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第38話 勇者、真実に向き合う
〜6〜
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とはいえ、そんな悲劇があったなんて、と今更善意の第三者を装うつもりはなかった。
退魔の子というものがこの世界に存在すると知った時から気付いていた。
いつかイナムがこういう事を起こすだろうと思っていたし、それで退魔の子が大勢死んでも大した問題にはならないから放っておいても大丈夫かと思っていた。
俺が呑気に見て見ぬフリをしていても、三條は馬鹿真面目に問題に取り組んでいた。
退魔の子をこの世界から守ることができなくても、イナムが余計な事を言って叶わない望みに向かって行かないようにした。イナムを集めてお茶会を開くとか言っていたけれど、つまるところ話さずにはいられない秘密、前世の世界や自分の記憶の話を打ち明ける場を作って、決してそこ以外では話さないように結束するつもりだったんだ。
しかし、既に問題は起きている。
誰に何と相談したものかと考えつつポテコと分かれて市内に戻る道を歩いていると、通信機が鳴った。
『アガットの件、見たのはホーリアだけと聞いている』
応答して名乗もせずに話し出したのはオグオンだった。
オグオンは、カルムが死んでからというもの他国に行って経緯を説明するという余計な案件に追われていた。
優秀な魔術師は死んでからも求められる。俺がやったように眼球の記録を読み取れば生前に構築した術式の情報を得る事ができるし、死体そのものに魔力が染み付いているからそのまま術式に変換できる。
倫理的な問題で死体の利用は禁止されているが、肉体の制限が無い分強力な魔術を放てる魔術兵器だ。カルム程の軍事魔術師であれば周辺諸国を丸ごと焼き払うくらい可能だろう。
カルムの死体はリコリスが回収して、そのまま姿を消している。他国からしてみると、危険な軍事兵器を隠しているのに等しい。
そのせいで、ヴィルドルクは軍事魔術師の死を契機に他国に攻め入ろうとしている、と根も葉もない噂が流れてしまった。
それを払拭するために、オグオンは直接国々に赴いて説明しに行って大忙しだ。
禁止されているとはいえ、こうして大臣が必死に弁明しないと信じてもらえないということは、どの国でも死体を使った魔術兵器開発をやっているらしい。
『バラバラだったらしいな』
「ゼロ番街の支配人が戻した。それでも欠けた箇所があったが」
オグオンとしては、その時に俺が死体を回収していれば大臣の余計な仕事が増えずに済んだ。
俺に八つ当たりをしてもおかしくないのに、口調はいつも通り平坦だった。内心はリコリスと俺をまとめて八つ裂きにしたいくらい怒り狂っているかもしれないが。
『運びやすいようにか』
オグオンがカルムの死体の状況などどうでもいい、とでも言うように話を強引に進めた。
俺が行って欲しくない方に話が進もうとしている。
平穏に今日の天気の話題にでも転換させようとしたが、オグオンは俺の答えを待たずに続ける。
『ホーリアは死体だけでなく、それを運んでいる所も見たんだろう。子どもだったのか?』
オグオンに嘘を吐いても無駄だから、俺は黙っていた。
むしろ、ここで否定でもして反抗の意志を見せたら、俺が無能なせいで激務に追われているオグオンが俺を葬りにくるかもしれない。
『退魔の子の、知り合いか?』
「……後でまた連絡する」
『ホーリア、余計な事は考えるな』
オグオンが俺を叱り付けるように言ったが、俺は通信を切った。
一番の問題は、彼等が死ぬのは怖くないということだ。
目立つ所にカルムの死体を捨てて、魔術師や魔力を持つ人間への敵意を明らかにした。結果殺されたとしても、死んだら魔法が無い世界に生まれ変われると信じている。捨て身の戦いでも望んで身を投じるだろう。
早く何とかしないと、オグオンが動き出してしまう。
勇者や魔術師が少し動けば、彼等を本当に全滅させることなんて簡単なことだ。
退魔の子というものがこの世界に存在すると知った時から気付いていた。
いつかイナムがこういう事を起こすだろうと思っていたし、それで退魔の子が大勢死んでも大した問題にはならないから放っておいても大丈夫かと思っていた。
俺が呑気に見て見ぬフリをしていても、三條は馬鹿真面目に問題に取り組んでいた。
退魔の子をこの世界から守ることができなくても、イナムが余計な事を言って叶わない望みに向かって行かないようにした。イナムを集めてお茶会を開くとか言っていたけれど、つまるところ話さずにはいられない秘密、前世の世界や自分の記憶の話を打ち明ける場を作って、決してそこ以外では話さないように結束するつもりだったんだ。
しかし、既に問題は起きている。
誰に何と相談したものかと考えつつポテコと分かれて市内に戻る道を歩いていると、通信機が鳴った。
『アガットの件、見たのはホーリアだけと聞いている』
応答して名乗もせずに話し出したのはオグオンだった。
オグオンは、カルムが死んでからというもの他国に行って経緯を説明するという余計な案件に追われていた。
優秀な魔術師は死んでからも求められる。俺がやったように眼球の記録を読み取れば生前に構築した術式の情報を得る事ができるし、死体そのものに魔力が染み付いているからそのまま術式に変換できる。
倫理的な問題で死体の利用は禁止されているが、肉体の制限が無い分強力な魔術を放てる魔術兵器だ。カルム程の軍事魔術師であれば周辺諸国を丸ごと焼き払うくらい可能だろう。
カルムの死体はリコリスが回収して、そのまま姿を消している。他国からしてみると、危険な軍事兵器を隠しているのに等しい。
そのせいで、ヴィルドルクは軍事魔術師の死を契機に他国に攻め入ろうとしている、と根も葉もない噂が流れてしまった。
それを払拭するために、オグオンは直接国々に赴いて説明しに行って大忙しだ。
禁止されているとはいえ、こうして大臣が必死に弁明しないと信じてもらえないということは、どの国でも死体を使った魔術兵器開発をやっているらしい。
『バラバラだったらしいな』
「ゼロ番街の支配人が戻した。それでも欠けた箇所があったが」
オグオンとしては、その時に俺が死体を回収していれば大臣の余計な仕事が増えずに済んだ。
俺に八つ当たりをしてもおかしくないのに、口調はいつも通り平坦だった。内心はリコリスと俺をまとめて八つ裂きにしたいくらい怒り狂っているかもしれないが。
『運びやすいようにか』
オグオンがカルムの死体の状況などどうでもいい、とでも言うように話を強引に進めた。
俺が行って欲しくない方に話が進もうとしている。
平穏に今日の天気の話題にでも転換させようとしたが、オグオンは俺の答えを待たずに続ける。
『ホーリアは死体だけでなく、それを運んでいる所も見たんだろう。子どもだったのか?』
オグオンに嘘を吐いても無駄だから、俺は黙っていた。
むしろ、ここで否定でもして反抗の意志を見せたら、俺が無能なせいで激務に追われているオグオンが俺を葬りにくるかもしれない。
『退魔の子の、知り合いか?』
「……後でまた連絡する」
『ホーリア、余計な事は考えるな』
オグオンが俺を叱り付けるように言ったが、俺は通信を切った。
一番の問題は、彼等が死ぬのは怖くないということだ。
目立つ所にカルムの死体を捨てて、魔術師や魔力を持つ人間への敵意を明らかにした。結果殺されたとしても、死んだら魔法が無い世界に生まれ変われると信じている。捨て身の戦いでも望んで身を投じるだろう。
早く何とかしないと、オグオンが動き出してしまう。
勇者や魔術師が少し動けば、彼等を本当に全滅させることなんて簡単なことだ。
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