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急な叫び
しおりを挟むしばらくすると、手にミカンをたくさん持って帰宅した。私は驚いていたが、二人は当然のようにそれを手に持ち、袴田家に行く、と宣言した。そこでようやく、昨日の松本さんのようにおすそ分けという理由を作って訪問するのだ、と理解する。
そして弥生さんに声を掛け、少し付き合ってくれませんかとお願いしていた。彼女は承諾し、四人で袴田さんの家に行くことになる。全く知らない私たち三人だけで行くより、弥生さんの存在があった方が袴田さんの警戒心が薄れると思ったのだろう。
袴田家は、三石家の二軒隣にあるお宅で、朝日野さんの家の隣でもある。やはりどこか似たデザインのお家だ。
私たちはミカンを持ったまま並び、インターホンを押してみた。ピンポーンと高い音が機械越しに聞こえる。家の中からは人の気配を感じるので、誰かいるみたいだ。ドキドキしながら待っていると、隣に立っていた暁人さんがこっそりと私に耳打ちした。
「今回は少し強引に行きます」
「え……」
強引、という言葉に驚く前に、暁人さんの顔が近づいたことにより心臓がバクバク鳴ってしまったのは黙っておこう。それより、強引とはどういうことだろうか。
不思議に思ったが訊くより先に、機械越しに女性の声が聞こえてきた。
『はい』
暁人さんが爽やかな声で答える。
「おはようございます。三石です。少しだけお時間よろしいでしょうか?」
『あ……はい、少々お待ちください』
少しして顔を出したのは、四十代前半ぐらいの女性だった。胸元まである長めの黒髪を下ろし、どう見ても部屋着で立っていた。休日の朝なので、まだゆっくりしていたのかもしれない。
化粧も施していないようで、顔色が悪く見えた。
「おはようございます三石さん……そちらは?」
袴田さんが首を傾げて言った。すかさず柊一さんが答える。
「あ、僕たち弥生姉さんのいとこなんです! 県外に住んでるんですが、やっと新居にお邪魔しにこれまして。僕の父がみかんを生産してるんですが、たくさん持たされちゃって食べきれないので、ご近所の方におすそ分けに来たんです」
弥生さんのいとこ、という昨日も使った設定はいまだに生きているらしい。私はそうだそうだ、と言わんばかりに頷いていた。何も出来ないのでこれぐらいしか出番がない。弥生さんも話を合わせるように微笑んでいた。
袴田さんは微笑んで頭を下げた。
「そうだったんですか。わざわざすみません。どちらにお住まいなんですか?」
「隣の県なんですけどねー忙しくてなかなか来れなくて。静かでいい場所ですね」
「ええ、住みやすいとは思っています。少し田舎ですけど、でも車で少し行けばスーパーも薬局もありますしね」
袴田さんは優しくそう答えてくれる。柊一さんたちは相槌を打ちながら会話を続ける。
「弥生姉さんはいいところを見つけたなあ、って思ってたんですよ。お腹も大きいですし、静かで穏やかなところがいいですよね」
「ああ……そうね、お腹の子のためにもそうですね」
ふと、袴田さんの顔が少しひきつった気がしたが、柊一さんたちは気づいていないようだった。私の気のせいだろうか、困ったような顔に見えたのだが……。
更に、柊一さんは昨日も使った「オカルトライターのネタ探し』の設定で袴田さんに何かないか尋ねたが、やはり彼女は怪奇現象などまるでない、という反応だった。
今回も空振りのようだ。
話も終盤に差し掛かったとき、
「あ、こちらミカンどうぞ」
暁人さんが思い出したように持っていたミカンを袴田さんに差し出した、そのときだ。
「あれ、クロ!?」
袴田さんの背後を見て突然、そんな素っ頓狂な声を上げたのだ。袴田さんが驚いて固まる。
暁人さんは袴田さんに口を挟ませないように早口で説明した。
「僕たちの家から連れてきた猫なんです! お宅に入り込んでませんか? すぐに逃げ出してちょっとした隙間から入り込んでしまうので……! クロ!」
迫真の演技だった。私はただその場で黙って成り行きを見守るしかない。
どうやら、袴田さんの家に猫が入り込んだ、という設定で、家の中に入る作戦らしかった。強引に行く、というのはこういうことだったのかと今更知る。確かに凄いやり方だ、私には到底真似できない。まず演技は向いていないと思うし。
恐らく家の中に少しでも入れば、暁人さんと柊一さんなら中に霊がいるかどうか感じ取れる。そのためにこんな作戦を持ち出したのだろう。
暁人さんが素早く動き、袴田さんの隣をすり抜けて家に足を踏み入れようとした。すると、
「入らないで!!」
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