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第28話 勇者、日々を記す
〜4〜
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翌日、クラウィスが作ったケーキを持って、俺は2番街の歴史博物館に行った。
観光客も地元の人間も依り付かない留置所代わりになっている歴史博物館だが、俺はカナタに会いに何度も来ている。中の展示は一度も見たこと無いのに、隠れた裏口から入って職員専用の修繕室の鍵を勝手に開けて入れるようになっていた。
「カナタ、昼は食べたか?」
修繕室は展示されていない資料が山になっていて埃っぽい。歴史博物館といっても田舎のホーリアの国営でもない博物館に貴重な資料があるはずない。古い資料はそのまま放置されていて、倉庫兼カナタの快適な休憩室になっていた。
窓際で資料を抱えていたカナタが、俺に気付いて頭を抑えた。
「勇者様、ありがとう……でも、いらない」
カナタは、頭に巻いている布を顔まで垂らしていて、左側が全部隠れていた。そのせいか、話し方も籠っていて聞き取りにくい。
妙な気配を感じてカナタに近付いて垂れている布をそっと引っ張ると、隠れていたカナタの顔の左側が露わになった。
最初は、窓から差し込む光が反射していて、よく見えなかった。
何だか妙にピカピカしていると思ったら、カナタの顔の半分は濁った透明の結晶になっていた。丸いはずの輪郭が、ごつごつと飛び出した結晶の角でアンバランスな形になっている。
「何だ、これ……」
カナタの左目は結晶に押し潰されて完全に見えなくなっていた。
布で隠れて見えなかったが、もしかしたらホーリアに来た時からそうだったのかもしれない。しかし、前に見た時は何ともなかった口元の辺りまで、人間の皮膚では無い結晶に変わっていた。
思わず手を伸ばして触れてみると、固くて冷たい、見た目通り鉱石のような感触だった。
俺の指が顔を滑ると、カナタの右目が怯えるように閉じられて、それでやっとこれは生きた人の体の一部なんだとわかる。
「痛く、ないのか?」
きっと、派手な吹き出物とか珍しい皮膚病だろう。
俺の治癒魔術なら簡単に摘出できると考えて、皮膚組織を分離させて再生させる魔術を発動させた。
しかし、何の手応えもなく術が掻き消える。
失敗したのかと思ってもう一度、今度は元の顔に戻すつもりで周囲の細胞の記録と頭蓋骨の形態を修復しようとしたが、それも消えてしまった。
魔法が効かない退魔の子にかけると魔術が跳ね返ってくるが、それすらもない。
元々こうだったから余計な手を加えるなとでもいうように、いくら魔術をかけても霧散してしまう。
そして、今魔術かけて分かったが、結晶は表面だけなく頭蓋骨の内部にまで達して脳を侵食している。
カナタが普通に動けて話せるということは、今は問題ないのだろうが、普通に考えて脳が鉱石になって無事で済むはずがない。
「なぁ、これ、危ないんじゃないか?」
「多分ね。あと1年保たないと思う」
「治す方法は?」
「さぁ?でも、もう、仕方ないよ」
カナタは相変わらず自分に興味が無いらしく、どうでも良さそうに平坦な声で呟いた。自分の余命を、余らせた食品の賞味期限のように刻んでいる。
「……大丈夫だ。うちには優秀な白魔術師がいるから」
俺はマントを脱いでカナタに被せた。フードを深く被れば顔が見えない。
今日は講師の仕事が休みだから、リリーナが事務所にいる。事務所に戻ってリビングでコルダと寝ていたリリーナを応接室に引き摺って行く。
クラウィスはお客さんが来たのに気付いてお茶を出そうかと顔を出したが、それを断って応接室の扉を閉めた。
「何よぉ……誰、それ?」
「リリーナ、これ、治せるか?」
俺がマントを外してカナタの顔を見せると、リリーナの眠そうだった目が大きく見開かれた。
息を飲んだきり何も言わなかったが、リリーナの視線が泳いで、逃げようと腰が引けている。
怒られると逆ギレをするリリーナが、ここまで怯えるのは珍しい。初対面の人を見て人見知りを発動させているなら、何よりもまず俺を盾にして守りに入るから、この反応は違う。
「し、ししし、知らないわ!」
これは確実に何か知っている反応だ。
リリーナは壁に寄って逃げようとしたが、俺はその前に立ち塞がってカナタに聞こえない声で尋ねた。
「もしかして、感染する病気か?俺は、本でも読んだ事がないんだが……」
「し、知らないったらー!」
リリーナは、俺を突き飛ばして応接室を飛び出すと、2階に駆け上がって自室に駆け込んでしまった。
「もういいって。別に。怖がらせるほどのことじゃないし」
「あれは、知らない人を見て驚いているだけだ」
カナタは面倒臭そうに言って今にも帰りそうだったが、俺は少し待っているように言い残して、階段を上がってリリーナの部屋のドアを叩いた。
「頼む。俺じゃ治せないんだ。あのままだと危ない」
「知らないってば!全然、何にも、本当に知らないの!」
俺は勇者養成校にある本は全て一通り目を通したのに、体が結晶になる病気なんて知らなかった。医術の資料も、新しい物が入ったらチェックしに行っているが、それでも見た事がない。
普通の病気ではなく魔術の領域だろう。養成校には魔術の資料は揃っているものの、モベドスには劣る。リリーナが何か知っているなら、それだけが頼りだ。
「リリーナ、お願いだから」
「知らないわ。絶対教えない」
リリーナは先程よりも少し落ち着いた口調で、それでもきっぱりと言い切った。この様子だとどうやって頼んでも無理そうだ。
俺の部下である前に、リリーナはアムジュネマニスの魔術師だ。そのリリーナが魔術師として決めた事なら勇者の俺が頼んでも無理だろう。
悪かったと謝って応接間に戻ろうとすると、俺の背後でそっとリリーナが部屋のドアを開けた。
「……御父様なら、教えてくれるかもね」
俺が振り返る前にリリーナは顔を引っ込めて、音を立ててドアが閉められた。
観光客も地元の人間も依り付かない留置所代わりになっている歴史博物館だが、俺はカナタに会いに何度も来ている。中の展示は一度も見たこと無いのに、隠れた裏口から入って職員専用の修繕室の鍵を勝手に開けて入れるようになっていた。
「カナタ、昼は食べたか?」
修繕室は展示されていない資料が山になっていて埃っぽい。歴史博物館といっても田舎のホーリアの国営でもない博物館に貴重な資料があるはずない。古い資料はそのまま放置されていて、倉庫兼カナタの快適な休憩室になっていた。
窓際で資料を抱えていたカナタが、俺に気付いて頭を抑えた。
「勇者様、ありがとう……でも、いらない」
カナタは、頭に巻いている布を顔まで垂らしていて、左側が全部隠れていた。そのせいか、話し方も籠っていて聞き取りにくい。
妙な気配を感じてカナタに近付いて垂れている布をそっと引っ張ると、隠れていたカナタの顔の左側が露わになった。
最初は、窓から差し込む光が反射していて、よく見えなかった。
何だか妙にピカピカしていると思ったら、カナタの顔の半分は濁った透明の結晶になっていた。丸いはずの輪郭が、ごつごつと飛び出した結晶の角でアンバランスな形になっている。
「何だ、これ……」
カナタの左目は結晶に押し潰されて完全に見えなくなっていた。
布で隠れて見えなかったが、もしかしたらホーリアに来た時からそうだったのかもしれない。しかし、前に見た時は何ともなかった口元の辺りまで、人間の皮膚では無い結晶に変わっていた。
思わず手を伸ばして触れてみると、固くて冷たい、見た目通り鉱石のような感触だった。
俺の指が顔を滑ると、カナタの右目が怯えるように閉じられて、それでやっとこれは生きた人の体の一部なんだとわかる。
「痛く、ないのか?」
きっと、派手な吹き出物とか珍しい皮膚病だろう。
俺の治癒魔術なら簡単に摘出できると考えて、皮膚組織を分離させて再生させる魔術を発動させた。
しかし、何の手応えもなく術が掻き消える。
失敗したのかと思ってもう一度、今度は元の顔に戻すつもりで周囲の細胞の記録と頭蓋骨の形態を修復しようとしたが、それも消えてしまった。
魔法が効かない退魔の子にかけると魔術が跳ね返ってくるが、それすらもない。
元々こうだったから余計な手を加えるなとでもいうように、いくら魔術をかけても霧散してしまう。
そして、今魔術かけて分かったが、結晶は表面だけなく頭蓋骨の内部にまで達して脳を侵食している。
カナタが普通に動けて話せるということは、今は問題ないのだろうが、普通に考えて脳が鉱石になって無事で済むはずがない。
「なぁ、これ、危ないんじゃないか?」
「多分ね。あと1年保たないと思う」
「治す方法は?」
「さぁ?でも、もう、仕方ないよ」
カナタは相変わらず自分に興味が無いらしく、どうでも良さそうに平坦な声で呟いた。自分の余命を、余らせた食品の賞味期限のように刻んでいる。
「……大丈夫だ。うちには優秀な白魔術師がいるから」
俺はマントを脱いでカナタに被せた。フードを深く被れば顔が見えない。
今日は講師の仕事が休みだから、リリーナが事務所にいる。事務所に戻ってリビングでコルダと寝ていたリリーナを応接室に引き摺って行く。
クラウィスはお客さんが来たのに気付いてお茶を出そうかと顔を出したが、それを断って応接室の扉を閉めた。
「何よぉ……誰、それ?」
「リリーナ、これ、治せるか?」
俺がマントを外してカナタの顔を見せると、リリーナの眠そうだった目が大きく見開かれた。
息を飲んだきり何も言わなかったが、リリーナの視線が泳いで、逃げようと腰が引けている。
怒られると逆ギレをするリリーナが、ここまで怯えるのは珍しい。初対面の人を見て人見知りを発動させているなら、何よりもまず俺を盾にして守りに入るから、この反応は違う。
「し、ししし、知らないわ!」
これは確実に何か知っている反応だ。
リリーナは壁に寄って逃げようとしたが、俺はその前に立ち塞がってカナタに聞こえない声で尋ねた。
「もしかして、感染する病気か?俺は、本でも読んだ事がないんだが……」
「し、知らないったらー!」
リリーナは、俺を突き飛ばして応接室を飛び出すと、2階に駆け上がって自室に駆け込んでしまった。
「もういいって。別に。怖がらせるほどのことじゃないし」
「あれは、知らない人を見て驚いているだけだ」
カナタは面倒臭そうに言って今にも帰りそうだったが、俺は少し待っているように言い残して、階段を上がってリリーナの部屋のドアを叩いた。
「頼む。俺じゃ治せないんだ。あのままだと危ない」
「知らないってば!全然、何にも、本当に知らないの!」
俺は勇者養成校にある本は全て一通り目を通したのに、体が結晶になる病気なんて知らなかった。医術の資料も、新しい物が入ったらチェックしに行っているが、それでも見た事がない。
普通の病気ではなく魔術の領域だろう。養成校には魔術の資料は揃っているものの、モベドスには劣る。リリーナが何か知っているなら、それだけが頼りだ。
「リリーナ、お願いだから」
「知らないわ。絶対教えない」
リリーナは先程よりも少し落ち着いた口調で、それでもきっぱりと言い切った。この様子だとどうやって頼んでも無理そうだ。
俺の部下である前に、リリーナはアムジュネマニスの魔術師だ。そのリリーナが魔術師として決めた事なら勇者の俺が頼んでも無理だろう。
悪かったと謝って応接間に戻ろうとすると、俺の背後でそっとリリーナが部屋のドアを開けた。
「……御父様なら、教えてくれるかもね」
俺が振り返る前にリリーナは顔を引っ込めて、音を立ててドアが閉められた。
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