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黒い髪
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ぐるりと部屋全体を見回す柊一さんに、私は尋ねた。
「あの……家に入った瞬間、どこかピリッとしたようなオーラを感じたんです。あれってやっぱり、霊がたくさんいるからでしょうか」
何気なく聞いたのだが、彼の表情が急に真面目になった。どこか鋭い眼光で辺りを観察している。
「そっか、遥さんも感じたんだね。勿論僕も暁人も感じたんだけど……あれは霊のせいとはまた違う」
「え? じゃあ何なんですか?」
「分からない」
きっぱりと言って、考えるように腕を組む。
「よく分からないんだ、不思議な空気だった。今まで多くの現場に足を運んだけれど、初めて感じるものだった。悪霊がいるからとか、霊がたくさんいるからとかではない。ホテルでは感じなかったでしょ?」
「は、はい。柊一さんたちでも分からないことがあるんですか……」
「経験はそれなりに積んできたけど、まだまだ僕たちもひよっこだしね。何より、この世界は何が起こるか分からない。その場その場で事情も違うし、分からないことはたくさんあるんだよ」
家に入ってしまった今は、あの不思議な感覚は感じない。もしかしたら、もう慣れてしまったのかもしれなかった。玄関に足を踏み入れた時は、つい動きを止めてしまうほど感じたというのに。
てっきり、霊がいるとか、すごい悪霊がいるとかでああいう感覚になるのかと思っていたけれど、そうでもないのか。では、なんだったんだろう。
考えながら部屋をゆっくり見ていると、急に背後が気になった。誰かに呼ばれたような、そんな感覚になったのだ。振り返ってみるとそこにあったのは、真っ白なクローゼットだった。
両開きの結構広さのあるもので、傷一つない白い扉が眩しい。
深く考えず、私はそこに手をかけ、扉を思い切り引いて開けた。
中には半透明の衣装ケースや、大きな四角い籠に乱雑に入れられた小物などがある。小さな段ボールに入っているのは、パックご飯や缶詰など、非常食と見られる。
何の変哲もないクローゼットの中に、やや拍子抜けして扉を閉めようとした。
途端、ぶらりと何かがぶら下がる。
真っ黒で、ごわついた艶のない髪だった。かなり量の多いそれが、上からただぶら下がって私の顔を撫でたのだ。まるで、誰かが天井から顔を生やしたみたいに。
かさりと乾燥したそれが頬に当たり、肌に突き刺さるような不快感を覚えた。髪はまるで私が扉を開けるずっと前からそこにあったかのように、揺れることもなくただひっそりと存在していた。何が起こったのか分からないその恐怖に、ただ全身が固まった。突然現れた異常な光景に、頭が追い付いていない。
一体何が起きた。この生々しい髪の感触は。
叫び出しそうになったところで、声を吞み込んだ。パニックになりつつも、頭の隅の方で、お腹が大きい弥生さんのことが浮かんだのだ。私の悲鳴に驚いて、二階に上がる途中で転んだりでもしたらーー
自分でも驚くぐらいそんなことを気遣い、ただ無言で思い切り扉を閉めた。息すらするのを忘れていたと思う。扉を開けて、中を見て閉める、たった数秒間の出来事。
「遥さん?」
柊一さんが振り返って私を見る。私は扉に手を置いたまま、柊一さんの顔を見つめ、ただがくがくと震えた。声が出てこない、自分でも思った以上に恐怖に打ちひしがれていたようだ。
「しゅ……さん、こ、こ……」
混乱しながら小さな声で告げると、彼の表情が険しくなる。そして私を少しだけクローゼットから離すと、勢いよくその扉を開けた。
だが、中はしんと静まり返っていた。
荷物が置いてあるだけで、髪の毛一本落ちてはいない。何も異変はなく、普通のクローゼットになっていた。
「あの……家に入った瞬間、どこかピリッとしたようなオーラを感じたんです。あれってやっぱり、霊がたくさんいるからでしょうか」
何気なく聞いたのだが、彼の表情が急に真面目になった。どこか鋭い眼光で辺りを観察している。
「そっか、遥さんも感じたんだね。勿論僕も暁人も感じたんだけど……あれは霊のせいとはまた違う」
「え? じゃあ何なんですか?」
「分からない」
きっぱりと言って、考えるように腕を組む。
「よく分からないんだ、不思議な空気だった。今まで多くの現場に足を運んだけれど、初めて感じるものだった。悪霊がいるからとか、霊がたくさんいるからとかではない。ホテルでは感じなかったでしょ?」
「は、はい。柊一さんたちでも分からないことがあるんですか……」
「経験はそれなりに積んできたけど、まだまだ僕たちもひよっこだしね。何より、この世界は何が起こるか分からない。その場その場で事情も違うし、分からないことはたくさんあるんだよ」
家に入ってしまった今は、あの不思議な感覚は感じない。もしかしたら、もう慣れてしまったのかもしれなかった。玄関に足を踏み入れた時は、つい動きを止めてしまうほど感じたというのに。
てっきり、霊がいるとか、すごい悪霊がいるとかでああいう感覚になるのかと思っていたけれど、そうでもないのか。では、なんだったんだろう。
考えながら部屋をゆっくり見ていると、急に背後が気になった。誰かに呼ばれたような、そんな感覚になったのだ。振り返ってみるとそこにあったのは、真っ白なクローゼットだった。
両開きの結構広さのあるもので、傷一つない白い扉が眩しい。
深く考えず、私はそこに手をかけ、扉を思い切り引いて開けた。
中には半透明の衣装ケースや、大きな四角い籠に乱雑に入れられた小物などがある。小さな段ボールに入っているのは、パックご飯や缶詰など、非常食と見られる。
何の変哲もないクローゼットの中に、やや拍子抜けして扉を閉めようとした。
途端、ぶらりと何かがぶら下がる。
真っ黒で、ごわついた艶のない髪だった。かなり量の多いそれが、上からただぶら下がって私の顔を撫でたのだ。まるで、誰かが天井から顔を生やしたみたいに。
かさりと乾燥したそれが頬に当たり、肌に突き刺さるような不快感を覚えた。髪はまるで私が扉を開けるずっと前からそこにあったかのように、揺れることもなくただひっそりと存在していた。何が起こったのか分からないその恐怖に、ただ全身が固まった。突然現れた異常な光景に、頭が追い付いていない。
一体何が起きた。この生々しい髪の感触は。
叫び出しそうになったところで、声を吞み込んだ。パニックになりつつも、頭の隅の方で、お腹が大きい弥生さんのことが浮かんだのだ。私の悲鳴に驚いて、二階に上がる途中で転んだりでもしたらーー
自分でも驚くぐらいそんなことを気遣い、ただ無言で思い切り扉を閉めた。息すらするのを忘れていたと思う。扉を開けて、中を見て閉める、たった数秒間の出来事。
「遥さん?」
柊一さんが振り返って私を見る。私は扉に手を置いたまま、柊一さんの顔を見つめ、ただがくがくと震えた。声が出てこない、自分でも思った以上に恐怖に打ちひしがれていたようだ。
「しゅ……さん、こ、こ……」
混乱しながら小さな声で告げると、彼の表情が険しくなる。そして私を少しだけクローゼットから離すと、勢いよくその扉を開けた。
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荷物が置いてあるだけで、髪の毛一本落ちてはいない。何も異変はなく、普通のクローゼットになっていた。
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