みえる彼らと浄化係

橘しづき

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話し声

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 ううん、でも食べないと。私は封を開け、無理矢理齧りつきながら暁人さんに尋ねた。

「暁人さんの方は何か分かったんですか?」

「ええ。とりあえず……これが被害者のリストです」

 彼はカバンから紙を取り出し、私に差し出した。覗き込むと、新聞記事のコピーらしきものが目に入る。

『寺田修(五十二) 寺田綾子(五十) 飯尾治(八十) 田辺昭一(五) 
 恩田美佐子(二十五) 西村喜一郎(七十九)』

「七人も……」

 つい呟いた。

 寺田というのは確か、その診療所を経営していた夫婦だ。そのほかにもさらに、四人の方が犠牲になっている。田辺昭一(五)という名前が気になった。さっき見たあの子は、昭一くんという名前だったのだろう。

 他にも若い女性、それから高齢の男性など、今までの目撃情報と共通している。やはり、火事で亡くなった人たちの霊が出没していると考えてまず間違いないだろう。

「宇野さんから伺った話と相違はありませんでした。やはりこの土地一帯に自宅と兼用した診療所があって、ある日突然男が放火。入口付近にガソリンを撒いて火をつけたそうです。火の回りも早く突然のことでパニックにもなり、逃げ遅れた方々が犠牲になりました」

「ひどい……」

「しばらく経ってから綺麗な更地になり、その後駐車場に。そして今に至る、と」

「でもやっぱり、この家にだけおかしなことが起こる原因は分かりませんね」

 私が尋ねると暁人さんが頭を掻いた。

「まるで分かりませんね。もう少し色々情報が必要です。まあまだ一日目なので、今日はこの辺で調査は終了しましょう。井上さんも疲れたでしょう? 詰め込みすぎても続きませんからね。三石さんがシャワーなど勝手に使っていいと許可をしてくれています。俺と柊一は朝シャワーを浴びてきたので、まあいいかと思ってますが、井上さんはどうされますか」

「そうなんですか? じゃあ私は」

 借りてきます、と言いかけて口を閉じた。

 それってつまり、霊が出まくるこの家で一人きりになり、無防備な恰好になるということか。二人はいつだって私のそばにいてくれたが、まさかお風呂までそうはいかない。

 しかも引き寄せやすい体質かもしれない、と言われたばかりの今、そんな勇気はない。

 項垂れて答えた。

「私も朝シャワーを浴びてきたから……今日はやめておきます。一人でお風呂に入るの怖すぎます……」

「そうだよねえ。僕か暁人が女の子だったらよかったのにねえ」

 残念そうに眉尻を下げて柊一さんは言うが、どっちかが女性だったら、私がイケメンから得られる癒しとパワーが減ってしまう。しかも絶対にとびきりの美女だろうし、隣にいたら自信なくしそうだから、二人は男性のままでいい、と強く思った。

「さすがにお風呂は一緒に入ってあげられないから、遥さん今日は諦めた方がいいね」

「諦めます……」

「となれば、腹ごしらえを済ませてさっさと寝ようか。夜に動くのは危険を伴うし、早く朝になるのが一番だよね」

 柊一さんは袋を漁り、やはりというかおにぎりを取り出して食べ始めた。私は手が止まってしまっていたサンドイッチを思い出し、それを何とか頬張りお腹に入れていく。暁人さんも適当に何かを食べ始め、三人でゆっくりとディナー、となった。

 その後、車に積んであった寝具を運び込み、床に敷いて寝ることになった。寝具と言っても軽くて薄めの物なので、ベッドに慣れてしまった自分がちゃんと寝れるか心配だったが、疲れもあったのかあっさり私は夢の中へ飛び込んでいった。

 
 





 瞼が自然と開き、そっと辺りを見回した。

 見上げるとオレンジ色の常夜灯がついていた。その灯りで周りの様子も少し分かる。広いとは言えない部屋の隅に寝ている自分、その反対側の壁に身を寄せて寝る暁人さん、窓側に寝る柊一さん。二人とも気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 こっそり枕元に置いておいたスマホを見てみると、夜中の一時だった。カーテンのない窓からは真っ暗な空が見えた。雲が多いようで、月も星も見えない。

 困ったな、と一人顔をしかめた。目が覚めた理由は簡単だ、トイレに行きたくなったから。

 やや寒くなってきたせいなのか、時折こうして夜中にトイレに起きてしまう。今日は特に、ベッドではなく薄い布団を敷いただけの床で寝ているせいもあるかもしれない。

 ゆっくり上半身を起こした。

 まだ一時なのだから、朝まで我慢するという選択肢はない。トイレに行くしかないだろう。

 なるべくそばにいる、と言ってくれた二人だが、まさか夜中にたたき起こしてトイレに付いてきてください、なんて言えるはずがない。それに、トイレはこの部屋のすぐ前にあるので、さほど離れるわけでもない。私は一人で行くことを決意していた。

 とはいえ、幽霊が出る家で夜中に一人でトイレに行く……というのはあまりにハードルが高く、げんなりしながら立ち上がった。手早く終わらせて帰ってこよう、そう心で呟く。

 二人を起こさないようすり足で扉まで進み、ゆっくりとそれを開けた。しんとした廊下があり、そこは寒気がさらに強くなっているように感じぶるっと震える。

 廊下の電気をつけ、外へ出た。隣にはもう一つの子供部屋、それから一番奥は寝室になっているので、三石さんたちがいるはずだ。近くに人がいるという安心感は大きい。

 すぐにトイレへ入り用を足し終えた。必要最低限の動きでさっさと終わらせ、ふうと息を吐く。手も洗ってすぐに部屋へ戻り、何事もなく帰れたことにほっと胸を撫でおろした。

 二人の寝息だけが聞こえる静かな部屋に入りそっと自分が寝ていた場所へと戻る。まだぬくもりがそのままの毛布に体を包もうとして、手が止まった。

 どこからか、音が聞こえた。

 ぼそぼそ、という小さなものが、聞こえては消え、聞こえては消えを繰り返した。ああ人の話し声だ、となぜか冷静に思う。それも、ひとつじゃない。まるで誰かと誰かが何かを相談しているように、静かに話している。

 もちろん、内容までは全く聞き取れない。

 三石さんが体験したというエピソードが脳裏に蘇った。確かリビングにいるとき、老人のような声が聞こえ、しかも明らかに部屋の中から聞こえた……

 待って、違う。ふとそう思った。

 私が今聞こえている音は、そんな近くからは聞こえていない。どこか遠く、そう部屋の向こうから聞こえてきている気がするのだ。つまり、外だ。
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