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第30話 勇者、迷い人を救う

〜9〜

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 商人団の中には盗賊団と区別が付かないような奴等もいるが、オルドクに着いた獣人の商人団はビジネス然としたまともな集団だった。心配していたが、獣人のみで構成されていて人間はメンバーに入っていない。
 社長と呼ばれている黒い毛並の獣人は、獣人らしく年齢不詳で幼く見えたが、ビジネスマンのようにスーツをびしりと着こなしていた。
 団長から話は伝わっていて、勇者の俺を見てもケンカ腰になることもなく、獣人にしては比較的友好的な態度で俺が抱えていたリュウを受け取ってくれた。
 リュウは少し色が薄くなっていたが、染料がまだ染み付いていて味がしない紅茶くらいの色をしている。そして、最初はミルクも飲まずに寝ているだけだったのに、今は肉の塊を齧りながら社長の腕を抜け出そうと暴れていた。
 社長はリュウの怪力に負けずに抱き上げていたが、その毛並を見て黒い耳をぴくりと跳ねさせた。

「ホーリア様、この子は……」

「月に1度、このシャンプーで洗ってやってくれ」

 社長が何か言う前に、リュウのために調合したシャンプーを渡す。
 しかし、それが無くても社長はリュウが白銀種だと気付いたようだ。俺が見てもわからないが、白銀種はただ色が白いだけでなく毛並も毛質も通常種とは違うらしい。

「あと、これも」

 俺は「LD++096」と書かれたタグを社長に渡した。社長がそれを見て何か言う前に金を握らせる。よちよち歩きの赤子が独り立ちするまで、満足な世話をするのに充分足りる金だ。

「頼む」

「……わかりました」

 社長は暴れていたリュウを抱え直して、忙しく動いていた社員たちに声を掛けた。荷造りは既に終わって、後は社員が船に乗り込めば出発できる状態だ。

「頼む」

 何と言うべきかわからずに繰り返すと、社長は黙って頷いた。
 それは、発症しない内に今日にでもリュウを殺すのか、それともギリギリまで生かしてくれるのか、どちらを意味するのかわからなかった。

「ゆーちゃ」

 リュウが社長の背中越しに俺を呼んだ。
 社長はお別れの挨拶でもさせようとしてくれたのか一度リュウを見たが、リュウはバイバイも覚えていない。
 ただ俺の名前を呼ぶだけで、そのまま船に乗り込んで行った。

「……どうせ殺されちゃう子に大金を払うなんて、勇者様はバカなのだ」

 船が港からゆっくり離れるのを眺めていると、隠れていたコルダがいつの間にか俺の横に来ていた。人が溢れているオルドグの街に警戒して、尻尾を隠してフードで耳を隠している。
 コルダはリュウがいなくなって清々している様子だった。この場にいないリリーナは、リュウと別れるのが嫌で事務所の自室に籠って出て来なかったのに対照的だ。

「でも、明日も元気にしてるといいですね」

 ニーアはそのどちらでもなく、全てをわかっていながらいつも通りだった。
 コルダはニーアの言葉に毒気を抜かれて、ばつが悪そうにフードを深く下げて顔を隠した。

「それは、そうだけど……」

「明後日も元気にしてるといいですね」

 ニーアが言うと、コルダは黙って頷いた。


 +++++


 いくら警戒しても、獣人のコミュニティは狭い。
 口止めしてもすぐにアルルカ大臣に伝わるだろうから、社長には何も言わなかった。アルルカ大臣がオルドグに怒鳴り込んで来て、俺が呼び出されるのもそう遠くはないだろう。しかし、今日とか明日の話ではないはずだと俺はのんびり事務所の中を大掃除していた。
 リュウがいた痕跡を残さないように、リビングのカーペットに丹念にコロコロを掛ける。が、横で寝転んでいるコルダが尻尾を振る度に新しい毛が散っている。

「コルダは……」

「んー?なぁに?」

 俺はコルダに聞くことがあった気がしたが、日の当たる窓際でのんびり寝ているコルダを見ていると忘れてしまった。

 玄関のマットもコロコロをしようと向かうと、事務所の呼び鈴が鳴った。
 侵入禁止の術を解いて呼び鈴を鳴らすなんて一体誰だ。と、俺が確認する前に、ドアが勝手に開けられる。
 ドアの前にいたローブ姿の魔術師が一歩下がると、そこには真っ白の獣人が立っていた。
 俺とそう変わらない小柄な姿で、光を反射するほど滑らかに銀に光る毛並み。ぴんと鋭く立った耳。
 この不機嫌そうな表情と勇者への敵意を露わにしている瞳は、俺よりもずっと年上で遥かに権力がある獣人選出のアルルカ大臣だ。

 こんな辺境まで、わざわざ大臣が来るとは。
 挨拶の前に言い訳をしようと頭をフル回転させて考えたが、アルルカ大臣は俺を無視して事務所に入って来た。
 廊下に出ていたコルダはアルルカ大臣を見てすぐに逃げようとしたが、アルルカ大臣は流石の獣人のスピードで俺が止める間も無くコルダの頭を鋭い爪で掴む。

「この偽物が!汚らわしい!」

 アルルカ大臣は事務所に響き渡るような怒声を上げて、コルダがびくりと身を竦める。

「獣人の恥だ!今ここで剥いでやる!」

 コルダが必死に抵抗していたが、獣人同士の力比べだとアルルカ大臣の方が年齢的にも体格的にも有利だった。
 同じ白銀種だから知り合いじゃないかと願ったけれど、アルルカ大臣に掴まれたコルダの耳には血が滲んでいる。これは実は仲良しとはいかなそうだ。
 突然の修羅場に面食らっていたが、いきなり事務所に押し入ってきて怪我をさせられて、黙って大人しくしていることはできない。
 獣人の大臣に手を出したら免職間違いなしだが、再就職先はどこかしら見つかるだろう。
 そう思ってアルルカ大臣を止めようとしたが、俺の拳はアルルカ大臣に届く前に掴まれた。

「アルルカ大臣、止めてください」

 移動魔術で現れたオグオンは、俺とアルルカ大臣の腕を掴んで止めていた。
 珍しく息を切らしていたオグオンは、俺が大人しく腕を下したのを見て息を吐く。

「彼女はホーリアの部下であり、私の部下です」

 オグオンはアルルカ大臣を相手にするから一応敬語だったが、アルルカ大臣を力尽くでコルダから引き離した。
 コルダから手を離したアルルカ大臣はオグオンにターゲットを変える。

「オグオン大臣、まさか養殖が部下にいると知らなかったのではあるまい?」

「獣人が仲間にいることは把握していますが、それが誰であろうと雇用は各勇者の判断です」

「劣等種が……こんな偽物の見分けもつかないのに、悪用されたらどうするつもりだ!」

「契約内容は確認しています。気になるのであれば後日、確認書類をお持ちしましょう。今日はお引き取りください」

 いつものアルルカ大臣だったらここから嫌味と罵倒が怒涛のように出てくるが、勇者の事務所に押し入ってその部下を怪我させて、分が悪いと気付いたらしい。不愉快そうに一度鼻を鳴らすと黙って事務所を出て行った。
 そして、外に控えていた魔術師に指示をすると馬車に乗って帰って行く。

「コルダ、大丈夫か?」

 縮こまっていたコルダは、アルルカ大臣に掴まれたところから血が出て銀色の髪が赤く染まっていた。
 爪で少し切れただけだから治癒魔術で綺麗に治せたが、コルダは頭を抑えたまま俯いている。

「……気にしてないのだ。全然大丈夫なのだ」

 固い表情しているコルダを慰めようとしたが、何か俺に話がありそうなオグオンを見てニーアがコルダをリビングに連れて行った。

「びっくりしちゃいましたね。あったかいものでも飲みましょうか」

「のだー……」

 リビングのドアが閉まったのを確認してから、オグオンに目線で示されて事務所を出た。
 中に聞こえない距離まで離れてから、オグオンが足を止めて落ち着いた口調で話し出す。

「すまなかった。オルドグの獣人からアルルカ大臣に話が伝わったらしい。止める間もなく飛び出して行ってしまった」

「いや……しかし、大臣は一体何に怒ってるんだ?」

 白銀種のリュウを勝手に育てていたことを怒られるだろうと覚悟していたが、俺のことは全く無視してコルダに突進していった。事務所で日がな一日ごろごろしているコルダが、何か悪いことをしただろうか。
 オグオンは事務所から更に離れようと歩き出して、俺は横に並んでオグオンの言葉を待った。

「……二十年以上前の話だ。白銀種の女性が数人、行方不明になった。当時は大きな事件にはならなかったが、その後、白銀種の男性が同じように消えた。その数年後から、身元不明の白銀種が各地で現れて、まるで獣人を代表した発言をするようになった」

 オグオンはいつも通りだったが、慎重に言葉を選んでいることがわかった。
 つまり、誘拐された男女の白銀種がどこかで家畜のように繁殖させられている。白銀種の言うことなら少なくとも獣人は全員従うから、世論を扇動するために便利に使われているのか。
 オルドグで殺された男の獣人は、もしかしたらそういった場所から自分の子どもを連れて逃げ出して来たのかもしれない。白銀種が狭い集団で子どもを作り続けたら、男はLD値が上がり続けるから全員殺される。そこを出た所で平穏に暮らせる場所なんて無いとわかっていても、逃げるしかなかったのだろう。

「それ以来、獣人の大臣と勇者の大臣のみ、全ての白銀種の居場所を把握している。そして、ホーリアに白銀種はいない」

「コルダは……」

 俺はコルダを庇おうとして無駄な言い訳をしそうになったが、何も思い付かずに黙った。
 初めてオグオンとコルダが顔を合わせた時、オグオンがコルダと握手をする時に一瞬何か考えていたことを思い出す。あの時、すでにオグオンはコルダがどこかで繁殖させられた白銀種だと気付いていたのか。
 オグオン曰く、白銀種同士なら見ればすぐに養殖かどうかわかる。赤子の時の処置や発育のストレスとかで全く違うらしく、アルルカ大臣が怒鳴り散らしていたのもコルダが偽物だと確信を持ってのことらしい。

「アルルカ大臣には言っておく。コルダにも、すまなかったと伝えてくれ」

 オグオンは天敵のアルルカ大臣を相手にして少し気が重い様子だったが、すぐに移動魔法で姿を消した。
 残された俺がひき返して事務所に戻ると、リビングにいたコルダは泣いてはいなかったが俺を見て警戒したように尻尾をぴんと立てていた。

「コルダ、悪いなんて思ってないのだ。騙される方が悪いのだ」

 コルダが唸るように言って、何のことだと考える。
 つまり、白銀種がいるから獣人の支持を得られるはずが、実はその白銀種が偽物だとすると獣人を味方に付けるどころか一番厄介なアルルカ大臣を敵に回すことになる。コルダがゼロ番街で最初に言ってきた雇用条件のことを言っているらしい。

「俺は騙されたなんて思ってないよ」

 俺が言うと、コルダの尻尾がへたりと力を失って床に垂れた。

「勇者様、本当に?」

「ああ、本当」

 俺はそう答えて、コルダ用のブラッシング道具をテラスに広げる。アルルカ大臣に掴まれたせいでコルダの髪が乱れているからだ。

「勇者様はおバカだけどいい奴なのだ」

 コルダは満足そうに言って、俺が呼ぶ前に膝の上に乗って来た。
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