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フードの中は
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「えっ? 手を?」
急に何を言い出すのだ、と驚く。ほとんど初対面の私がなぜ彼の手を握るのだ。そういうのは親しい人間の仕事ではないか。
男性は真剣なまなざしで私を見ている。
「さっき、こいつに触れたでしょう」
「ああ、脈をみたときですか?」
「普通の人間は、この状態のこいつに触れて平気ではいられないんです。でも、あなたは大丈夫だった。それどこか、俺の目が正しければ……触れた時、この黒いもやたちが少し浄化していた」
私が手を出した時、触るなと言っていたのを思い出す。そうか、普通の人間はああはいかないのか。
彼は続ける。
「俺はこいつに触れるぐらいは大丈夫だけど、浄化を手助けをする力はない。そんなことを出来るのはごくまれな人間なんです。でもたぶん、あなたは出来る」
「私がですか!? ああ、母は蹴散らせる、って言ってましたが……」
「そういう家系なんですね。もちろん、試してみて、あなたに害が及びそうならすぐにやめてもらっていいです。少しだけでも、柊一が楽になったら」
フードの男性は柊一さん、という名前らしい。私は二人を見てしばらく迷った挙句、ここまで世話を焼いたのだから、最後まで付き合おう、と決意した。
本当に自分にそんな力があるのか分からないけれど、この人が楽になるのなら。
「じゃ、じゃあ試しに……うまくいくか分からないですけど」
「ありがとうございます!」
私は静かにベッドの横に移動した。そして、横たわる彼の顔を見る。
なんとなくその表情を見たくなって、そっとフードをどかせてみた。これが初めて見る、お隣さんの顔。
そこには、少し驚いてしまうほどの綺麗な顔があった。
白い肌に長いまつ毛、高い鼻。薄めの唇に、さらりとしたダークブラウンの髪。一瞬、女性だったのかと思ってしまったが、体格は間違いなく男性なので、『美人な男の人』なのだろう。こんなきれいな人、初めて見た。
しかしその眉間には皺がより、頬がぴくぴくと動いている。苦しいのか、痛いのか。どちらにせよ、彼がひとり苦痛に耐えているのが分かった。少しすると、唇からうめき声が聞こえてくる。不規則な息遣いから見ても、これはかなり辛そうだ。
私は意を決して、彼の手をそっと取ってみた。やはりひんやりしていて、生きている人間の体温とは思えない。
黒いもやたちが、より一層動きを速め、男性を覆う。離れるもんか、と言っている気がした。だが少し経って、その動きが緩慢になってきた。もやたちはゆらゆらと陽炎のように揺れつつも、明らかに薄くなってきているのだ。
私はというと、特に自分の体に異変は感じられない。辺りを見回してみても、部屋に変わりはなかった。短髪の男性が、信じられない物を見る目で私たちを見ているだけだ。
どれほどの時間そうしていただろうか。気が付けばとっくに日付は超え、もやもだいぶ小さくなってきていた。柊一さんの表情は穏やかなものになっており、気持ちよさそうな寝息が聞こえてきたほどだ。
「もう大丈夫だと思います」
短髪の男性が言ったので、私はようやく手を離した。まだもやは消え切ってはいないが、だいぶ減ったので、楽にはなっただろう。
振り返ると、男性が私に深々と頭を下げていた。何事かと慌てる。
「あ、あの?」
「ありがとうございました。あなたは体調など、大丈夫ですか?」
「はい、私はなんともありませんから、顔を上げてください」
「凄い、こんな短時間で」
顔を上げた彼の表情は、ほっとしているようだった。固かった表情が柔らかくなっており、だいぶ心配していたんだろうなあと想像がつく。
彼は再度私に頭を下げた。
「申し遅れました、俺は片瀬暁人と言います。そっちは、黒崎柊一」
「ああ、黒崎さんがお隣に住んでるんですよね? 一度見たことがあって」
「はいそうです。この度は無理なお願いをしてすみませんでした」
片瀬さんは丁寧にそう言ってくれる。思っていたけれど、ずいぶんしっかりした人だなあ。顔立ちもきりっとしてるし、義理堅そうな印象がある。
急に何を言い出すのだ、と驚く。ほとんど初対面の私がなぜ彼の手を握るのだ。そういうのは親しい人間の仕事ではないか。
男性は真剣なまなざしで私を見ている。
「さっき、こいつに触れたでしょう」
「ああ、脈をみたときですか?」
「普通の人間は、この状態のこいつに触れて平気ではいられないんです。でも、あなたは大丈夫だった。それどこか、俺の目が正しければ……触れた時、この黒いもやたちが少し浄化していた」
私が手を出した時、触るなと言っていたのを思い出す。そうか、普通の人間はああはいかないのか。
彼は続ける。
「俺はこいつに触れるぐらいは大丈夫だけど、浄化を手助けをする力はない。そんなことを出来るのはごくまれな人間なんです。でもたぶん、あなたは出来る」
「私がですか!? ああ、母は蹴散らせる、って言ってましたが……」
「そういう家系なんですね。もちろん、試してみて、あなたに害が及びそうならすぐにやめてもらっていいです。少しだけでも、柊一が楽になったら」
フードの男性は柊一さん、という名前らしい。私は二人を見てしばらく迷った挙句、ここまで世話を焼いたのだから、最後まで付き合おう、と決意した。
本当に自分にそんな力があるのか分からないけれど、この人が楽になるのなら。
「じゃ、じゃあ試しに……うまくいくか分からないですけど」
「ありがとうございます!」
私は静かにベッドの横に移動した。そして、横たわる彼の顔を見る。
なんとなくその表情を見たくなって、そっとフードをどかせてみた。これが初めて見る、お隣さんの顔。
そこには、少し驚いてしまうほどの綺麗な顔があった。
白い肌に長いまつ毛、高い鼻。薄めの唇に、さらりとしたダークブラウンの髪。一瞬、女性だったのかと思ってしまったが、体格は間違いなく男性なので、『美人な男の人』なのだろう。こんなきれいな人、初めて見た。
しかしその眉間には皺がより、頬がぴくぴくと動いている。苦しいのか、痛いのか。どちらにせよ、彼がひとり苦痛に耐えているのが分かった。少しすると、唇からうめき声が聞こえてくる。不規則な息遣いから見ても、これはかなり辛そうだ。
私は意を決して、彼の手をそっと取ってみた。やはりひんやりしていて、生きている人間の体温とは思えない。
黒いもやたちが、より一層動きを速め、男性を覆う。離れるもんか、と言っている気がした。だが少し経って、その動きが緩慢になってきた。もやたちはゆらゆらと陽炎のように揺れつつも、明らかに薄くなってきているのだ。
私はというと、特に自分の体に異変は感じられない。辺りを見回してみても、部屋に変わりはなかった。短髪の男性が、信じられない物を見る目で私たちを見ているだけだ。
どれほどの時間そうしていただろうか。気が付けばとっくに日付は超え、もやもだいぶ小さくなってきていた。柊一さんの表情は穏やかなものになっており、気持ちよさそうな寝息が聞こえてきたほどだ。
「もう大丈夫だと思います」
短髪の男性が言ったので、私はようやく手を離した。まだもやは消え切ってはいないが、だいぶ減ったので、楽にはなっただろう。
振り返ると、男性が私に深々と頭を下げていた。何事かと慌てる。
「あ、あの?」
「ありがとうございました。あなたは体調など、大丈夫ですか?」
「はい、私はなんともありませんから、顔を上げてください」
「凄い、こんな短時間で」
顔を上げた彼の表情は、ほっとしているようだった。固かった表情が柔らかくなっており、だいぶ心配していたんだろうなあと想像がつく。
彼は再度私に頭を下げた。
「申し遅れました、俺は片瀬暁人と言います。そっちは、黒崎柊一」
「ああ、黒崎さんがお隣に住んでるんですよね? 一度見たことがあって」
「はいそうです。この度は無理なお願いをしてすみませんでした」
片瀬さんは丁寧にそう言ってくれる。思っていたけれど、ずいぶんしっかりした人だなあ。顔立ちもきりっとしてるし、義理堅そうな印象がある。
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