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第18話 勇者、世界を渡る
〜1〜
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現状を理解した俺は、情けない叫び声を上げてベッドから転がり落ちた。
『ゆ、勇者様、大丈夫ですか?!』
ニーアの声が剣から聞こえて来たが、俺は腕で顔を隠して喚くことしができない。
「み、見るな……っ、見ないでくれ!」
『いえ、見えません』
「…………は?」
『勇者様の声だけ聞こえてて、真っ暗です』
ニーアの冷静な声を聞いて、俺は少し落ち着いた。ベッドの上を窺うと、間違いなく俺の剣からニーアの声が聞こえて来る。聖剣には視覚情報を取り入れる部分はない。
もちろん、聴覚情報を取り入れる部分も通話機能も無いはずだが、聞こえて来るものは仕方ない。
「……本当に、見えないのか?」
『はい。勇者様は大丈夫なんですか?』
本当に俺の姿が変わっている事に気付いていないから、ニーアの言っている事に嘘は無さそうだ。
念の為、部屋に転がっていたコンビニ弁当のカラが押し込まれているゴミ袋を部屋の隅に押しやる。
転生して向こうの世界で生きていた年数分放置されていたのなら、新種ウイルスの苗床になっていそうだが、昨日の夜捨てたばかりの新鮮な生ごみに見える。最悪なことに。
「今まで黙ってたけど、俺はイナムで……あ、ニーアはイナムって知ってるか?」
『リリーナさんから貰った古代史の本に書いてありました。でも、意味は知らないです』
「そうか……」
どうやら首の皮一枚繋がった。
何も全て本当の事を言う必要はない。生きていても害が無い代わりに何の面白味も益も無い、いてもいなくても変わらない人間だったこととか、言われた事を言われた通りにしか出来ない馬鹿真面目な人間だったせいで社会の歯車らしく一直線に過労死したこととか。
ニーアと同い年のようなフリをしていたが、本当は会話するのにもお金を払う必要がある歳だとか、一緒に暮らそうものなら確実に逮捕される見た目をしていることとか、言わなければ気付かない。
コルダに性犯罪者扱いされるのは慣れたけども、ニーアにまでそんな扱いをされたら流石に生きて行くのが辛い。絶対に二度と口を利いてくれないし、目も合わせてくれないレベルで軽蔑される。
「イナムってのは、生まれる前の記憶を持っている人間のことで、俺は今、その前世の世界に戻って来ている」
『本当ですか?ニーアはそんなふうには思いませんけど……』
「思わなくても、そうなんだよ……ニーアは、まさかイナムじゃないよな?」
『多分……違うと思います……』
見えないにしても一応女の子が来ているから、ベッドの周囲に落ちている下着や服を隠しながら俺が尋ねると、ニーアは自信が無さそうに答えた。
しかし、ネイピアスで見た車を知らなかったニーアは、この世界で生きていないはず。
イナムになる基準はわからないけれど、同級生の三條と鉢合わせをするくらいだ。局地的にこの時代の、日本のこの辺りで死んだ奴が転生すると予想している。だが、正解はわからない。
『ところで、ニーア、全然動けないんですけど!どうなってますか?』
薄汚れたベッドの上の、折れていてもなお銃刀法違反で捕まりそうな勇者の剣から、ニーアの声が聞こえて来た。
ニーアの声に合わせて青い魔石が光っている。剣を介して声を伝えているとか、単純な構造ではなさそうだ。
これは、まさか、ニーアが剣に宿っているとか憑りついているとか、そういうことか。
いくら勇者が好きでも、剣にならなくてもいいだろう。跳ね方で天気予報が出来るニーアの赤い髪とか、時々俺を見下してくるものの大抵笑顔のニーアの顔が好きだったのに。
由緒正しい勇者の剣とはいえ、俺の剣だ。剣になるにしても、アウビリスみたいな尊敬する勇者の剣が良かっただろう。折れた俺の剣になったなんて言ったらニーアが傷付くだろうから、俺は言葉を濁した。
「……直線的というか、平面になってる」
『そんな事ないです!』
体の一部の事を言われたと勘違いしたようで、ニーアが大きな声で反論してきた。でも、実際に平らになっているし、ニーアが喚く声は聞こえて来るが、剣はピクリとも動かない。
「とにかく、全然違う姿になってる」
『えぇー……あ、勇者様の声が違うのも、前世の姿に変わってるからですか?』
「……」
ニーアから鋭い指摘が飛んで来る。
俺は話を切り上げて、外の様子を見るために部屋を出ようとしたが、ベッド脇に転がっていたチューハイの空き缶を踏んで床に倒れた。
恐ろしいことに、ある程度年を取ると寝るのにも体力が必要で、酔い潰れないと寝られなくなる。そして、デスクワークばかりしていると足が上がらなくて些細な障害物に躓いて転ぶことになる。若さとは、失ってから気付くものだ。
『勇者様、少し休んだ方がいいんじゃないですか?昨日も結局寝てないですし』
「……そんな場合じゃないだろ」
『でも、慌ててもしょうがないですよ』
この状況が見えていないニーアは、のんびりと言った。
確かに、俺とニーアは全く違う世界に来てしまった。ゼロ番街がどうのこうのとか言っている場合ではない。問題のスケールが違い過ぎる。
少しだけ寝るつもりで、ベッドに戻って倒れた。鋭い刃が冷たく光る剣を隠すつもりで布団に包んで抑えると、21世紀の一般人の住宅に相応しくない巨大な金属の感触が確かにある。
青い光が呼吸のように強くなったり弱くなったりしながら、布団の隙間から漏れていた。
「……ニーア、この世界で生きてくか?」
首に引っ掛かっていたネクタイをベッドの下に捨てて体の力を抜くと、使い古したせいで凹んだマットに体が沈んでいく。
眠すぎて重い音が響いているように頭が重い。眼球が押し潰されるように痛くて、目を瞑ってもチカチカと光が点滅していた。寝言のように勝手に言葉が漏れる。
「ニーアの歳だったら高校生だ。高校っていうのは……リトルスクールみたいな、ほとんど皆同じ事を勉強する学校。だから、なりたいものに何でもなれる……っていっても、この世界に魔法はないし、勇者もいない……でも、だから、魔術が使えなくて嫌な思いをすることもないし」
勇者になれなくて泣くこともない。そう続けそうになって、枕に顔を埋めてニーアが何か言う前に誤魔化した。
「なんて、嘘ー……」
もしニーアが俺の同級生だったら、あってもなくても変わらない俺の学生時代に、1つや2つ思い出が残ったかもしれない。
ニーアみたいな可愛くて明るい奴は、この世界の俺を相手にしないだろう。
でもきっと、努力家で真面目な三條とはいい友達になれたはずだ。そんな事を考えていたせいで、変な夢を見た気がする。
『ゆ、勇者様、大丈夫ですか?!』
ニーアの声が剣から聞こえて来たが、俺は腕で顔を隠して喚くことしができない。
「み、見るな……っ、見ないでくれ!」
『いえ、見えません』
「…………は?」
『勇者様の声だけ聞こえてて、真っ暗です』
ニーアの冷静な声を聞いて、俺は少し落ち着いた。ベッドの上を窺うと、間違いなく俺の剣からニーアの声が聞こえて来る。聖剣には視覚情報を取り入れる部分はない。
もちろん、聴覚情報を取り入れる部分も通話機能も無いはずだが、聞こえて来るものは仕方ない。
「……本当に、見えないのか?」
『はい。勇者様は大丈夫なんですか?』
本当に俺の姿が変わっている事に気付いていないから、ニーアの言っている事に嘘は無さそうだ。
念の為、部屋に転がっていたコンビニ弁当のカラが押し込まれているゴミ袋を部屋の隅に押しやる。
転生して向こうの世界で生きていた年数分放置されていたのなら、新種ウイルスの苗床になっていそうだが、昨日の夜捨てたばかりの新鮮な生ごみに見える。最悪なことに。
「今まで黙ってたけど、俺はイナムで……あ、ニーアはイナムって知ってるか?」
『リリーナさんから貰った古代史の本に書いてありました。でも、意味は知らないです』
「そうか……」
どうやら首の皮一枚繋がった。
何も全て本当の事を言う必要はない。生きていても害が無い代わりに何の面白味も益も無い、いてもいなくても変わらない人間だったこととか、言われた事を言われた通りにしか出来ない馬鹿真面目な人間だったせいで社会の歯車らしく一直線に過労死したこととか。
ニーアと同い年のようなフリをしていたが、本当は会話するのにもお金を払う必要がある歳だとか、一緒に暮らそうものなら確実に逮捕される見た目をしていることとか、言わなければ気付かない。
コルダに性犯罪者扱いされるのは慣れたけども、ニーアにまでそんな扱いをされたら流石に生きて行くのが辛い。絶対に二度と口を利いてくれないし、目も合わせてくれないレベルで軽蔑される。
「イナムってのは、生まれる前の記憶を持っている人間のことで、俺は今、その前世の世界に戻って来ている」
『本当ですか?ニーアはそんなふうには思いませんけど……』
「思わなくても、そうなんだよ……ニーアは、まさかイナムじゃないよな?」
『多分……違うと思います……』
見えないにしても一応女の子が来ているから、ベッドの周囲に落ちている下着や服を隠しながら俺が尋ねると、ニーアは自信が無さそうに答えた。
しかし、ネイピアスで見た車を知らなかったニーアは、この世界で生きていないはず。
イナムになる基準はわからないけれど、同級生の三條と鉢合わせをするくらいだ。局地的にこの時代の、日本のこの辺りで死んだ奴が転生すると予想している。だが、正解はわからない。
『ところで、ニーア、全然動けないんですけど!どうなってますか?』
薄汚れたベッドの上の、折れていてもなお銃刀法違反で捕まりそうな勇者の剣から、ニーアの声が聞こえて来た。
ニーアの声に合わせて青い魔石が光っている。剣を介して声を伝えているとか、単純な構造ではなさそうだ。
これは、まさか、ニーアが剣に宿っているとか憑りついているとか、そういうことか。
いくら勇者が好きでも、剣にならなくてもいいだろう。跳ね方で天気予報が出来るニーアの赤い髪とか、時々俺を見下してくるものの大抵笑顔のニーアの顔が好きだったのに。
由緒正しい勇者の剣とはいえ、俺の剣だ。剣になるにしても、アウビリスみたいな尊敬する勇者の剣が良かっただろう。折れた俺の剣になったなんて言ったらニーアが傷付くだろうから、俺は言葉を濁した。
「……直線的というか、平面になってる」
『そんな事ないです!』
体の一部の事を言われたと勘違いしたようで、ニーアが大きな声で反論してきた。でも、実際に平らになっているし、ニーアが喚く声は聞こえて来るが、剣はピクリとも動かない。
「とにかく、全然違う姿になってる」
『えぇー……あ、勇者様の声が違うのも、前世の姿に変わってるからですか?』
「……」
ニーアから鋭い指摘が飛んで来る。
俺は話を切り上げて、外の様子を見るために部屋を出ようとしたが、ベッド脇に転がっていたチューハイの空き缶を踏んで床に倒れた。
恐ろしいことに、ある程度年を取ると寝るのにも体力が必要で、酔い潰れないと寝られなくなる。そして、デスクワークばかりしていると足が上がらなくて些細な障害物に躓いて転ぶことになる。若さとは、失ってから気付くものだ。
『勇者様、少し休んだ方がいいんじゃないですか?昨日も結局寝てないですし』
「……そんな場合じゃないだろ」
『でも、慌ててもしょうがないですよ』
この状況が見えていないニーアは、のんびりと言った。
確かに、俺とニーアは全く違う世界に来てしまった。ゼロ番街がどうのこうのとか言っている場合ではない。問題のスケールが違い過ぎる。
少しだけ寝るつもりで、ベッドに戻って倒れた。鋭い刃が冷たく光る剣を隠すつもりで布団に包んで抑えると、21世紀の一般人の住宅に相応しくない巨大な金属の感触が確かにある。
青い光が呼吸のように強くなったり弱くなったりしながら、布団の隙間から漏れていた。
「……ニーア、この世界で生きてくか?」
首に引っ掛かっていたネクタイをベッドの下に捨てて体の力を抜くと、使い古したせいで凹んだマットに体が沈んでいく。
眠すぎて重い音が響いているように頭が重い。眼球が押し潰されるように痛くて、目を瞑ってもチカチカと光が点滅していた。寝言のように勝手に言葉が漏れる。
「ニーアの歳だったら高校生だ。高校っていうのは……リトルスクールみたいな、ほとんど皆同じ事を勉強する学校。だから、なりたいものに何でもなれる……っていっても、この世界に魔法はないし、勇者もいない……でも、だから、魔術が使えなくて嫌な思いをすることもないし」
勇者になれなくて泣くこともない。そう続けそうになって、枕に顔を埋めてニーアが何か言う前に誤魔化した。
「なんて、嘘ー……」
もしニーアが俺の同級生だったら、あってもなくても変わらない俺の学生時代に、1つや2つ思い出が残ったかもしれない。
ニーアみたいな可愛くて明るい奴は、この世界の俺を相手にしないだろう。
でもきっと、努力家で真面目な三條とはいい友達になれたはずだ。そんな事を考えていたせいで、変な夢を見た気がする。
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