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第16話 勇者、胸の内を吐き出す
〜5〜
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俺がフォカロルの業務内容を絞り出そうとしていると、かたん、と玄関の棚の上で音がした。
俺が振り返った時、玄関に置いていたハープが乾いた音を立てて砕け散った。
革の袋を破って尖った破片が飛んで、マントを広げて庇ったが1つがクラウィスの頬を掠る。
「……誰か死んだの?」
床に転がっていたリリーナが起き上がって尋ねて来た。
俺がハープにかけた魔術に気付いていたらしい。「何でもない」と、俺は答える。
「でも、誰かの命と同期させてたんでしょ?」
「何でもない」
軽く言ったつもりだったのに、俺の声を聞いたクラウィスはマントの下で体を固くして、リリーナはビクリと震えて目を潤ませた。
「な……なによぅ、怒んなくてもいいじゃない」
リリーナは俺が謝る前に頬を膨らませて自分の部屋に走って行ってしまった。
繋がったままの通信機からオグオンにどうしたと尋ねられて、何と答えたものかと考える。
「イナムが死んだ」
『そうか。君の友人だったのか?』
「まさか。でも、良い奴だった」
珍しくオグオンが何かを言いかけて、言葉を止めた。
何を言われても上手く応答できる気がしなくて、俺は「後でまた連絡する」とだけ言い残して通信を切った。
俺のマントの下で縮こまっていたクラウィスを窺うと、木片が掠った頬が薄く切れて血が滲んでいる。
傷を抑えて治癒魔法をかけると、バチンと音がして俺の指が2本ほど黒焦げになった。
クラウィスは退魔の子だ。直接魔法をかけると、かけた方がこうなる。指の痛みよりもクラウィスの泣きそうな顔を見て、間違えた事に気付いた。
「悪かった。今、治療するから」
クラウィスを玄関に残して、部屋に置いてある軟膏を取りに向かう。
階段を上っていると、誰かが2階の手摺に寄りかかって影が被さってきた。紫色の煙が漂って来て、顔を見なくても誰なのか気付く。
「勇者様、こんにちは」
「禁煙」
俺はリコリスの指から煙草を取り上げて握り潰した。
リコリスは平気な顔で煙草の箱を胸元から出して来て新しく咥えようとしたが、階下にクラウィスがいるのに気付いて煙草を元のように片付ける。
退魔の子にハーブは効かないが、煙草の煙が体に悪いのはどこの世界でも一緒だ。
「リリーナ、泣いていたわ。あの子は打たれ弱いから、あんまり強く言わないであげて」
リコリスが少し面白がっているようにそう言ったが、リリーナの部屋は静かだった。
泣く時は事務所を揺らすくらい大泣きするのに、今はすすり泣きも聞こえて来ないし、ミシンの音も聞こえて来ない。
リリーナはどうしたとリコリスに尋ねようとした時、俺の耳でまた通信機が音を立てた。
『ホーリア、話がある』
ついさっき切ったばかりのオグオンの声が聞こえて来て、今はちょっと取り込んでいるから後にしてくれと言おうとした。しかし、オグオンはいつもの固い声で構わず続ける。
『先程、トルプヴァールがゼロ番街支配人に通告した。あそこを本日中に引き渡せと。応じない場合、明日の日の出と同時に攻撃を開始する』
「……明日?」
突然過ぎる話にオグオンに聞き返すと、「はい、これ」とリコリスが1枚の書類を俺に差し出して来た。
今はそれどころじゃないだろうと押し返したが、それがリリーナの退職届だと気付いて、リコリスが何しにきたのか理解できた。
+++++
明日とは、いくら何でも短気すぎる。
前世で新人が半年前に処理しなくちゃいけない書類を出して来た時、俺が他部署の部長に頭を下げて頼んだことがあった。
その時はあまり関係無い俺が必死で謝って、2時間の説教と引き換えに3日待ってくれたのに。
リコリスはリリーナの退職届を俺に押し付けて「じゃあ、これで」とあっさり立ち去ろうとしている。
帰らせるわけにはいかないと、俺はリコリスの前に立ち塞がった。
戦力になるリリーナを連れて行くということは、リコリスはトルプヴァールと戦争を始めるつもりだ。
「あそこは捨てて、違う所で営業をしたらどうだ?場所探しなら俺がやる」
「勇者様。私は風俗営業がしたくてあそこにいるんじゃないのよ」
リコリスは俺を退かして階段を下りて行こうとしたが、俺は退職届を捨ててリコリスの腕を掴んだ。
そのまま長い黒髪が揺れている背中に問いかける。
「トルプヴァールに、リュリスを殺されたから?」
少し振り返ったリコリスは、俺に冷たい視線を向けて胸元に手を入れていつもの瓶を取り出した。
煙草の代わりにハーブを摂取しようとしているのか、俺がこれ以上余計な事を聞いたらその瓶で頭を叩き割るつもりなのか。
「元の世界に帰ろうとして、別のイナムに殺されたのか?」
「あなたには関係ない」
叩き付けるようにリコリスに言われたが、俺は負けずに関係なくない、と続けた。
「俺も……イナムだから」
「ええ、知ってる」
俺は身を切られるような思いで白状したのに、リコリスはつまらなそうに頷いた。
話はそれだけかと、どうやら俺を殴るために準備していたらしい酒瓶を胸の中にしまった。
「エルカから聞いていたわ。彼女から色々教えて貰ったの。勇者様がイナムだってことも、リュリスのことも」
振り返ったリコリスは、手を伸ばしていつかのように細い指で俺の頬を摘まんだ。
しかし、その顔には営業用の笑顔すら全く浮かんでいない。
「勇者様が自分からイナムだって教えてくれたら、信用しようと決めていたわ。少し、遅かったわね」
俺の頬にリコリスの黒い爪が立てられて、一瞬痛みを感じた時にはリコリスは目の前から消えていた。
美人が怒った時の無表情は、本当に怖い。
気を取り直して沈黙していた通信機を確かめると、通信はまだオグオンに繋がっていた。
「聞こえていたか?支配人は受けて立つらしい」
『だろうな』
「リコリスを止めてゼロ番街を引き渡すか。あそこを取られるのはホーリアにとって痛手だが、今すぐ戦争を始められるよりかはいいだろう」
『うーん……』
現時点では最善策だろうと俺は言ったが、オグオンは珍しく素の声で小さく唸った。
他国から攻撃されるかどうかという時なのに、今一つ焦っていないような気がする。
「それとも、今からトルプヴァールに交渉に行くか?ただ、長く保留にしていた問題だから、俺よりもアウビリスが出て来た方がいいと思うが……」
『いや、止めておこう』
面倒な仕事をさり気無くオグオンに押し付けようとしたのに、俺の企みを理解していたオグオンにあっさり流された。
『あそこは便宜上ヴィルドルク国内という扱いになっているが、既にトルプヴァールに引き渡しの手続きは済んでいる。不法に占拠している無国籍集団を追い払うのはあちらの正当な権利だ』
「つまり……勇者がゼロ番街に加勢すると国際問題になるから、俺は手出ししない方がいいか?」
『ああ、ゼロ番街の件では、ホーリア市に直近の危険はないから、勇者の出番はない。が、将来的にホーリア市の侵略の危険があるのは確かだ』
「てことは、俺は一応、ゼロ番街を守るスタンスでいた方がいいか?」
なんだかあまり話が進まないと思いつつ俺が言うと、通信機の向こうでオグオンがまた小さく唸る。
時間が無いからそんなにゆっくり悩んでいる時間は無いはずだ。
しかし、通信機の向こうからはキイキイとオグオンがゆっくり椅子を鳴らす音が聞こえている。
機械のようにさくさくと二拍子のリズムで仕事を片付けて行くオグオンにしては珍しい反応だ。
この時間は何だろうとしばらく待っていると、オグオンが椅子から立ち上がる音がした。
『任せる。ホーリアの判断で動いてくれ』
「え?」
『責任は私がとる。悪いが、今から会議で席を外すから』
「ちょ……ちょっと待ってくれ……」
通信機の向こうでごそごそと音がして、オグオンは本当に話を終わらせようとしている。
あえて、あえて言うならどっちの方が良いと思う?と俺が聞いても答えは無い。
『後でまた連絡する』
「ま、待ってくれ!俺は、これでも指示待ち人間だから任せられても無理だ!!」
俺が本心から助けを求めて叫んでも、無常にも通信は切れる。慌てて掛け直すと、オグオンと真逆の可愛らしい声が流れて来た。
『伝言サービスに 接続します 伝言を残したい場合は 1 を 折り返しを希望する場合は 2 を 緊急で呼び出す場合は 3 を 押してください 小型通信機を 御使いの場合は 縦 に 1度 』
無駄に時間がかかるから大抵の人が伝言を残す前に切るタイプの音声案内だ。俺もその理由で同じ物を事務所の通信機に採用している。
丸投げされた。まさかのオグオンに。
あまりのショックに、色々考えていた事が全て頭から吹っ飛んだ。
もしかして、国外のことだからオグオンはどうでも良くなってしまったのか。
否、奴はそんな無責任な人間ではない。
しかし、すごく疲れてたりしたらあり得るかもしれない。人間だからそういう時もあるだろう。
日を改めたら真剣に対応してくれるかもしれないが、そんな時間は無い。
つまり俺が自分で考えろということか。
今でこそ勇者になって偉そうにしているが、俺の本質は柔軟性と発想力が欠如したお役所仕事の人間で、言われた事を言われた通りにしかできないのに。
ゼロ番街がトルプヴァールにとられると、今後戦争が起った時にホーリア市が真っ先に攻撃される危険性がある。
街付の勇者としては、他国の権利など無視してゼロ番街を守るべきだ。国の勇者としては、間違っているとしても。
しかし、相手は国だ。
リコリスや魔術師がいるにしても通り1つ対1国。俺1人が自分の身を守るだけならともかく、市民を守って戦うのは難しい。
明日、攻撃が開始されてもホーリア市に手を出して来ないと、オグオンは確信を持っていたが、それをどこまで信じられるのか。俺は何も聞いていない。
『勇者様……大丈夫にゃん?』
クラウィスが2階に上がって来たのに気付いて、床に転がっていた俺はすぐに立ち上がってマントを整えた。
自室から軟膏を持って来て、クラウィスの頬の傷に塗る。
ポテコに送ってもらった最新医術で作られた軟膏だから、かすり傷ならこれだけですぐ治るはずだ。
「よし、お茶にしよう」
『何かあったの?のんびりしてていいの?』
ニーアがいないから高級な茶葉を使って贅沢に紅茶を淹れられる。ちょうどコルダが俺の部屋に隠していたチョコ菓子を発見してしまった。
これ以上頭を使うのは無理だ。
俺はクラウィスの背中を押してキッチンに向かった。
俺が振り返った時、玄関に置いていたハープが乾いた音を立てて砕け散った。
革の袋を破って尖った破片が飛んで、マントを広げて庇ったが1つがクラウィスの頬を掠る。
「……誰か死んだの?」
床に転がっていたリリーナが起き上がって尋ねて来た。
俺がハープにかけた魔術に気付いていたらしい。「何でもない」と、俺は答える。
「でも、誰かの命と同期させてたんでしょ?」
「何でもない」
軽く言ったつもりだったのに、俺の声を聞いたクラウィスはマントの下で体を固くして、リリーナはビクリと震えて目を潤ませた。
「な……なによぅ、怒んなくてもいいじゃない」
リリーナは俺が謝る前に頬を膨らませて自分の部屋に走って行ってしまった。
繋がったままの通信機からオグオンにどうしたと尋ねられて、何と答えたものかと考える。
「イナムが死んだ」
『そうか。君の友人だったのか?』
「まさか。でも、良い奴だった」
珍しくオグオンが何かを言いかけて、言葉を止めた。
何を言われても上手く応答できる気がしなくて、俺は「後でまた連絡する」とだけ言い残して通信を切った。
俺のマントの下で縮こまっていたクラウィスを窺うと、木片が掠った頬が薄く切れて血が滲んでいる。
傷を抑えて治癒魔法をかけると、バチンと音がして俺の指が2本ほど黒焦げになった。
クラウィスは退魔の子だ。直接魔法をかけると、かけた方がこうなる。指の痛みよりもクラウィスの泣きそうな顔を見て、間違えた事に気付いた。
「悪かった。今、治療するから」
クラウィスを玄関に残して、部屋に置いてある軟膏を取りに向かう。
階段を上っていると、誰かが2階の手摺に寄りかかって影が被さってきた。紫色の煙が漂って来て、顔を見なくても誰なのか気付く。
「勇者様、こんにちは」
「禁煙」
俺はリコリスの指から煙草を取り上げて握り潰した。
リコリスは平気な顔で煙草の箱を胸元から出して来て新しく咥えようとしたが、階下にクラウィスがいるのに気付いて煙草を元のように片付ける。
退魔の子にハーブは効かないが、煙草の煙が体に悪いのはどこの世界でも一緒だ。
「リリーナ、泣いていたわ。あの子は打たれ弱いから、あんまり強く言わないであげて」
リコリスが少し面白がっているようにそう言ったが、リリーナの部屋は静かだった。
泣く時は事務所を揺らすくらい大泣きするのに、今はすすり泣きも聞こえて来ないし、ミシンの音も聞こえて来ない。
リリーナはどうしたとリコリスに尋ねようとした時、俺の耳でまた通信機が音を立てた。
『ホーリア、話がある』
ついさっき切ったばかりのオグオンの声が聞こえて来て、今はちょっと取り込んでいるから後にしてくれと言おうとした。しかし、オグオンはいつもの固い声で構わず続ける。
『先程、トルプヴァールがゼロ番街支配人に通告した。あそこを本日中に引き渡せと。応じない場合、明日の日の出と同時に攻撃を開始する』
「……明日?」
突然過ぎる話にオグオンに聞き返すと、「はい、これ」とリコリスが1枚の書類を俺に差し出して来た。
今はそれどころじゃないだろうと押し返したが、それがリリーナの退職届だと気付いて、リコリスが何しにきたのか理解できた。
+++++
明日とは、いくら何でも短気すぎる。
前世で新人が半年前に処理しなくちゃいけない書類を出して来た時、俺が他部署の部長に頭を下げて頼んだことがあった。
その時はあまり関係無い俺が必死で謝って、2時間の説教と引き換えに3日待ってくれたのに。
リコリスはリリーナの退職届を俺に押し付けて「じゃあ、これで」とあっさり立ち去ろうとしている。
帰らせるわけにはいかないと、俺はリコリスの前に立ち塞がった。
戦力になるリリーナを連れて行くということは、リコリスはトルプヴァールと戦争を始めるつもりだ。
「あそこは捨てて、違う所で営業をしたらどうだ?場所探しなら俺がやる」
「勇者様。私は風俗営業がしたくてあそこにいるんじゃないのよ」
リコリスは俺を退かして階段を下りて行こうとしたが、俺は退職届を捨ててリコリスの腕を掴んだ。
そのまま長い黒髪が揺れている背中に問いかける。
「トルプヴァールに、リュリスを殺されたから?」
少し振り返ったリコリスは、俺に冷たい視線を向けて胸元に手を入れていつもの瓶を取り出した。
煙草の代わりにハーブを摂取しようとしているのか、俺がこれ以上余計な事を聞いたらその瓶で頭を叩き割るつもりなのか。
「元の世界に帰ろうとして、別のイナムに殺されたのか?」
「あなたには関係ない」
叩き付けるようにリコリスに言われたが、俺は負けずに関係なくない、と続けた。
「俺も……イナムだから」
「ええ、知ってる」
俺は身を切られるような思いで白状したのに、リコリスはつまらなそうに頷いた。
話はそれだけかと、どうやら俺を殴るために準備していたらしい酒瓶を胸の中にしまった。
「エルカから聞いていたわ。彼女から色々教えて貰ったの。勇者様がイナムだってことも、リュリスのことも」
振り返ったリコリスは、手を伸ばしていつかのように細い指で俺の頬を摘まんだ。
しかし、その顔には営業用の笑顔すら全く浮かんでいない。
「勇者様が自分からイナムだって教えてくれたら、信用しようと決めていたわ。少し、遅かったわね」
俺の頬にリコリスの黒い爪が立てられて、一瞬痛みを感じた時にはリコリスは目の前から消えていた。
美人が怒った時の無表情は、本当に怖い。
気を取り直して沈黙していた通信機を確かめると、通信はまだオグオンに繋がっていた。
「聞こえていたか?支配人は受けて立つらしい」
『だろうな』
「リコリスを止めてゼロ番街を引き渡すか。あそこを取られるのはホーリアにとって痛手だが、今すぐ戦争を始められるよりかはいいだろう」
『うーん……』
現時点では最善策だろうと俺は言ったが、オグオンは珍しく素の声で小さく唸った。
他国から攻撃されるかどうかという時なのに、今一つ焦っていないような気がする。
「それとも、今からトルプヴァールに交渉に行くか?ただ、長く保留にしていた問題だから、俺よりもアウビリスが出て来た方がいいと思うが……」
『いや、止めておこう』
面倒な仕事をさり気無くオグオンに押し付けようとしたのに、俺の企みを理解していたオグオンにあっさり流された。
『あそこは便宜上ヴィルドルク国内という扱いになっているが、既にトルプヴァールに引き渡しの手続きは済んでいる。不法に占拠している無国籍集団を追い払うのはあちらの正当な権利だ』
「つまり……勇者がゼロ番街に加勢すると国際問題になるから、俺は手出ししない方がいいか?」
『ああ、ゼロ番街の件では、ホーリア市に直近の危険はないから、勇者の出番はない。が、将来的にホーリア市の侵略の危険があるのは確かだ』
「てことは、俺は一応、ゼロ番街を守るスタンスでいた方がいいか?」
なんだかあまり話が進まないと思いつつ俺が言うと、通信機の向こうでオグオンがまた小さく唸る。
時間が無いからそんなにゆっくり悩んでいる時間は無いはずだ。
しかし、通信機の向こうからはキイキイとオグオンがゆっくり椅子を鳴らす音が聞こえている。
機械のようにさくさくと二拍子のリズムで仕事を片付けて行くオグオンにしては珍しい反応だ。
この時間は何だろうとしばらく待っていると、オグオンが椅子から立ち上がる音がした。
『任せる。ホーリアの判断で動いてくれ』
「え?」
『責任は私がとる。悪いが、今から会議で席を外すから』
「ちょ……ちょっと待ってくれ……」
通信機の向こうでごそごそと音がして、オグオンは本当に話を終わらせようとしている。
あえて、あえて言うならどっちの方が良いと思う?と俺が聞いても答えは無い。
『後でまた連絡する』
「ま、待ってくれ!俺は、これでも指示待ち人間だから任せられても無理だ!!」
俺が本心から助けを求めて叫んでも、無常にも通信は切れる。慌てて掛け直すと、オグオンと真逆の可愛らしい声が流れて来た。
『伝言サービスに 接続します 伝言を残したい場合は 1 を 折り返しを希望する場合は 2 を 緊急で呼び出す場合は 3 を 押してください 小型通信機を 御使いの場合は 縦 に 1度 』
無駄に時間がかかるから大抵の人が伝言を残す前に切るタイプの音声案内だ。俺もその理由で同じ物を事務所の通信機に採用している。
丸投げされた。まさかのオグオンに。
あまりのショックに、色々考えていた事が全て頭から吹っ飛んだ。
もしかして、国外のことだからオグオンはどうでも良くなってしまったのか。
否、奴はそんな無責任な人間ではない。
しかし、すごく疲れてたりしたらあり得るかもしれない。人間だからそういう時もあるだろう。
日を改めたら真剣に対応してくれるかもしれないが、そんな時間は無い。
つまり俺が自分で考えろということか。
今でこそ勇者になって偉そうにしているが、俺の本質は柔軟性と発想力が欠如したお役所仕事の人間で、言われた事を言われた通りにしかできないのに。
ゼロ番街がトルプヴァールにとられると、今後戦争が起った時にホーリア市が真っ先に攻撃される危険性がある。
街付の勇者としては、他国の権利など無視してゼロ番街を守るべきだ。国の勇者としては、間違っているとしても。
しかし、相手は国だ。
リコリスや魔術師がいるにしても通り1つ対1国。俺1人が自分の身を守るだけならともかく、市民を守って戦うのは難しい。
明日、攻撃が開始されてもホーリア市に手を出して来ないと、オグオンは確信を持っていたが、それをどこまで信じられるのか。俺は何も聞いていない。
『勇者様……大丈夫にゃん?』
クラウィスが2階に上がって来たのに気付いて、床に転がっていた俺はすぐに立ち上がってマントを整えた。
自室から軟膏を持って来て、クラウィスの頬の傷に塗る。
ポテコに送ってもらった最新医術で作られた軟膏だから、かすり傷ならこれだけですぐ治るはずだ。
「よし、お茶にしよう」
『何かあったの?のんびりしてていいの?』
ニーアがいないから高級な茶葉を使って贅沢に紅茶を淹れられる。ちょうどコルダが俺の部屋に隠していたチョコ菓子を発見してしまった。
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