みえる彼らと浄化係

橘しづき

文字の大きさ
上 下
63 / 71

撤退

しおりを挟む
 暁人さんの体を思い切り掴み、袴田さんは金切り声を上げて止めた。周辺に響き渡るぐらいの大声で、さっきまでと別人のような声だった。

 予想外のことに私たちはぽかんとした。暁人さんも、体ごと袴田さんに止められ、結局家に入る直前で動けなくなってしまっている。彼女は血走った目で再度言った。

「中には入らないで!!」

 その剣幕に、ただ呆然とした。

 勝手に家に足を踏み入れようとしたこっちが悪いのは間違いない。とはいえ、ご近所の人が猫を探しているというときに、ここまで怒鳴って中に入るのを止めるだろうか。しかも、このスピード感。私ならぽかんとして何も出来ないと思う。よっぽど中に何か見られたくない物でもあるのだろうか。

 普通じゃないように見えた。少なくとも私には。

 少し沈黙が流れた後、袴田さんが焦ったように言う。

「私が中を見てきます、こちらでお待ちください」

「え、あ……玄関先で声を掛けさせてもらえませんか? クロは僕が呼ぶと必ず来るので」

「いいえ、見てくるから大丈夫です」

 ぴしゃりと言い放つと、暁人さんを押しのけて玄関の扉を閉めてしまった。ご丁寧に、ガチャっと鍵まで閉められた音がした。

 残された私たちは、ただ無言で顔を見合わせた。柊一さんが言う。

「ええと……勝手に入ろうとした僕たちが悪いのは前提なんだけど、それにしてもな反応だと思わない……?」

「同感だ。凄い力だったぞあれ。女性とは思えなかった」

 暁人さんが肩を摩りながら言う。確かに、暁人さんって身長も高いしがっしりしてるのに、それを止めた袴田さんのパワーって凄かったのだと思う。弥生さんが心配そうに眉尻を下げる。

「何かよっぽど見られたくなかったんでしょうか……」

 柊一さんが息を吐いた。

「あの様子だとそう疑ってしまいますね。ほんの少しでも家に入られればよかったんですけど、失敗してしまいました」

「入って何をするおつもりだったんですか?」

「僕らはそれなりに霊を感じ取れるので、中に何かがいるかどうかわかるかと思いまして。それと……三石さんのお宅では、霊がいるのとはまた違った、不思議な空気感を感じるんです。あれが同じかどうか、というのも気になってまして」

「そうなんですか……私は全然気づかなかった」

 弥生さんが呟いた直後、玄関の扉がゆっくり開いた。すると、扉は全開にならず少しだけ開いたところで止まる。そこからにゅうっと袴田さんが顔だけを出し、長い髪を垂らしながら私たちに声を掛けた。異様すぎるその光景に、私はつい後ずさりをしてしまったぐらいだ。

「何もいませんでした」

「あ、あれ、そうですか、見間違いかなあ……」

 暁人さんが頭を掻きながら誤魔化すが、袴田さんはにこりとも返さない。

「そうだと思います。家にいるのではないですか? では」

「あ! ミカンを……」

「うちの家、みんなミカンが嫌いなんです。お気持ちだけで」

 短くそう言った袴田さんは、挨拶もなしに扉を閉めた。ガチャンと音がして、また中から鍵を掛けられたというのが分かった。

 差し出したミカンの行き場はなくなり、暁人さんは困ったように腕を下ろす。

 私たちは全員、無言で顔を見合わせた。この短時間で起こったことに理解が追い付かず、誰も言葉を発せなかった。しばらくして、暁人さんが小さく言う。

「とりあえず……帰りましょう。弥生さん、お腹も大きいのにすみません」

「い、いえ……」

 その言葉を合図に、とぼとぼと家に戻っていく。私は隣の暁人さんに小声で尋ねる。

「あの様子、普通じゃなかったですよね? びっくりしちゃいました、はじめは普通に話してたじゃないですか」

「家に入ろうとした途端豹変したように見えましたね……何か家に入られたくない理由があったんでしょう」

 柊一さんも会話に入ってくる。

「すごい剣幕だったからねえ。人の死体でも隠してるのかなあ」

「し、死体!?」

「あーごめん冗談冗談。でも、それぐらい必死だったのは確かだってこと」

 ぞわぞわと得体のしれない恐ろしさが襲ってくる。幽霊を見た時とはまた違った恐怖だ。死体は確かに想像が行き過ぎていると思うけど、世の中にはそうして家に隠してる殺人犯は数多くいるので、ニュースで見たりもする。

 怖がってしまった私をフォローするように暁人さんが柊一さんに怒った。

「だから怖がらせるようなことを言うなって。大丈夫ですよ、玄関に近づいたけど異臭はしませんでしたしね」

「そ、そうですよね」

「それにしても、この作戦で中を見ようとしたというのに失敗してしまいました。朝日野さんの家は『新婚が家探ししている』という設定にしてしまったので訪問するのは無理ですね。となると、リンゴのお返しとして松本家に行ってみるしかないでしょう。弥生さんに言ってみます」

 暁人さんはすぐに弥生さんに相談し、そのまま松本家に行くことが決定した。ところが、お隣の松本さんはインターホンを鳴らしても出てこなかったのだ。休日なので出かけているのかもしれない。

 結局、買ったミカンは役に立つことはなかった。私たちは困り果てながら一旦三石家に戻り、ミカンを自分たちで食べることになってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき
ホラー
書籍発売中!よろしくお願いします! 『視えざるもの』が視えることで悩んでいた主人公がその命を断とうとした時、一人の男が声を掛けた。 「いらないならください、命」  やたら綺麗な顔をした男だけれどマイペースで生活力なしのど天然。傍にはいつも甘い同じお菓子。そんな変な男についてたどり着いたのが、心霊調査事務所だった。

処理中です...