも会話に入ってくる。
「すごい剣幕だったからねえ。人の死体でも隠してるのかなあ」
「し、死体!?」
「あーごめん冗談冗談。でも、それぐらい必死だったのは確かだってこと」
ぞわぞわと得体のしれない恐ろしさが襲ってくる。幽霊を見た時とはまた違った恐怖だ。死体は確かに想像が行き過ぎていると思うけど、世の中にはそうして家に隠してる殺人犯は数多くいるので、ニュースで見たりもする。
怖がってしまった私をフォローするように暁人さんが柊一さんに怒った。
「だから怖がらせるようなことを言うなって。大丈夫ですよ、玄関に近づいたけど異臭はしませんでしたしね」
「そ、そうですよね」
「それにしても、この作戦で中を見ようとしたというのに失敗してしまいました。朝日野さんの家は『新婚が家探ししている』という設定にしてしまったので訪問するのは無理ですね。となると、リンゴのお返しとして松本家に行ってみるしかないでしょう。弥生さんに言ってみます」
暁人さんはすぐに弥生さんに相談し、そのまま松本家に行くことが決定した。ところが、お隣の松本さんはインターホンを鳴らしても出てこなかったのだ。休日なので出かけているのかもしれない。
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