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第17話 勇者、街を奔走する

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 市役所を出ると、ウラガノとミミ-がニーアを間に挟んできゃあきゃあと言い合いをしていた。
 ミミ-の両腕が体の前でコートに隠されているから、俺が少し目を離した隙に話が進んでいるらしい。
 しかし、街に警告表示が出て人がいなくなっているというのに、こいつらは何をしているんだ。

「だからぁー落ちてたの拾っただけだってぇー」

「んなわけないだろ。チェーン付けてんのに落とさねぇよ」

「ダッサいチェーン偉そうに付けてるから期待したのに、ほぼ空だったしぃー」

「うるせーな、ダサくねーよ!」

 ウラガノが何か調書を書き込みながらミミ-に聞き取り調査をしている。しかし、ミミ-は膨れ面をして真面目に答えず、ニーアが間に挟まれてウラガノを宥めていた。

 俺はニーアに一声掛けてから行こうと思っていたが、3人の様子を見て面倒事に巻き込まれない内に隠れて行こうとした。
 しかし、ウラガノが目敏く気付いて俺のマントを後ろから掴んで止めてくる。

「あ、勇者様!ちょっと聞いてくださいよ!」

 忙しいから後にしてくれ、とウラガノに答えて手を振り払った。
 ニーアに少し出かけて来ると言い残してそのまま立ち去ろうとしたのに、ウラガノは俺のフードを離さないし、仕事用の太腿の付け根ぎりぎりまで見える格好をしているミミ-は俺に突進して来た。

「勇者様ぁー!この人こわぁーい!言いがかりつけてくるぅー」

「この子、俺の財布盗んだんすよ。それなのに、ニーアが庇ってて」

「庇ってません。ニーアを巻き込まないでくださいって言ったんです」

「勇者様ぁ……ミミ-がそんなに悪い子じゃないの、知ってるよね?ね?」

「はぁ?勇者様まで泥棒の味方すんの?それって勇者としてどうなんですかー?」

「今忙しいから、後にしてくれ」

 先程よりも少し大きな声で言って2人から離れるとまた言い合いが始まり、間に挟まれていたニーアがそこから逃げ出して追い掛けて来た。

「勇者様、ニーアも行きます」

「行くのはホテル・アルニカだ」

 俺が言うと、9thストリートの魔術師が苦手なニーアは一度足を止めた。
 振り返ってウラガノとミミ-の仲裁に戻ろうかと一度考えて、無人になりつつある街で構わず騒いでいる2人を見てこの言い合いは終わらないと判断したらしい。
 「それでも行きます」と魔法剣士らしく表情を引き締めて俺に付いて来た。


  +++++


 9thストリートにも警告表示が出ていて人影は無い。宿泊先に引っ込んでいるのだろうが、もしかしたらゼロ番街に加勢している魔術師もいるのかもしれない。
 ホテル・アルニカに入ると、客の姿が無いフロントのカウンターに、いつもの大柄で赤ら顔のオーナーが座って魔術書を開いていた。俺が入って来たのに気付くと、人の良い笑顔を見せてすぐに立ち上がる。

「勇者様、来ると思っていました」

 どうぞこちらへ、と示された手に従って俺とニーアはカウンターの中に入った。

 無人だが賑やかな調理室に入り、そこを通り抜けるのかと思ったが、立ち止まってオーナーが指を1度鳴らす。
 すると、調理器具が全て動きを止めた。オーナーが手を触れることもなく、勝手に壁の中に片付いて、調理室は何も無い白いがらんどうの空間に変わる。
 壁の中からソファーが2つとローテーブルが出て来てオーナーの前に並ぶと、テーブルの上にハーブティーが入ったカップが小さな音を立てて出現した。
 最後に、入って来た方にドアが現れて音を立てて閉まる。

 奥のソファーに腰掛けたオーナーが俺に座るように促したが、俺は首を横に振った。
 オーナーは俺の態度に気分を害した様子もなく、カップを持ち上げて立ち上る湯気をのんびりと吹く。

「あの子らを止めてくれというお話ですか?」

「リリーナがリコリスに連れて行かれた。リリーナは俺の部下だ。良く知っているだろう?」

 リリーナの履歴書を書いたのは、恐らくオーナーだ。
 ヴィルドルク語を書いたスケッチブックを見せた時の反応がリリーナとリコリスで同じだったから、あの2人はヴィルドルク語の読み書きが出来ない。
 そうなるとオーナーが新参者の街付の勇者を偵察するため、リリーナに履歴書を渡して勇者の採用面接に行くように言いつけたのだろう。
 父親の言う事に従うリリーナなら、呼び戻せるはずだ。
 ついでに、リコリスも止められないかと俺が言うと、オーナーは大きく息を吐いて肉付きのいい体をソファーに深く沈ませた。

「あの子たちを止めても、他の魔術師たちが黙らんでしょう」

「ゼロ番街の魔術師か?あいつらは、リコリスに従っているんじゃないのか?」

「あの者共は別にトルプヴァールに逆らう理由があるのです」

 分厚い手でオーナーが繊細なカップをテーブルに置く。ガチャンと音を立てて、中のハーブティーが跳ねた。

「アムジュネマニス・ゴルゾナフィール国は、あの流民の国、トルプヴァールと手を組みました」

 オーナーの姿が揺らいで、俺が目を凝らすとローブを深く被った小柄な本体が透けて見えた。
 変装を維持していられない程、口に出すだけで怒りを覚えるらしい。

 流民とは、魔術が使えない人間の蔑称で、年寄りの魔術師が良く使う言葉だ。
 魔法しか使えないニーアも魔術師から見れば軽蔑すべき流民で、だからお茶も出さないし椅子も用意しない。オーナーに悪意があるのではなく、古い魔術師にとってはそれが常識だ。

「土地の魔力を操作する魔術を使い、最終的には魔術を使えるのはアムジュネマニス・ゴルゾナフィール国のみとするつもりです。我が祖国は魔術で、トルプヴァールは技術力で強国に伸し上がるつもりでしょう」

「……オーナーさんは魔術師なのに、アムジュネマニスが強くなるのに反対するんですか?」

 ニーアは、オーナーの態度に納得できずに横から口を挟んだ。
 魔術師の故郷であるアムジュネマニスの発展に、魔術師が反対するのは違和感があるだろう。
 しかし、古いタイプの魔術師と養成校で関わって来た俺は、国に反対する魔術師の思考が大よそ理解できた。
 彼等は、アムジュネマニスの国民である事以上に、魔術師として魔術の命を捧げることに信念を持っている。
 オーナーもそのタイプらしく、ニーアの当然の疑問を聞いてテーブルに拳を叩き付ける。

「当たり前だ!!魔術とは、世界が競い合って高めていくもの。怠惰な慣れ合いで現状に甘んじて、新しい魔術が生まれるものか!物を浮かせて転がす程度の魔術に何の意味がある?!その程度の力しか要らないのであれば、全て無くしてしまえ!」

 オーナーの剣幕に負けてニーアが俺の後ろに隠れた。
 ニーアにはオーナーが恰幅の良い男性がニコニコしているようにしか見えていないのだから、笑顔のまま突然怒鳴り出したら尋常じゃなく怖い。
 俺が片手を上げて制すると、オーナーは「失礼いたしました」と声を落ち着かせてソファーに座り直した。オーナーの怒りが収まると、揺らいでいた姿が落ち着いて、赤ら顔の笑顔の男性の姿に俯いたフードの人物は隠れた。
 テーブルを叩いた衝撃で零れた紅茶を魔法で固めて指先で転がしながら、オーナーは呟く。

「しかし……奴らの言っていることも、わからなくはないです。魔術を選ばれし者のみが所有すれば、世の中は流民に合わせて改革されていくでしょう。医術が発展して、退魔の子が死ぬこともなくなる。生まれついての魔力で流民が差別されることもない」

 オーナーも、一応冷静な判断は出来るらしい。
 俺の後ろにいたニーアが一度小さく揺れた。魔法が無いのが当たり前の世界になったら、と少し考えたのだろう。

 オーナーの話によると、ゼロ番街には、アムジュネマニスを捨てた魔術師が集まっていて、その中にはトルプヴァールと組んだアムジュネマニスに反抗するが者が多い。
 リコリスはそれとは別にトルプヴァールに怨みを持っていて、2国と戦うのを今か今かと待っている血の気の多い魔術師たちを先導している。
 しかし、リリーナに関して言えば、国の決定に反対するほど政治に興味が無いだろうし、リュリスを殺されたからといって戦争に受けて立つほど血圧が高くもない。
 おだてるとすぐに流されるところがあるから、俺が止めればすぐに帰って来るような気がする。

「リュリスがどうして殺されたか、知っているか?」

「あの子の事は、忘れました」

 俺が最後に尋ねると、オーナーはテーブルに目を伏せたままきっぱりとそう言った。
 先程の熱の入った口調とは対照的な、凍えるような言葉だ。
 冷たい風が胸に吹き抜けたような気分になったが、家族の事だ。部外者の俺が口出しすることでは無い。
 オーナーが指を鳴らすと、フロントに向かうドアが開いて、俺はニーアの腕を引いてそこを抜けてホテル・アルニカを出た。


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