みえる彼らと浄化係

橘しづき

文字の大きさ
上 下
51 / 71

朝日野家

しおりを挟む
 リビングにいた三石夫妻に、暁人さんが声を掛ける。

「少しお話を伺ってもいいでしょうか」

「ええ、もちろんです、どうぞ」

 立ち上がりかけた弥生さんにそのままでいいと柊一さんが伝え、私たちは立ったまま話を聞くことにした。

 柊一さんが言葉を選びながら話し出す。

「この家についてですが、早速女性の霊を見まして」

「え!?」

「何かがいる、というのは間違いないと思います。ただ、見たのは一瞬でしたし、正体も分かっていないので、まだすぐに解決とはいきませんが。まず、もう少し情報が欲しいと思います。ここが建つ前は駐車場だったとのことですが、それは調べて間違いないと分かりました。では、それより以前のことはご存じですか?」

 三石さんが首を振る。

「いいえ……駐車場だった、というのは僕たちも調べました。そこで満足してしまって、それより昔の事は……」

「そうですよね、それが普通だと思います。では、家を購入したときについて詳しく伺っても?」

「はい、と言っても特に話すようなこともないと言いますか……ここの一画に建売の家が一気に出来まして、売り出されているのをネットで見たんです。ちょうどこの辺の土地はいいな、と思っていたのですぐに見学に行きました。この一つが最後の一軒で、建ってから半年ほど経っていたかと」

「半年?」

 暁人さんが少し驚いたように声を上げた。

「家が建って半年も売れていなかったんですか? 建売の家が中々売れないことは珍しいことではないですが……周りは売れたのにここだけ、ですか」

 すると弥生さんが慌てたように理由を説明する。

「ええっと、中々売れなかったのには一応理由があるみたいで。外を見て貰えばわかると思うんですけど、うちの家の前がゴミ捨て場なんですよね。それで、買い手が中々つかなかったみたいで。やっぱり、他のおうちよりは値引きして購入させてもらいました」

 なるほど、と頷いた。ゴミ捨て場が家のすぐ前にあるというのは、気になる人もいるのかもしれない。一生住む家となれば購入を渋る理由の一つとしては十分ありえる。それでここだけ売れ残っていたのか。

 弥生さんが苦笑いをする。

「結構お安くなっていましたし、それ以外は本当に文句がない家だったので、思い切って買っちゃったんです。ですから、例えば誰かが住む前から何かあって売れなかった……とかではないと思うんですけどね」

 柊一さんが頷いた。そのまま質問を続ける。

「ご近所の方とかは、お付き合いはどうですか? 実は今から、周りの人たちに話を聞きに行こうと思っているんです。勿論、怪奇現象の事は一切口にしません」

 三石さんがすぐに答えた。

「ああ、とてもいい方ばかりですよ。会うとにこにこして挨拶してくれるし、世間話を交わしたいしてフレンドリーな方々です」

「その方たちはこの現象の相談はしていませんよね?」

「さすがにそれは……近くに住んでいらっしゃるのに、嫌な気持ちにさせてしまうかもしれませんから」

「そうですよね。分かりました、少しこの家の周辺を見てきます」

「はい、よろしくお願いします」

 私たちはそのまま外へと出た。ひんやりした空気が肌に突き刺さり、少し寒気を覚えたが、同時に爽快感を覚えた。家の中にいた時より、なんだか気分がいい。

 もしかしてやはり、あの不思議な緊張感が、体に疲労感をもたらすのだろうか。

 家の前に並んで立って見てみると、なるほど確かに、車二台がギリギリすれ違えるぐらいの道路を挟んで向かい側にゴミ捨て場があった。背の低いコンクリート製の囲いがあり、その中にカラス除けのネットが見える。

「あれがゴミ捨て場ですね」

 私が指をさすと、柊一さんが頷いた。

「あれだね。確かに家のすぐ前がゴミ捨て場、っていうのは、気にする人もいるかもしれないか。売れ残っていたのはそれが原因かな」

「分からないぞ。不動産屋がそれらしい理由を言っただけで、本当の原因は他にあるという線も」

「まあねえ、そういうこともあるよねえ」

 話しながら、私たちはゆっくり周辺を歩き出した。

 正面から見て、三石さんの左隣に一軒、右側に二軒、似たような新築の家がある。この四軒は間違いなく同時期に建てられたものだろう。新しく、さらに似たような造りの家なので一目瞭然だ。

 表札を見てみると左から順に、『松本』『三石』『朝日野』『袴田』とある。袴田さんと松本さんの家が角地になり、そこを曲がると、かなり古いと思われる木造の家があった。つまりあの四軒の裏側だ。土地が広く、広々とした庭、それから小さな畑と隣接している。古くからここで住んでいる人なのだろう。この家の土地だけで、もう数軒新築の家が建てられそうだ。お金持ちの豪邸、とは少し違うが、きっと昔からずっとここに土地を持っていて暮らしているのだろう。

 その人の表札には『宇野』と書かれていた。

 ぐるりと一周し、また三石さんの家の前まで戻ってきたところで、一旦私たちは足を止める。

「宇野さん……大きなおうちでしたね。それに、だいぶ昔からありそうなお宅です」

 暁人さんが答える。

「あそこに住んでる人に話を聞けたらいいんですがね……宇野さんのお宅のさらに向こうは、メゾネット型のアパートで比較的新しそうなので、あまり古くから住んでいそうにないので」

「昔の事を知っていそうなのは、やっぱり宇野さんのお宅ですよね」

「どうにかして話を聞けたらいいのですが……もう少し違う方面の道も見てみましょうか。他にも古い住民がいそうな家があるかもしれない」

 相談し終え、私たちが歩き出した時、すぐ近くから玄関の扉が開く音が聞こえた。そちらを見てみると、朝日野さんのお宅から、中年のおばさんが出てきたところだった。三石さんのお隣さんである。

 年齢は五十半ばくらいだろうか。パーマをかけた肩までの髪に、ややぽっちゃりの体型。手には箒を持っており、玄関の掃き掃除をするようだった。

 柊一さんと暁人さんが目を合わせると、すぐに彼女に近づいていく。おばさんもこちらに気付き、不思議そうに頭を下げてきた。世間話でも装って色々聞くのだろう、と分かったが、果たしてどう切り出すのか気になるところだ。三石さんの家で起きている怪奇現象については内密にしないといけないのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

菅原龍馬の怖い話。

菅原龍馬
ホラー
これは、私が実際に体験した話しと、知人から聞いた怖い話である。

ママが呼んでいる

杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。 京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

怪奇探偵・御影夜一と憑かれた助手

水縞しま
ホラー
少女の幽霊が視えるようになった朝霧灼(あさぎりあらた)は、神戸・南京町にある「御影探偵事務所」を訪れる。 所長である御影夜一(みかげよるいち)は、なんと幽霊と対話できるというのだ。 胡散臭いと思っていたが、夜一から「助手にならへん?」と持ち掛けられ……。 いわくありげな骨董品が並ぶ事務所には、今日も相談者が訪れる。 対話できるが視えない探偵(美形)と、憑かれやすくて視える助手(粗暴)による家系ホラー。 怪奇×ブロマンスです。

はる、うららかに

木曜日午前
ホラー
どうかお願いします。もう私にはわからないのです。 誰か助けてください。 悲痛な叫びと共に並べられたのは、筆者である高宮雪乃の手記と、いくつかの資料。 彼女の生まれ故郷である二鹿村と、彼女の同窓たちについて。 『同級生が投稿した画像』 『赤の他人のつぶやき』 『雑誌のインタビュー』 様々に残された資料の数々は全て、筆者の曖昧な中学生時代の記憶へと繋がっていく。 眩しい春の光に包まれた世界に立つ、思い出せない『誰か』。 すべてが絡み合い、高宮を故郷へと導いていく。 春が訪れ散りゆく桜の下、辿り着いた先は――。 「またね」 春は麗らかに訪れ、この恐怖は大きく花咲く。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...