元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした

まどぎわ

文字の大きさ
上 下
240 / 254
第39話 勇者、覚悟を決める

〜1〜

しおりを挟む
 俺は余裕のある大人だから、退魔の子の八つ当たりなんかで本気で怒るつもりはなかった。
 いつも弱い立場で隠れて生きるしかない退魔の子たちが、いつも偉そうにしている勇者をいじめられるチャンスだから少しはしゃいでしまっただけだろう。

「勇者様」

 クラウィスの声が遠くで聞こえる。日常の喧騒の中ではマスクを通して大きくしないと聞き取れない掠れた小さな声だが、静かな洞窟では湿った呼吸が広がるように静かに響いていた。

「勇者様」

 もう一度呼ばれて、近くで地面が擦れる音がする。俺の意識が遠のいているだけで、目の前にクラウィスがいることに気付いた。
 髪を掴んで頭を持ち上げられて、扱いに文句を言う暇も無く口の中に何かが押し込まれる。苦くて荒い粉のような食感で、口に入れても良い物体なのかそこから疑わしい味だ。
 毒でも飲まされたかと思ったけれど、少し冷静になって考えると薬だとわかった。
 この場歩では魔術が使えないから俺も治癒魔術が使えない。怪我を治そうとしたら退魔の子と同じように薬を飲むしかないけれど、この世界で一般人が手に入れられる薬なんて痛みを紛らわすハーブと何かの効果がありそうな苦い草だけだ。魔術で治すか、それが嫌なら高い金を払って趣味で医術を学んでいる首都の博士を尋ねるかどちらかだ。

「カルムもここで殺したのか?」

「あの人は、勝手に死にました」

 クラウィスはどうでも良さそうにそう言って、次の何かを俺の口に流し込む。鉄っぽい土の味がして原材料が不安になる。俺の血の味だと信じたい。

「自分も魔獣に食わせてくれって言って死にました。でも、優秀な魔術師を食わせたから強い魔獣になったとか思われたら嫌なんで、邪魔だから捨てました」

 クラウィスは淡々と何の温度も無く答える。
 勝手に死んで、邪魔だから持ち運びしやすいようにして捨てた。仲間が魔獣に食われている所を何度も見ているのだから、今更人一人バラバラにするくらい何とも思わないのかもしれない。

「でも、あいつは、お前たちに順番が行かないようにずっと頑張ってたじゃないか」

 例え憎い魔術師だとしても、あんまりな言い草だから俺は次の謎の錠剤が口に突っ込まれる隙を狙って反論した。
 クラウィスがカルムと仲良くしているように見えたのは演技だった。それは別に良い。カルムだって分かっていただろうから。
 しかし、俺はカルムがどんな目に遭って来たのか記憶を見て知ってしまった。退魔の子でもない強大な魔力を持つ優秀な魔術師なのに、クラウィスやシスが使われないように何度も何度も何度も普通なら一度で気が狂うか死ぬかするような扱いにずっと一人で耐え続けていた。

「あの人、シスが妹だって一度も言いませんでしたね」

「……」

 本気でシスを見つけようとしているのなら、俺に妹だと言ったはずだ。顔が似ているとか名前が同じとか、探す手がかりが少しでも増えるように。
 しかし、カルムは何も言わなかった。退魔の子が生まれた魔術師の家系だと言いたくなかったのだろう。
 それに、あれだけ優秀な魔術師なら金を稼ぐ手段なんていくらでもあるだろうにわざわざ一族が一番嫌がる軍事魔術師を選んだ。魔術師として見返してやりたいという気持ちがあったはずだ。結局はどこまで行っても魔術師は魔術師ということだ。

「あの人、途中で逃げ出したんですよ。いつか必ず大金を持って迎えに来るからって」

 クラウィスは謎の錠剤を俺の口に押し込んだ。鉄の粒をまとめたような食感で効き目は多分無いだろうなという味だった。

「いつかっていつですか?こっちは一度でも悪趣味な実験に使われたら死んじゃうのに……明日、生きてるかどうかもわからないのに」

「だからって魔獣に食われに行くことはないだろう」

「でも、みんな魔力の無い世界に生まれ変われて、しかもこの世界に復讐できるならって
喜んで食べられてましたよ」

「……」

 以前の俺だったら、そうだろうと納得したはずだ。
むしろ、自分が嫌いで世界を憎んで、真っ先に食べられに行くタイプだった。俺の根っこの部分は転生しても変わっていないから、クラウィスや魔獣に進んで食べられていった退魔の子の気持ちだってわかる。
 この世界では魔力があって勇者になって恵まれている俺に何も言う権利は無い。でも、夢中になって喋っているトルヴァルや、自分が恵まれているからと言い切ってもなお平等であろうとするオグオンや、養成校で泣いていたいつかのニーアの背中を思い出す。

「本当に、みんな喜んで食われていったのか?」

 俺が偉そうによそ者の口を出すことではない。そう理解しながらも言わずにはいられなかった。このままクラウィスが魔獣の口に向かって行ってしまうのを止められるなら、何でもいい。

「弱くても惨めでもいいからこの世界で生きたいって言ったやつは本当にいなかったのか?」

 クラウィスが何かを言おうとして、黙ったまま立ち上がる。そして、俺の顔を蹴り上げた。
 右目があった所に爪先が突き刺さって眼球があったら確実に潰れていた。しかし、俺の右目は退魔の子の遊びに使われて地面に転がっている。眼球を抉られていて良かったと思うことはこの時くらいだろう。
 短気は損気というやつだ。俺は怒りっぽい所をすぐに治した方がいい。

「勇者様、そんな状況でも威勢はいいんだ」

 脳まで響く痛みに耐えている間に、クラウィスはどこかに行ってしまった。入れ代わりに誰かが入って来て、久しく聞いていない声が降って来る。
 幻聴ならもっと頼りになる奴がいいし、走馬灯ならこいつの出番はないから多分本物だ。

「バカじゃん?」

 カナタは心底そう思っているようで、俺の潰れた顔を見て同情するでもなくうえぇと顔を歪めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界に転生したら?(改)

まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。 そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。 物語はまさに、その時に起きる! 横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。 そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。 ◇ 5年前の作品の改稿板になります。 少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。 生暖かい目で見て下されば幸いです。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

処理中です...