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番外編+SS(本編のネタバレ含みます)
Birth DAYー2
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焦るばかりの俺に対し恋はやけに落ち着いていた。陣痛というからには生涯経験しないであろう激痛が襲うものだと耳にしたが、そこまで痛みは酷くないようだ。
「何か俺にできることない?」
「じゃあ痛みが始まった時間と痛みが引いた時間、書き留めていってもらってもいいかな」
「……わかった!」
それにどんな意味があるのかも解らないまま言われた通りペンを手に取った。それから一時間はたったろうか……いやもう三時間になる。
痛みに悶える間隔が随分と短くなってきた。それに、最初の頃とは比にならないほど痛がっている。ついに恋は、苦痛に堪えられず床に手をつきお馬さんごっこの体勢になってしまった。
「恋。病院行ったほうがよくない? 誰か起きてきてくれないかな……あ、お水飲む? 毛布! いる?」
「んんんんんんぅ──!」
的外れな問いかけを尽くうめき声が打ち消す。もう俺の声も届かない。
──これ大丈夫なの? やばくない? 恋……恋。廉にぃ……!
呼びに行きたいけれど恋を一人にさせるわけにいかない。スマホも部屋に置いたままだ。こんなことならもっと早く廉兄を起こしに行けば良かった。所詮中坊の力でなんとかしようとした結果がこれだ。
──誰か、誰か。恋を助けて。
俺はちっとも変わらない。自分一人ではいつもどうにもできない。こんなに苦しがっている恋を目の当たりにしていても。
「……恋がっ……だ、れかぁああ──!!」
「──落ち着け悠。今何分間隔?」
「……廉……に……ぃ」
泣きべそをかくしかない俺の背を正した野太い声。隣に寝ていない妻に気づいてやって来たのだろう。この時は既に寝巻きから着替えていた。
「えっと陣痛? あっと今六分くらい!」
「そろそろだな。腰んとこ強めにさすってやれ。少し楽になるらしい」
「わ、わかったっ」
「陣痛始まる前なんか食ってたこいつ?」
「そういえばおにぎり食べたあとのお皿があったけど」
「さすが。なら暫く体力もつな。俺は車出してくる恋に病院へ連絡させろ」
そうして枕元に置いてあっただろう恋のスマホを差し出されるけれど、渡そうとする手が疑問を訴える。
「でもこんな状態で電話なんて可哀想だよっ」
「自分の体のことは母親が一番よく解ってる。それに恋はそんなやわじゃねーぞ。男のお前が信じてやれなくてどうすんだ」
──強い。圧倒的に強い。
「……レ……ン……っ」
「できるな? 恋」
「う……んっ……」
「俺とおまえの子だぞ。そう簡単には生まれて来やしねーだろうけどな」
「……ふ。知って、る」
苦痛の中でも安心しきった恋の表情が今でも脳裏に焼き付いて離れない。
同じ男であっても、廉兄は出産について調べ尽くしていたのだ。いつどんなことが起こってもいいように。そして常に、安堵を与えるだけの絶対的な存在感と言葉を持っている。
──俺はこういう男になりたい。
志ばかりが先走る。どうにも落ち着かない。
あれからどれだけ病院の時計の針を気にしていただろう。長い針はとうに五周はしていた。
「……ンギャァ~~~~~」
──う、まれ……た……? 産まれた!!
咄嗟に待合室の長椅子から立ち上がっていた。わけもわからず涙が溢れてきて仕方ない。今までの人生には縁がなかった感動で目の前がぐしゃぐしゃだ。
少しして、エプロンのようなものを羽織った俺が、夫婦がいる処置室へと案内される。
「す、すごい。もうしっかり髪の毛生えてる……」
「のっけがそこかよ」
生まれたての赤子は、体格のいい廉兄が抱いているとよけい小さく見えた。数時間前の様子が嘘みたいだ。恋は穏やかな顔をしておいでおいでをする。
「おめでとう! 恋がんばっ……たっ!」
「廉と悠がいてくれたから頑張れたよ」
「俺なんもしてな……」
「そんなことない」と瞼を閉じ首を横に振る恋。噴き出そうになった涙の代わりに声を押し出した。
「名前は! 決まってるの?」
「んとね、凱──結城のお義父様からいただいたの」
「が……い……かっこいい!」
「うん。これからはよろしくね悠」
拙い手で抱かせてもらう。するとまだ開かない瞼でこちらに微笑みかけ、小さな小さな手を全部使って俺なんかの小指をきゅっと握るふりをするのだ。
「か……わ……いい!」
──いっそ俺も本当に恋から生まれたかった。
「お前はいいな……あ」
──見つけた。俺にできること。
「──ほんとうに悠一人で大丈夫? シッターさんにお願いできるよ?」
「もー大丈夫って言ってんだろ。ほら恋は秘書なんでしょ。廉兄が待ってるよ」
「……う、うん」
想像していたより子育てはずっと大変だった。恋も同じように日々右往左往していたのだと思うと涙が出そうになる。
まずさすがあの夫婦の子、行動力が半端ない。なんでも触るし舐めようとするし、こっちが息つく暇もない秒で事件を起こす。
あんよを覚えると一気に行動範囲が広がってよけい目が離せなくなった、それでも。
──どうしたって可愛い。
「凱ここまでおーいでー!」
「よっよっ。おにーたーん!!」
「パパとママが帰って来たら見せてやるんだからな!」
俺もきっとこんなふうに、恋を目指して頑張っていた。記憶などありはしないあの頃の自分を重ねては凱を抱き止める時を待ち望んだ。
「とっとっとっ……」
「もうちょい。がんばれ。がんばれ。やった! できた!」
「あー!」
まだ二歳の誕生日も迎えていない小さな小さな命。大好きな人たちが大切にしている人を俺も大切にしていく──俺が恋にしてあげられることであり、俺なりの愛の形だ。
──安心しとけ。兄ちゃんが立派な男に育ててやっからな!
「兄弟の印に凱にだけ俺の秘密を教えてやろっか」
「ひ、み、ちゅ?」
「そうだ。一生誰にもシーだぞ」
「シー! シー!」
「あのね……」
〝俺の初恋は恋だったんだよ──〟
【番外編③Birth DAY ~End~】
「何か俺にできることない?」
「じゃあ痛みが始まった時間と痛みが引いた時間、書き留めていってもらってもいいかな」
「……わかった!」
それにどんな意味があるのかも解らないまま言われた通りペンを手に取った。それから一時間はたったろうか……いやもう三時間になる。
痛みに悶える間隔が随分と短くなってきた。それに、最初の頃とは比にならないほど痛がっている。ついに恋は、苦痛に堪えられず床に手をつきお馬さんごっこの体勢になってしまった。
「恋。病院行ったほうがよくない? 誰か起きてきてくれないかな……あ、お水飲む? 毛布! いる?」
「んんんんんんぅ──!」
的外れな問いかけを尽くうめき声が打ち消す。もう俺の声も届かない。
──これ大丈夫なの? やばくない? 恋……恋。廉にぃ……!
呼びに行きたいけれど恋を一人にさせるわけにいかない。スマホも部屋に置いたままだ。こんなことならもっと早く廉兄を起こしに行けば良かった。所詮中坊の力でなんとかしようとした結果がこれだ。
──誰か、誰か。恋を助けて。
俺はちっとも変わらない。自分一人ではいつもどうにもできない。こんなに苦しがっている恋を目の当たりにしていても。
「……恋がっ……だ、れかぁああ──!!」
「──落ち着け悠。今何分間隔?」
「……廉……に……ぃ」
泣きべそをかくしかない俺の背を正した野太い声。隣に寝ていない妻に気づいてやって来たのだろう。この時は既に寝巻きから着替えていた。
「えっと陣痛? あっと今六分くらい!」
「そろそろだな。腰んとこ強めにさすってやれ。少し楽になるらしい」
「わ、わかったっ」
「陣痛始まる前なんか食ってたこいつ?」
「そういえばおにぎり食べたあとのお皿があったけど」
「さすが。なら暫く体力もつな。俺は車出してくる恋に病院へ連絡させろ」
そうして枕元に置いてあっただろう恋のスマホを差し出されるけれど、渡そうとする手が疑問を訴える。
「でもこんな状態で電話なんて可哀想だよっ」
「自分の体のことは母親が一番よく解ってる。それに恋はそんなやわじゃねーぞ。男のお前が信じてやれなくてどうすんだ」
──強い。圧倒的に強い。
「……レ……ン……っ」
「できるな? 恋」
「う……んっ……」
「俺とおまえの子だぞ。そう簡単には生まれて来やしねーだろうけどな」
「……ふ。知って、る」
苦痛の中でも安心しきった恋の表情が今でも脳裏に焼き付いて離れない。
同じ男であっても、廉兄は出産について調べ尽くしていたのだ。いつどんなことが起こってもいいように。そして常に、安堵を与えるだけの絶対的な存在感と言葉を持っている。
──俺はこういう男になりたい。
志ばかりが先走る。どうにも落ち着かない。
あれからどれだけ病院の時計の針を気にしていただろう。長い針はとうに五周はしていた。
「……ンギャァ~~~~~」
──う、まれ……た……? 産まれた!!
咄嗟に待合室の長椅子から立ち上がっていた。わけもわからず涙が溢れてきて仕方ない。今までの人生には縁がなかった感動で目の前がぐしゃぐしゃだ。
少しして、エプロンのようなものを羽織った俺が、夫婦がいる処置室へと案内される。
「す、すごい。もうしっかり髪の毛生えてる……」
「のっけがそこかよ」
生まれたての赤子は、体格のいい廉兄が抱いているとよけい小さく見えた。数時間前の様子が嘘みたいだ。恋は穏やかな顔をしておいでおいでをする。
「おめでとう! 恋がんばっ……たっ!」
「廉と悠がいてくれたから頑張れたよ」
「俺なんもしてな……」
「そんなことない」と瞼を閉じ首を横に振る恋。噴き出そうになった涙の代わりに声を押し出した。
「名前は! 決まってるの?」
「んとね、凱──結城のお義父様からいただいたの」
「が……い……かっこいい!」
「うん。これからはよろしくね悠」
拙い手で抱かせてもらう。するとまだ開かない瞼でこちらに微笑みかけ、小さな小さな手を全部使って俺なんかの小指をきゅっと握るふりをするのだ。
「か……わ……いい!」
──いっそ俺も本当に恋から生まれたかった。
「お前はいいな……あ」
──見つけた。俺にできること。
「──ほんとうに悠一人で大丈夫? シッターさんにお願いできるよ?」
「もー大丈夫って言ってんだろ。ほら恋は秘書なんでしょ。廉兄が待ってるよ」
「……う、うん」
想像していたより子育てはずっと大変だった。恋も同じように日々右往左往していたのだと思うと涙が出そうになる。
まずさすがあの夫婦の子、行動力が半端ない。なんでも触るし舐めようとするし、こっちが息つく暇もない秒で事件を起こす。
あんよを覚えると一気に行動範囲が広がってよけい目が離せなくなった、それでも。
──どうしたって可愛い。
「凱ここまでおーいでー!」
「よっよっ。おにーたーん!!」
「パパとママが帰って来たら見せてやるんだからな!」
俺もきっとこんなふうに、恋を目指して頑張っていた。記憶などありはしないあの頃の自分を重ねては凱を抱き止める時を待ち望んだ。
「とっとっとっ……」
「もうちょい。がんばれ。がんばれ。やった! できた!」
「あー!」
まだ二歳の誕生日も迎えていない小さな小さな命。大好きな人たちが大切にしている人を俺も大切にしていく──俺が恋にしてあげられることであり、俺なりの愛の形だ。
──安心しとけ。兄ちゃんが立派な男に育ててやっからな!
「兄弟の印に凱にだけ俺の秘密を教えてやろっか」
「ひ、み、ちゅ?」
「そうだ。一生誰にもシーだぞ」
「シー! シー!」
「あのね……」
〝俺の初恋は恋だったんだよ──〟
【番外編③Birth DAY ~End~】
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