みえる彼らと浄化係

橘しづき

文字の大きさ
上 下
62 / 71

急な叫び

しおりを挟む



 しばらくすると、手にミカンをたくさん持って帰宅した。私は驚いていたが、二人は当然のようにそれを手に持ち、袴田家に行く、と宣言した。そこでようやく、昨日の松本さんのようにおすそ分けという理由を作って訪問するのだ、と理解する。

 そして弥生さんに声を掛け、少し付き合ってくれませんかとお願いしていた。彼女は承諾し、四人で袴田さんの家に行くことになる。全く知らない私たち三人だけで行くより、弥生さんの存在があった方が袴田さんの警戒心が薄れると思ったのだろう。

 袴田家は、三石家の二軒隣にあるお宅で、朝日野さんの家の隣でもある。やはりどこか似たデザインのお家だ。

 私たちはミカンを持ったまま並び、インターホンを押してみた。ピンポーンと高い音が機械越しに聞こえる。家の中からは人の気配を感じるので、誰かいるみたいだ。ドキドキしながら待っていると、隣に立っていた暁人さんがこっそりと私に耳打ちした。

「今回は少し強引に行きます」

「え……」

 強引、という言葉に驚く前に、暁人さんの顔が近づいたことにより心臓がバクバク鳴ってしまったのは黙っておこう。それより、強引とはどういうことだろうか。

 不思議に思ったが訊くより先に、機械越しに女性の声が聞こえてきた。

『はい』

 暁人さんが爽やかな声で答える。

「おはようございます。三石です。少しだけお時間よろしいでしょうか?」

『あ……はい、少々お待ちください』

 少しして顔を出したのは、四十代前半ぐらいの女性だった。胸元まである長めの黒髪を下ろし、どう見ても部屋着で立っていた。休日の朝なので、まだゆっくりしていたのかもしれない。

 化粧も施していないようで、顔色が悪く見えた。

「おはようございます三石さん……そちらは?」

 袴田さんが首を傾げて言った。すかさず柊一さんが答える。

「あ、僕たち弥生姉さんのいとこなんです! 県外に住んでるんですが、やっと新居にお邪魔しにこれまして。僕の父がみかんを生産してるんですが、たくさん持たされちゃって食べきれないので、ご近所の方におすそ分けに来たんです」

 弥生さんのいとこ、という昨日も使った設定はいまだに生きているらしい。私はそうだそうだ、と言わんばかりに頷いていた。何も出来ないのでこれぐらいしか出番がない。弥生さんも話を合わせるように微笑んでいた。

 袴田さんは微笑んで頭を下げた。

「そうだったんですか。わざわざすみません。どちらにお住まいなんですか?」

「隣の県なんですけどねー忙しくてなかなか来れなくて。静かでいい場所ですね」

「ええ、住みやすいとは思っています。少し田舎ですけど、でも車で少し行けばスーパーも薬局もありますしね」

 袴田さんは優しくそう答えてくれる。柊一さんたちは相槌を打ちながら会話を続ける。

「弥生姉さんはいいところを見つけたなあ、って思ってたんですよ。お腹も大きいですし、静かで穏やかなところがいいですよね」

「ああ……そうね、お腹の子のためにもそうですね」

 ふと、袴田さんの顔が少しひきつった気がしたが、柊一さんたちは気づいていないようだった。私の気のせいだろうか、困ったような顔に見えたのだが……。

 更に、柊一さんは昨日も使った「オカルトライターのネタ探し』の設定で袴田さんに何かないか尋ねたが、やはり彼女は怪奇現象などまるでない、という反応だった。

 今回も空振りのようだ。

 話も終盤に差し掛かったとき、

「あ、こちらミカンどうぞ」

 暁人さんが思い出したように持っていたミカンを袴田さんに差し出した、そのときだ。

「あれ、クロ!?」

 袴田さんの背後を見て突然、そんな素っ頓狂な声を上げたのだ。袴田さんが驚いて固まる。

 暁人さんは袴田さんに口を挟ませないように早口で説明した。

「僕たちの家から連れてきた猫なんです! お宅に入り込んでませんか? すぐに逃げ出してちょっとした隙間から入り込んでしまうので……! クロ!」

 迫真の演技だった。私はただその場で黙って成り行きを見守るしかない。

 どうやら、袴田さんの家に猫が入り込んだ、という設定で、家の中に入る作戦らしかった。強引に行く、というのはこういうことだったのかと今更知る。確かに凄いやり方だ、私には到底真似できない。まず演技は向いていないと思うし。

 恐らく家の中に少しでも入れば、暁人さんと柊一さんなら中に霊がいるかどうか感じ取れる。そのためにこんな作戦を持ち出したのだろう。

 暁人さんが素早く動き、袴田さんの隣をすり抜けて家に足を踏み入れようとした。すると、

「入らないで!!」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

菅原龍馬の怖い話。

菅原龍馬
ホラー
これは、私が実際に体験した話しと、知人から聞いた怖い話である。

ママが呼んでいる

杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。 京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

はる、うららかに

木曜日午前
ホラー
どうかお願いします。もう私にはわからないのです。 誰か助けてください。 悲痛な叫びと共に並べられたのは、筆者である高宮雪乃の手記と、いくつかの資料。 彼女の生まれ故郷である二鹿村と、彼女の同窓たちについて。 『同級生が投稿した画像』 『赤の他人のつぶやき』 『雑誌のインタビュー』 様々に残された資料の数々は全て、筆者の曖昧な中学生時代の記憶へと繋がっていく。 眩しい春の光に包まれた世界に立つ、思い出せない『誰か』。 すべてが絡み合い、高宮を故郷へと導いていく。 春が訪れ散りゆく桜の下、辿り着いた先は――。 「またね」 春は麗らかに訪れ、この恐怖は大きく花咲く。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

怪奇探偵・御影夜一と憑かれた助手

水縞しま
ホラー
少女の幽霊が視えるようになった朝霧灼(あさぎりあらた)は、神戸・南京町にある「御影探偵事務所」を訪れる。 所長である御影夜一(みかげよるいち)は、なんと幽霊と対話できるというのだ。 胡散臭いと思っていたが、夜一から「助手にならへん?」と持ち掛けられ……。 いわくありげな骨董品が並ぶ事務所には、今日も相談者が訪れる。 対話できるが視えない探偵(美形)と、憑かれやすくて視える助手(粗暴)による家系ホラー。 怪奇×ブロマンスです。

叔父様ノ覚エ書

国府知里
ホラー
 音信不通になっていた叔父が残したノートを見つけた姪。書かれていたのは、摩訶不思議な四つの奇譚。咲くはずのない桜、人食い鬼の襲撃、幽霊との交流、三途の川……。読むにつれ、叔父の死への疑いが高まり、少女は身一つで駆けだした。愛する人を取り戻すために……。 「行方不明の叔父様が殺されました。お可哀想な叔父様、待っていてね。私がきっと救ってあげる……!」 ~大正奇奇怪怪幻想ホラー&少女の純愛サクリファイス~ 推奨画面設定(スマホご利用の場合) 背景色は『黒』、文字フォントは『明朝』

処理中です...