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第39話 勇者、覚悟を決める
〜1〜
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俺は余裕のある大人だから、退魔の子の八つ当たりなんかで本気で怒るつもりはなかった。
いつも弱い立場で隠れて生きるしかない退魔の子たちが、いつも偉そうにしている勇者をいじめられるチャンスだから少しはしゃいでしまっただけだろう。
「勇者様」
クラウィスの声が遠くで聞こえる。日常の喧騒の中ではマスクを通して大きくしないと聞き取れない掠れた小さな声だが、静かな洞窟では湿った呼吸が広がるように静かに響いていた。
「勇者様」
もう一度呼ばれて、近くで地面が擦れる音がする。俺の意識が遠のいているだけで、目の前にクラウィスがいることに気付いた。
髪を掴んで頭を持ち上げられて、扱いに文句を言う暇も無く口の中に何かが押し込まれる。苦くて荒い粉のような食感で、口に入れても良い物体なのかそこから疑わしい味だ。
毒でも飲まされたかと思ったけれど、少し冷静になって考えると薬だとわかった。
この場歩では魔術が使えないから俺も治癒魔術が使えない。怪我を治そうとしたら退魔の子と同じように薬を飲むしかないけれど、この世界で一般人が手に入れられる薬なんて痛みを紛らわすハーブと何かの効果がありそうな苦い草だけだ。魔術で治すか、それが嫌なら高い金を払って趣味で医術を学んでいる首都の博士を尋ねるかどちらかだ。
「カルムもここで殺したのか?」
「あの人は、勝手に死にました」
クラウィスはどうでも良さそうにそう言って、次の何かを俺の口に流し込む。鉄っぽい土の味がして原材料が不安になる。俺の血の味だと信じたい。
「自分も魔獣に食わせてくれって言って死にました。でも、優秀な魔術師を食わせたから強い魔獣になったとか思われたら嫌なんで、邪魔だから捨てました」
クラウィスは淡々と何の温度も無く答える。
勝手に死んで、邪魔だから持ち運びしやすいようにして捨てた。仲間が魔獣に食われている所を何度も見ているのだから、今更人一人バラバラにするくらい何とも思わないのかもしれない。
「でも、あいつは、お前たちに順番が行かないようにずっと頑張ってたじゃないか」
例え憎い魔術師だとしても、あんまりな言い草だから俺は次の謎の錠剤が口に突っ込まれる隙を狙って反論した。
クラウィスがカルムと仲良くしているように見えたのは演技だった。それは別に良い。カルムだって分かっていただろうから。
しかし、俺はカルムがどんな目に遭って来たのか記憶を見て知ってしまった。退魔の子でもない強大な魔力を持つ優秀な魔術師なのに、クラウィスやシスが使われないように何度も何度も何度も普通なら一度で気が狂うか死ぬかするような扱いにずっと一人で耐え続けていた。
「あの人、シスが妹だって一度も言いませんでしたね」
「……」
本気でシスを見つけようとしているのなら、俺に妹だと言ったはずだ。顔が似ているとか名前が同じとか、探す手がかりが少しでも増えるように。
しかし、カルムは何も言わなかった。退魔の子が生まれた魔術師の家系だと言いたくなかったのだろう。
それに、あれだけ優秀な魔術師なら金を稼ぐ手段なんていくらでもあるだろうにわざわざ一族が一番嫌がる軍事魔術師を選んだ。魔術師として見返してやりたいという気持ちがあったはずだ。結局はどこまで行っても魔術師は魔術師ということだ。
「あの人、途中で逃げ出したんですよ。いつか必ず大金を持って迎えに来るからって」
クラウィスは謎の錠剤を俺の口に押し込んだ。鉄の粒をまとめたような食感で効き目は多分無いだろうなという味だった。
「いつかっていつですか?こっちは一度でも悪趣味な実験に使われたら死んじゃうのに……明日、生きてるかどうかもわからないのに」
「だからって魔獣に食われに行くことはないだろう」
「でも、みんな魔力の無い世界に生まれ変われて、しかもこの世界に復讐できるならって
喜んで食べられてましたよ」
「……」
以前の俺だったら、そうだろうと納得したはずだ。
むしろ、自分が嫌いで世界を憎んで、真っ先に食べられに行くタイプだった。俺の根っこの部分は転生しても変わっていないから、クラウィスや魔獣に進んで食べられていった退魔の子の気持ちだってわかる。
この世界では魔力があって勇者になって恵まれている俺に何も言う権利は無い。でも、夢中になって喋っているトルヴァルや、自分が恵まれているからと言い切ってもなお平等であろうとするオグオンや、養成校で泣いていたいつかのニーアの背中を思い出す。
「本当に、みんな喜んで食われていったのか?」
俺が偉そうによそ者の口を出すことではない。そう理解しながらも言わずにはいられなかった。このままクラウィスが魔獣の口に向かって行ってしまうのを止められるなら、何でもいい。
「弱くても惨めでもいいからこの世界で生きたいって言ったやつは本当にいなかったのか?」
クラウィスが何かを言おうとして、黙ったまま立ち上がる。そして、俺の顔を蹴り上げた。
右目があった所に爪先が突き刺さって眼球があったら確実に潰れていた。しかし、俺の右目は退魔の子の遊びに使われて地面に転がっている。眼球を抉られていて良かったと思うことはこの時くらいだろう。
短気は損気というやつだ。俺は怒りっぽい所をすぐに治した方がいい。
「勇者様、そんな状況でも威勢はいいんだ」
脳まで響く痛みに耐えている間に、クラウィスはどこかに行ってしまった。入れ代わりに誰かが入って来て、久しく聞いていない声が降って来る。
幻聴ならもっと頼りになる奴がいいし、走馬灯ならこいつの出番はないから多分本物だ。
「バカじゃん?」
カナタは心底そう思っているようで、俺の潰れた顔を見て同情するでもなくうえぇと顔を歪めた。
いつも弱い立場で隠れて生きるしかない退魔の子たちが、いつも偉そうにしている勇者をいじめられるチャンスだから少しはしゃいでしまっただけだろう。
「勇者様」
クラウィスの声が遠くで聞こえる。日常の喧騒の中ではマスクを通して大きくしないと聞き取れない掠れた小さな声だが、静かな洞窟では湿った呼吸が広がるように静かに響いていた。
「勇者様」
もう一度呼ばれて、近くで地面が擦れる音がする。俺の意識が遠のいているだけで、目の前にクラウィスがいることに気付いた。
髪を掴んで頭を持ち上げられて、扱いに文句を言う暇も無く口の中に何かが押し込まれる。苦くて荒い粉のような食感で、口に入れても良い物体なのかそこから疑わしい味だ。
毒でも飲まされたかと思ったけれど、少し冷静になって考えると薬だとわかった。
この場歩では魔術が使えないから俺も治癒魔術が使えない。怪我を治そうとしたら退魔の子と同じように薬を飲むしかないけれど、この世界で一般人が手に入れられる薬なんて痛みを紛らわすハーブと何かの効果がありそうな苦い草だけだ。魔術で治すか、それが嫌なら高い金を払って趣味で医術を学んでいる首都の博士を尋ねるかどちらかだ。
「カルムもここで殺したのか?」
「あの人は、勝手に死にました」
クラウィスはどうでも良さそうにそう言って、次の何かを俺の口に流し込む。鉄っぽい土の味がして原材料が不安になる。俺の血の味だと信じたい。
「自分も魔獣に食わせてくれって言って死にました。でも、優秀な魔術師を食わせたから強い魔獣になったとか思われたら嫌なんで、邪魔だから捨てました」
クラウィスは淡々と何の温度も無く答える。
勝手に死んで、邪魔だから持ち運びしやすいようにして捨てた。仲間が魔獣に食われている所を何度も見ているのだから、今更人一人バラバラにするくらい何とも思わないのかもしれない。
「でも、あいつは、お前たちに順番が行かないようにずっと頑張ってたじゃないか」
例え憎い魔術師だとしても、あんまりな言い草だから俺は次の謎の錠剤が口に突っ込まれる隙を狙って反論した。
クラウィスがカルムと仲良くしているように見えたのは演技だった。それは別に良い。カルムだって分かっていただろうから。
しかし、俺はカルムがどんな目に遭って来たのか記憶を見て知ってしまった。退魔の子でもない強大な魔力を持つ優秀な魔術師なのに、クラウィスやシスが使われないように何度も何度も何度も普通なら一度で気が狂うか死ぬかするような扱いにずっと一人で耐え続けていた。
「あの人、シスが妹だって一度も言いませんでしたね」
「……」
本気でシスを見つけようとしているのなら、俺に妹だと言ったはずだ。顔が似ているとか名前が同じとか、探す手がかりが少しでも増えるように。
しかし、カルムは何も言わなかった。退魔の子が生まれた魔術師の家系だと言いたくなかったのだろう。
それに、あれだけ優秀な魔術師なら金を稼ぐ手段なんていくらでもあるだろうにわざわざ一族が一番嫌がる軍事魔術師を選んだ。魔術師として見返してやりたいという気持ちがあったはずだ。結局はどこまで行っても魔術師は魔術師ということだ。
「あの人、途中で逃げ出したんですよ。いつか必ず大金を持って迎えに来るからって」
クラウィスは謎の錠剤を俺の口に押し込んだ。鉄の粒をまとめたような食感で効き目は多分無いだろうなという味だった。
「いつかっていつですか?こっちは一度でも悪趣味な実験に使われたら死んじゃうのに……明日、生きてるかどうかもわからないのに」
「だからって魔獣に食われに行くことはないだろう」
「でも、みんな魔力の無い世界に生まれ変われて、しかもこの世界に復讐できるならって
喜んで食べられてましたよ」
「……」
以前の俺だったら、そうだろうと納得したはずだ。
むしろ、自分が嫌いで世界を憎んで、真っ先に食べられに行くタイプだった。俺の根っこの部分は転生しても変わっていないから、クラウィスや魔獣に進んで食べられていった退魔の子の気持ちだってわかる。
この世界では魔力があって勇者になって恵まれている俺に何も言う権利は無い。でも、夢中になって喋っているトルヴァルや、自分が恵まれているからと言い切ってもなお平等であろうとするオグオンや、養成校で泣いていたいつかのニーアの背中を思い出す。
「本当に、みんな喜んで食われていったのか?」
俺が偉そうによそ者の口を出すことではない。そう理解しながらも言わずにはいられなかった。このままクラウィスが魔獣の口に向かって行ってしまうのを止められるなら、何でもいい。
「弱くても惨めでもいいからこの世界で生きたいって言ったやつは本当にいなかったのか?」
クラウィスが何かを言おうとして、黙ったまま立ち上がる。そして、俺の顔を蹴り上げた。
右目があった所に爪先が突き刺さって眼球があったら確実に潰れていた。しかし、俺の右目は退魔の子の遊びに使われて地面に転がっている。眼球を抉られていて良かったと思うことはこの時くらいだろう。
短気は損気というやつだ。俺は怒りっぽい所をすぐに治した方がいい。
「勇者様、そんな状況でも威勢はいいんだ」
脳まで響く痛みに耐えている間に、クラウィスはどこかに行ってしまった。入れ代わりに誰かが入って来て、久しく聞いていない声が降って来る。
幻聴ならもっと頼りになる奴がいいし、走馬灯ならこいつの出番はないから多分本物だ。
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カナタは心底そう思っているようで、俺の潰れた顔を見て同情するでもなくうえぇと顔を歪めた。
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