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こんな方法しかない
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さっきからずっと思っていたけれど、どうしてこんな方法を取ってまでこの仕事をしているんだろう。他にも仕事はたくさんある。あれだけ綺麗な顔をしているんだから、モデルでだってやっていけるレベルだ。なのに、あえて選んだのが霊を食べる仕事、だなんて。
複雑な思いで見守っていると、柊一さんがUFOキャッチャーのそばに近づいた。向こう側で私たちをじっと見ている西雄一郎は、消えることなくそのまま存在している。不気味な目でじっと柊一さんを見上げている。緊張感のあるその空気を、私は固唾を呑んで見守っていた。
柊一さんが西雄一郎に何か言いかけた時、突如自分の足にぬるりとした感触が伝わってきた。べたりとした何かで濡れており、温度は生ぬるくて、嫌な感触。
そして鼻につく、鉄の匂い。
自分の足元に視線を落とした瞬間、叫び声をあげた。私の足に縋りついているのが、血まみれの女性だったからだ。
真っ黒な黒髪は長く、その隙間からこちらを見上げる目が覗いている。今にも零れ落ちそうなほど見開かれ、白目は血走っていた。私の足首をしっかり握り、苦しそうに顔を歪めながら私を見上げている。全身真っ赤に染まり、黒髪ですら、血でところどころ固まって肌に張り付いていた。首に大きな傷があり、そこからまるで生きているように流血していた。
その恐ろしい風貌につい声を上げてしまったが、すぐに思いなおす。この人は理不尽に殺され、そのあとも三十年ここから動けずにいる、哀れな人なんだと。私に助けを求めている。
……こんな姿にさせられただなんて。
「井上さん!」
暁人さんがすぐに数珠を握りなおして私に向き直る。そんな彼を、私は手で制して止めた。
「待ってください……! 柊一さんがあっちを何とかすれば、佳子さんは落ち着くかも……!」
哀れなこの人を、同じ女性として放っておけなかった。
怖くてたまらないし、今すぐにでも逃げ出したい気持ちは山々だけれど、今は踏ん張りたいと思う。三十年もの長い時間、苦しめられた佳子さんが楽になるのなら。
恐る恐る見下ろしてみると、彼女と目が合う。倒れてしまいそうなほど怖い、でも、彼女を哀れに思う気持ちがかろうじて自分を保たせた。
この人にもきっと、大事な家族がいたはず。大好きな友達や、もしかしたら恋人もいたのかも。そんな人生を奪われるだけで辛くて堪らないだろうに、そのあと長く憎い男のそばにいさせられたなんて、こんな拷問あるだろうか。私だったら、と考えるだけで、怒りに震えてしまう。
あなたを生き返らせることは出来ないけれど、せめて西雄から解放させてあげられれば。
私がそう強く思うと、ふと彼女は足から手を離した。もしかしたら私の想いが伝わったのだろうか。私の肌にはべっとりと血が付着していてとても不快だったが、それよりも佳子さんの事が気になった。
彼女はゆっくりと立ち上がる。ふらりと体を揺らし、両手を垂らしながら頭を持ち上げ、私と同じ視線になる。
細められた目に、自分が映っていた。
「佳子さん……」
そう名前を呼んだ時、何か得体のしれぬオーラを背後に感じ、反射的に振り返る。ゲームコーナーの中に立つ柊一さんの後ろ姿が見え、その体から、何かが出てきている。目を凝らしてもよくわからない、不思議なあれは何だろう。
ぶわっと柊一さんの髪の毛が風が吹いたように巻き上がった。
彼が今、どんな表情をしているのか分からない。ただ、これまでの人生で見てきたどんな光景よりも厳かで、恐ろしいものだというのだけが分かった。
「食べる……」
ポツリと自分の口から声が漏れた。初めて見る彼の食べる光景に、ごくりと唾を飲み込んだ。
そんな柊一さんを見て、UFOキャッチャーの向こう側にいた西雄が、初めて立ち上がった。そこで見えた西雄の姿に、私は息を呑んだ。
彼もまた全身血まみれで、肌色がほぼ見えない状態だった。痛々しいその姿は目をそらしたくなる。真っ黒な瞳で、ただじいっと無言でこちらを見ているその様は、ただただ不気味だ。
だがそのとき、柊一さんの様子が変わった。彼から出ていた不思議なオーラが、ふっと収まったのだ。靡いていた髪も元に戻る。そして少しの間があったあと、勢いよくこちらを振り返った。
「そっちだ!」
複雑な思いで見守っていると、柊一さんがUFOキャッチャーのそばに近づいた。向こう側で私たちをじっと見ている西雄一郎は、消えることなくそのまま存在している。不気味な目でじっと柊一さんを見上げている。緊張感のあるその空気を、私は固唾を呑んで見守っていた。
柊一さんが西雄一郎に何か言いかけた時、突如自分の足にぬるりとした感触が伝わってきた。べたりとした何かで濡れており、温度は生ぬるくて、嫌な感触。
そして鼻につく、鉄の匂い。
自分の足元に視線を落とした瞬間、叫び声をあげた。私の足に縋りついているのが、血まみれの女性だったからだ。
真っ黒な黒髪は長く、その隙間からこちらを見上げる目が覗いている。今にも零れ落ちそうなほど見開かれ、白目は血走っていた。私の足首をしっかり握り、苦しそうに顔を歪めながら私を見上げている。全身真っ赤に染まり、黒髪ですら、血でところどころ固まって肌に張り付いていた。首に大きな傷があり、そこからまるで生きているように流血していた。
その恐ろしい風貌につい声を上げてしまったが、すぐに思いなおす。この人は理不尽に殺され、そのあとも三十年ここから動けずにいる、哀れな人なんだと。私に助けを求めている。
……こんな姿にさせられただなんて。
「井上さん!」
暁人さんがすぐに数珠を握りなおして私に向き直る。そんな彼を、私は手で制して止めた。
「待ってください……! 柊一さんがあっちを何とかすれば、佳子さんは落ち着くかも……!」
哀れなこの人を、同じ女性として放っておけなかった。
怖くてたまらないし、今すぐにでも逃げ出したい気持ちは山々だけれど、今は踏ん張りたいと思う。三十年もの長い時間、苦しめられた佳子さんが楽になるのなら。
恐る恐る見下ろしてみると、彼女と目が合う。倒れてしまいそうなほど怖い、でも、彼女を哀れに思う気持ちがかろうじて自分を保たせた。
この人にもきっと、大事な家族がいたはず。大好きな友達や、もしかしたら恋人もいたのかも。そんな人生を奪われるだけで辛くて堪らないだろうに、そのあと長く憎い男のそばにいさせられたなんて、こんな拷問あるだろうか。私だったら、と考えるだけで、怒りに震えてしまう。
あなたを生き返らせることは出来ないけれど、せめて西雄から解放させてあげられれば。
私がそう強く思うと、ふと彼女は足から手を離した。もしかしたら私の想いが伝わったのだろうか。私の肌にはべっとりと血が付着していてとても不快だったが、それよりも佳子さんの事が気になった。
彼女はゆっくりと立ち上がる。ふらりと体を揺らし、両手を垂らしながら頭を持ち上げ、私と同じ視線になる。
細められた目に、自分が映っていた。
「佳子さん……」
そう名前を呼んだ時、何か得体のしれぬオーラを背後に感じ、反射的に振り返る。ゲームコーナーの中に立つ柊一さんの後ろ姿が見え、その体から、何かが出てきている。目を凝らしてもよくわからない、不思議なあれは何だろう。
ぶわっと柊一さんの髪の毛が風が吹いたように巻き上がった。
彼が今、どんな表情をしているのか分からない。ただ、これまでの人生で見てきたどんな光景よりも厳かで、恐ろしいものだというのだけが分かった。
「食べる……」
ポツリと自分の口から声が漏れた。初めて見る彼の食べる光景に、ごくりと唾を飲み込んだ。
そんな柊一さんを見て、UFOキャッチャーの向こう側にいた西雄が、初めて立ち上がった。そこで見えた西雄の姿に、私は息を呑んだ。
彼もまた全身血まみれで、肌色がほぼ見えない状態だった。痛々しいその姿は目をそらしたくなる。真っ黒な瞳で、ただじいっと無言でこちらを見ているその様は、ただただ不気味だ。
だがそのとき、柊一さんの様子が変わった。彼から出ていた不思議なオーラが、ふっと収まったのだ。靡いていた髪も元に戻る。そして少しの間があったあと、勢いよくこちらを振り返った。
「そっちだ!」
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