元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした

まどぎわ

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第20話 勇者、束の間の休暇を過ごす

〜7〜

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 何かあったら絶対に助けるから、すぐに呼んでくれ。
 そうミミ-に言い残して、俺はそのまま鍛冶屋を出た。

 リストは少々物事に熱中しやすく、それ以外を疎かにする傾向があるが、一応話が通じる人間だ。
 人の肉に興味が出たとしても、許可無く人の首にナイフを突き立てる礼儀知らずではない。多分、一言実験のために人肉を提供してくださいとお伺いを立てるはずだ。
 ミミ-が危険に気付いて俺に助けを求めれば、心の傷までは責任が取れないが体に傷が付く前に助けられる。

 しかし、リストが若干振り切れているにしても、この世界の人間が魔獣に全く関心を持たないのは、俺は少し妙に思っていた。

 俺の前世ではゴキブリとか便所虫とか、あだ名にされたら侮辱罪になるような嫌われ者の虫がいたけれど、それだって研究する人間がいたし、絶滅されたらヤバいと理解していた。
 それなのに、この世界では魔獣に誰も興味を持たない。
 討伐するのが仕事になるくらい大量にいるのに、研究するのはリストのような変り者だけで、種の保護を考えたりもしない。
 見つけたら倒して、最終的には全滅させる。それだけの存在だ。

 俺がホーリアでここまで嫌われたのも、魔獣と共生なんて言い出したからだ。
 例えば、俺が酒池肉林の生活を税金で送る荒くれ者だったとしても、魔獣の退治だけしっかりしていれば、優秀な首席卒業の勇者として崇め奉られていただろう。

『お、お兄様……ちょ、と待って』

 クラウィスの声が下から聞こえて、離すのを忘れて握ったままだった手がいきなり重くなる。
 見下ろすと、クラウィスが俺と手を繋いだまま地面に倒れていた。俺の歩くスピードに必死について来ていたが、足が縺れて転んでしまったらしい。
 しゃがんでクラウィスの体を起こしてみると、石畳で擦れてレースのタイツが破け、クラウィスの膝に血が滲んでいた。

「ああ、悪い」

 手をかざして治癒魔法を使おうとして、寸前で思いとどまる。
 クラウィスは退魔の子だ。魔法は効かないし、直接かけるとこっちに跳ね返ってきてダメージを負う。
 俺は行き場の無くなった手をそのまま伸ばして、クラウィスを抱き上げた。
 クラウィスのドレスは不必要なレースと布地で膨らんでいるが、抱き上げると布が潰れて小さな体が腕の中に収まる。

「悪かった。事務所に戻ったら薬がある」

『大丈夫です。そんなに痛くないでスから』

 クラウィスはそう言ったが、ほとんどの治療を白魔術に頼っていて適当な医術しかないこの世界では、退魔の子にとっては小さな怪我でも命取りになる。
 しかし、事務所には勇者養成校から取り寄せた最新の薬が揃っている。この程度の怪我なら問題ない。

『お兄様、力持ち』

「クラウィスは、あの孤児院にいたんだから兄弟はいくらでもいるだろう」

『……いいえ、あそこはクラウィスよりも小さい子が多かったので』

 クラウィスは俺の首にしがみ付いて、肩に顎を乗せて大人しく俺の腕の中に収まっていた。いつもより高い視線で流れる街を楽しそうに眺めている。

 コルダが寝ている間に出て来てしまったから、多分怒っているだろうと考えていた。
 予想通り、事務所に着くとコルダが駆け出て来て俺に突進してぽこぽこと叩いて来る。コルダが本気を出せば生身の人間を複雑骨折させるくらいの怪力だから、この程度は可愛い戯れだ。

「酷いのだー!!コルダ置いてお買い物行っちゃうなんてー!」

 帰る途中で買って来たジュースを渡すと、コルダはすぐに機嫌を治した。
 尖った牙のある口で器用にストローを吸いながら、俺に抱き上げられたままのクラウィスを不思議そうに見上げる。クラウィスはこの事務所で一番しっかりしていて働き者で、いつも甘えたりしないから珍しいのだろう。
 クラウィスの足の怪我に気付くと、コルダは肉球の付いた手でクラウィスの頭をぽんぽんと叩く。

「くぅちゃん、お怪我しちゃったのだ?お休みしてた方がいいのだ」

『大丈夫です。御夕飯、作らないと』

「勇者様が作ればいいのだ。暇そうにしてるし、ちょうどいいのだ」 

 俺は暇じゃない、と言いたいところだが、今日は仕事をする気にもなれないし、俺は多分本当に暇だ。
 ミミ-も無事仕事を見つけたようだし、俺もせめて、怪我をしたクラウィスの手伝いくらいはしなくては。

「今日は魚。釣れないとご飯無し」

「おー!コルダ、本気出すのだー!」

 俺が言うと、コルダは事務所の庭の池に駆けて行って、そのまま飛び込んで大きな水音が聞こえて来た。
 まだ肌寒い時期なのに、とクラウィスは心配そうな顔をしていたが、手足が毛皮に包まれた獣人のコルダは基本的に暑がりで、真冬以外は水遊びをしている。
 コルダは心配しなくて大丈夫だから、俺はクラウィスを抱えたまま救急箱を探しに向かった。
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