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第22話 勇者、街の復興に助力する
〜1〜
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人間は水に浮くようにできている。だから、とにかく水に飛び込んで体で覚えるんだ。
体育会系のニーアに乗せられて、俺は柄にもなく熱血な事を言ってしまった。
「はいッ」と腹の底から凛々しく返事をしたニーアが飛び込んで、そろそろ1分が経とうとしている。
「勇者様、なーにしてるのだ?」
池の脇にしゃがんでいる俺の背中に、コルダが圧し掛かって来た。
コルダの体から焼き立てのパンの匂いがするから、クラウィスと一緒に昼食を作っていたらしい。今日はニーアが事務所にいるから、クラウィスも少し多めに豪華な料理を作ると言っていた。
しかし、ニーアが浮いて来ない。
「ニーアに泳ぎを教えている」
「でも、沈んでるのだ?」
どうしてだろうな、と俺はコルダと一緒に小さな泡が底から湧き出ている水面を眺めて思案した。
ニーアの泳ぎの練習のために、事務所の庭にある池を大きくした。25メートルとはいかないが広くて長方形のプールに整えてある。
海に繋がっているから危険が無いように底を細かい砂利にして、タコが嫌いなニーアにフォカロルが近付かないように、俺が触手を繋いで捕まえている。
塩分が含まれている海水だから、真水よりも人が浮きやすいはずだ。一応足は付く深さなのに、ニーアは飛び込んだまま出て来ない。
これがリリーナだったら10秒も経たずに生死を疑うところだが、ニーアは肺活量もありそうだし、1分くらい楽勝なのかもしれない。
限界を越えようとしているのだろうか。だとしたら、俺の手出しはニーアの命懸けの勝負に邪魔になる。
「もしかして、ニーア、重いから浮かばないのだ?」
「そうか、筋肉は脂肪より重いっていうからな」
「じゃあ、リリーナ投げ入れたら、めっちゃ浮いて来るのだ?!」
「多分。でも、リリーナが泣くからやるなよ」
未だにニーアは浮いて来ない。
そろそろ助けに行った方がいいのかもしれないと考え始めた時、ニーアが水面から飛び出して来た。
ばちゃばちゃと激しく水飛沫を飛ばしながら俺がいる池の縁まで駆けて来て、げほげほと口から鼻から水を吐き出している。
一息ついてから、ニーアは涙目で下から俺を睨み付けてきた。
「……ッ、バカ!」
教えてやっているのに、バカとは何だ。
しかし、ニーアは顔をくしゃくしゃにして「死ぬかと思った」と縁にしがみ付いて震えている。
体で覚える教え方は体育会系のニーアに適していると思っていたが、泳ぎに関しては駄目だったらしい。
しかし、泳げないと体育の成績が悪いままだし、そうなるとニーアはいつまでも勇者になれない。
養成校は何でも平均以上出来ないと卒業できないシステムになっている。
元魔術師で頭も良いポテコが、剣術が出来ないせいでいつまでも在籍しているくらいだ。ポテコの場合は、重度の人見知りのせいもあるかもしれないが。
とはいえ、俺は生まれた時から泳ぎ方を知っていたから、水に浮かないニーアにどうやって教えればいいのか思い付かない。
前世の記憶があるというのも困ったものだと俺が考えていると、コルダが池に飛び込んだ。
水の中で器用に立ち泳ぎをしたコルダは、ニーアの両手を握って縁から離す。ニーアはコルダにしがみ付きながら、恐る恐る水の中を進んだ。
「コルダに掴まってれば大丈夫なのだ。お顔付けなくても、バタ足すれば進むのだ」
「こ、怖いぃぃ……」
「怖くないのだー」
「し、し、沈む……!」
「沈まないのだー」
最初はコルダの腕を抱えて縮こまっていたニーアだが、徐々に慣れてくるとコルダと手を繋いで泳ぎの体勢になって進めるようになった。
コルダは俺より遥かに人に教えるのが上手いらしい。
コルダは、最初は事務所で一番子供で、一番ヤバい奴だと思っていたのに、何時の間にかこんなにしっかりした子に成長したのか。
なんとなく、嬉しいような切ないような気持ちになる。ようやく撫でさせてもらった野良猫が散歩に出ているだけの飼い猫だったと知った時と似た感覚だ。
『勇者様、何をしているんでスか?』
テラスから駆けて来たクラウィスに尋ねられて、1人で池の縁で座っていた俺は「フォカロルに餌をやってる」と答えた。
『市役所の、ウラガノ様がいらっしゃいまシた』
「今、手が離せないって言っておいてくれ」
『でも……なんだか、いつもと様子が違っていて……』
クラウィスが不安そうに言葉を濁す。
俺はウラガノが事務所に来たら、適当に安い茶菓子を食わせて帰らせろとクラウィスに言っていた。
高級ホテルで働いていた経験から、問題のある客や理不尽なクレームに慣れているクラウィスは、実際にそうやって面倒な奴を処理してくれている。
わざわざ俺を呼ぶということは、相当ウラガノの様子がおかしいらしい。
体育会系のニーアに乗せられて、俺は柄にもなく熱血な事を言ってしまった。
「はいッ」と腹の底から凛々しく返事をしたニーアが飛び込んで、そろそろ1分が経とうとしている。
「勇者様、なーにしてるのだ?」
池の脇にしゃがんでいる俺の背中に、コルダが圧し掛かって来た。
コルダの体から焼き立てのパンの匂いがするから、クラウィスと一緒に昼食を作っていたらしい。今日はニーアが事務所にいるから、クラウィスも少し多めに豪華な料理を作ると言っていた。
しかし、ニーアが浮いて来ない。
「ニーアに泳ぎを教えている」
「でも、沈んでるのだ?」
どうしてだろうな、と俺はコルダと一緒に小さな泡が底から湧き出ている水面を眺めて思案した。
ニーアの泳ぎの練習のために、事務所の庭にある池を大きくした。25メートルとはいかないが広くて長方形のプールに整えてある。
海に繋がっているから危険が無いように底を細かい砂利にして、タコが嫌いなニーアにフォカロルが近付かないように、俺が触手を繋いで捕まえている。
塩分が含まれている海水だから、真水よりも人が浮きやすいはずだ。一応足は付く深さなのに、ニーアは飛び込んだまま出て来ない。
これがリリーナだったら10秒も経たずに生死を疑うところだが、ニーアは肺活量もありそうだし、1分くらい楽勝なのかもしれない。
限界を越えようとしているのだろうか。だとしたら、俺の手出しはニーアの命懸けの勝負に邪魔になる。
「もしかして、ニーア、重いから浮かばないのだ?」
「そうか、筋肉は脂肪より重いっていうからな」
「じゃあ、リリーナ投げ入れたら、めっちゃ浮いて来るのだ?!」
「多分。でも、リリーナが泣くからやるなよ」
未だにニーアは浮いて来ない。
そろそろ助けに行った方がいいのかもしれないと考え始めた時、ニーアが水面から飛び出して来た。
ばちゃばちゃと激しく水飛沫を飛ばしながら俺がいる池の縁まで駆けて来て、げほげほと口から鼻から水を吐き出している。
一息ついてから、ニーアは涙目で下から俺を睨み付けてきた。
「……ッ、バカ!」
教えてやっているのに、バカとは何だ。
しかし、ニーアは顔をくしゃくしゃにして「死ぬかと思った」と縁にしがみ付いて震えている。
体で覚える教え方は体育会系のニーアに適していると思っていたが、泳ぎに関しては駄目だったらしい。
しかし、泳げないと体育の成績が悪いままだし、そうなるとニーアはいつまでも勇者になれない。
養成校は何でも平均以上出来ないと卒業できないシステムになっている。
元魔術師で頭も良いポテコが、剣術が出来ないせいでいつまでも在籍しているくらいだ。ポテコの場合は、重度の人見知りのせいもあるかもしれないが。
とはいえ、俺は生まれた時から泳ぎ方を知っていたから、水に浮かないニーアにどうやって教えればいいのか思い付かない。
前世の記憶があるというのも困ったものだと俺が考えていると、コルダが池に飛び込んだ。
水の中で器用に立ち泳ぎをしたコルダは、ニーアの両手を握って縁から離す。ニーアはコルダにしがみ付きながら、恐る恐る水の中を進んだ。
「コルダに掴まってれば大丈夫なのだ。お顔付けなくても、バタ足すれば進むのだ」
「こ、怖いぃぃ……」
「怖くないのだー」
「し、し、沈む……!」
「沈まないのだー」
最初はコルダの腕を抱えて縮こまっていたニーアだが、徐々に慣れてくるとコルダと手を繋いで泳ぎの体勢になって進めるようになった。
コルダは俺より遥かに人に教えるのが上手いらしい。
コルダは、最初は事務所で一番子供で、一番ヤバい奴だと思っていたのに、何時の間にかこんなにしっかりした子に成長したのか。
なんとなく、嬉しいような切ないような気持ちになる。ようやく撫でさせてもらった野良猫が散歩に出ているだけの飼い猫だったと知った時と似た感覚だ。
『勇者様、何をしているんでスか?』
テラスから駆けて来たクラウィスに尋ねられて、1人で池の縁で座っていた俺は「フォカロルに餌をやってる」と答えた。
『市役所の、ウラガノ様がいらっしゃいまシた』
「今、手が離せないって言っておいてくれ」
『でも……なんだか、いつもと様子が違っていて……』
クラウィスが不安そうに言葉を濁す。
俺はウラガノが事務所に来たら、適当に安い茶菓子を食わせて帰らせろとクラウィスに言っていた。
高級ホテルで働いていた経験から、問題のある客や理不尽なクレームに慣れているクラウィスは、実際にそうやって面倒な奴を処理してくれている。
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