みえる彼らと浄化係

橘しづき

文字の大きさ
上 下
36 / 71

恐ろしい光景

しおりを挟む
 それにも全く動じない柊一さんと暁人さんは、淡々と言う。

「怖い顔だねー。でも、その方が似合ってる。悪霊って感じの顔。そりゃ相手に嫌われるよ」

「相手を苦しめてまで自分の手に入れたいと思うのはとんだエゴだ、地獄に落ちた方がいい」

 二人の言葉に、佳子さんが甲高い叫び声をあげた。悲鳴のような、威嚇のような声だった。

 再び寒気と、頭痛に襲われ頭を抱える。負のオーラに当てられ、体が辛い。西雄さんの霊を閉じ込めていたくらい強い霊なのだから、私の体調に不調を及ぼすぐらい何てことないだろう。

 しかし柊一さんは、全くおびえるそぶりはなく、むしろ相手を睨みつけた。冷たい視線から、彼の怒りが伝わってくる。

 そして静かな声で言った。

「僕はね……人の命を奪うような最低な霊は、容赦しない」

 そう言った途端、彼の髪の毛がぶわっと舞い上がった。風なんて私はちっとも感じないのに、だ。そしてその体から、何かが再び出てくる。皮膚からざわざわと蜃気楼のように揺れながら、少し白みがかった不思議な空気が揺れている。それはどこかキラキラと輝いているように見え、一瞬綺麗だ、と思った。

 だがそう思ったのも束の間で、私はすぐに恐怖に慄いた。なぜかは分からない、柊一さんの体から出てくるそれらが、あまりに強い力で恐ろしかった。神々しさを感じつつも、私には決して手に負えない、近づいてはいけないものだと思ったのだ。佳子さんにしがみつかれた時や、部屋に閉じ込められた時とまた別の感覚だ。

 体の震えが止まらない私を、暁人さんが支えるようにしてくれる。柊一さんの髪がなお大きく靡き、同時にあのモヤみたいなものが巨大化し、彼の全身を包んだ。色のない炎のようだった。柊一さんが燃えてしまうような錯覚に陥って、叫びそうになるも、声すら出なかった。

 少しだけ見えた柊一さんの横顔は、苦しそうでもあり、楽しそうでもあった。眉間に皺をよせ、額に汗をかいているかと思えば、口元は笑っている。そんな複雑な表情をして佳子さんをじっと見つめていた。

「喰え」

 柊一さんが、誰かにそう命令した。

 その途端、彼の体から出ている白い炎のようなものが、一斉に佳子さんを襲った。ものすごいスピードで、彼女は逃げる暇もなく、一瞬で包まれる。

 とてつもない悲鳴が上がった。腹の底から出されたような、あまりに苦しそうな声で、私はつい耳を塞いだ。

 白いやつらは意思を持っているのか、佳子さんを確実に包んでいる。まるで普通の人間が火事で苦しむように、彼女は全身をバタバタさせ痛がった。そして呼吸苦になるように喉を押さえ、舌を長く出しながら暴れる。その皮膚がどろりと溶け出したのに気が付き、私はただ震えを大きくさせた。異臭までしてくる。

 そのまま佳子さんはどんどん溶けた。溶けたあとは何も残らず、あの白い炎たちに吸収されているようだった。ほんの数秒で全身が溶け切ったかと思うと、白い炎が完了したとばかりに柊一さんの元へと戻ってくる。彼の体に染み込んでいく。

 皮膚から入ってくるたび、柊一さんの表情が歪んだ。その綺麗な顔が苦痛に満ち、ああ溶けた佳子さんが今、柊一さんの中へ入っているんだと分かった。

 すべてが消えた瞬間、柊一さんががくっと膝を折った。暁人さんが慌てて駆け寄る。私はただ今見た光景が衝撃的過ぎて、その場からすぐに動けなかった。

「柊一!」

 柊一さんは意識を保っているようだった。そして西雄の方をゆっくり見る。

「まだ……あっちが、終わってない……」

 すっかり西雄……いや、西雄さんの存在を忘れていた。そっちを見ると、彼は血だらけのまま立ってこちらを見ている。暁人さんが立ちあがり、数珠を握りしめる。そしてじっと西雄さんを見つめる。

「……ずっとここに閉じ込められていたんですか」

 彼の問いに、西雄さんが少し俯いた。暁人さんは優しい口調で話しかけ続ける。

「あなたの方が被害者だったんですね。見た通り、あの女はもう消えました。動けますか?」

 西雄さんはゆっくり辺りを見回す。痛々しいその体で、彼はやっと口を開いた。

『情けない……長かった……』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき
ホラー
書籍発売中!よろしくお願いします! 『視えざるもの』が視えることで悩んでいた主人公がその命を断とうとした時、一人の男が声を掛けた。 「いらないならください、命」  やたら綺麗な顔をした男だけれどマイペースで生活力なしのど天然。傍にはいつも甘い同じお菓子。そんな変な男についてたどり着いたのが、心霊調査事務所だった。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

藍沢響は笑わない

橘しづき
ホラー
 椎名ひなのは、毎日必死に働く新米看護師だ。    揉まれながら病院に勤める彼女は、ぱっと見普通の女性だが、実は死んだ人間が視えるという、不思議な力を持っていた。だが普段は見て見ぬふりをし、関わらないように過ごしている。    そんな彼女にある日、一人の男が声をかけた。同じ病棟に勤める男前医師、藍沢響だった。無口で無愛想な彼は、ひなのに言う。 「君、死んだ人が見えるんでしょう」   同じ力を持つ藍沢は、とにかく霊と関わらないことをひなのに忠告する。しかし直後、よく受け持っていた患者が突然死する……。    とにかく笑わない男と、前向きに頑張るひなの二人の、不思議な話。そして、藍沢が笑わない理由とは?

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...