元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした

まどぎわ

文字の大きさ
上 下
64 / 254
第12話 勇者、職場見学を受け入れる

〜3〜

しおりを挟む
「フェリシア、です」

 事務所に来たフェリシアは、前と同じ三つ編みで相変わらずテンションの低い話し方をしていた。
 しかし、退職を決めたせいか活力に満ちていて表情は溌剌としている。羨ましい。
 
「今日はよろしくお願いします」

 フェリシアは深々と頭を下げて、そのまま菓子折りを差し出して来た。
 見学をさせるだけなのにそんなものは受け取れない、と俺が断る前に、食べ物の匂いを察したコルダが間に入ってがっちり受け取ってしまう。

「ありがたくいただくのだ!コルダ、貰える物は貰っておくタイプなのだー」

 コルダは俺が何か言う前に、リビングの隅に駆けて行って包みを勝手に開け始めた。
 事務所で一番仕事をしないマスコット的存在のコルダを見て、緊張で強張っていたフェリシアの表情が少し和らぐ。
 そして、事務所で二番目に仕事をしないリリーナは、知らない人が事務所に入って来たから物音1つ立てずに2階の自室に籠っている。

「フェリシアさん、何か見たい所とかありますか?」

「いつも通り、で、大丈夫」

 フェリシアにそう言われて、俺はいつも午前中は何をしていただろうかと考えた。
 周辺の山に危険な魔獣がいないかパトロールをする事が多い。それから、来るべき時に備えて魔術の知識を深めたり。あとは色々理由はあるが兎も角、英気を養っていたような気がする。

「勇者様は、朝ご飯の後は山を散歩しているか、テラスで本を読んでいるか、リビングで寝直しているかです」

「ふーん……」

 フェリシアが低いテンションを更に低くして、俺に乾いた視線を向けて来た。
 勇者の仕事を見学したくても、魔獣との戦いの恐れがある山のパトロールに一般市民が同行するのは危険だ。
 勇者が使う魔術を教えたくとも、高度な魔術書の内容を専門的に学んでいないフェリシアが理解するのは難しい。
 そして俺は、見学者がいるのに居眠りを始めるほど愚かでは無い。もう少しフェリシアの様子を見てから判断しよう。

「ニーアの、仕事は?」

「私ですか?私は……朝、役所に寄ってからここに来て、朝ご飯を作ったらお掃除と洗濯してます」

「朝ご飯と、掃除、洗濯」

「はい。誰もやらないので。それから、市と勇者様の連絡役も仕事なので、勇者様宛の書類をここに置いておきます」

 ニーアは、リビングに置いてある4人掛けの丸テーブルを指差した。食事やお茶のためのテーブルだが、テーブルから椅子まで書類で埋まっていてその一帯は使えなくなっている。

「すごい、山になってる……」

「勇者様が見たり見なかったりするので、期日がある書類は後でもう一回催促します。そうすると勇者様はやったりやらなかったりするので、私が代わりにやったりします」

「それ、ニーアの、仕事?」

「勇者様の補佐が仕事ですから。それから、うーん……あとは、買い物に行ったりします」

「……買い物?」

「皆さんのご飯とか、事務所に置いておく来客用のお茶とかお菓子とか」

「接客も……するの?」

「はい。勇者の来客対応も魔法剣士の仕事です!でも、ここにお客様は滅多に来ないので、一応、御茶菓子の予算を取っているので買いますが、大体事務所で消費しています」

「ふーん……」

 フェリシアのテンションが地に落ちている。
 このまま事務所にいると、どんどん勇者の威厳が失われていく。即刻中止すべきだ。
 俺は一度出した昼寝用のクッションをソファーの下に片付けた。


 +++++


 そして、俺はニーアとフェリシアを連れて街にパトロールに出掛けた。
 晴れた午前中、街には穏やかな雰囲気で住人も観光客ものんびり街を歩いている。勇者が必要な事件の気配は無い。真面目な顔をして歩いているのもすぐに飽きてきた。
 露店で売っているアイスを俺が3人分買う流れになり、それを食べつつ道端のベンチで休憩していた。

「仕事中に、アイス、食べていいの?」

 ミルクアイスを食べていてフェリシアが聞いてくる。
 俺は「仕事で頭を使うのに糖分が必要だから」とか、それなりに納得できそうな理由をいくつか考えたが、多分言わない方がいいだろうなと考えて何も言わなかった。
 チョコアイスに夢中になっているニーアは「知らないけど、いいみたいです」と身も蓋も無い投げやりの答えを返す。

「朝ご飯と午前のお茶と、お昼ご飯と午後のお茶と、夕ご飯と夜食がありますから」

「ずっと食べてる……」

「はい。リリーナさんとコルダさんは、ずっと食べてます」

「ニーアが、準備するの?」

「誰もやらないので、大体そうですね」

 せっかくアイスを食べて表情を緩めていたフェリシアが、またテンションの低い表情に戻った。
 食事に関してはニーアに甘えている部分が多い。しかしそれは、妹と弟がたくさんいるニーアが家で作り過ぎたお菓子をよく持って来てくれるからだ。リリーナのように床に転がって作ってくれと駄々をこねたことは、俺は一度も無い。

 せめて俺の名誉だけでも回復させるべく説明しておこうかと考えた時、遠くの方で「魔獣が出たぞ!」という叫び声が聞こえた。
 ニーアはすぐに仕事用の顔に戻って、声がした方角を見上げる。

「2番街の方ですね……勇者様!」

 ニーアに呼ばれて、俺は合点承知とニーアのアイスを受け取った。
 ニーアはベンチを足場にして素早く屋根を駆け上がり2番街の方に姿を消す。そして、俺とフェリシアはベンチに残される。

「勇者様は……何、しているんですか?」

「アイス持ってる」

「……は?」

 もう一度言おうかと思ったが、聞こえているようだから俺は黙った。
 2番街は、ホーリア市民が多い通りだ。出て来た魔獣も透視魔術で確認したら子犬サイズだったし、その程度なら住民は皆魔法で自分の身を守れる。
 今の叫びは初めて聞く声だったから、多分昨日か今日来た観光客だ。年中魔獣が出現するホーリアに慣れていなくて、大袈裟に騒いでいるらしい。

 そして、俺はただアイスを持っているだけではない。
 アイスが溶けないよう、気象に影響しない程度に俺の手の周辺だけ温度を下げている。
 ここでアイス自体の温度を下げてしまうと、冷え過ぎて固くなってしまうから、美味しく食べられる溶けないギリギリの状態をキープしている。

 そういう高度な魔術をさり気無く使ってしまうのが、首席卒業の勇者の凄い所だ。
 しかし、フェリシアに説明しても、もう一度「は?」と言われるだけだろうから、俺は苺アイスを食べながら沈黙し続けていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界に転生したら?(改)

まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。 そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。 物語はまさに、その時に起きる! 横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。 そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。 ◇ 5年前の作品の改稿板になります。 少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。 生暖かい目で見て下されば幸いです。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

私は〈元〉小石でございます! ~癒し系ゴーレムと魔物使い~

Ss侍
ファンタジー
 "私"はある時目覚めたら身体が小石になっていた。  動けない、何もできない、そもそも身体がない。  自分の運命に嘆きつつ小石として過ごしていたある日、小さな人形のような可愛らしいゴーレムがやってきた。 ひょんなことからそのゴーレムの身体をのっとってしまった"私"。  それが、全ての出会いと冒険の始まりだとは知らずに_____!!

処理中です...