元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした

まどぎわ

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第39話 勇者、覚悟を決める

〜2〜

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 カラコン無くした、とカナタに半分背負われたまま呟く。
 どこを向いても洞窟の岩肌で方向がわからないけれど、ヴィルドルクの方に引き返していると思う。カナタが気まぐれに俺を助けてくれているのであれば、という話だが。
 当の本人は、俺を小馬鹿にするように溜息を吐いた。

「勇者サマ、あのさ、気付いてないかもだけど、眼球そのものが片方無くなってるよ」

「このくらい、治癒魔術ですぐに治る」

 そう言ったのは2割くらい本気で、残りの半分はプライドからくる強がりだった。
 肉が裂けて骨が折れたとしても治癒魔術を使えば傷一つ残らず治せるが、足が切断されて無くなったとか腕が根元まで喰われたとか、機能ごと損傷していると治せなかった気がする。
 俺の目は片方は無事見えているけれど、眼球を抉られて失った方の目は戻らないかもしれない。
 そして、もう半分の強がりの所以は俺なりに色々考えてのことだったが、カナタ相手に言っても仕方ないと言ってから気付いた。
 しかし、口だけでも元気に話して痛みを忘れられたような気がする。

「特別製のコンタクトだ。付けたまま寝てもカピカピにならない」

「へー?見して」

 カナタはそう言って俺の顔を覗き込んできた。
 無理矢理体を捻られて、千切れかけていた腕がビチリと嫌な音を立てる。
 カナタに世話になるのが本当に嫌になったけれど、片足の腱が切られたらしく一人で立てないからこいつに雑に引き摺られて行くしかなかった。
 カナタは俺の顔をじろじろと見てきた。俺は酷い顔をしているだろうけど、カナタの方も顔の殆どが変質していて片目が半分見える程度になっていた。

「あー……勇者様の顔なんて覚えてなかった。目は黒だったっけ?」

「そうだ」

「カラコンで黒くしてるんだ。でもこの世界だと、黒い目って偉くないんじゃなかった?」

「……」

 余計な事を思い出す奴だ。俺は顔を伏せてカナタから瞳を隠す。
 色付きという言葉が差別用語になるように、この世界は国や民族を越えて色が薄い人間が偉い。遥か昔の尊い祖先が白い髪と紫の瞳だったから、それに近いほど優秀なことになっている。

「……見慣れた元の色の方が落ち着くだろ」

「それもそっか。勇者様も僕と同じ、元日本人だからな」

 カナタは既に隠すつもりも無いのか、しみじみとそう言った。
 仲間意識を持たれているが、俺はそもそもカナタを全く信じていなかったし、この場にカナタがふらふらしているのなら、俺の最悪の予感が的中したということだ。

「カナタは退魔の子なんだな」

「うん」

 カナタは隠す様子もなく頷いた。
 カナタが不法入国して来たはずなのに、オグオンが調べた入国記録に残っていなかった。ネイピアスからヴィルドルクに入国している子供たちと同じように退魔の子でどの魔術にも引っ掛からないからだ。
 頬に鍵の刺青を入れるのはヴィルドルク周辺国では統一されたルールだが、アムジュネマニスのように従わない国もあれば、内戦で退魔の子に構っていられない国もある。

「退魔の子なのに変質が起ったから、皆喜んでたよ。変質って先祖返りみたいなものだから。退魔の子でも祖先に聖剣がいたんじゃないかーとかなんとか」

 カナタは放り投げるようにそう言って鼻で笑った。
 退魔の子がこの世界でどんな風に扱われてどんな風に死んでいるか知っている俺は、嘲笑する気にもなれなかった。
 しかしカナタの立場になってみると、自分の死を有難がたがる奴等に同情する気になれないのもよくわかる。

「それで、カナタは何をしてたんだ?」

「本当のことを言っただけ。僕は魔法がない世界で死んで、この世界に来たって」

「あいつらが死んでも、俺たちの世界にはいけない」

「そう。だと思った。何事もそう上手くはいかないよね。でもさ、死んだ後に天国も地獄もないなら、せめて異世界を夢見せてあげようよ」

 以前、この世界で死んだ人間がどうなるのかカナタに尋ねられたことを思い出す。
 有していた魔力が柱に戻り、いつかこの世界を支える礎の一部になる。
 しかし、退魔の子は魔力がないから彼等が死んだ後は何も残らない。空っぽになった肉体は墓も作られず、何時の間にか無くなっている。
 いつだったか、死んだ後のことをカナタなりの持論で教えてくれた。真っ暗で何もなくて永遠で、死が救いだったことにようやく気付き、それでもその死すら訪れない恐怖。

「本当の事を言ったって何もいい事ないし」

 カナタは俺と同じことを考えているのか、彼にしては感情を滲ませるように静かな口調で言った。

「嬉しそうに親が自分の子供を殺して死体を抱えて一緒に魔獣の口に入って行ったり、流行り病で助からないから人に感染させる前に食べれに行ったり。ずっと前からそんな事をしているのに、今更ボクが止めたってしょうがない」

 それで、と俺はカナタの言葉を遮った。
 カナタに言われなくても俺はそういうことが起こるだろうと気付いていた。それでも、考えないようにして、野次馬で見に行くこともしなかった。
 どんな結果であれ正面から向き合ったカナタの方が遥かにマシだ。疚しさを隠すために乱暴に続ける。

「そんな下らない事をするために、お前はヴィルドルクまで来たのか?」

「ううん、違うよ。勇者様、三條絵瑠歌って知ってる?」

 突然、懐かしい名前が出て来て思考が止まる。
 咄嗟に否定も肯定もしなかったのは、エルカに出会った時に単純な罠に引っ掛かった俺にしては成長したものだ。
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