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第36話 勇者、民意を問う
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市長に言われずとも、既に俺の元には事務室から「改善提案書」という書類が届いていた。
戦争終結後の国が慌ただしい時期、しばらく勇者の好感度は低いままだ。国土が広がって人口が増え、経済が栄えて来ればまた上昇する。
しかし、国の軍事広報も担う事務室はその立場上、支持率の低下を放置できないのだろう。だとしても、また面倒臭いことを考え出したものだ。
勇者の好感度を上げるためにはどうしたらいいか、現役の勇者たちの意見を募ろうという意図らしい。
全国の勇者が回答対象になりそうなものだが、こういうものは若者の意見を取り入れようというお決まりの文句で俺のような新人に回されてくる。
しかし、ここで俺が朝の挨拶運動をしたらいいと思うとか馬鹿真面目に提案をすると、事務室が頭を抱えながら黄色いタスキを発注することになる。
黙っていてやるのが親切心というものだが、書類は白紙では提出できないようになっていた。無駄に凝った魔術で作られた提出フォームだ。
市長との取り調べごっこも昼前に終わってしまったことだし、俺は庁舎を出て3番街の肉屋に向かった。
勇者嫌いなチコリに意見を聞いたら、俺や養成校では思い付かないような何か革新的なアイディアが出るかもしれない。あるいは、出ないかもしれない。
どちらにせよ、今日の昼はコロッケにしようと決めていた。
「チコリは、どうしたら勇者が好きになる?」
肉屋の店先のベンチに腰掛けて尋ねると、昼の売上をまとめていたチコリは最後の計算が終わったのか音を立てて帳簿を閉じた。
「クソ忙しい昼時に話しかけて来ないでくれたら、それだけで好きになるよ」
俺はベンチに転がって改善提案書の空欄を眺めつつ、今日の何個目かになる追加のコロッケをチコリから受け取る。
揚げ物が食べたいだけ食べられるなんて幸せなことだ。
まだジュウジュウと油の音がするコロッケは、揚げたてが食べたいと言ったから奥で店主が追加で作ってくれていた。
チコリがいなかったら煮えたぎった油を頭からかけられていただろうが、最近の店主は俺に親切だ。
買い物に来ても包丁を振り上げたりしないし、あることないこと俺の悪評を街に流したりしない。
チコリから聞いた所によると、俺がレシピを教えたコロッケが看板メニューになっているらしい。
「それか、魔獣をばんばん倒して肉でも骨でも卸してくれたら、ウチの商品が増えてありがたいんだけどね」
「なるほど」
街で働く勇者がキャッチした市民の声としてはいい塩梅にリアルだ。俺は改善提案書の大きな空欄を埋められるように遠回しに書いてそれなりに枠を埋めてから提出した。
面倒なアンケート提出に協力してもらったことだし、店に貢献しておこうと肉屋を覗く。
「何か手伝おうか?」
「いらない。邪魔だよ」
「ミミーも。なんでも手伝うよぅ」
俺と同じベンチで昼寝をしていたミミーも身を乗り出して言ったが、チコリは「邪魔」とだけ繰り返して取り付く島もない。
ミミーは俺が来る前からベンチで暇そうにしていて、店はどうしたのかと尋ねると臨時休業とのことだった。
鍛冶屋に勇者の好感度を上げるためにどうしたらいいのか尋ねたら、肉屋と同じように魔獣を倒して骨を卸せと言われるだろう。流石に市民2人から同じことを言われたら事務室に苦情と勘違いされる。ミミーに聞かなくてよかった。
「ミミーは店が休みだからわかるけどさ、勇者は勤務時間中だろ」
「歴とした昼休憩だ」
「あんたの昼、そろそろ2時間超えるよ」
「勇者様は、事務所に一人だから戻りたくないんでしょー?」
ミミーが痛い所を突いて来る。確かに、ここ数日、事務所にいるのは俺一人だ。
リリーナは戦争に従事した特別休暇を取っている。オルトー連合国への攻撃に新しい軍事魔術が使われたとかで、養成校の講師室に籠って新しい術式の構築に夢中になっているらしい。
クラウィスは鉄道が新しい国土の開発にばかり使われて人の輸送が後回しになっていて、切符が取れそうにないから落ち着くまでもうしばらくプリスタスで過ごすと言っている。
俺は一人でも楽しく過ごせるし、事務作業や報告書の作成等々、事務所でやる仕事は多々ある。しかし、誰も見ていない事務所に一人でいると、サボっていると勘違いされそうだから街に出ているだけだ。
「堂々と外でサボっているようにしか見えないんだよ」
「そう言えば、ニーアは?」
さり気無く尋ねたが、チコリは親友だけあって言葉を選んで一瞬黙った。すぐに算盤を弾いて音を立てながら何も知らないように答える。
「さぁ?ここ数日見ないよ。首都に行ってるって聞いたけど」
養成校を休学しているなら、ホーリアの実家に帰っているものだと思っていた。
俺はニーアの実習先になっているから、休学の手続きは済んでいることは知っている。養成校の用事以外に首都に何か用事があるのか尋ねたが、チコリは本当に何も知らないようで今度はすぐに首を横に振った。
「聞いてないよ。気晴らしに遊んでるんじゃないの?」
「ミミーも!知ーらないんだよぅ……」
尋ねていないのに返事をしたミミーの声は、最初は大きかったのに徐々に小さくなって掻き消える。これは、何かを知っているということだ。
手癖は悪くても嘘は吐けないミミーだから、少し揺さぶればすぐに漏らすはず。そそくさと逃げようとしているミミーを捕まえようとしが、すぐ隣に移動魔術で魔術師が現れて気が反れた。
ゼロ番街の黒服の格好をしたクヴァレは、店主に「揚げたての方」と慣れた様子でコロッケを注文している。
魔術師まで買いに来るようになったなんて、この肉屋の将来も安泰だと誇らしく眺めていたが、肉屋はついでで俺に用があったらしく、コロッケを受け取る前に俺に尋ねて来た
「アガットを知らないか?」
「カルムならこの前……」
公園に置いてきた、と言いそうになって思い直す。
置いていこうとして正気に戻ったからそこで別れたんだった。少し様子がおかしかったが、酔っ払って泣いていた奴がいきなり元気溌剌になるもの不気味だし、移動魔術で消えたから追い駆けなかった。
「見てないのか?」
「ああ、あれ以来仕事にも出て来ない。例の件の話し合いがまだ終わっていないから、戦績が整理できないままだ」
クヴァレは魔術師の中でも相当人がいい方なのか、素っ気無い言い方の中にもカルムを案じているのが伝わって来た。
魔術師同士なら魔力の残滓を伝って探せるのに、それでも見つからないのならば自ら隠れているか、魔力が残らない程弱っているかだ。
「わかった。当てがあるから探してみる」
人探しも勇者の立派な仕事の一つだ。
昼休憩が終わったことをアピールしようと思ったが、ミミーは既にいなくなっていたし、チコリは夕食のピークに備えて仕込みに忙しそうだった。
戦争終結後の国が慌ただしい時期、しばらく勇者の好感度は低いままだ。国土が広がって人口が増え、経済が栄えて来ればまた上昇する。
しかし、国の軍事広報も担う事務室はその立場上、支持率の低下を放置できないのだろう。だとしても、また面倒臭いことを考え出したものだ。
勇者の好感度を上げるためにはどうしたらいいか、現役の勇者たちの意見を募ろうという意図らしい。
全国の勇者が回答対象になりそうなものだが、こういうものは若者の意見を取り入れようというお決まりの文句で俺のような新人に回されてくる。
しかし、ここで俺が朝の挨拶運動をしたらいいと思うとか馬鹿真面目に提案をすると、事務室が頭を抱えながら黄色いタスキを発注することになる。
黙っていてやるのが親切心というものだが、書類は白紙では提出できないようになっていた。無駄に凝った魔術で作られた提出フォームだ。
市長との取り調べごっこも昼前に終わってしまったことだし、俺は庁舎を出て3番街の肉屋に向かった。
勇者嫌いなチコリに意見を聞いたら、俺や養成校では思い付かないような何か革新的なアイディアが出るかもしれない。あるいは、出ないかもしれない。
どちらにせよ、今日の昼はコロッケにしようと決めていた。
「チコリは、どうしたら勇者が好きになる?」
肉屋の店先のベンチに腰掛けて尋ねると、昼の売上をまとめていたチコリは最後の計算が終わったのか音を立てて帳簿を閉じた。
「クソ忙しい昼時に話しかけて来ないでくれたら、それだけで好きになるよ」
俺はベンチに転がって改善提案書の空欄を眺めつつ、今日の何個目かになる追加のコロッケをチコリから受け取る。
揚げ物が食べたいだけ食べられるなんて幸せなことだ。
まだジュウジュウと油の音がするコロッケは、揚げたてが食べたいと言ったから奥で店主が追加で作ってくれていた。
チコリがいなかったら煮えたぎった油を頭からかけられていただろうが、最近の店主は俺に親切だ。
買い物に来ても包丁を振り上げたりしないし、あることないこと俺の悪評を街に流したりしない。
チコリから聞いた所によると、俺がレシピを教えたコロッケが看板メニューになっているらしい。
「それか、魔獣をばんばん倒して肉でも骨でも卸してくれたら、ウチの商品が増えてありがたいんだけどね」
「なるほど」
街で働く勇者がキャッチした市民の声としてはいい塩梅にリアルだ。俺は改善提案書の大きな空欄を埋められるように遠回しに書いてそれなりに枠を埋めてから提出した。
面倒なアンケート提出に協力してもらったことだし、店に貢献しておこうと肉屋を覗く。
「何か手伝おうか?」
「いらない。邪魔だよ」
「ミミーも。なんでも手伝うよぅ」
俺と同じベンチで昼寝をしていたミミーも身を乗り出して言ったが、チコリは「邪魔」とだけ繰り返して取り付く島もない。
ミミーは俺が来る前からベンチで暇そうにしていて、店はどうしたのかと尋ねると臨時休業とのことだった。
鍛冶屋に勇者の好感度を上げるためにどうしたらいいのか尋ねたら、肉屋と同じように魔獣を倒して骨を卸せと言われるだろう。流石に市民2人から同じことを言われたら事務室に苦情と勘違いされる。ミミーに聞かなくてよかった。
「ミミーは店が休みだからわかるけどさ、勇者は勤務時間中だろ」
「歴とした昼休憩だ」
「あんたの昼、そろそろ2時間超えるよ」
「勇者様は、事務所に一人だから戻りたくないんでしょー?」
ミミーが痛い所を突いて来る。確かに、ここ数日、事務所にいるのは俺一人だ。
リリーナは戦争に従事した特別休暇を取っている。オルトー連合国への攻撃に新しい軍事魔術が使われたとかで、養成校の講師室に籠って新しい術式の構築に夢中になっているらしい。
クラウィスは鉄道が新しい国土の開発にばかり使われて人の輸送が後回しになっていて、切符が取れそうにないから落ち着くまでもうしばらくプリスタスで過ごすと言っている。
俺は一人でも楽しく過ごせるし、事務作業や報告書の作成等々、事務所でやる仕事は多々ある。しかし、誰も見ていない事務所に一人でいると、サボっていると勘違いされそうだから街に出ているだけだ。
「堂々と外でサボっているようにしか見えないんだよ」
「そう言えば、ニーアは?」
さり気無く尋ねたが、チコリは親友だけあって言葉を選んで一瞬黙った。すぐに算盤を弾いて音を立てながら何も知らないように答える。
「さぁ?ここ数日見ないよ。首都に行ってるって聞いたけど」
養成校を休学しているなら、ホーリアの実家に帰っているものだと思っていた。
俺はニーアの実習先になっているから、休学の手続きは済んでいることは知っている。養成校の用事以外に首都に何か用事があるのか尋ねたが、チコリは本当に何も知らないようで今度はすぐに首を横に振った。
「聞いてないよ。気晴らしに遊んでるんじゃないの?」
「ミミーも!知ーらないんだよぅ……」
尋ねていないのに返事をしたミミーの声は、最初は大きかったのに徐々に小さくなって掻き消える。これは、何かを知っているということだ。
手癖は悪くても嘘は吐けないミミーだから、少し揺さぶればすぐに漏らすはず。そそくさと逃げようとしているミミーを捕まえようとしが、すぐ隣に移動魔術で魔術師が現れて気が反れた。
ゼロ番街の黒服の格好をしたクヴァレは、店主に「揚げたての方」と慣れた様子でコロッケを注文している。
魔術師まで買いに来るようになったなんて、この肉屋の将来も安泰だと誇らしく眺めていたが、肉屋はついでで俺に用があったらしく、コロッケを受け取る前に俺に尋ねて来た
「アガットを知らないか?」
「カルムならこの前……」
公園に置いてきた、と言いそうになって思い直す。
置いていこうとして正気に戻ったからそこで別れたんだった。少し様子がおかしかったが、酔っ払って泣いていた奴がいきなり元気溌剌になるもの不気味だし、移動魔術で消えたから追い駆けなかった。
「見てないのか?」
「ああ、あれ以来仕事にも出て来ない。例の件の話し合いがまだ終わっていないから、戦績が整理できないままだ」
クヴァレは魔術師の中でも相当人がいい方なのか、素っ気無い言い方の中にもカルムを案じているのが伝わって来た。
魔術師同士なら魔力の残滓を伝って探せるのに、それでも見つからないのならば自ら隠れているか、魔力が残らない程弱っているかだ。
「わかった。当てがあるから探してみる」
人探しも勇者の立派な仕事の一つだ。
昼休憩が終わったことをアピールしようと思ったが、ミミーは既にいなくなっていたし、チコリは夕食のピークに備えて仕込みに忙しそうだった。
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