元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした

まどぎわ

文字の大きさ
上 下
231 / 254
第37話 勇者、移転を考える

〜5〜

しおりを挟む
 脱衣所で休憩していると、ニーアがジュースを渡してくれた。
 のぼせた先輩の看病をしてくれるなんてよく出来た後輩だと思っていたが、渡された紙パックがやけに小さくてカルシウムやら緑黄色野菜やら、子供の成長に必要な栄養素が入っていることをアピールしたパッケージだ。
 ニーアは他の子供たちに餅でも撒くようにこのジュースを配っているから、俺は子守の区分に入れられたことがわかる。

「勇者様、ルークの部屋を使ってください。お布団は干してますから」

 2階に上がって廊下を進んで右に曲がって半階上がって左のドアを開けて奥に言って……と、迷路のような説明を受ける。
 俺は首席卒業の勇者だから完璧に覚えて、少し迷ってトイレと物置と別の部屋を開けてしまっただけで、無事ルークの部屋にたどり着くことができた。
 二段ベッドの下の段に綺麗に布団が敷かれていて、上の段は荷物置き場になっている。
 多分、ルークと他の兄弟が一緒に使っていた部屋で、上の段を使っていた奴はこの家をだいぶ前に出て行ったのだろう。
 定番にベッドの下か、タンスの奥か。
 そんなことを考えたが、今でも裁判のために裏から奥まで全て調べられているはずだ。俺がここでルークの秘密を暴くのは可哀想だし止めておいた。
 疲れたから寝ようと思ったら、トントン、と小さくドアがノックされる。
 この優しいノックはニーアではない。ニーアはプレハブくらいだったら拳の形の穴が空きそうな勢いでノックをしてくる。
 暗い廊下から顔を覗かせたのは、やはりユーリだった。

「勇者……あのね、その……一緒に寝てもいい?」

「……」

 もう騙されないぞ、と塩でも撒いて追い出そうとした。
 しかし、ニーアによく似た瞳を潤ませながら、縋るように見つめられると答えに窮する。
 ユーリが暗い所やオバケが怖いのはよく知っている。
 公園で遊びに熱中して帰り道が暗くなると、わざわざ遠回りして事務所に寄って俺に家まで送るように要求してくるほどだ。
 もしも万が一、本当に怖がっているのなら、俺が今断ったせいで、一生のトラウマを抱えてしまうかもしれない。ユーリの人生を背負うような、そんな責任は取れるのか。
 仕方なく俺が頷くと、ユーリは弾けるような笑顔になった。

「いいってさ!」

 ユーリが後ろに呼びかけると、やはり、思った通りガキ共がぞろぞろと部屋に入って来た。
 全員パジャマに着替えて枕と布団を持っていて、泊まる準備は万全だ。
 預かった子供を一晩大人しく寝かせて置けば、その時間分料金が貰えるのだからユーリからしてみれば楽な仕事だろう。できれば自分で抱えきれる程度の人数でやってもらいたい。

「トイレは一人で行けるから大丈夫だよ!」

 それは不幸中の幸いだろう。地獄に仏とはこのことか。
 俺が二段ベッドの上の段を巡ってケンカを始めているガキ共の仲裁に入っている間に、ユーリは赤子を連れて部屋のドアをパタンと閉めた。


 二段ベッドの上の段の荷物を片付けて、子供が寝られるように整える。
 人の家の荷物を勝手に動かしていいのか、という野暮な質問は止めてほしい。泊まりに来た他人に商売で預かっている子供を託すユーリの方がどうかしているのだから。
 大人しく上の段で寝てくれるかと思ったら、やっぱり下の段でみんな一緒に寝たいと言い出した。そして、勇者のマントを布団にしてみたい、と。
 床にも子供が広がって、俺は下の段の隅っこに子供に纏わりつかれながら何とか目を瞑る。
 寝返りも打てないくらい狭い所でどうにか寝ていると、マグロ漁船で捕まってそのまま船上で働かされるマグロの悪夢にうなされて目が覚める。

「狭すぎる……」

 部屋を抜け出そうと思ったが、床にも子供が寝ていて踏まずにドアまで行き着ける気がしない。
 ベッドの脇の小窓から抜け出して、どうにか屋根の上に立った。
 時間は深夜を過ぎた所だ。空の端の闇が徐々に薄くなっている。
 随分家の中を歩いたと思ったが、少し歩くと3番街に面した場所に着いた。
 屋根から落ちないように良い感じのポジションを探して腰掛ける。
 人がまだ起き出していない通りを眺めながら、朝になるまでここで時間を潰そうかと考える。

「勇者様」

 カタカタと屋根を鳴らして、ニーアが俺の隣に現れた。
 屋根が抜けないかなと一瞬心配になったが、ニーアなら大丈夫だろう。

「迷惑を掛けて本当にごめんなさい。幼馴染が働いているホテルに空き部屋があるそうです。今からでも行きませんか?」

 もう朝になるから大丈夫、と答えると、予想していたのかニーアが懐から酒の小瓶を出して渡して来た。
 2人で分けるのかと思ったら、もう1本出して来たから1人1本らしい。
 無駄にしないように一度開けてもまた栓が出来るタイプの瓶であることを確認した。ニーアがぐびぐび飲み干せる酒も、俺には一口で睡眠薬になり得る。残りは煮物にでも使おう。

「ここで寝ても大丈夫ですよ。下から見えませんし」

 ニーアも良くここで寝ているのか、慣れた様子で屋根の上にころりと仰向けに寝転がった。
 俺も真似をして寝転んだが、俺がこのまま寝たら絶対に落ちる。ニーアのようなバランス感覚と筋力が必要だ。
 ニーアは器用に半回転寝返りを打って俺の方を見る。

「勇者様、怪我は治ったんですか?」

「怪我?」

 俺も半回転してニーアと向き合う。ニーアは手を伸ばして俺の胸の辺りを突いた。

「エイリアス様に刺された所です」

 勇者の剣で刺された傷は、魔獣にやられたのと同じように通常の治癒魔術では治らない。
 俺は死にかけた時にポテコの魔術で治してくれたけど、死なない程度に雑に繋げてくれただけで傷痕はそのまま残っている。
 多分放っておけば治るだろうが、それなりの大怪我だから完全に消えるまで1年以上は掛かるはずだ。もう痛くも痒くもないけれど、目立つから魔術で隠していた。

「ニーアのは」

 少し痕が残っていたよな、と言おうとしたがどこで見たんだと聞かれそうだからギリギリで言葉を止める。

「もう治ってます。勇者様の方が重傷だったじゃないですか。ポテコさん、治療の時に貧血を起こしそうになってましたよ」

「それは悪いことをした」

「ニーアがやりましょうかって言ったら、絶対失敗するから手を出すなって言われちゃって」

 だろうな、と俺はつい素直に頷いてしまった。
 魔術の成績が低空飛行墜落寸前のニーアがやったら、俺は傷痕の心配なんてする暇もなく潔く死んでいただろう。

「でも、ポテコさんが絶対に助けるから黙って見てろって。ポテコさん、勇者様のこと大好きですね」

「だといいけど」

「勇者様が思っているよりも、勇者様はみんなに好かれてますよ」

「そうか?」

「ニーアも、勇者様が好きですよ」

 ニーアがあまりに率直な言葉を使うから、冗談だろうと軽く流すのも、俺も好きとかふざけて言うのも忘れてしまった。
 酔っているのか、寝ぼけているのか、と思ったが、ニーアの瞳は真剣そのものだった。

「ニーア、俺は」

「はい」

 俺が体を起こすと、ニーアも起き上がって俺と目を合せる。
 正直に隠していたことを伝えるなら今だ、と思ったが、視界の端で何かが動く。
 人影がゼロ番街の方に向かっているのが見えた。最近のゼロ番街は縮小営業だからとっくに営業時間は終了して、片付けも済んでいるはず。人がいるのは妙だ。

「少し見て来る」

 俺が屋根から飛び降りると、ニーアも行きますと続いて下りて来る。
 ニーアから酒の臭いがするのがやや心配だったが、俺はゼロ番街に向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~

冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。  俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。 そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・ 「俺、死んでるじゃん・・・」 目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。 新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。  元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。

処理中です...