みえる彼らと浄化係

橘しづき

文字の大きさ
上 下
32 / 71

奥が深い、霊という存在

しおりを挟む
 私の表情が晴れないことに気が付いたのか、柊一さんが優しく微笑んだ。

「大丈夫。今回は遥さんがいてくれるから、きっと僕もずっと楽なはずだよ」

「お役に立てればいいんですが……」

「まあ、まずは相手を見つけ出さなきゃ食べるに食べれないんだけどね。ホテル広いからなあ、警戒して隠れてるのかなあ」

 あっけらかんとそういう柊一さんは強いな、と思った。どうしてこの仕事を始めたんだろう、機会があれば聞いてみよう。

 柊一さんが顎に手を置きつつ言う。

「あともう一人は佳子さんって方だけど……西雄の方を食べれば彼女は解放されるとは思うけど、もしかしたら佳子さんも悪霊になってるかもしれないよなあ」

「え!?」

 自分の口から大きな声が漏れた。だって、佳子さんは完全な被害者ではないか。生前からストーカーされて殺されて、霊になってからも閉じ込められている。西雄をやっつければ、佳子さんは安らかになれるものではないのか。

「佳子さんは被害者じゃないですか、なんで悪霊になるんですか?」
 
 私の疑問に、暁人さんが答えてくれる。

「残念なことに、生前善人であれば死後も穏やかに存在する、というわけではないんです。西雄のように、生前の行いや人間性が原因で悪霊になるものもいますが、他にも原因はある。強い憎しみを抱きながら長くこの世に彷徨ってしまうと、悪霊化してしまう場合があるんです」

「強い憎しみ……」

 小さく呟いた。一方的に命を奪われ、憎しみを抱かずにいられる人なんているんだろうか。そして死後さらに、その相手に囚われていたとしたら。それも、三十年も、だ。

 私は悲痛な声を上げた。

「そんなのひどすぎませんか? 佳子さんは何も悪くない。悪霊にさせられたってだけです。なのに、佳子さんまで食べられなきゃいけないんですか? 死んでからもそんな最後だなんて」

 声が詰まる。同じ女性として、悔しくてならない。

 だが怒りに震える私に、柊一さんは優しく声を掛けた。

「大丈夫。もし佳子さんが悪霊になっていたからと言って、むやみにすぐ食べたりしない。穏やかな眠り方が出来るように働きかけるよ。悪霊にも二種類あってね、なるべくしてなった悪霊は魂が奥底まで真っ黒なんだ。でも、生前心が清らかだった人は、いわば表面だけが黒くなってる状態。その表面を何とか白く戻せば、食べずに穏やかに除霊できるから」

「……そんなこと、できるんですか?」

 驚きで訊いてみるが、二人は自信たっぷりに頷いた。暁人さんが言う。

「可哀そうな悪霊相手には、食べるのは最終手段です。まあ、そこの判断が難しいんですよ、この霊はどう対応するのが正しいのか、考えながら接していかなければならない。だから、ああやって事前情報は大切なんです」

「……難しいんですね」

 細かいことはよくわからないが、とにかく二人はその霊によって対処を変えているということだけは分かった。霊と一言で言っても、いろんな相手がいるんだなあ。一人一人事情が違うってことか。食べればいいってもんじゃないし、祓えばいってもんでもないんだろう。

 私はひとまず胸を撫でおろした。

「とにかく、佳子さんがもし悪霊になってたとしても、すぐに食べられたりはしないんですね。安心しました、可哀そうな人なのに、そんな最後はあんまりだと思って」

「優しいね、霊相手にそんな風に思えるなんて。ただ、全てが成功するとは限らないよ。どうしても無理な場合は、やむなく食べる場合もある。仕方ないことなんだよ」

 そう言った柊一さんの声は、どこか悲しげに聞こえた。今まできっと、そういう過去があったんだろうと思わせる、切ない言い方だった。私には知らないことがたくさんあるんだろう。

 ……思ったより、ずっと奥が深いんだな。私はそう思った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

菅原龍馬の怖い話。

菅原龍馬
ホラー
これは、私が実際に体験した話しと、知人から聞いた怖い話である。

ママが呼んでいる

杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。 京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

はる、うららかに

木曜日午前
ホラー
どうかお願いします。もう私にはわからないのです。 誰か助けてください。 悲痛な叫びと共に並べられたのは、筆者である高宮雪乃の手記と、いくつかの資料。 彼女の生まれ故郷である二鹿村と、彼女の同窓たちについて。 『同級生が投稿した画像』 『赤の他人のつぶやき』 『雑誌のインタビュー』 様々に残された資料の数々は全て、筆者の曖昧な中学生時代の記憶へと繋がっていく。 眩しい春の光に包まれた世界に立つ、思い出せない『誰か』。 すべてが絡み合い、高宮を故郷へと導いていく。 春が訪れ散りゆく桜の下、辿り着いた先は――。 「またね」 春は麗らかに訪れ、この恐怖は大きく花咲く。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

怪奇探偵・御影夜一と憑かれた助手

水縞しま
ホラー
少女の幽霊が視えるようになった朝霧灼(あさぎりあらた)は、神戸・南京町にある「御影探偵事務所」を訪れる。 所長である御影夜一(みかげよるいち)は、なんと幽霊と対話できるというのだ。 胡散臭いと思っていたが、夜一から「助手にならへん?」と持ち掛けられ……。 いわくありげな骨董品が並ぶ事務所には、今日も相談者が訪れる。 対話できるが視えない探偵(美形)と、憑かれやすくて視える助手(粗暴)による家系ホラー。 怪奇×ブロマンスです。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

処理中です...