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朝日野家
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リビングにいた三石夫妻に、暁人さんが声を掛ける。
「少しお話を伺ってもいいでしょうか」
「ええ、もちろんです、どうぞ」
立ち上がりかけた弥生さんにそのままでいいと柊一さんが伝え、私たちは立ったまま話を聞くことにした。
柊一さんが言葉を選びながら話し出す。
「この家についてですが、早速女性の霊を見まして」
「え!?」
「何かがいる、というのは間違いないと思います。ただ、見たのは一瞬でしたし、正体も分かっていないので、まだすぐに解決とはいきませんが。まず、もう少し情報が欲しいと思います。ここが建つ前は駐車場だったとのことですが、それは調べて間違いないと分かりました。では、それより以前のことはご存じですか?」
三石さんが首を振る。
「いいえ……駐車場だった、というのは僕たちも調べました。そこで満足してしまって、それより昔の事は……」
「そうですよね、それが普通だと思います。では、家を購入したときについて詳しく伺っても?」
「はい、と言っても特に話すようなこともないと言いますか……ここの一画に建売の家が一気に出来まして、売り出されているのをネットで見たんです。ちょうどこの辺の土地はいいな、と思っていたのですぐに見学に行きました。この一つが最後の一軒で、建ってから半年ほど経っていたかと」
「半年?」
暁人さんが少し驚いたように声を上げた。
「家が建って半年も売れていなかったんですか? 建売の家が中々売れないことは珍しいことではないですが……周りは売れたのにここだけ、ですか」
すると弥生さんが慌てたように理由を説明する。
「ええっと、中々売れなかったのには一応理由があるみたいで。外を見て貰えばわかると思うんですけど、うちの家の前がゴミ捨て場なんですよね。それで、買い手が中々つかなかったみたいで。やっぱり、他のおうちよりは値引きして購入させてもらいました」
なるほど、と頷いた。ゴミ捨て場が家のすぐ前にあるというのは、気になる人もいるのかもしれない。一生住む家となれば購入を渋る理由の一つとしては十分ありえる。それでここだけ売れ残っていたのか。
弥生さんが苦笑いをする。
「結構お安くなっていましたし、それ以外は本当に文句がない家だったので、思い切って買っちゃったんです。ですから、例えば誰かが住む前から何かあって売れなかった……とかではないと思うんですけどね」
柊一さんが頷いた。そのまま質問を続ける。
「ご近所の方とかは、お付き合いはどうですか? 実は今から、周りの人たちに話を聞きに行こうと思っているんです。勿論、怪奇現象の事は一切口にしません」
三石さんがすぐに答えた。
「ああ、とてもいい方ばかりですよ。会うとにこにこして挨拶してくれるし、世間話を交わしたいしてフレンドリーな方々です」
「その方たちはこの現象の相談はしていませんよね?」
「さすがにそれは……近くに住んでいらっしゃるのに、嫌な気持ちにさせてしまうかもしれませんから」
「そうですよね。分かりました、少しこの家の周辺を見てきます」
「はい、よろしくお願いします」
私たちはそのまま外へと出た。ひんやりした空気が肌に突き刺さり、少し寒気を覚えたが、同時に爽快感を覚えた。家の中にいた時より、なんだか気分がいい。
もしかしてやはり、あの不思議な緊張感が、体に疲労感をもたらすのだろうか。
家の前に並んで立って見てみると、なるほど確かに、車二台がギリギリすれ違えるぐらいの道路を挟んで向かい側にゴミ捨て場があった。背の低いコンクリート製の囲いがあり、その中にカラス除けのネットが見える。
「あれがゴミ捨て場ですね」
私が指をさすと、柊一さんが頷いた。
「あれだね。確かに家のすぐ前がゴミ捨て場、っていうのは、気にする人もいるかもしれないか。売れ残っていたのはそれが原因かな」
「分からないぞ。不動産屋がそれらしい理由を言っただけで、本当の原因は他にあるという線も」
「まあねえ、そういうこともあるよねえ」
話しながら、私たちはゆっくり周辺を歩き出した。
正面から見て、三石さんの左隣に一軒、右側に二軒、似たような新築の家がある。この四軒は間違いなく同時期に建てられたものだろう。新しく、さらに似たような造りの家なので一目瞭然だ。
表札を見てみると左から順に、『松本』『三石』『朝日野』『袴田』とある。袴田さんと松本さんの家が角地になり、そこを曲がると、かなり古いと思われる木造の家があった。つまりあの四軒の裏側だ。土地が広く、広々とした庭、それから小さな畑と隣接している。古くからここで住んでいる人なのだろう。この家の土地だけで、もう数軒新築の家が建てられそうだ。お金持ちの豪邸、とは少し違うが、きっと昔からずっとここに土地を持っていて暮らしているのだろう。
その人の表札には『宇野』と書かれていた。
ぐるりと一周し、また三石さんの家の前まで戻ってきたところで、一旦私たちは足を止める。
「宇野さん……大きなおうちでしたね。それに、だいぶ昔からありそうなお宅です」
暁人さんが答える。
「あそこに住んでる人に話を聞けたらいいんですがね……宇野さんのお宅のさらに向こうは、メゾネット型のアパートで比較的新しそうなので、あまり古くから住んでいそうにないので」
「昔の事を知っていそうなのは、やっぱり宇野さんのお宅ですよね」
「どうにかして話を聞けたらいいのですが……もう少し違う方面の道も見てみましょうか。他にも古い住民がいそうな家があるかもしれない」
相談し終え、私たちが歩き出した時、すぐ近くから玄関の扉が開く音が聞こえた。そちらを見てみると、朝日野さんのお宅から、中年のおばさんが出てきたところだった。三石さんのお隣さんである。
年齢は五十半ばくらいだろうか。パーマをかけた肩までの髪に、ややぽっちゃりの体型。手には箒を持っており、玄関の掃き掃除をするようだった。
柊一さんと暁人さんが目を合わせると、すぐに彼女に近づいていく。おばさんもこちらに気付き、不思議そうに頭を下げてきた。世間話でも装って色々聞くのだろう、と分かったが、果たしてどう切り出すのか気になるところだ。三石さんの家で起きている怪奇現象については内密にしないといけないのだから。
「少しお話を伺ってもいいでしょうか」
「ええ、もちろんです、どうぞ」
立ち上がりかけた弥生さんにそのままでいいと柊一さんが伝え、私たちは立ったまま話を聞くことにした。
柊一さんが言葉を選びながら話し出す。
「この家についてですが、早速女性の霊を見まして」
「え!?」
「何かがいる、というのは間違いないと思います。ただ、見たのは一瞬でしたし、正体も分かっていないので、まだすぐに解決とはいきませんが。まず、もう少し情報が欲しいと思います。ここが建つ前は駐車場だったとのことですが、それは調べて間違いないと分かりました。では、それより以前のことはご存じですか?」
三石さんが首を振る。
「いいえ……駐車場だった、というのは僕たちも調べました。そこで満足してしまって、それより昔の事は……」
「そうですよね、それが普通だと思います。では、家を購入したときについて詳しく伺っても?」
「はい、と言っても特に話すようなこともないと言いますか……ここの一画に建売の家が一気に出来まして、売り出されているのをネットで見たんです。ちょうどこの辺の土地はいいな、と思っていたのですぐに見学に行きました。この一つが最後の一軒で、建ってから半年ほど経っていたかと」
「半年?」
暁人さんが少し驚いたように声を上げた。
「家が建って半年も売れていなかったんですか? 建売の家が中々売れないことは珍しいことではないですが……周りは売れたのにここだけ、ですか」
すると弥生さんが慌てたように理由を説明する。
「ええっと、中々売れなかったのには一応理由があるみたいで。外を見て貰えばわかると思うんですけど、うちの家の前がゴミ捨て場なんですよね。それで、買い手が中々つかなかったみたいで。やっぱり、他のおうちよりは値引きして購入させてもらいました」
なるほど、と頷いた。ゴミ捨て場が家のすぐ前にあるというのは、気になる人もいるのかもしれない。一生住む家となれば購入を渋る理由の一つとしては十分ありえる。それでここだけ売れ残っていたのか。
弥生さんが苦笑いをする。
「結構お安くなっていましたし、それ以外は本当に文句がない家だったので、思い切って買っちゃったんです。ですから、例えば誰かが住む前から何かあって売れなかった……とかではないと思うんですけどね」
柊一さんが頷いた。そのまま質問を続ける。
「ご近所の方とかは、お付き合いはどうですか? 実は今から、周りの人たちに話を聞きに行こうと思っているんです。勿論、怪奇現象の事は一切口にしません」
三石さんがすぐに答えた。
「ああ、とてもいい方ばかりですよ。会うとにこにこして挨拶してくれるし、世間話を交わしたいしてフレンドリーな方々です」
「その方たちはこの現象の相談はしていませんよね?」
「さすがにそれは……近くに住んでいらっしゃるのに、嫌な気持ちにさせてしまうかもしれませんから」
「そうですよね。分かりました、少しこの家の周辺を見てきます」
「はい、よろしくお願いします」
私たちはそのまま外へと出た。ひんやりした空気が肌に突き刺さり、少し寒気を覚えたが、同時に爽快感を覚えた。家の中にいた時より、なんだか気分がいい。
もしかしてやはり、あの不思議な緊張感が、体に疲労感をもたらすのだろうか。
家の前に並んで立って見てみると、なるほど確かに、車二台がギリギリすれ違えるぐらいの道路を挟んで向かい側にゴミ捨て場があった。背の低いコンクリート製の囲いがあり、その中にカラス除けのネットが見える。
「あれがゴミ捨て場ですね」
私が指をさすと、柊一さんが頷いた。
「あれだね。確かに家のすぐ前がゴミ捨て場、っていうのは、気にする人もいるかもしれないか。売れ残っていたのはそれが原因かな」
「分からないぞ。不動産屋がそれらしい理由を言っただけで、本当の原因は他にあるという線も」
「まあねえ、そういうこともあるよねえ」
話しながら、私たちはゆっくり周辺を歩き出した。
正面から見て、三石さんの左隣に一軒、右側に二軒、似たような新築の家がある。この四軒は間違いなく同時期に建てられたものだろう。新しく、さらに似たような造りの家なので一目瞭然だ。
表札を見てみると左から順に、『松本』『三石』『朝日野』『袴田』とある。袴田さんと松本さんの家が角地になり、そこを曲がると、かなり古いと思われる木造の家があった。つまりあの四軒の裏側だ。土地が広く、広々とした庭、それから小さな畑と隣接している。古くからここで住んでいる人なのだろう。この家の土地だけで、もう数軒新築の家が建てられそうだ。お金持ちの豪邸、とは少し違うが、きっと昔からずっとここに土地を持っていて暮らしているのだろう。
その人の表札には『宇野』と書かれていた。
ぐるりと一周し、また三石さんの家の前まで戻ってきたところで、一旦私たちは足を止める。
「宇野さん……大きなおうちでしたね。それに、だいぶ昔からありそうなお宅です」
暁人さんが答える。
「あそこに住んでる人に話を聞けたらいいんですがね……宇野さんのお宅のさらに向こうは、メゾネット型のアパートで比較的新しそうなので、あまり古くから住んでいそうにないので」
「昔の事を知っていそうなのは、やっぱり宇野さんのお宅ですよね」
「どうにかして話を聞けたらいいのですが……もう少し違う方面の道も見てみましょうか。他にも古い住民がいそうな家があるかもしれない」
相談し終え、私たちが歩き出した時、すぐ近くから玄関の扉が開く音が聞こえた。そちらを見てみると、朝日野さんのお宅から、中年のおばさんが出てきたところだった。三石さんのお隣さんである。
年齢は五十半ばくらいだろうか。パーマをかけた肩までの髪に、ややぽっちゃりの体型。手には箒を持っており、玄関の掃き掃除をするようだった。
柊一さんと暁人さんが目を合わせると、すぐに彼女に近づいていく。おばさんもこちらに気付き、不思議そうに頭を下げてきた。世間話でも装って色々聞くのだろう、と分かったが、果たしてどう切り出すのか気になるところだ。三石さんの家で起きている怪奇現象については内密にしないといけないのだから。
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