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第16話 勇者、胸の内を吐き出す

〜3〜

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 勇者の仕事は、魔獣退治から市民の苦情対応まで幅広いが、その根本にあるのは自国を守ることだ。
 他国の戦争を止めたり、国外で魔獣を倒したりはそのついでのようなものだ。国に忠誠を誓うために養成校に入学する時はポテコのような国外の人間もヴィルドルク国籍に変更するし、入学した後も国籍の変更はできないことになっている。
 国外に出た人間を守るのは、勇者の仕事ではない。例え、前世の縁があったとしても。
 勇者がやるべきことは国を守る事で、俺にホーリア市が振り分けられただけだ。


 +++++


 エルカが街を出てから1ヶ月程経っていたが、俺はいつも通り事務所で仕事をしていた。
 釣り糸にしがみ付いているフォカロルを引き剥がして池の中に帰し、新しい餌を付けて池の真ん中に放り投げる。最近少し涼しくなってコルダが泳いで遊ばなくなったから、静かな水面に赤い浮が風に揺れている。

「またフォカロルと遊んでるんですか?」

 俺に気付いたニーアが、テラスから渋い顔で声を掛けて来た。
 これは遊びではない。今日の夕飯の食材を調達しているところだ。
 事務所の庭に作ったこの池は、新しく仲間になったタコのフォカロルのお家だ。急ごしらえで作ったから美意識の欠片もない水溜りのような見た目でも、泳いで遊べるくらいの大きさはある。
 魔術で空間を縮めて海水が流れ込むように作ったから、ホーリアに居ながら新鮮な魚が手に入る。釣れるのは8割フォカロルだから、遊んでいるように見えるのも無理はない。最近は餌やりと勘違いしているらしく、糸を垂らすとすぐに寄って来る。

「ニーア、あんまりお魚好きじゃないんですけど……」

『あらあら、それならお肉みたいな料理も出来ますわ』

「だって、なんか、臭くないですか?」

『釣りたての新鮮なら大丈夫さー!』

「えー……」

 俺の横で早く魚が釣れないかと、鞘に入った刺身包丁を構えていたクラウィスがニーアに言った。
 クラウィスは海沿いのプリスタスで育ったから、内陸のホーリアで暮らしていて魚料理が恋しかったらしい。ホーリアには魚が全然売られていないから、食べ慣れないニーアが嫌いなのもわかる。
 クラウィスの手にかかれば上手く調理してくれるはずだ。それに、肉よりも魚の方がオメガさんとかいうのが入っていてダイエットに効果的とか体に良いとか聞いたことがある。
 俺がそう言うと、ニーアは何やら納得して頷いた。

「ああ、勇者様、最近太りましたもんね」

 またニーアは。そうやってすぐ俺の悪口を言う。
 いつもの事だから、突然の中傷にも俺は動じない。


「あ!あの、悪い意味じゃないです!ここに来たばかりの時は、顔色悪いし貧弱そうだし、本当にこの人が勇者で大丈夫かと思ってたので!」

 ニーアは俺が釣り竿を池に落としたのに気付いて慌てて言った。
 しかし、残念ながらなんの慰めにはなっていない。

 考えてみれば、ホーリアに来てから一度も体重を量っていなかった。
 最近はクラウィスの作るご飯を食べているから少し増えただろう。しかし、一応標準に収まっているはずだ。養成校にいた時は度々身体検査があったのに、卒業してからは全く気にしていなかった。
 キッチンに入って、棚の量りを床に下した。両手に収まるくらいの小さな石板で、手を離すと床から30センチほど浮いて停止する。
 上に乗せた物の重さで石板が沈み、目の前に目盛りが表示される魔法道具だ。
 通常の量りと原理は同じでも1マイクログラムでも1トンでも量れる優れものであり、食品用だからこういう風に体重を量ったり食べ物以外で使うと後でクラウィスに怒られる。

「本当に、気にするほど増えてないと思いますよ」

 ニーアに慰められながら量りにそっと乗ると、目盛りには見た事が無い数字が出ていた。
 たしか、このマントは50キロくらいあった。背負っていたハープと一緒にマントを脱ごうと目線を下げると、コルダが量りに手を掛けて楽しそうにジャンプをしている事に気付く。

「この石、浮いてるのだー!」

「コルダさん、危ないです」

 マントの下からお菓子を出して放り投げると、コルダがそれを追い駆けて行く。量りからコルダが離れた隙に改めて目盛りを見ると、若干増えてはいるが想定の範囲内だ。しかし、1年弱で増えたことを考えると、健康的とは言えないような気がする。

「難しい顔してますけど、仕事放り出して寝てたら太るのも当然じゃないですか。これに懲りたら、明日からちゃんと真面目に働きましょうね」

 そんなに言うのなら、真面目に仕事をしているニーアはさぞかし健康的なのだろう。ニーアを量りに乗せようと腕を引くと、足を突っ張って全力で抵抗し始める。

「あの、ニーアの双剣、1本で10キロくらいありますから!」

「マイナス20すればいいんだろう」

「あ、でも!ニーアのは筋肉ですから!」

「勇者様、おかわりーなのだー」

 コルダがお菓子を食べながら戻って来て、俺はニーアを諦めて量りに乗ったままコルダを抱き上げた。
 コルダも暴れて嫌がるかと思ったが、俺のマントの中を覗いてお菓子を探すのに忙しくて気付いていない。
 目盛りの数字から先程の俺の体重を引くとコルダの体重が明らかになる。時々抱き上げていたから気付いていたが、コルダは見た目のわりに重い。
 獣人だから骨密度とか筋肉量が多いのだろう。しかし、コルダはいつも食べている。せめて、寝る前のお菓子は止めさせた方がいいかもしれない。
 部下の健康状態を気にするのも上司の仕事かと考えていると、ニーアが俺からコルダを奪い取って抱き締めた。

「まさか、コルダさんに食べるの控えろって言うんですか?今が成長期なのに。勇者様、酷い事を言いますね」

 ニーアは俺が白銀種のコルダに強く言えない事を良く知っているから、最近自分に都合が悪い話題になるとコルダを味方につける。
 俺は対抗して、早く魚を釣ってくれとまだ刺身包丁を握っているクラウィスを抱き上げた。

「クラウィスの作るご飯に文句があるのか?こんなに頑張ってるのに」

「好きなだけ食べればいいじゃないですか。でも、食べて寝てばっかりだと体に悪いですよ。食べる量を減らさないなら、勇者様は昼寝の代わりに少し運動するべきです」

 思考の80%が筋肉由来の魔法剣士の言う、運動は体に良いとか筋トレで幸せになれるとか、素直に信じられない。しかもニーアは、勇者に強い憧れと幻覚を持っているから、度々貧弱な俺を見て理想との差に涙している。
 運動は勇者になるために前世の分の含めて一生分やった。俺は趣味で走る奴の気がしれないし、筋肉痛に喜びを感じるタイプでもない。
 クラウィスを抱えた俺と、コルダを抱えているニーアが睨み合っていると、リビングで昼寝をしていたリリーナが顔を擦りながらキッチンに入って来た。

「ちょっとぉ……邪魔なんだけどー」

 リリーナは俺を押し退けて、キッチンに置いてあった今週の分の巨大なパンを手に取る。昼食はしっかり食べていたし、おやつにもまだ早い時間だというのに、顔くらいの大きさのパンを丸齧りし始めた。
 そのままパン屑を足跡代わりに落としながらキッチンを出て行こうとするリリーナに、ニーアが何となく手の伸ばしてそのお腹を掴む。

「…………え?無い!?」

 ニーアが叫ぶと、何を勘違いしているのか「ニーアよりは確実にあるわよ」とリリーナが文句を言っている。ニーアが言っているのは筋肉の話だ。

「勇者様!リリーナさん、無いですよ」

 無いわけない。人体の構造上、筋肉が無かったら動けない。脳味噌が筋肉に侵食されつつある魔法剣士なら当然知っているだろうに。
 と、ニーアに反論するために試しにリリーナの腕を掴んだ。
 しかし、ふにゃん、とマシュマロでも掴んだような感触で、これは本当に人体かと己の触感を疑ってしまう。

「無い」

「ですよね!」

 俺が思わず口に出すと、ニーアが激しく頷いた。
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