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レビューその2
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映画レビュー『屍人荘の殺人』
普通にいい映画だった。少なくとも惜しみなく千五百円出すことが出来るくらいにはいい出来だった。そしてその九割近くは神木隆之介パワーに依るものと言っても過言ではない。
『屍人荘の殺人』は一応原作の小説も読んではいるが、原作の方ははっきり言って嫌いだったので、映画を見てむしろ好意的に捉えることが出来たように思う。これも全て神木パワー。
原作の葉村は生きた人間に感じられなかった。終盤に犯人に対する問いかけを為すようなシーンがあるがああいうのは、キャラクターの出自や思想などが描けているときにこそ活きてくるシーンであって突如として出すべきものでは無いと思っていたが、そこが映画化に当たって削除されているのは英断だったと思う。
その点、映画化された本作の葉村はちゃんと血の通った人間に感じられた。そもそも実在する人物を使っているのだから、生きているように感じられるのは当たり前と感じるかもしれない。しかし、生物的に〈生きる〉とキャラクターとして〈生きる〉とでは意味が違う。僕が言っているのは後者のこと。
生きたキャラクターって何だろうか。ここに関してはそれぞれの主観によって決定されるものだろう。当然ヘーゲル的には主観は経験と共にまるでRPGのキャラクターの様に成長していくのだから、人それぞれなのは言うまでもない。僕が思う生きたキャラクターは意味ある行動と無意味な行動の両面を持ち合わせた振る舞いをとる人物だと思う。そういう意味では神木氏の演技は素晴らしかった。ギャグチックなヒール役から真剣に推理しようとする場面まで多様な表情が展開される。神木氏のかっこよさは勿論、彼の良さである三枚目の演技の上手さが丁度本作の雰囲気にマッチングしていたように思う。
原作の小説ではシリアスを貫いていたが、映画化では全編通してギャグチックな雰囲気になった。この部分は賛否両論だった聞いたが、僕はむしろその部分が良さでさえあると思う。
テレビは殆ど見ないので、あまり下手なことは言えないのだが、一般的な視聴者ってシリアス一辺倒なものは苦手なのではないだろうか?比較的同時期に公開された映画『ジョーカー』はシリアス一色の映画で賛否の分かれる映画だった。僕はシリアス大好き人間なので滅茶苦茶好きだったのだが、意外とシリアスだけではダメな様子。さらにミステリーというジャンルは人が死ぬことの多さからシリアスに傾倒する傾向にある。しかし本作はその偏りを神木氏の投入によってそのバランスを奇跡の感覚で釣り合いを取っている。
それこそが僕が冒頭で言った神木パワーなのだ。シリアスとギャグの調和。ミステリーの映画化は難しいとされるが、僕はこの作品こそミステリー映像化の指針になってくれるのではないか、そう思った。
屍人荘の殺人の設定自体は大量死と特権的な固有の死を無意識的に自覚している気はする。
一度死んでゾンビになるということ。ここでは其々の人間が所有していた名前は剥ぎ取られて、人々は無名の死を死ぬ。ゾンビと言うのは名前を奪われた状態の人間と言ってもいい。そこに特権性も固有性も在りはしない。
そんな中屋敷の中で殺人が起こる。ゾンビでは成しえない殺し方で。固有の死の夢想性の自覚を強制される中での殺人。作中でもゾンビに殺されたのではないかという考察が出てくるシーンがあり、この思考は論理的に否定される。この過程は正に密室での死による人間の特権的な死の復権に他ならない。密室での死を探偵が解くことによって屍たち(本作で言うならゾンビの大群)の中に積み上げられた死体は固有性を保持する。
そういう意味でも本作は、れっきとした本格推理小説だ。
本格推理小説の映像化は不可能に思えていた自分の固定観念を崩せたように思う。DVD買いましょう。原作の小説も買いましょう。経済を廻しましょう。まるで戦火の風車のように。
(A・S)
普通にいい映画だった。少なくとも惜しみなく千五百円出すことが出来るくらいにはいい出来だった。そしてその九割近くは神木隆之介パワーに依るものと言っても過言ではない。
『屍人荘の殺人』は一応原作の小説も読んではいるが、原作の方ははっきり言って嫌いだったので、映画を見てむしろ好意的に捉えることが出来たように思う。これも全て神木パワー。
原作の葉村は生きた人間に感じられなかった。終盤に犯人に対する問いかけを為すようなシーンがあるがああいうのは、キャラクターの出自や思想などが描けているときにこそ活きてくるシーンであって突如として出すべきものでは無いと思っていたが、そこが映画化に当たって削除されているのは英断だったと思う。
その点、映画化された本作の葉村はちゃんと血の通った人間に感じられた。そもそも実在する人物を使っているのだから、生きているように感じられるのは当たり前と感じるかもしれない。しかし、生物的に〈生きる〉とキャラクターとして〈生きる〉とでは意味が違う。僕が言っているのは後者のこと。
生きたキャラクターって何だろうか。ここに関してはそれぞれの主観によって決定されるものだろう。当然ヘーゲル的には主観は経験と共にまるでRPGのキャラクターの様に成長していくのだから、人それぞれなのは言うまでもない。僕が思う生きたキャラクターは意味ある行動と無意味な行動の両面を持ち合わせた振る舞いをとる人物だと思う。そういう意味では神木氏の演技は素晴らしかった。ギャグチックなヒール役から真剣に推理しようとする場面まで多様な表情が展開される。神木氏のかっこよさは勿論、彼の良さである三枚目の演技の上手さが丁度本作の雰囲気にマッチングしていたように思う。
原作の小説ではシリアスを貫いていたが、映画化では全編通してギャグチックな雰囲気になった。この部分は賛否両論だった聞いたが、僕はむしろその部分が良さでさえあると思う。
テレビは殆ど見ないので、あまり下手なことは言えないのだが、一般的な視聴者ってシリアス一辺倒なものは苦手なのではないだろうか?比較的同時期に公開された映画『ジョーカー』はシリアス一色の映画で賛否の分かれる映画だった。僕はシリアス大好き人間なので滅茶苦茶好きだったのだが、意外とシリアスだけではダメな様子。さらにミステリーというジャンルは人が死ぬことの多さからシリアスに傾倒する傾向にある。しかし本作はその偏りを神木氏の投入によってそのバランスを奇跡の感覚で釣り合いを取っている。
それこそが僕が冒頭で言った神木パワーなのだ。シリアスとギャグの調和。ミステリーの映画化は難しいとされるが、僕はこの作品こそミステリー映像化の指針になってくれるのではないか、そう思った。
屍人荘の殺人の設定自体は大量死と特権的な固有の死を無意識的に自覚している気はする。
一度死んでゾンビになるということ。ここでは其々の人間が所有していた名前は剥ぎ取られて、人々は無名の死を死ぬ。ゾンビと言うのは名前を奪われた状態の人間と言ってもいい。そこに特権性も固有性も在りはしない。
そんな中屋敷の中で殺人が起こる。ゾンビでは成しえない殺し方で。固有の死の夢想性の自覚を強制される中での殺人。作中でもゾンビに殺されたのではないかという考察が出てくるシーンがあり、この思考は論理的に否定される。この過程は正に密室での死による人間の特権的な死の復権に他ならない。密室での死を探偵が解くことによって屍たち(本作で言うならゾンビの大群)の中に積み上げられた死体は固有性を保持する。
そういう意味でも本作は、れっきとした本格推理小説だ。
本格推理小説の映像化は不可能に思えていた自分の固定観念を崩せたように思う。DVD買いましょう。原作の小説も買いましょう。経済を廻しましょう。まるで戦火の風車のように。
(A・S)
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