元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした

まどぎわ

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第26話 勇者、社交界に参戦する

〜5〜

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 ホールの前方の隅には音楽隊がいて、客の会話の邪魔にならない程度の静かな音楽を流している。そのすぐ傍のテーブルに、コルベリア家の当主、エドルガ・コルベリアが座っていた。

 高齢のため自ら歩いて挨拶に向かうことはないが、ひっきりなしに招待客が近付いて話をしている。
 しかし、ノーラがホールに入って来てから、横にいる俺を窺っている。
 早く殺されないかと待ちきれないのだろう。さっきから視線を合わせないようにするのが大変だ。

「当主様には、ご挨拶しないんですか?」

 ニーアと別れてホールに戻り、壁に寄って存在感を消しているノーラに尋ねた。 
 付き合いを反対されている俺と一緒にいると、久し振りに会う家族とも話せないだろう。だから俺がいない間に会ったのかと思ったが、ノーラは壁に付けた背中を離した形跡がない。

「いいの。あんまり仲が良い家族じゃないから、私が話しかけたら嫌な顔されちゃうわ」

「そうなんですか」

「女の子が多い一族だと体裁が悪いから留学させられたの。本当は、今日も招待されてないから来たらいけなかったのかもしれない」

「なんだか、色々大変なんですね」

「そうね。でも、家族と仲が悪いくらい、大した『大変』じゃない。世の中には、もっと不幸な人が沢山いるもの」

「まぁ、そうでしょうけど」

「私は恵まれている。全然不幸じゃない。だから、泣いたりしない。全然悲しくないのよ」

 ノーラはそこまで言って、俺が孤児だと思い出したのか「あなたに言うことじゃないけれど」と言葉を濁した。

 感情を押し殺したようなノーラの言葉を聞いて、俺は彼女が少し前に彼氏を亡くしたばかりの女の子だということを思い出した。
 逞しいことにもうトルヴァルという新しい彼氏を作っているけれど、家族に恋人を殺されるなんて大した悲劇だ。
 俺はどちらもいないから良く分からないが、激怒したり錯乱したりしてもおかしくないような気がする。

「でも、不眠不休で働かせられてる俺が哀れむくらいだから、ノーラ様は相当不幸ですよ」

「ふふ、そうね」

 俺が欠伸を堪えながら言うと、ノーラは穏やかに微笑んだ。
 当主の突き刺さるような視線に耐えつつ、このまま何事もなく終わってくれないかとぼんやりしていると、広間の前の方からノーラを呼ぶ甲高い声が聞こえてきた。

「はい、お姉様」

 ノーラは俺に目配せして、その声の方に向かう。
 紅色の裾が短いカジュアルなドレスを着ているのは、ノーラの姉のベルタだ。隣にいる男は初めて見る顔だが、高そうな服を着ているし場慣れしているし、多分どこかの金持ちの息子で、ベルタの彼氏とかだろう。

「ノーラ、またそんなの連れて来て。本当に趣味が悪いのね」

 ベルタはちょうど近くに来たメイドからワイングラスを受け取りつつ、俺を見ないようにしながら言った。

「もう諦めなさいよ。アムジュネマニスなら立派な魔術師がいくらでもいるでしょう」

「でも、ベルタお姉様、トルヴァルはとても頭が良くて、是非この国でもその才能を活かしてもらいたい人材なんです」

「あんた、いつまでそんな事言っているの?」

「でも……」

 ノーラは笑顔のままだったが、俺が余計な事を言わないように腕で制していた。

 俺はベルタの言う事も道理に適っていると思うから、先程のようにケンカを売るつもりはなかった。でも、俺が癇癪を起こして余計な事を言わないように抑えているということは、ノーラは内心苛ついているはずだ。
 しかし、ベルタが恋愛とは斯くあるべしと語っているのを、ノーラは相変わらず穏やかな笑顔で聞いている。あまり温厚過ぎるのもストレスを溜めて体に悪そうだ。

 お望み通り大人しくしていようと後ろに控えていると、首筋に針を突き付けられるような殺気を感じた。

 傍らのテーブルに置いてあった銀のトレイで背中を庇うと、ど真ん中に短い矢が突き刺さって高い音が響く。

「あら、何の音?」

「さぁ、楽隊の音楽では?お姉様」

 ノーラが誤魔化してくれて、俺はベルタに気付かれる前に矢が貫いたトレイをテーブルクロスの下に隠した。
 特徴的な短い金属矢とこの威力は、自動発射装置を使ったものだ。この会場に持ち込めるサイズを考えると、2発装填の威力が最大に強いタイプだろう。
 首に当たったら当然致命傷で、肩に当たっても骨に突き刺さるくらいの大怪我をする。
 ニーアは、やはり俺の言っていることを理解していない。

「ベルタお嬢様、チョコレートはいかがですか?」

「あら、いただくわ。ノーラもどう?」

「素敵ですね。どれにしましょうか」


 メイドがチョコ菓子が並んだトレイを差し出してきて、ベルタはノーラと一緒に選び始めた。

 そして、俺はマズいことに気付いた。
 このままだと、2発目の矢が自動的に発射されてしまう。

 金属のトレイを貫く威力の矢は、手では止められない。だが、周囲にこれ以上盾になる物はない。
 しかし、俺が避けるとケーキを選んでいるベルタに当たってしまう。
 普通に考えれば、ターゲットの俺以外に当たらないように発射を止めるだろうが、発射装置の傍に誰かがいる保証はない。
 最初の一発目は、俺に発射地点と威力、そして自動発射装置だと教えるためだったのか。
 腕の1本でも犠牲にすれば止められるだろう。しかし、1人だけ腕から流血していたら絶対に目立つ。それに、そんな痛い思いは絶対にしたくない。

 俺は「一時休戦」の指マークを作って腕を上げた。
 事務所の面々で決めているハンドサインをニーアが確認したらしく、向けられていた殺気が消えた。2発目が発射される気配もない。

「どうしたの、トルヴァル?」

「少し、外します……」

 これは、第2回作戦会議が必要だ。
 ホールを出る時、客と話しているオグオンとすれ違った。その一瞬、オグオンの目線がホールの隅の音楽隊を見る。
 それだけで、オグオンが何をやらせようとしているか理解できてしまった。
 ニーアが少し可哀想な作戦だが、俺がニーアに殺されるよりもマシだ。了解、と頷いてから、俺はホールを出た。


 +++++


 ホールの外に出ると、ニーアがキラキラと瞳を輝かせて廊下の影で手招きをしていた。

「どうでしたか、勇者様?ニーアの作戦!」

「本当に2発目を撃つつもりだったのか?」

「メイドの子も協力してくれて、ベルタ様をあの位置まで誘導したんです」

「ニーア、本気でやるなって言っただろう」

「勇者様、ニーアの本気はこんなもんじゃないですよ!」

「そーゆーことじゃねーんだよな……」

 何故か酷い頭痛がする。多分、寝不足だからだ。
 体育会系のニーアの悪い所が出ている。オグオンに頼まれた仕事だから、張り切り過ぎているようだ。徹夜明けの俺ではこの情熱を受け止めきれない。

「勇者様、大丈夫ですか?」

 ニーアが言いながら、持っていた赤ワインをグラスに注いで渡してくれた。
 もしもニーアが本気だったら今がチャンスとばかりに即死レベルの毒を入れてきただろうが、ニーアの本気はこんなもんじゃないから普通のワインだった。

「ノーラ様、前の恋人が殺されちゃったんですよね……今度こそ好きな人と付き合えるように、ニーアたちも頑張りましょう!」

「男なんていくらでもいるんだから、もっと楽な奴を選んでくれればいいのにな」

「あれ?勇者様、機嫌悪いですね」

 誰のせいだと思っているんだと、俺は頭を抑えた。
 ニーアも、パーティーに来たのに何も食べられないのに耐えられなくなったのか、グラスに自分の分のワインを注いでぐびぐびと飲み始めている。

「でも、前の恋人が退魔の子で殺されちゃったんだから、2人目も殺されちゃうかもって思わないんですかね……?」

「さぁな」

 多分、可愛いものを見て可愛いって言うのが好きなように、可哀想なものを見て可哀想って言うのが好きな人間もいるんだろう。
 ノーラは弱者を労わる貴族の建前が染み付いている性格のようだから、ベルタが心配する気持ちもよくわかる。

「なんだかよく分からないですけど、恋愛って難しいんですね」

「ニーア、ホールの前に楽隊がいるだろう」

「え?ああ、はい。いますね」

「俺はエドルガが気付くようにホールを1人で出るから、その後でニーアがあそこの楽器を借りて、何か大きくて派手な音楽を弾いてくれ。多分、招待客の話が中断して、エドルガが自由になる」

「え……な、何ですか、その作戦は?」

「そうすれば、待ちきれなくなって苛ついている当主自ら、俺を殺そうと追い掛けてくるはずだ」

「あの、ニーア、音楽はちょっと……」

「オグオンが、その作戦で行こうって言っている」

「う、嘘ですよ!勇者様が勝手に言ってるだけじゃないですか!」

 2年以上もオグオンの手先をやっていると、何をやらせたいのか目線だけで理解できるようになる。
 しかし、心配していた通りニーアは音楽が苦手らしく、追試では泣き落して同情で合格にしてもらったと白状し始めて、本気で嫌がっていた。
 試しに「嫌なのか?」と聞いてみると、「嫌に決まってるじゃないですか!」と全力の拒否が返って来る。

「あー……でも、アウビリス様も同じ事言われるのなら……うぅ……や、やります」

「頑張れ」

「もー……他人事だと思って……」

 ニーアは文句を零しながら、何時の間にか空にしたワインの瓶を廊下に置いてホールに戻っていた。
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