みえる彼らと浄化係

橘しづき

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「もう見えてくるはずですよ……あ、ほら、あれだ」

 暁人さんが言ったので前を見てみると、暗くてよく見えないが確かに大きい建物が確認できた。車はそれに近づき、ホテルのすぐ前に停められた。元々駐車場だったのかもしれない、広々とした空間がある。車を降りてみると、寒さが自分の肌をさし、ぶるっと震えた。もう少し厚着してくればよかったかもしれない。

 辺りはひたすら木で囲まれている場所だった。だが、こんな場所でも訪問者は多いらしく、地面にまだ新しいと思われるお菓子のごみや酒の缶が散乱していた。肝試しに来た、怖いもの知らずな人たちが捨てたのだろう。

 びゅううっと風が吹いて自分の髪を巻き上げる。その音が、まるで人のうめき声のように聞こえてぞっとした。

 怖がっている私の横で、二人がごそごそと何かしている。そして次にパッと周りが明るくなった。二人がそれぞれ懐中電灯を手にしたからだ。暁人さんたちの顔がしっかり見えたので、少しだけ恐怖心が薄れた。光とは、重要なものだ。

「はい、井上さんもライトを」

「ありがとうございます……!」

「あとこれ、よかったら」

 そう言って暁人さんが差し出してくれたのは一枚のパーカーだった。私が寒そうにしているのを見ていたのだろう。その気づかいに感激し、ありがたくお借りする。
 
 白いパーカーを羽織ると、当然ながらだいぶ大きかった。暁人さんはそれなりに身長もあるので、私とはサイズが全く違う。袖に手が隠れてしまうので、簡単に折り曲げておいた。男性の服を着るという行為は、どうしてこうも変な気持ちになるのだろう。

「ありがとうございます!」

「それと懐中電灯だけじゃ心もとないので、これもつけてもらえますか」

 彼が差し出したのは、ランニングライトだった。その名の通り、夜にランニングする人が主に使用するもので、見たところ胸部につけるタイプのものだった。私は受け取り、ベルトを肩から通してみる。

 スイッチを入れると、思ったより明るい光がついた。これ一つでだいぶ周辺が見やすくなる。

「ああ、結構明るくなって安心しました」

 ほっとして言うと、二人が微笑んだ。暁人さんも同じようにランニングライトをつけたので、さらに周辺が見えやすくなる。

 だが同時に、すぐ隣にあるホテルもよく見えるようになってしまった。私はそれを呆然と見上げる。
 
 古い形のホテルだった。三階建てで、横長の形をしており、客室と思われる窓がずらっと並んでいる。元は白かったであろう外壁は、今は真っ黒なシミがまだらについており、その年月を物語っている。時折、誰かがいたずらで書いたであろうスプレーの落書きがあった。

 すぐ近くには入り口と思われるガラス製の扉が見えた。自動ではなく、手で開閉するタイプらしい。どこか懐かしさを感じる造りだ。だがそれも、長く雨風にさらされたせいかそれとも人によるものなのか、一部大きく割れてしまっていた。

 柊一さんが言う。

「幽霊どうこうより、足場が悪そうだからそういう面で遥さんが心配だなあ。怪我とかしなきゃいいけど。幸運の体質って言ったって、転んで怪我するぐらいはあるでしょう?」

「ま、まあそれは、はい」

「僕たちにつかまっていいからね」

 ふわりと笑って言ってくれる。こんな状況だというのに、どきりとしてしまった。なんて人なんだ。

「ありがとうございます……」

「じゃ、行こうか。あまり遅くなってもね」

 二人が合図して歩き出す。暁人さんと柊一さんは、気遣ってくれているのか、私を挟むようにしている。ああ、こんな風に男性に挟まれたのは、人生で初めての経験だ。心霊スポットでなければいいのに。

 入口にたどり着くと、ライトに照らされ中がぼんやりと見えた。中は悲惨なことは確かなようで、足元には瓦礫のようなものが散乱している。

 暁人さんがガラス製のドアを開けた。鍵などはかかっていないようだ、かかっていたとしても割れてしまっているこの状況では意味がないだろう。

 ドアが全開になると、中から埃とカビの匂いがむわっと私を襲った。暁人さんが照らした灯りの先に、フロントらしきものが見える。ここはロビーだったのだろう。

 私も持っていた懐中電灯で照らし中を観察してみる。ひっくり返った椅子やテーブル、ゴミや瓦礫が散らばって足元は悪いし、壁も壁紙が剥がれ落ちている。どこもかしこも埃で真っ黒だ。
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