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第12話 勇者、職場見学を受け入れる

〜2〜

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 俺は昨晩、金色のチケットを持ってゼロ番街に向かっていた。
 面倒な仕事は、早く片付けてしまった方が良い。

 トンネルの入口に立っていた黒服にチケットを見せると、そのまま丁重にゼロ番街のホテルの最上階の一室に連れて行かれた。
 ドアノブからベッドまで黄金と白銀の眩しい部屋だが、不思議と悪趣味な感じはしない。派手に光るだけの安物ではなく、本当に高級な調度品が揃っているようだ。

 柔過ぎず硬過ぎない上質なソファーに腰掛けると、目の前に黒いドレスを着たリコリスが突然姿を表した。
 
「お酒でいい?」

 魔術で移動する事など当たり前だろうから、リコリスはそのまま流れるように話を始めて持っていた2つのグラスに、どこからか出したボトルから赤ワインを注ぐ。
 聞きたい事がある、と俺が言うと、ワインが入ったグラスを俺に差し出しながら、青い瞳で見上げて来た。

「ホテル・アルニカのオーナーの事だ」

「私の御父様のこと?」

「リリーナを妙な事に使われると困るんだ」

「そう、勇者様とあの子には同情するけど、私に言われても困るわ」

 リコリスがグラスから口を離して、藍色の唇を歪ませた。魔術師らしい笑い方だった。

「私はあの人と親子をやめたの。魔術師として気が合わなかったのね」

 俺が入った時は悪の巣窟ホテル・アルニカと、その総大将のオーナーのようだったが、ニーアはホテル・アルニカの三女は引きこもりで有名だと言っていた。
 三人姉妹がいる事とか、リリーナが引きこもりだった事とか、市民に広まっているならそれほど閉鎖的な家族では無いはずだ。
 それを尋ねると、リコリスは空にした自分のグラスに赤ワインを注ぐ。ボトルを向けられて、俺も仕方なくグラスを空にした。

「そうね。昔は、仲良し家族だったのかも」

「三姉妹の真ん中が死んだからか」

 リコリスに二度と聞くなと言われた事だ。
 グラスの縁をなぞっていたリコリスの指が止まって、黒い髪の隙間から鋭い青い視線が向けられた。

「そう。それで私が家出しちゃったから、ゼロ番街を潰せば私が大人しくお家に帰って来ると思ってるのかしらね?父親の愛に、リリーナは便利に使われちゃったの。可哀想に」

「次女を殺した犯人は、捕まったのか?」

「そんなに気になるの?」

 あからさまに答えたく無さそうにリコリスが聞いて来る。
 街の勇者として、過去にこの街や仲間に関わる殺人事件が起こっていたなら、犯人がどうなったのか知っておくのは当然だ。その犯人がイナムであろうと、なかろうと。
 俺がそう答えると、リコリスは不愉快そうに胸元から煙草を出して噛み締めた。
 紫色の煙を吐き出すと、少し営業用の笑顔が戻って来る。
 そして、煙を吹きながら、胸元が零れそうになるのも気にせずに、身を乗り出して俺に顔を寄せた。

「あのね、勇者様。私はホーリアの勇者としてあなたを信用しているし、リリーナの上司として認めている。でも、それ以上は、何も信じてないし、何も期待してない」

 リリーナと同じ瞳を見つめながら、俺は少し考えた。
 ここで俺がイナムだと正直に言えば、リコリスから何かしらの信用を得られるかもしれない。
 しかし、リコリスが見つけ次第イナムに復讐しようとしている可能性がゼロでは無い。その状況で俺の正体を明かすのは大きな賭けだ。
 国の勇者というのは、最強の手札だ。それでも信用出来ないのであれば、それにどんなカードを並べても無駄だ。

 つまらない事を聞いて悪かったと言い残して、俺はソファーから立った。

「勇者様、帰るの?」

 リコリスもソファーから立ち上がって、何か驚いた顔で俺のマントを掴んだ。
 客を帰らせないためのゼロ番街のお得意のやり方かと思ったが、街の支配人のリコリスが使うには可愛すぎる手段だ。

「チケットで私を呼んでおいて、何も無し?」

 俺が使った金色のチケットは、ゼロ番街で何でもありのチケット。支配人のリコリスにお酌をさせることも、お触りをすることも、それ以上のサービスを求めることもできる。
 しかし、髪色も服の系統も違うとはいえ、良く見るとリコリスとリリーナは同じ顔をしている。俺は友達の姉に興奮するタイプではない。リコリスには悪いが、話だけして帰るつもりだ。
 俺がそう言うと、リコリスは何か文句を言いたげな表情を一瞬見せたが、すぐに笑顔に戻った。

「せめて、お茶でも飲んで行って。それくらいならいいでしょう?」

 リコリスは、バーカウンターを向いてお茶を淹れて、俺にティーカップを差し出して来た。
 琥珀色の紅茶から湯気が立ち上っている。備え付けの紅茶まで上等な物を備えているらしい。
 煌びやかな部屋の中で落ち着いた白い陶器のカップを見て、俺は油断してしまったのだと思う。何も疑問に思わず、リコリスからカップを受け取ってしまった。
 目の前にいるのが、天井知らずのプライドを持つモべドス卒の魔術師だという事を忘れていた。カップに口を付けて、一口飲んでそのまま意識が途絶えた。

 そして、目が覚めると朝になっていた。
 床に倒れたはずなのに、ベッドに寝かされている。
 金糸と銀糸で刺繍が施された布団なのに、高級なだけあって肌触りが良い。それにしても何かスースーするなと思って布団を捲ると、俺は何も服を着ていなかった。
 ホーリアは、1年を通して涼しい気候の高原だ。寝てる間に全裸になる癖は、俺にはない。

「おはよう。勇者様」

 ベッドの脇に腰掛けていたリコリスは、ガウンだけを羽織った姿で足を組んで、気だるげに煙草を吹かしていた。
 これは、俺が食われてしまったパターン。

「嫌だわ。ハーブを飲ませ過ぎちゃったから、さすがに死んじゃうかと思って浴室で吐かせただけよ」

 さすがに死んじゃうかと思うような事を笑顔でやるとは、恐ろしい魔術師だ。
 胸から酒瓶を出して来るリコリスなら、俺に背を向けた一瞬で紅茶にハーブを混入させるなんて簡単な手品だ。チケットで呼び出しおきながら何もしないのは、リコリスの機嫌を損ねてしまったらしい。
 俺はリコリスに背を向けて、壁に掛かっていた服をそそくさと身に付ける。
 何をしに来たのか忘れてしまったが、「また来る」と言い残して、平静を装ってホテルの部屋を出ようとした。

「勇者様って、案外、可愛い声出すのね」

 ドアが閉まる寸前、リコリスが俺の耳元で囁いた。背後で閉まったドアをすぐに開けたが、リコリスの姿は部屋から消えていた。
 一体、どっちだ。
 もし、何かあったのなら、興奮しないとか清純なフリはしないから、せめて俺の意識がある時にしてほしかった。
 チケットは1枚しか貰っていないのに、なんて勿体無い事をしてしまったんだ。

「あー!勇者様だー!」

 ドアの前で崩れ落ちた俺に、仕事終わりのミミ-が抱き着いて来た。
 そのまま俺のマントの下から財布を抜いて、大した金が入っていないのを確認すると、元に戻してくれた。
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