映画レビュー『屍人荘の殺人』

筑波大学ミステリー研究会

文字の大きさ
上 下
3 / 3

レビューその3

しおりを挟む
え、これでおわり?
と、最後列で鑑賞していた初老の男性が呟き、映画館の箱を後にしたことを未だに覚えている。エンドロールの終わりまで席を立たなかった方々は恐らく皆同じような感想を持ったのではないだろうか。そう思うほどにこの作品のラストは後味の悪いものだった。とはいえ、映画全体にケチをつけるつもりは全くない。非常に満足のいく神木隆之介カットの連続だった。では、ラストで脱力してしまうほどの違和感はいったいどこから来るのだろうか。
 この作品は、ライブ会場のような場所で注射針を持った集団が映し出された瞬間から不穏な空気が漂い始める。その後の展開を観ればこの注射は十中八九ゾンビ化薬と察しが付く。こうして無事に本作の殺人の舞台が整えられるわけだが、ここでは事件の内容や推理には一切触れるつもりはないので是非ネタバレを読んで同じようにモヤモヤした気持ちを抱えてほしい。話を戻すと、このように物語の序盤で既に視聴者は黒幕の姿を目にしているのである。にも拘らず、なんと、驚くべきことに、最後まで、つまりエンドロールの終わりまで待っても、これについて触れられることがないのだ。冒頭の呟きをしたくなる気持ちもわかる。それでも箱を後にする観衆の顔に笑みが浮かんでいたのはひとえに神木隆之介様のおかげではないだろうか。さすがだ。
 これを観終えた直後は、制作側の失念か、はたまた尺が足りずラストに近づくにつれ怒涛の展開を見せたのか、と勘繰った。しかしこの感想を書き始めるにあたって改めて考えたところ、また別の疑問が生まれた。それは、実行犯でもトリックでもなく、黒幕というのはミステリーの謎たり得ないのか、ということだ。シャーロック・ホームズのモリアーティ然り、金田一少年の事件簿の高遠然り、どうも黒幕はあっさりと最後に明かされてしまうようである。彼らは物語に刺激を加えるためのスパイスであっても主役ではない。シリーズの続編を書くために必要な存在であってもそのシリーズ自体に必要な存在ではないのだ。
 しかし、そうは言っても存在を仄めかしておきながら作品中で言及すらされない黒幕が未だかつていただろうか。これこそが本作のアイデンティティであり、ミステリーの定石に一石を投じているのではないか。そんなことを考えながらも原作ネタバレ記事を読み進めていくと、原作では何のひねりもなく黒幕が明かされ、その組織に立ち向かうストーリーが展開される、という旨の説明が目に入った。屍人荘のアイデンティティについて考えた時間を返してほしい。謎の組織に注射器の組み合わせはコ●ンを連想させ、アイデンティティのアの字すら消えそうである。
 要するに、本作で黒幕が明かされなかったのは、制作側の怠慢でも、作品のアイデンティティでもなく次作の興行収入を伸ばすための伏線であった。続編である『魔眼の匣の殺人』も好評発売中のようだ。部員一同が神木隆之介演じるコナン(仮)を再び目にする日も近いのではないだろうか。
(S・T)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

活動報告

筑波大学ミステリー研究会
エッセイ・ノンフィクション
2019年度秋学期の活動報告集。批評会と上映会の報告を掲載。批評会で扱った作品は『死と砂時計』『黒い白鳥』『瓶詰地獄』『犬はどこだ』『バイバイ、エンジェル』『虚構推理』。上映会で扱った作品は『ドグラ・マグラ』『ハサミ男』

証言者(作:朽名 終) ― 5分間ミステリバックナンバーVol.8 ―

筑波大学ミステリー研究会
ミステリー
【バックナンバーは、どの作品からでも問題なく読めます】 探偵・栂井美樹は、高校時代からの友人、帯刀の屋敷で開かれるホームパーティーに招かれた。 しかし、栂井が到着して間もなく、帯刀の弟・幸雄が誰かに殴打された状態で発見される。 独自に調査を進めようとする栂井だったが、やってきた刑事たちから、幸雄を殴打したのは犯人として取り調べを受けるはめになる。 栂井が、幸雄と口論していたと証言した者がいるというのだ。もちろん身に覚えはない。虚偽の証言をしたのは一体誰なのか――? ----------------- 筑波大学学園祭「雙峰祭」にて、筑波大学ミステリー研究会が出店する喫茶店で、毎年出題しているミステリクイズ、「5分間ミステリ」のバックナンバーです。解答編は、問題編公開の翌日に公開されます。 5分間と書いていますが、時間制限はありません。 Vol.8は、2016年に出題された問題。 証言者だけを指摘するというシンプルな問題。 択一問題になりますが、答えだけではなく、根拠も考えてください。

飯がうまそうなミステリ

筑波大学ミステリー研究会
エッセイ・ノンフィクション
一見殺伐とした世界観を抱かせる推理小説の世界。そんな作品の中でも登場人物は衣食住を当然行っている訳で、食欲をそそる様な料理が登場する作品は意外に多い。今回はそんな取り分け<食>の描写が秀逸な作品を紹介することとしよう。

ミス研喫茶の秘密(雨音 れいす) ― 5分間ミステリバックナンバーVol.1 ―

筑波大学ミステリー研究会
ミステリー
【バックナンバーは、どの作品からでも問題なく読めます】 とある大学の学園祭を訪れた「私」は、ミステリー研究会が出店する喫茶店を訪れる。 穏やかな時間を楽しむ「私」だったが、喫茶店について、ある違和感を拭えずにいた。 その違和感とは一体――? ----------------- 筑波大学学園祭「雙峰祭」にて、筑波大学ミステリー研究会が出店する喫茶店で、毎年出題しているミステリクイズ、「5分間ミステリ」のバックナンバーです。解答編は、問題編公開の翌日に公開されます。 5分間と書いていますが、時間制限はありません。 Vol.1は、2016年に出題された問題。 問題文をよく読んで、あまり深く考えないで答えてみてください。 なお、実際の喫茶店は、もっと賑わっておりますので、ご安心ください。

挨拶の考察(作:山葉 白) ― 5分間ミステリバックナンバーVol. 5―

筑波大学ミステリー研究会
ミステリー
【バックナンバーは、どの作品からでも問題なく読めます】 中学三年生の葦田善太郎は、年上の友人、露原悟と二年ぶりの再会を果たした。 再会を喜ぶ善太郎に、悟は、改札口で不審なやりとりを耳にしたと告げる。 彼が耳にしたもの、そしてその真相とは一体何か――? ----------------- 筑波大学学園祭「雙峰祭」にて、筑波大学ミステリー研究会が出店する喫茶店で、毎年出題しているミステリクイズ、「5分間ミステリ」のバックナンバーです。解答編は、問題編公開の翌日に公開されます。 5分間と書いていますが、時間制限はありません。 Vol.5は、2017年に出題された問題。 5分間ミステリとしては珍しい、日常の謎的なテイスト。 自由な発想が求められます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10月の満月 ハンターズムーン

鏡子 (きょうこ)
エッセイ・ノンフィクション
正体は何者であるか? だんだん全貌が見えてきました。 私のスマホのハッキングしているのは誰なのか? どの組織に繋がるのか?謎を追いかけます。

ちょっと転んだだけなのに

凪司工房
エッセイ・ノンフィクション
筆者である私の父が、転んで足を少し痛めた。最初は本当にただそれだけのことだった。けれど思いもよらない方向へと事態は転がり落ちていく。 これはフィクションではなく、リアル・ストーリィである。

処理中です...