上 下
235 / 244
第38話 勇者、真実に向き合う

~3~

しおりを挟む
 次の敵が来ても市職員に危険がないように、とりあえず庁舎を出て正面の広場に向かう。
 来庁者は殆どいないから、入口の花壇の辺りまで離れる。いつもここで煙草を吸っているフォッグも、今は3週目の市内の散歩に出かけていて不在だ。

「ニーアはよくわからなかったですけど、ウラガノさんは昔からそういう体質なんですか?」

「いや、大人になってからだな。ホーリアに来たからでもないだろうし。多分、親知らずみたいなもんだろ。俺、真横に生えてるし」

「それは早めに抜いた方がいいですよ。ニーアは真っ直ぐ生えてるんでそのままにしますけど」

 健康優良児のニーアがウラガノに見事なマウントを決めたところで、はたと足を止めた。

「勇者様!そう言えば、事情聴取はどうしますか?」

「課長にまた日程調整して連絡するって伝えてくれ。ついでに市長に、庁舎が壊れた件の報告を頼む」

「はいっ!勇者様が修理してくれたって言って来ます!」

「いや、オーナーが修理してるって言っておいてくれ」

 俺の追加注文に、庁舎に走って引き返しながらニーアがわかりました!と腹から出ている覇気のある声で答える。
 これで、俺が雑に直したせいで庁舎に後々不具合が出ても、オーナーの責任にすることができるだろう。
 ニーアがいなくなった所で、早速休みを満喫するために立ち去ろうとしているウラガノを引き留めた。

「ゼロ番街で死んだ魔術師を知っているか?」

 前置き無しで本題に入ると、ウラガノは明らかに嫌そうな顔になる。
 しかし、魔術師がどうのこうのというよりも単純に面倒臭いから関わり合いになりたくないという顔だった。こいうの単純さに少し救われた気分になる。

「……まぁ、知ってますよ。本家の長男でしょ」

「本家?船乗の家の?」

「ああ、元本家っすね。退魔の子が生まれたとかで、当主をクビになったんすよ」

 ウラガノはさらりと言ったが、魔術師の本家はそう簡単にクビになれるものだろうか。
 カルムの記憶を見た時に、壇上で処刑される一家がいた。当主をクビになるとはそういうことだろう。あの会場の観客の中に、ウラガノは多分いなかったはずだと願ったが、確認する勇気はなかった。

「一家全員死んだって聞いたけど、生きてたんですね」

 ウラガノは既に死んだカルムの生死など興味が無さそうに言った。
 俺は親戚がいないから知らないが、年末年始とかお盆とかに一族みんなが集まって、誰が結婚しないのかとか子供は作らないのかとか、センシティブな話題にずかずか踏み込んでいく無礼な会合を開くと聞いている。
 しかし、リリーナははとこの名前を覚えていなかったし、親戚繋がりとは希薄な場合もあるのだろう。

「向こうも俺に気付いていたと思いますけど。別に、俺も逃げ出して来たから仲良く話す仲でもないし」

「それで、カルムが死んだら、何でウラガノが実家に帰って来るように言われているんだ?」

「だから、新しい当主を選ぶためにー家に箔が付くような魔術師を集めてるんでしょ」

「新しい当主ってことは、カルムの親が当主をクビになってから、今までずっと不在だったのか」

「らしいっす。船乗の魔術師は相当肩身の狭い思いをして、当主を選んでいる場合じゃなかったっぽいすよ。追放した奴が世間で一番有名になっちゃうし、しかも軍事魔術師としてだし……」

 ウラガノが右手を親指と人差し指を伸ばしてLの形にして振る。前にゼロ番街の魔術師が、カルムをそう嘲った事があった。
 その時は何なのか気付かなかったが、ニーアが勇者見習いとして戦争に行った今なら分かる。
 魔術師も、勇者と同じように戦争に行く時は民間人の区別を付けるために銃を持って行く。魔術師でありながら銃を持って戦争に参加する軍事魔術師を示していたのか。
 しかし、魔術師が軍事魔術師を軽んじていようと、アガットは世間一般では世界中に知れ渡っている有名な魔術師だ。戦争があればどの国も欲しがって国のトップが集まって会議が開かれる。
 それに、あんまり贅沢な暮らしをしているようには見えないけれど、どの魔術師よりも稼いでいただろう。
 しかし、アムジュネマニスの魔術師にとって、魔術とは学問として高めるものだ。実学的な魔術や金儲けのための研究を何よりも嫌う。

「そうか……魔術師の感覚だと、ウラガノのような実生活では何の役にも立たない魔術の方が誇りなのか」

「いや、金庫破りの時とかめっちゃ役に立つでしょ?」

 俺は実生活ではと言ったはずだ。ウラガノの実生活には金庫破りが含まれているのだろうか。
 こいつの犯罪歴を一度しっかり確認した方がいいかもしれない。
 そんなことを考えているとニーアが去って行った時と同じスピードで戻って来たから、とにかく、と話を変える。

「仕事さえ休めれば魔力は抑えられるんだな?」

「ええ、そりゃあもう!仕事を休めるなら一般人以下に抑えてみせますよ」

「ウラガノさん、職場を出るとすごく元気になりますもんね」

「それなら、しばらくホーリアを出てどこかに隠れていた方がいい。避難先の勇者には引き継いでおく」

「うぃーっす。それじゃ、せっかくだしミリアムとどっか遠出しようかな。新婚旅行ってやつ?」

「……えっと」

 ニーアの反応が遅れたのはミミーの本名が変換出来なかったからではない。
 ミミーは仕事でも俺達にも愛称を使っているから、本名で呼ばれる相手がいるのかと驚いたのだろう。
 俺は何とも思わなかったが、幼馴染のニーアとしてはミミーが自分たちが使うのとは違う名前で呼ばれて、知らない生活をしていることに複雑な気分になっただろう。

「そ、そうですね。ミミーも店が休みで暇だと思うのでちょうどいいですよ」

「それじゃあ、バカンス先が決まったら連絡しますー!」

 ウラガノはスキップでもしそうな程上機嫌に去って行った。ついさっき殺されかけたはずなのに、危機感というものを知らずに今までよく無事に生きて来れたものだ。
 しかし、月50時間の残業で今の話だと、おそらく傷病休暇は出ないから普通に有休扱いになるだろう。

「なんか……」

 ニーアがウラガノの後ろ姿を見送って呟いた。
 俺がウラガノの有休は残っているのか心配しているのに、ニーアは何か切ないような憧れるような表情をしている。
 気持ちはわかるが、あいつを見てそれを考えたら負けだ。

「いえ、何でもないです」

 ニーアは正気に戻って、口に出す前に言葉を飲み込んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~

月見酒
ファンタジー
 俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。  そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。  しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。 「ここはどこだよ!」  夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。  あげくにステータスを見ると魔力は皆無。  仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。 「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」  それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?  それから五年後。  どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。  魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!  見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる! 「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」 ================================  月見酒です。  正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

キャラ交換で大商人を目指します

杵築しゅん
ファンタジー
捨て子のアコルは、元Aランク冒険者の両親にスパルタ式で育てられ、少しばかり常識外れに育ってしまった。9歳で父を亡くし商団で働くことになり、早く商売を覚えて一人前になろうと頑張る。母親の言い付けで、自分の本当の力を隠し、別人格のキャラで地味に生きていく。が、しかし、何故かぽろぽろと地が出てしまい苦労する。天才的頭脳と魔法の力で、こっそりのはずが大胆に、アコルは成り上がっていく。そして王立高学院で、運命の出会いをしてしまう。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

虚無の統括者 〜両親を殺された俺は復讐の為、最強の配下と組織の主になる〜

サメ狐
ファンタジー
———力を手にした少年は女性達を救い、最強の組織を作ります! 魔力———それは全ての種族に宿り、魔法という最強の力を手に出来る力 魔力が高ければ高い程、魔法の威力も上がる そして、この世界には強さを示すSSS、SS、S、A、B、C、D、E、Fの9つのランクが存在する 全世界総人口1000万人の中でSSSランクはたったの5人 そんな彼らを世界は”選ばれし者”と名付けた 何故、SSSランクの5人は頂きに上り詰めることが出来たのか? それは、魔力の最高峰クラス ———可視化できる魔力———を唯一持つ者だからである 最強無敗の力を秘め、各国の最終戦力とまで称されている5人の魔法、魔力 SSランクやSランクが束になろうとたった一人のSSSランクに敵わない 絶対的な力と象徴こそがSSSランクの所以。故に選ばれし者と何千年も呼ばれ、代変わりをしてきた ———そんな魔法が存在する世界に生まれた少年———レオン 彼はどこにでもいる普通の少年だった‥‥ しかし、レオンの両親が目の前で亡き者にされ、彼の人生が大きく変わり‥‥ 憎悪と憎しみで彼の中に眠っていた”ある魔力”が現れる 復讐に明け暮れる日々を過ごし、数年経った頃 レオンは再び宿敵と遭遇し、レオンの”最強の魔法”で両親の敵を討つ そこで囚われていた”ある少女”と出会い、レオンは決心する事になる 『もう誰も悲しまない世界を‥‥俺のような者を創らない世界を‥‥』 そしてレオンは少女を最初の仲間に加え、ある組織と対立する為に自らの組織を結成する その組織とは、数年後に世界の大罪人と呼ばれ、世界から軍から追われる最悪の組織へと名を轟かせる 大切な人を守ろうとすればする程に、人々から恨まれ憎まれる負の連鎖 最強の力を手に入れたレオンは正体を隠し、最強の配下達を連れて世界の裏で暗躍する 誰も悲しまない世界を夢見て‥‥‥レオンは世界を相手にその力を奮うのだった。              恐縮ながら少しでも観てもらえると嬉しいです なろう様カクヨム様にも投稿していますのでよろしくお願いします

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

処理中です...