18 / 71
何だこの可愛い生き物は
しおりを挟む
私は聞き返す。
「今日はないんですか?」
「うん、だって場所が泊まり込める場所じゃないもん」
「どこに向かってるんですか?」
私が尋ねると、バックミラー越しに暁人さんがこちらを見た。そして答える。
「廃ホテルです」
「廃ホテル……」
聞いた途端、やはり今日は見送った方がよかったんじゃないか、と後悔した。廃業したホテルや病院などは、心霊スポットとして真っ先に思い浮かぶ場所である。曰くがある場所という覚悟はしていたものの、まさか廃墟にいくとは。
顔を青くしてしまった私に気付き、暁人さんがハンドルを操作しながら言う。
「やはり初めての場所としては刺激が強いのでは。すみません、初めに言っておけばよかったかも」
「い、いえ……大丈夫です」
もうそこに向かっているのだから、今更引き下がれまい。私は無理矢理笑って見せた。
暁人さんが続ける。
「ただ、場所は雰囲気がありますが、今日は悪霊がいない可能性も高いんです」
「と、いいますと?」
「依頼主はテレビ局です。心霊スポットとして地元では有名な場所ですが、あくまで噂。そこに企画として芸能人が入るそうなんです」
「ああ、よくある心霊番組ですね」
寒くなってきた今は季節外れともいえる心霊番組。主に夏に放送されることが多い。内容としては、心霊写真の特集をしたりだとか、曰くのある人形を紹介するだとか、あとは幽霊が出ると噂される場所に芸能人が調査に行く。私もよく家で見ては、ゾクゾクわくわくしたものだ。
が、正直なことを言うと、心霊番組で紹介される全てが本物だとは思っていない。中には故意に作られたものや、たまたまそうなってしまったものなどが多いと思っている。
暁人さんが続ける。
「そこで、中に入る芸能人に危害を及ぼすような悪霊がいないかどうか、調べてほしいという依頼です。稀にこういう依頼があります」
「え、あらかじめ調査してから入るんですか!?」
そんなのは初耳だ。隣の柊一さんが説明を引き継ぐ。
「全部の番組がそうってわけじゃないよ。今回依頼してきたテレビ局は、ずっと前企画で中に入った芸能人が、なーんかやばい目に遭っちゃったんだって。それから、こっそり調査してから撮影することになったんだって」
「金もかかるので、基本的に他のテレビ局はしてないと思います。幽霊がいるかいないか、ではなく、人に危害を及ぼすような悪霊がいないかの調査です。本当の恐怖体験になってしまっては、放送も出来なくなるし損する部分が多いですから」
初めて聞いた話に唸る。でもまあ、簡単に言えば安全確認なんだろう。何もせずにタレントを心霊スポットに放り投げるより、ずっと安全だし真面目な気がした。
「なるほど、それで見に行くんですね」
「そうです。今日あえて夜を選んだのも、撮影する時間が夜だからです。同じ条件で見ておかねばなりませんから」
「じゃあ、普段は昼に調査することも多いんですか」
「もちろんです。それと、どんな霊がいるかは分からないので、井上さんの出番がないこともあります」
一瞬意味が分からずきょとん、としてしまうが、少しして理解が追い付いた。
柊一さんが相手にするのは、力の強い悪霊だ。そのほかは暁人さんが祓うという。もし今日行く廃ホテルに悪霊がいなければ、柊一さんの出番はないのだ。そうなると、もちろん私もやることなし。
そうか……同行したとしても、私の仕事がないパターンもあるのか。
「悪霊って、やっぱり見ただけで分かるんですか?」
尋ねると、柊一さんが考えながら言う。
「んー厳密に言うと、見ただけで分かるときもあれば、そうじゃないときもある。一目でヤバイな、って感じるものもいるよ、そういうのはもはや人間の頃の面影が残ってない」
どんな形をしているんだろう……。
「でもすぐに判断がつかないこともある。霊にも個性があってね、本性を故意に隠してるやつがいたり、力は強いのに別に人に危害を与えようとは思ってなかったり、とにかく色々いるんだよ」
「難しいですね。こういう世界の話は聞いたことがないので、よくわかりません」
柊一さんが頷く。
「普通に生きてたらないよね。とにかく、僕たちから離れず、無理だと思ったらすぐに言うこと。それが遥さんのお仕事だよ」
まるで子供に言い聞かせるように言ってくる柊一さんに、頷いて見せた。暁人さんがバックミラー越しに、珍しい物を見る目で柊一さんを眺める。
「柊一がずいぶんしっかりして見えるな。普段からそうシャキッとしててほしいもんだよ」
「僕は普段からしゃきっとしてる」
「どこがだよ。多分お前の天然ぶりは井上さんも気づいてる」
「天然じゃない」
「天然だ」
柊一さんが口をとがらせている。それを横から、瞬きもせずに唖然として見つめた。か、可愛い。何だこの生き物は!
「今日はないんですか?」
「うん、だって場所が泊まり込める場所じゃないもん」
「どこに向かってるんですか?」
私が尋ねると、バックミラー越しに暁人さんがこちらを見た。そして答える。
「廃ホテルです」
「廃ホテル……」
聞いた途端、やはり今日は見送った方がよかったんじゃないか、と後悔した。廃業したホテルや病院などは、心霊スポットとして真っ先に思い浮かぶ場所である。曰くがある場所という覚悟はしていたものの、まさか廃墟にいくとは。
顔を青くしてしまった私に気付き、暁人さんがハンドルを操作しながら言う。
「やはり初めての場所としては刺激が強いのでは。すみません、初めに言っておけばよかったかも」
「い、いえ……大丈夫です」
もうそこに向かっているのだから、今更引き下がれまい。私は無理矢理笑って見せた。
暁人さんが続ける。
「ただ、場所は雰囲気がありますが、今日は悪霊がいない可能性も高いんです」
「と、いいますと?」
「依頼主はテレビ局です。心霊スポットとして地元では有名な場所ですが、あくまで噂。そこに企画として芸能人が入るそうなんです」
「ああ、よくある心霊番組ですね」
寒くなってきた今は季節外れともいえる心霊番組。主に夏に放送されることが多い。内容としては、心霊写真の特集をしたりだとか、曰くのある人形を紹介するだとか、あとは幽霊が出ると噂される場所に芸能人が調査に行く。私もよく家で見ては、ゾクゾクわくわくしたものだ。
が、正直なことを言うと、心霊番組で紹介される全てが本物だとは思っていない。中には故意に作られたものや、たまたまそうなってしまったものなどが多いと思っている。
暁人さんが続ける。
「そこで、中に入る芸能人に危害を及ぼすような悪霊がいないかどうか、調べてほしいという依頼です。稀にこういう依頼があります」
「え、あらかじめ調査してから入るんですか!?」
そんなのは初耳だ。隣の柊一さんが説明を引き継ぐ。
「全部の番組がそうってわけじゃないよ。今回依頼してきたテレビ局は、ずっと前企画で中に入った芸能人が、なーんかやばい目に遭っちゃったんだって。それから、こっそり調査してから撮影することになったんだって」
「金もかかるので、基本的に他のテレビ局はしてないと思います。幽霊がいるかいないか、ではなく、人に危害を及ぼすような悪霊がいないかの調査です。本当の恐怖体験になってしまっては、放送も出来なくなるし損する部分が多いですから」
初めて聞いた話に唸る。でもまあ、簡単に言えば安全確認なんだろう。何もせずにタレントを心霊スポットに放り投げるより、ずっと安全だし真面目な気がした。
「なるほど、それで見に行くんですね」
「そうです。今日あえて夜を選んだのも、撮影する時間が夜だからです。同じ条件で見ておかねばなりませんから」
「じゃあ、普段は昼に調査することも多いんですか」
「もちろんです。それと、どんな霊がいるかは分からないので、井上さんの出番がないこともあります」
一瞬意味が分からずきょとん、としてしまうが、少しして理解が追い付いた。
柊一さんが相手にするのは、力の強い悪霊だ。そのほかは暁人さんが祓うという。もし今日行く廃ホテルに悪霊がいなければ、柊一さんの出番はないのだ。そうなると、もちろん私もやることなし。
そうか……同行したとしても、私の仕事がないパターンもあるのか。
「悪霊って、やっぱり見ただけで分かるんですか?」
尋ねると、柊一さんが考えながら言う。
「んー厳密に言うと、見ただけで分かるときもあれば、そうじゃないときもある。一目でヤバイな、って感じるものもいるよ、そういうのはもはや人間の頃の面影が残ってない」
どんな形をしているんだろう……。
「でもすぐに判断がつかないこともある。霊にも個性があってね、本性を故意に隠してるやつがいたり、力は強いのに別に人に危害を与えようとは思ってなかったり、とにかく色々いるんだよ」
「難しいですね。こういう世界の話は聞いたことがないので、よくわかりません」
柊一さんが頷く。
「普通に生きてたらないよね。とにかく、僕たちから離れず、無理だと思ったらすぐに言うこと。それが遥さんのお仕事だよ」
まるで子供に言い聞かせるように言ってくる柊一さんに、頷いて見せた。暁人さんがバックミラー越しに、珍しい物を見る目で柊一さんを眺める。
「柊一がずいぶんしっかりして見えるな。普段からそうシャキッとしててほしいもんだよ」
「僕は普段からしゃきっとしてる」
「どこがだよ。多分お前の天然ぶりは井上さんも気づいてる」
「天然じゃない」
「天然だ」
柊一さんが口をとがらせている。それを横から、瞬きもせずに唖然として見つめた。か、可愛い。何だこの生き物は!
16
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説

ママが呼んでいる
杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。
京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。

本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる