元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした

まどぎわ

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第17話 勇者、街を奔走する

〜3〜

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  オーナーの話を聞いてからいまいち反応が鈍いニーアの腕を引いて、噴水広場まで引き返した。
 少し休憩するか、と俺が提案するとニーアは賛成も反対もせずに誰もいない広場のベンチにすとんと座る。

 日も落ちて肌寒くなって来たから暖かい物でも貰おうと噴水広場を囲むように並ぶ露店を覗いたが、すでに避難していて売り子はいない。
 俺は金を置いて、保温されていたワインを勝手に持って行った。
 カップに入れて1つをニーアに渡す。業務時間中に酒を飲むなと怒られるかと思ったが、ニーアは上の空でそれを受け取るとそのまま口を付けずに噴水を見つめていた。

 さて、どうする。
 リリーナを連れ戻すのは確定として、その後のことだ。
 ゼロ番街に加勢するのは国の勇者として後々禍根を残しそうな気がする。
 俺も無意味な怪我をしたくないから、争い事は出来る限り避けたい。かといって、裏から交渉してトルプヴァールを止めるにしても、オグオンが非協力的な今では時間も権力も足りない。

 しかし、リリーナだけ引き取って、そのまま戦争を続けてどうぞと言うのは勇者としてあまりに不誠実な気がする。
 まぁ、俺の誠実さなんぞ誰も期待していないだろう。俺はやる時はやるキャラではあるが、オグオンにも頼まれていないし、今のところはホーリアに被害は出ないらしいし、1人で頑張っても空回りするだけだ。
 ここは、勇者の部下云々は別として、住民代表としてニーアはどっちがいいと思う、と俺が尋ねたのに、カップを握り締めているニーアはまだぼんやりとしていた。

「勇者様は、いつも他人事ですね」

 また俺の悪口かと一瞬身構えた。
 そう言うのは俺が聞こえない所で言ってくれと思ったが、ニーアは怒っているわけではないらしい。頭の中で考え過ぎて、思考がそのまま口から漏れているようだ。

「ニーアは、いっつも自分のことだけでいっぱいいっぱいなのに。もし、勇者になれたら、ニーアも変れるんですかね……」

 ニーアが呟いて、カップを握り締る指が力が籠る。ペコンとカップが凹んで、赤いワインが縁に溢れた。

 もし、魔法が無かったら。なんて、魔法が無い世界で一生を終えた俺からすると面白い話だ。
 もし、空が飛べなかったら。もし、タイムマシンが無かったら。
 魔法が無かったら、ライフラインの殆どを魔法が担っているこの世界は今よりも確実に不便になる。
 トルプヴァールが持つイナムの知識を分けてもらって、一から文明を作り出さなくてはならない。
 しかし、オーナーが言っていた通り、魔法が無くなれば退魔の子が死んで当たり前の世界ではなくなる。
 魔術が使えないニーアが嫌な思いをすることもなくなるし、勇者に魔術の能力が求められなくなるだろう。ニーアが表情を消して考え込んでいるのはそこだ。

 しかし、俺がいつも他人事なのは勇者だからではなく、俺の人生が2周目だからだ。
 ニーアも1回惨めな死に方をして転生すれば、人生を舐めきって生きるのに余裕が生まれるはずだ。お勧めはしないけども。

「…………て、飲んでる場合じゃないですよ!!」

 俺は黙ってニーアのジレンマに付き合っていたのに、突然正気に戻ったニーアがベンチから立ち上がった。
 握り締めたカップからワインが零れそうになって、大酒飲みの血筋のニーアは慌てて飲み干す。

「もう夜じゃないですか!勇者様、何でのんびりしてるんですか?!」

 ニーアに言われなくても、俺はさっきから真剣に考えている。加勢すべきか傍観すべきか、to be or not to beで悩んでいるのに、ニーアが全然議論に参加してくれないから決まらない。
 俺はカップを置いてベンチから立ち上がった。

「取りあえず、俺はリリーナを探して来る」

「それならニーアも、ゼロ番街に残っている人がいないか探して来ます」

 復活したニーアはゼロ番街の方に駆け出して行った。
 店の子も客も皆ゼロ番街から追い出されたから、人は残っていないはずだ。日の出を待たずに攻撃が始まるかもしれないから離れた方がいいとニーアを止めたが、ニーアは8thストリートにそのまま進んで行った。

「昔から住んでいた人は、あそこの営業が始まってからも隠れて住んでいるんです。魔術師も気付いてないかもしれません」

 あんなギラギラした街に好きで住んでいる人間がいるのか。
 俺は半信半疑だったが、地元民のニーアが言うのならそうなのだろう。攻撃が始まる前には避難することを約束して、ゼロ番街の入口でニーアと別れた。


  +++++


 真夜中のゼロ番街は丁度営業時間で、看板が目に突き刺さるように輝いている。
 しかし、店の子も客もいない無人の中では、不気味な華やかさだった。

 至る所で黒いローブを着てフードで顔を隠した人影が、影から影に滑るように視界の隅で動いている。
 同じ格好をした魔術師が中途半端に気配を消しているから探すのに手間がかかったが、リコリスはいつもの黒いドレスを着て屋根の上で煙草を吹かしていた。

 俺が隣に立ったのに気付いて、「あら、勇者様」とつまらなそうに煙草を投げ捨ててヒールの爪先で踏み潰す。

「お手伝いに来てくれたの?」

「いや。リリーナを連れ戻しに来た」

 俺はマントの下に入れていた退職届をリコリスに突き付けた。
 リコリスが指先でそれを摘まみ上げるとすぐに燃え上がって、飛んだ火の粉でリコリスは新しい煙草に火を点ける。
 ついでにどうぞ、と俺に向かって煙草入れから1本差し出してくる。
 俺にとっては劇薬のような物だが、これも付き合いだと割り切って、火を点けて慎重に煙を吸い込む。

「リュリスのことは、エルカからどこまで聞いたんだ?」

「勇者様には関係無いでしょう」

「いや……エルカは、俺の友人だったんだ」

 俺が俯いて静かに言うと、俺の嘘に気付かずにリコリスは小さく息を吐いた。そして、トルプヴァールの方に目を向けたまま言葉を続ける。

「リュリスがイナムだってことと、イナムの世界に帰ろうとしたからトルプヴァールに殺されたってこと」

「前世のことは聞いていないのか?何で死んだのか、とか」

「聞かなかった」

 リコリスはきっぱりと言ってから、聞けなかった、と小さな声で言い直した。
 知り合い程度の俺ならどうという事はないが、生まれた時から一緒にいる妹が、全く知らない世界で知らない人生を歩んでいたと知ったら。きっと以前と同じようにはいられない。
 リュリスが前世の事を最後まで誰にも言わなかったのも、リリーナとリコリスと普通の姉妹でいたかったからだろう、と俺でも何となく想像できる。

「勇者様、前世ってそんなに大切?」

 リコリスは夜空を見上げて煙を吐き出した。夜空には大昔に崩壊した世界を支える柱の残骸が細い天の川のように17本光っている。

「あの子は、私の妹で、リリーナの姉で。それだけで良かったのに」

 リコリスの視線が外れた隙に、俺は煙草を屋根に捨てて靴底に隠す。
 俺には家族も兄弟もいないから正直理解できないけれど、低く抑えた声で叫ぶリコリスが、泣くタイミングを失ったままでいることはわかった。

「生まれる前の事なんて今更どうにもならないのに。それで死んじゃうなんて」

「リュリスを殺したイナムって、リュリスの前世のことか」

 俺が尋ねると、リコリスは何も言わずに煙を吐き出した。
 リュリスは1人で悩んで、国から狙われながら1人で帰る方法を探して、そのまま死んでしまったのか。

 もし、今、死に行こうとしている子が目の前にいたら、この世に繋ぎ止めるために何ができるだろうとふと考える。
 着飾って、美味しい物を食べさせて、あなたはそのままでいいんだと、優しく声をかけることしかできない。
 いつかリコリスは、リュリスに似ていた俺を見つけてそうしてくれた。
 きっとリュリスにしてあげられなかったことだ。

「でも俺は、前世が無かったら勇者になれなかった」

「あなたの事は聞いてないわ」

 リコリスにぴしゃりと言われて「まぁそうだよな」と俺が気の抜けた返事をすると、リコリスの表情がふっと緩んだ。
 短くなった煙草を指先で弾いて、ヒールの先で蹴って屋根から転がり落とす。

「いいわよ。好きにすれば?妹がいなくたって、私は1人でできるもの」

 リコリスが言った言葉は強がりにしか聞こえない。
 しかし、許可を貰えたことだし、戦争は血気盛んな魔術師に任せて俺はリリーナを探しに向かった。

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