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第24話 勇者、真夜中の平穏を守る

〜2〜

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 ユーリはデリアにすっかり怯えてしまい、今日は1人じゃ寝られないと俺のマントにしがみ付いて泣いていた。
 しかし、ちゃんばらをするのにいい感じの枝を見つけて渡してやれば喜んで振り回しながら歩いて行く。
 全人類がユーリくらい単純な思考回路だったら、俺のような人間でももっと生きやすい世界になるのに。

 ユーリを家に送り届けて、俺はそろそろ業務時間が終わるから最後くらい真面目に仕事をしようと事務所に戻ることにした。

 しかし、あのデリアの様子は少し気になる。
 この前会った時は、無意味に人を怖がらせるような子ではなかったはずなのに。
 それに、ユーリの言っていた噂も妙だ。
 幽霊が出るくらいならホテルの話題作りで済むけれど、「泊まると呪われる」なんて営業妨害に近い。
 ユーリの家は老舗の靴屋だからそんな噂が流れても痛くも痒くもないだろう。しかし、リトルスクールにはホテルを経営している家の子もいるのに、そんな噂が流れるだろうか。

 ニーアに相談したいところだが、瀬戸際の成績で試験に挑んでいるニーアの邪魔はできない。
 白魔術師のリリーナに任せれば何とかなるような気がするけれど、リリーナも養成校の講師として試験期間の間は忙しく働いている。この前も危うく試験問題作りを押し付けられそうになったところだ。
 どうしたものかと考えながら事務所に入ると、2階に向かう階段の前でクラウィスがトレイを持って上を窺っていた。

『あ、勇者様、お帰りなサい』

「どうしたんだ?」

『あの……コルダさんがお昼から寝ているので、そろそろお水をあげないといけないんでスが……』

 クラウスは事務所の家事だけではなくて、コルダの飼育係のような事もやっている。
 お蔭で俺の部屋は比較的清潔に保たれているし、コルダがお腹を空かせて夜中にキッチンで創作料理を始めることも少なくなった。
 クラウィスのトレイにはお茶が入ったグラスが2つ乗っていて、2階に上がれずにいた訳がわかった。グラスを受け取るついでにクラウィスに尋ねる。

「前に働いていたホテルの噂、何か聞いたことあるか?」

『噂?いいえ、聞いたことないでス』

 不思議そうな顔をしているクラウィスに俺は返事を誤魔化して、俺の夕飯は明日食べると言って、階段を上がった。
 コルダが2階にいるなんて珍しいと姿を探すと、コルダは廊下の隅の冷たい石壁にくっ付いて手足を投げ出して眠っていた。
 毛皮を纏ったコルダに最近の気候は熱いらしく、鼻の頭にうっすらと汗が滲んでいて、ぷーぷーと寝苦しそうに寝息を立てている。
 昼間が暑いなら涼しい夜に寝ればいいのに、ここまで昼寝をしても夜は夜で良く寝ている。季節に関係無くコルダはいつも健康体だ。

 コルダの傍らにグラスを置いて俺の部屋に入ると、思っていた通りポテコが俺のベッドに寝転がって本を読んでいた。退魔の子のクラウィスは、知らない魔術師が怖くて近寄れない。

「先輩、この本、上下巻じゃなくて上中下だと思う」

 ポテコは本に目を落としたままそう言って、コルダが俺の部屋にため込んでいるクッキーを摘まんでいた。
 俺の部屋に食べ物を持ち込まないというコルダとの約束は、未だに守られたことがない。

 ニーアが入学した年から養成校の制度が変わって、新しく入学したニーアの学年は予備生、それ以前に入学していた生徒たちは候補生という区分で分かれた。
 そして、卒業生は全員街付の勇者になる予定だから、全員に実習の課題が出ている。候補生のポテコも、ニーアと同じで俺の事務所が実習先になっていた。
 しかし、ポテコはニーアと違って街に出ないし俺の仕事は手伝わない。勝手に俺の部屋に来て、ベッドの上で本を読んでそのまま勝手に帰って行く。試験期間中でも、ポテコは座学の成績はトップクラスだからいつも通り実習の名目でサボっている。

「あれ……?先輩、どこか行くの?」

「今日はホテルに泊まってくる」

 俺が一泊する準備をしながら答えると、ポテコはベッドの上でがばっと体を起こした。

「ぼ、ボク、すぐに帰るからそんなお気遣い不要なんだけど……ッ!」

 いきなり声を大きくしたポテコは、どうやら自分がいるのが嫌で俺が外泊すると思ったらしい。
 ポテコはこの手の勘違いをよくして、その度にちゃんと慰めてあげないと暫く引き摺ってずっと不機嫌になるから、オバケが出る噂があるホテルを調査するためだとすぐに説明した。
 眉間に皺を寄せて厳しい顔で本を握り締めていたポテコは、すぐに調子を取り戻していつも以上に白けた顔になる。

「そんなの、どうでもいいじゃん。先輩、何でそんな事してんの?」

「ニーアがいないから俺が調べないと。仕方ないだろ、ニーアは試験で忙しいんだから」

「だから、放っとけばいいと思うんだけど」

 ポテコに言われてふと気付く。
 俺は便利屋でも少年探偵団でもないのに、どうして街のちょっとした不思議を、頼まれてもいないのに調べようとしているのだろう。
 しかし、ニーアだったら街のために何とかしようとするはずだ。俺はニーアほどホーリアに情熱も愛情も無いけれど、実習生のニーアと比べて本職の勇者は駄目だとか言われたくない。涙を飲んで、経費で高級ホテルに泊まりに行くだけだ。

「先輩は、態度悪いし文句多いのに言われたことはちゃんとやるんだね」

「コルダ、知ってるのだ……つんでれ?って言うのだ……」

 寝起きで目を擦りながら部屋に入って来たコルダは、どうやらリリーナに悪い知恵を吹き込まれたらしい。グラスを握ったまま俺の横に座って、まだ寝足りないのかうつらうつらしている。
 勇者の天敵の白銀種であり、全然話した事がないコルダに人見知りを発動させて、ポテコはすぐに立ち上がった。

「ボクは無駄な労働はしなくていいように賢くやろっと」

 そう捨て台詞を残して、移動魔法で養成校に帰って行った。ポテコの姿が消えて、握っていた本だけがベッドに残される。
 俺はホーリアに来てから勇者の本職である魔獣退治は一匹もやっていないのに、子守だの老人の相手だの、それ以外の仕事が多い。俺が平和主義なのと、市民に気を遣っているからだ。
 ポテコも実技の試験をパスすれば来年でも卒業して街の勇者になるのだから、少しは首席卒業の俺の働きを見習うべきだろう。
 俺が買い取り価格を気にしてポテコがぐしゃぐしゃにした本の皺を伸ばしていると、ぐいぐいとマントを引っ張られた。
 横を見ると「こぼしちゃったのだー」と言いながらコルダが床に零したお茶を俺のマントで拭いている。現行犯逮捕と、俺はコルダを抱え上げた。

「コルダ、ホテルに泊まりに行かないか?」

「ホテル?何でなのだ?」

 コルダは寝癖が付いた耳を揺らして、俺を見上げて尋ねた。
 ニーアもリリーナもいないから、俺1人でホテルに泊まりに行こうと思っていたが、本当にオバケのような得体の知れない物が出てきた時に、心霊現象の類と無縁の生活をしていた俺に対処できるか若干不安だ。
 コルダなら、何かあった時に迷わず俺を見捨てて逃げるから心配ない。

「少し調べたいことがあるんだ。外でお泊り、どうだ?」

「泊まるー!お泊りの準備してくるのだー!」

 コルダが元気に返事をして、俺の膝から飛び降りてあまり使っていない自分の部屋に駆けて行く。
 市内で一泊するだけだから換えの下着があれば充分、と声をかけてもお気に入りのぬいぐるみと絵本を積み上げていた。
 無駄だと思ったが自分の荷物は自分で持って行くようにコルダに言って、クラウィスに俺とコルダの夕食は明日食べると伝えるために階下に向かった。
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