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松本家
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私も後に続いた。
「柊一さんの言う通りだと思います。大丈夫です、柊一さんも暁人さんも凄いんですから! きっと居心地のいい家になって、新しい家族を迎えられますよ!」
「ええ……そうですね。今更後悔しても遅いですし、これからのことを考えないとですね。ありがとうございます」
弥生さんが小さく頭を下げたのを見て、柊一さんが話題を変えた。
「と、これが分かったことです。僕が気になっているのは、同じ土地に建った他の家には、怪奇現象が起きていないのではないか、という点です。お話した通り朝日野さんは、会話からはそういった恐怖を感じられませんでした。他の方々はどうですか?」
二人は顔を見合わせ首を傾げる。三石さんが答えた。
「そういったことは聞いたことがないですね。まあ、近所だからこそ言いにくい、というのはあると思いますが……うちも相談なんてしたことがないですし」
「まあそうですよね。ちなみに、この四軒の方々についてどのような人たちか、分かる範囲で伺ってもいいですか?」
「ええ。そんなに詳しくはないですがね」
二人は住民について簡単に教えてくれた。
【朝日野家】
・五十代ぐらいの夫婦二人暮らし。奥さんの夢だったマイホームを、夫側の母が亡くなったことで購入。子供はいるようだが同居はしていない
【松本家】
・四十歳ぐらいの夫婦と、今度中学生に上がる息子の三人暮らし。共働きで忙しそうなので、あまり会話はしたことがない。仕事は普通のサラリーマンらしい
【袴田家】
・四十歳ぐらいの夫婦と、小学生の女の子二人の四人暮らし。よく家族みんなで出かける様子を見かける微笑ましい家庭。
越してきて二か月ほどなので、近所について知っている情報はこんなものだろう。今は昔ほど近所づきあいはしなくなったというし、これでも十分だと思った。
柊一さんは貰った情報を聞いてじっと考え込む。私もこの三軒と三石さんの家について違いや共通点がないか考えてみたが、何も思い浮かばなかった。霊を引き寄せる、特別な何かがこの家にあったのかと思ったのだが……。
しばし沈黙が流れたところで柊一さんが口を開いたとき、家にインターホンの音が鳴り響いた。みんなで顔を上げてモニターの方を見る。弥生さんが反応した。
「あれ、松本さんだわ」
「松本さん?」
驚きの声を上げてしまった。朝日野さんとは反対側のお隣さんだ。このタイミングで松本さんが訪ねてくるとは、ラッキーだと思った。松本家でも何か変なことが起きていないか、話を聞けると思ったのだ。
とはいえ、どう話を聞き出すのがいいのだろうか。『あなたの家で怪奇現象起きてませんか』なんて話題を急に切り込むのは、あまりに不自然だし怪しすぎる。
「出てきます。何だろう、訪問なんて初めての事なんです。何かあったかな」
弥生さんはそのままリビングから出て行く。私は慌てて隣の柊一さんに尋ねた。
「話を聞くチャンスですね!? でもどうやって切り出しますか? 特に今は三石さんのお宅にいるから、さっきみたいな設定は不自然になります」
「まあ、なんとかなるさー」
ずっこけてしまいそうなほど気の抜けた返事があった。そして柊一さんはそのまま玄関へと向かって行ってしまうので、私は慌てて彼の背中を追った。
「ええ……立派な」
「うちは……で食べられなくて。よかったら」
「わあ、ありがとうございます」
玄関先では弥生さんが何やら話し込んでいる。彼女の奥に立っている女性の姿が見えた。黒髪を一つに縛り、たれ目をした柔らかな雰囲気を持つ女性で、真面目そうな印象だ。あれが松本さん家の奥さんらしい。
弥生さんは手にリンゴをいくつか持っていた。流れから見るに、おすそ分けで訪れたのだろう。
「こんにちは、ご近所の方ですか?」
私の少し前に立つ柊一さんが躊躇いなくそう声を掛けた。弥生さんも松本さんも、驚きの顔でこちらを見てくる。
「初めまして、僕たちは弥生姉さんのいとこなんです。ようやく新居にお邪魔できまして」
「あ、あらそうなんですか。初めまして、松本と申します」
「県外に住んでいるものですから中々新居に来れなかったんですけど、ようやく遊びに来れまして。ネタ探しもしつつ旅行がてら」
「ネタ探し?」
不思議そうに聞き返した松本さんに、柊一さんがペラペラと説明した。
「ええ、実は僕、ライターの仕事をしてまして。主にオカルト記事を書くことが多いんです。心霊スポットや事故物件の取材とか、霊能力がある人への取材なんかもよくしてまして。こっちにはあまり焦点を当てたことがないので、何かいいネタがないかなあと」
隣であまりにすらすらと嘘が出てくるので、呆気に取られてしまった。さっきの新婚設定もそうだけれど、よくもまあ次から次へといろんな設定を思いつくもんだ。でもきっと、この仕事をする上で必要な能力だったのだろう。
松本さんは感心したように頷いた。
「へえ、面白いお仕事でいらっしゃるんですね。そういった方はあまりお会いしたことないから……」
「でも、いいネタが最近あまりなくて。小さなことでもいいから、面白そうなことがあれば教えてください」
柊一さんがにこりと笑いかける。なるほど、これでもし松本さんの家で何か怪奇現象が起きていて悩んでいたら、何かしら相談や探りがあるというわけか。
松本さんの家にも何か起こっていたとすれば……。
「どうかしらあ、私はそういうの疎くって」
彼女は腕を組んで困ったように笑った。そして、ずっと黙っていた弥生さんに話題を振る。
「この近くには心霊スポットだとか、そういう噂は聞いたことないですよね?」
「え、ええ……」
「ネタ探しに協力できなくてごめんなさい。何かあれば三石さんに伝えればいいかしら。そういうのとは無縁だと思うけど」
笑顔で言ってくる松本さんは、明らかに怪奇現象に悩んでいる様子は見られなかった。もし、彼女が何かしら家で感じ取っていて怖がっていたら、もう少し柊一さんの話に食いついただろう。
ということは、やはり三石家にのみ、霊は現れているということか。でもなぜだろう? 元々は一つだった土地を分けて住んでいるというのに。
「柊一さんの言う通りだと思います。大丈夫です、柊一さんも暁人さんも凄いんですから! きっと居心地のいい家になって、新しい家族を迎えられますよ!」
「ええ……そうですね。今更後悔しても遅いですし、これからのことを考えないとですね。ありがとうございます」
弥生さんが小さく頭を下げたのを見て、柊一さんが話題を変えた。
「と、これが分かったことです。僕が気になっているのは、同じ土地に建った他の家には、怪奇現象が起きていないのではないか、という点です。お話した通り朝日野さんは、会話からはそういった恐怖を感じられませんでした。他の方々はどうですか?」
二人は顔を見合わせ首を傾げる。三石さんが答えた。
「そういったことは聞いたことがないですね。まあ、近所だからこそ言いにくい、というのはあると思いますが……うちも相談なんてしたことがないですし」
「まあそうですよね。ちなみに、この四軒の方々についてどのような人たちか、分かる範囲で伺ってもいいですか?」
「ええ。そんなに詳しくはないですがね」
二人は住民について簡単に教えてくれた。
【朝日野家】
・五十代ぐらいの夫婦二人暮らし。奥さんの夢だったマイホームを、夫側の母が亡くなったことで購入。子供はいるようだが同居はしていない
【松本家】
・四十歳ぐらいの夫婦と、今度中学生に上がる息子の三人暮らし。共働きで忙しそうなので、あまり会話はしたことがない。仕事は普通のサラリーマンらしい
【袴田家】
・四十歳ぐらいの夫婦と、小学生の女の子二人の四人暮らし。よく家族みんなで出かける様子を見かける微笑ましい家庭。
越してきて二か月ほどなので、近所について知っている情報はこんなものだろう。今は昔ほど近所づきあいはしなくなったというし、これでも十分だと思った。
柊一さんは貰った情報を聞いてじっと考え込む。私もこの三軒と三石さんの家について違いや共通点がないか考えてみたが、何も思い浮かばなかった。霊を引き寄せる、特別な何かがこの家にあったのかと思ったのだが……。
しばし沈黙が流れたところで柊一さんが口を開いたとき、家にインターホンの音が鳴り響いた。みんなで顔を上げてモニターの方を見る。弥生さんが反応した。
「あれ、松本さんだわ」
「松本さん?」
驚きの声を上げてしまった。朝日野さんとは反対側のお隣さんだ。このタイミングで松本さんが訪ねてくるとは、ラッキーだと思った。松本家でも何か変なことが起きていないか、話を聞けると思ったのだ。
とはいえ、どう話を聞き出すのがいいのだろうか。『あなたの家で怪奇現象起きてませんか』なんて話題を急に切り込むのは、あまりに不自然だし怪しすぎる。
「出てきます。何だろう、訪問なんて初めての事なんです。何かあったかな」
弥生さんはそのままリビングから出て行く。私は慌てて隣の柊一さんに尋ねた。
「話を聞くチャンスですね!? でもどうやって切り出しますか? 特に今は三石さんのお宅にいるから、さっきみたいな設定は不自然になります」
「まあ、なんとかなるさー」
ずっこけてしまいそうなほど気の抜けた返事があった。そして柊一さんはそのまま玄関へと向かって行ってしまうので、私は慌てて彼の背中を追った。
「ええ……立派な」
「うちは……で食べられなくて。よかったら」
「わあ、ありがとうございます」
玄関先では弥生さんが何やら話し込んでいる。彼女の奥に立っている女性の姿が見えた。黒髪を一つに縛り、たれ目をした柔らかな雰囲気を持つ女性で、真面目そうな印象だ。あれが松本さん家の奥さんらしい。
弥生さんは手にリンゴをいくつか持っていた。流れから見るに、おすそ分けで訪れたのだろう。
「こんにちは、ご近所の方ですか?」
私の少し前に立つ柊一さんが躊躇いなくそう声を掛けた。弥生さんも松本さんも、驚きの顔でこちらを見てくる。
「初めまして、僕たちは弥生姉さんのいとこなんです。ようやく新居にお邪魔できまして」
「あ、あらそうなんですか。初めまして、松本と申します」
「県外に住んでいるものですから中々新居に来れなかったんですけど、ようやく遊びに来れまして。ネタ探しもしつつ旅行がてら」
「ネタ探し?」
不思議そうに聞き返した松本さんに、柊一さんがペラペラと説明した。
「ええ、実は僕、ライターの仕事をしてまして。主にオカルト記事を書くことが多いんです。心霊スポットや事故物件の取材とか、霊能力がある人への取材なんかもよくしてまして。こっちにはあまり焦点を当てたことがないので、何かいいネタがないかなあと」
隣であまりにすらすらと嘘が出てくるので、呆気に取られてしまった。さっきの新婚設定もそうだけれど、よくもまあ次から次へといろんな設定を思いつくもんだ。でもきっと、この仕事をする上で必要な能力だったのだろう。
松本さんは感心したように頷いた。
「へえ、面白いお仕事でいらっしゃるんですね。そういった方はあまりお会いしたことないから……」
「でも、いいネタが最近あまりなくて。小さなことでもいいから、面白そうなことがあれば教えてください」
柊一さんがにこりと笑いかける。なるほど、これでもし松本さんの家で何か怪奇現象が起きていて悩んでいたら、何かしら相談や探りがあるというわけか。
松本さんの家にも何か起こっていたとすれば……。
「どうかしらあ、私はそういうの疎くって」
彼女は腕を組んで困ったように笑った。そして、ずっと黙っていた弥生さんに話題を振る。
「この近くには心霊スポットだとか、そういう噂は聞いたことないですよね?」
「え、ええ……」
「ネタ探しに協力できなくてごめんなさい。何かあれば三石さんに伝えればいいかしら。そういうのとは無縁だと思うけど」
笑顔で言ってくる松本さんは、明らかに怪奇現象に悩んでいる様子は見られなかった。もし、彼女が何かしら家で感じ取っていて怖がっていたら、もう少し柊一さんの話に食いついただろう。
ということは、やはり三石家にのみ、霊は現れているということか。でもなぜだろう? 元々は一つだった土地を分けて住んでいるというのに。
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