みえる彼らと浄化係

橘しづき

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子供

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「そうですか……不躾にすみませんでした。ありがとうございます」

「いいえ。じゃあ、私はこれで」

「松本さん、リンゴありがとうございます」

「いえいえ! お腹の子の分まで栄養取らないとね」

 松本さんは丁寧にお辞儀をすると、玄関から出て行ってしまった。扉が閉まった後、弥生さんがため息をつく。

「やはりうちの家だけみたいですね……」

 柊一さんが答える。

「そうなりますね。袴田さんの家はお話を聞けてませんが、松本家、朝日野家が何も見ていないのなら、袴田家もそうである可能性は高いかと。一度袴田さんにも話は聞いてみたいですがね」

 そう話している最中、リビングから三石さんが顔を覗かせる。

「大丈夫か? なんだった?」

「ああ、リンゴをおすそ分けして頂いたの。せっかくだから剥いて黒崎さんたちにも食べてもらいましょうか」

「そうしよう。俺が剥くよ」

「ありがとう。黒崎さんたちも、一度座って休んでください」

「ありがとうございます」

 弥生さんと柊一さんが廊下を抜けていく。私はそれを追おうとして、なんとなく振り返った。静かな玄関を見つめながら、今回の不思議な現象について考えを巡らせる。

 三石さんたちの家だけに霊が出没する理由は何だろうか。他の三軒にあって三石さんにはない物。いや、逆かもしれない。他の三軒になくて三石さんにあるもの、ということか。何名が亡くなったのか具体的な数は分かっていないが、それなりに多い人数がこぞってこの家に集まってくる理由とは。確か子供も老人もいたはず、年齢だって性別だってバラバラだ。

 家自体には問題はないだろう。同じ建築会社で同じ時期に建てられたものだ。使っている木材なども同じところから手配しただろうし、デザインだって似ている。そうなるとやはり、住んでいる人?

 考えても出てこない答えに首をひねりながら、私もリビングへ続こうと前を向いたときだ。

 自分の足元に、誰かが座っていた。

 丸まった小さな背中が見える。しゃがみこみ、膝の間に顔を埋めている。一目で、大人ではないと分かる体格だった。

 青いトレーナーを着ており、髪は短く切られている。細い首筋が見える。男の子だろうか? 顔が見えないので何ともいえない。

 その子はただ私の足のすぐ前でうずくまっている。

 周りは静寂に包まれていた。ほんの少し廊下を進めば、柊一さんたちがいるリビングがあるというのに、そんな感じはまるでない。家には人がいないかのように、静けさだけがある。

 私の口からはかすかな息だけが漏れた。突然現れた見知らぬ子供に、ただ呆然と立ち尽くす。頭の中で上手くこの存在を処理できていないのかもしない。

 間違いなく、生きている人間とは違う存在だ。自分の足にひんやりとした空気感が伝わってくる気がした。

 弥生さんも一度、子供の後ろ姿を見て失神したと言っていた。その子と同一人物なのだろうか? 全く動くことなく、私の足元でひっそりといるだけだ。後ろ姿だけ見たら、まるで生きている人間のよう。

 驚きと、もちろん恐怖心もあったが、相手が子供であること、そして火事で亡くなってしまったという事実を知っているため、可哀想と思う気持ちが大きく働いた。こんな小さな子が、火に包まれながら亡くなっただなんて。

「な、なにしてるの……?」

 つい、そう話しかけた。暁人さんたちは廃ホテルで出会った霊たちと会話をしていたし、もしかしたら私も出来るかもしれない。そう思ったのだ。もしかしたらこの子から、三石家に集まる理由が聞けるかもしれない。

「ここで何してるの……?」

 再度尋ねたが子供は何も反応がなく、全く動かない。柊一さんを呼んだ方がいい。でも呼んだらこの子が消えてしまう気がする。

 少し迷った挙句、そっとその背中に手を伸ばした。

 だが小さな背中に触れることはなかった。それより先に、突如自分を息苦しさが襲ったからだ。伸ばした手をすぐに引っ込め、自分の喉を押さえた。

 しまった、と思う。

 吸っても吸っても空気が体に入ってこないような感覚。同時に、喉が焼けるような熱さを覚える。痛くて、苦しくて、とにかく熱い。悲鳴を上げようとしてもそれすら出来なかった。恐怖心と焦りでパニックになり、そのまま膝を床についた。ひゅーひゅーとかすかな空気が漏れる音が、自分の口から漏れる。

 喉を両手で抑えながら悶えていると、ふとすぐ目の前にいた子供が初めて顔を上げた。ゆっくりとその顔がこちらを振り返った時、自分の恐怖は頂点に達した。

 顔は全て焼けただれており、元の顔の面影は全く感じられなかったのだ。

 赤黒く変色した皮膚は痛々しく、恐ろしかった。それでも泣き声一つ上げず、ただじっとしている子供の姿があまりに異様で、私は出せない悲鳴を上げた。
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