49 / 254
第9話 勇者、家庭訪問する
〜1〜
しおりを挟む
『勇者様、5番街に出ました!』
耳に付けた小型通信機からニーアの声が聞こえる。
S字の形をした金色の小型通信機は、2つ1組で使うもので、パーティーを組んで活動している勇者の必需品だ。普通のサイズの通信機よりも機能は少ないが、高性能で互いの声は確実に聞き取れる。
ニーアが使っているのは、ラドライト王国の戦争調停に行った時に、俺とオグオンで使ったもの。
オグオンは日頃はデスクワークが主で、滅多に現場に出ない。小型通信機もラドライト王国の仕事が終われば不要だから、俺はちゃんと許可を貰ってオグオンの分も持って帰って来た。
『最近、市外で魔獣に襲われたって報告が来てるの、多分これですよ。共生は置いといて、ちゃんと仕留めてくださいね!』
この小型通信機を土産に渡してから、一度ちょっとしたいざこざはあったが、ニーアは鏡の前でよく1人でにやにやしているし、仕事へのやる気が異常に満ち溢れている。
今日だって街にパトロールという名の買い出しに来ただけだった。しかし、街のガキに「勇者のお姉ちゃん」と呼ばれて浮かれたところに、ちょうど魔獣が出現して正義感に満ち溢れたニーアは討伐のために追い掛けて行ってしまった。
ニーアは魔法も使わずに軽やかに屋根の上に駆け上がって、俺は置いて行かれてしまう。
しかし、出現したのは小型の魔獣。つまり、大型犬程度の大きさだ。
魔獣が年中無休で昼飯時も考えずに大量発生しているホーリア市。護衛も付けずに歩く一般人は襲われるだろうが、地元民で魔法剣士のニーアなら1人でも簡単に倒せる。
ニーアに何かあったらすぐに対応できるように備えつつ、俺は街中で待機していた。
『……勇者様、ごそごそ音が聞こえるんですけど、何か食べてませんか?』
ニーアに問われて、俺はまさか、と答えた。
仲間が魔獣を退治をしている最中に、昼休みも終わったのに、食事をするわけがないだろう。
『そうですよね。まさか、仕事中ですもんね』
「ああ、深追いはするなよ」
俺は一度通信を遮断して、左手に持った巨大なバゲットサンドを引き取ってくれる人を求めて噴水広場に向かった。
3番街のパン屋は、ニーアが事務所用の大量のパンを買っているから、ホーリア市全域で買い物を拒否される俺にも商品を売ってくれる善良な市民だ。
そっちに魔獣が行ったなら身を盾にして守って見せるが、5番街に行ったのなら関係無い。
予想通り、噴水広場のベンチでは、エルカがハープを弾いていた。
相変わらずぴんぴんと妙な音楽とも言えない音を立てているのに、前に置いたエルカの帽子にはそこそこ小銭が集まっている。
「エルカ、これ食べないか?」
「おや、勇者様、どうして?」
俺が差し出した黒苺とハムとチーズのバゲットサンドをエルカは疑いもせずに受け取ろうとした。
「もしかして、毒でも入ってんじゃないすか?」
しかし、エルカの影からウラガノが顔を覗かせて余計な事を言ったせいで、エルカは伸ばした手を引っ込めた。
こいつはまた大道芸の許可を甘くする代わりに隠れて仕事をサボっていたようだ。
「勇者様、腕の怪我はどうしたんだい?」
エルカは俺のバゲットを受け取る気を無くして、ハープを弾きながら俺の包帯を巻いた右腕を見て尋ねて来た。
よくぞ聞いてくれた、と俺は少し憂いのある表情で俯く。
「仕事で、ちょっと、な」
「へぇ、勇者様って怪我するんだね」
「うっそぉ?勇者様、仕事するんですか?」
俺は、業務時間中にもかかわらずベンチに転がっているウラガノよりかは働いている。
エルカがいつまでも受け取ってくれないから、俺は寝転んでいるウラガノの口にバゲットを突っ込もうした。
その時、屋根から黒い塊が噴水広場に転がり落ちて来た。
地面に広がった黒い煙の塊は、ニーアが追っていた魔獣だ。
そいつがよろよろと四足で起き上がって体を震わせて周囲を見回すと、噴水広場に悲鳴が広がった。
黒い毛皮が所々白く変わっているのは、人肉を食った証だ。
「うわっ!人食いか」
その魔獣を見たウラガノは、慌てて起き上がって噴水広場の人間に防御魔法をかけた。
流石、怠けていてもホーリア市職員。ホーリア市では、観光収入が市の財源の多くを占めている。魔獣に襲われて怪我人が出たとなると評判が落ちて観光事業に大打撃を受けるから、市の職員も土産物屋も一般市民も、魔獣が出たら魔法が使えない観光客や街の人間を即座に守る。
互いを助け合う精神が根付いてる素晴らしい街だ。
お蔭で勇者の俺が仕事をせずに、夕飯前の小腹を満たしていられるのだから有難い。
「あー!勇者様!やっぱり食べてる!」
ニーアの声が上から振って来た。
声の元を探して広場を囲む建物の屋根を見上げると、ニーアが双剣を構えて駆けて来たところだった。
魔獣を前にしておやつを食べている俺を見て、頬を膨らませて屋根の上で足を踏み鳴らす。
ニーアは小柄だし身軽だから、それくらいで屋根はびくともしない。
魔法を使えるホーリア市民からしてみると、この程度のサイズの魔獣の恐ろしさの度合いは、春先の露出狂くらい。近付いて来たら恐怖を感じるが、傍から見ていると公共の福祉を害しているなぁくらいだ。
勇者の俺にとっては、家で見る虫程度。スリッパで叩けば潰せるが、面倒だから放っておくという選択も、ありといえばあり。
「ちゃんと働いてくださいよ!もー!」
ニーアの双剣は、怒っても可愛くていまいち迫力のない声と一緒に飛んできた。
しかし、一本は低く唸っていた魔獣の首を的確に貫き、もう一本は俺の手の皮を一枚裂いてバゲットを石畳に縫い付けた。
耳に付けた小型通信機からニーアの声が聞こえる。
S字の形をした金色の小型通信機は、2つ1組で使うもので、パーティーを組んで活動している勇者の必需品だ。普通のサイズの通信機よりも機能は少ないが、高性能で互いの声は確実に聞き取れる。
ニーアが使っているのは、ラドライト王国の戦争調停に行った時に、俺とオグオンで使ったもの。
オグオンは日頃はデスクワークが主で、滅多に現場に出ない。小型通信機もラドライト王国の仕事が終われば不要だから、俺はちゃんと許可を貰ってオグオンの分も持って帰って来た。
『最近、市外で魔獣に襲われたって報告が来てるの、多分これですよ。共生は置いといて、ちゃんと仕留めてくださいね!』
この小型通信機を土産に渡してから、一度ちょっとしたいざこざはあったが、ニーアは鏡の前でよく1人でにやにやしているし、仕事へのやる気が異常に満ち溢れている。
今日だって街にパトロールという名の買い出しに来ただけだった。しかし、街のガキに「勇者のお姉ちゃん」と呼ばれて浮かれたところに、ちょうど魔獣が出現して正義感に満ち溢れたニーアは討伐のために追い掛けて行ってしまった。
ニーアは魔法も使わずに軽やかに屋根の上に駆け上がって、俺は置いて行かれてしまう。
しかし、出現したのは小型の魔獣。つまり、大型犬程度の大きさだ。
魔獣が年中無休で昼飯時も考えずに大量発生しているホーリア市。護衛も付けずに歩く一般人は襲われるだろうが、地元民で魔法剣士のニーアなら1人でも簡単に倒せる。
ニーアに何かあったらすぐに対応できるように備えつつ、俺は街中で待機していた。
『……勇者様、ごそごそ音が聞こえるんですけど、何か食べてませんか?』
ニーアに問われて、俺はまさか、と答えた。
仲間が魔獣を退治をしている最中に、昼休みも終わったのに、食事をするわけがないだろう。
『そうですよね。まさか、仕事中ですもんね』
「ああ、深追いはするなよ」
俺は一度通信を遮断して、左手に持った巨大なバゲットサンドを引き取ってくれる人を求めて噴水広場に向かった。
3番街のパン屋は、ニーアが事務所用の大量のパンを買っているから、ホーリア市全域で買い物を拒否される俺にも商品を売ってくれる善良な市民だ。
そっちに魔獣が行ったなら身を盾にして守って見せるが、5番街に行ったのなら関係無い。
予想通り、噴水広場のベンチでは、エルカがハープを弾いていた。
相変わらずぴんぴんと妙な音楽とも言えない音を立てているのに、前に置いたエルカの帽子にはそこそこ小銭が集まっている。
「エルカ、これ食べないか?」
「おや、勇者様、どうして?」
俺が差し出した黒苺とハムとチーズのバゲットサンドをエルカは疑いもせずに受け取ろうとした。
「もしかして、毒でも入ってんじゃないすか?」
しかし、エルカの影からウラガノが顔を覗かせて余計な事を言ったせいで、エルカは伸ばした手を引っ込めた。
こいつはまた大道芸の許可を甘くする代わりに隠れて仕事をサボっていたようだ。
「勇者様、腕の怪我はどうしたんだい?」
エルカは俺のバゲットを受け取る気を無くして、ハープを弾きながら俺の包帯を巻いた右腕を見て尋ねて来た。
よくぞ聞いてくれた、と俺は少し憂いのある表情で俯く。
「仕事で、ちょっと、な」
「へぇ、勇者様って怪我するんだね」
「うっそぉ?勇者様、仕事するんですか?」
俺は、業務時間中にもかかわらずベンチに転がっているウラガノよりかは働いている。
エルカがいつまでも受け取ってくれないから、俺は寝転んでいるウラガノの口にバゲットを突っ込もうした。
その時、屋根から黒い塊が噴水広場に転がり落ちて来た。
地面に広がった黒い煙の塊は、ニーアが追っていた魔獣だ。
そいつがよろよろと四足で起き上がって体を震わせて周囲を見回すと、噴水広場に悲鳴が広がった。
黒い毛皮が所々白く変わっているのは、人肉を食った証だ。
「うわっ!人食いか」
その魔獣を見たウラガノは、慌てて起き上がって噴水広場の人間に防御魔法をかけた。
流石、怠けていてもホーリア市職員。ホーリア市では、観光収入が市の財源の多くを占めている。魔獣に襲われて怪我人が出たとなると評判が落ちて観光事業に大打撃を受けるから、市の職員も土産物屋も一般市民も、魔獣が出たら魔法が使えない観光客や街の人間を即座に守る。
互いを助け合う精神が根付いてる素晴らしい街だ。
お蔭で勇者の俺が仕事をせずに、夕飯前の小腹を満たしていられるのだから有難い。
「あー!勇者様!やっぱり食べてる!」
ニーアの声が上から振って来た。
声の元を探して広場を囲む建物の屋根を見上げると、ニーアが双剣を構えて駆けて来たところだった。
魔獣を前にしておやつを食べている俺を見て、頬を膨らませて屋根の上で足を踏み鳴らす。
ニーアは小柄だし身軽だから、それくらいで屋根はびくともしない。
魔法を使えるホーリア市民からしてみると、この程度のサイズの魔獣の恐ろしさの度合いは、春先の露出狂くらい。近付いて来たら恐怖を感じるが、傍から見ていると公共の福祉を害しているなぁくらいだ。
勇者の俺にとっては、家で見る虫程度。スリッパで叩けば潰せるが、面倒だから放っておくという選択も、ありといえばあり。
「ちゃんと働いてくださいよ!もー!」
ニーアの双剣は、怒っても可愛くていまいち迫力のない声と一緒に飛んできた。
しかし、一本は低く唸っていた魔獣の首を的確に貫き、もう一本は俺の手の皮を一枚裂いてバゲットを石畳に縫い付けた。
0
お気に入りに追加
149
あなたにおすすめの小説

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます
みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。
女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。
勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~
冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。
俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。
そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・
「俺、死んでるじゃん・・・」
目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。
新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。
元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々
於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。
今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが……
(タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる