元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした

まどぎわ

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第9話 勇者、家庭訪問する

〜1〜

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『勇者様、5番街に出ました!』

 耳に付けた小型通信機からニーアの声が聞こえる。
 S字の形をした金色の小型通信機は、2つ1組で使うもので、パーティーを組んで活動している勇者の必需品だ。普通のサイズの通信機よりも機能は少ないが、高性能で互いの声は確実に聞き取れる。
 ニーアが使っているのは、ラドライト王国の戦争調停に行った時に、俺とオグオンで使ったもの。
 オグオンは日頃はデスクワークが主で、滅多に現場に出ない。小型通信機もラドライト王国の仕事が終われば不要だから、俺はちゃんと許可を貰ってオグオンの分も持って帰って来た。

『最近、市外で魔獣に襲われたって報告が来てるの、多分これですよ。共生は置いといて、ちゃんと仕留めてくださいね!』

 この小型通信機を土産に渡してから、一度ちょっとしたいざこざはあったが、ニーアは鏡の前でよく1人でにやにやしているし、仕事へのやる気が異常に満ち溢れている。
 今日だって街にパトロールという名の買い出しに来ただけだった。しかし、街のガキに「勇者のお姉ちゃん」と呼ばれて浮かれたところに、ちょうど魔獣が出現して正義感に満ち溢れたニーアは討伐のために追い掛けて行ってしまった。
 ニーアは魔法も使わずに軽やかに屋根の上に駆け上がって、俺は置いて行かれてしまう。
 しかし、出現したのは小型の魔獣。つまり、大型犬程度の大きさだ。
 魔獣が年中無休で昼飯時も考えずに大量発生しているホーリア市。護衛も付けずに歩く一般人は襲われるだろうが、地元民で魔法剣士のニーアなら1人でも簡単に倒せる。
 ニーアに何かあったらすぐに対応できるように備えつつ、俺は街中で待機していた。

『……勇者様、ごそごそ音が聞こえるんですけど、何か食べてませんか?』

 ニーアに問われて、俺はまさか、と答えた。
 仲間が魔獣を退治をしている最中に、昼休みも終わったのに、食事をするわけがないだろう。

『そうですよね。まさか、仕事中ですもんね』

「ああ、深追いはするなよ」

 俺は一度通信を遮断して、左手に持った巨大なバゲットサンドを引き取ってくれる人を求めて噴水広場に向かった。
 3番街のパン屋は、ニーアが事務所用の大量のパンを買っているから、ホーリア市全域で買い物を拒否される俺にも商品を売ってくれる善良な市民だ。
 そっちに魔獣が行ったなら身を盾にして守って見せるが、5番街に行ったのなら関係無い。

 予想通り、噴水広場のベンチでは、エルカがハープを弾いていた。
 相変わらずぴんぴんと妙な音楽とも言えない音を立てているのに、前に置いたエルカの帽子にはそこそこ小銭が集まっている。

「エルカ、これ食べないか?」

「おや、勇者様、どうして?」

 俺が差し出した黒苺とハムとチーズのバゲットサンドをエルカは疑いもせずに受け取ろうとした。

「もしかして、毒でも入ってんじゃないすか?」

 しかし、エルカの影からウラガノが顔を覗かせて余計な事を言ったせいで、エルカは伸ばした手を引っ込めた。
 こいつはまた大道芸の許可を甘くする代わりに隠れて仕事をサボっていたようだ。
 
「勇者様、腕の怪我はどうしたんだい?」

 エルカは俺のバゲットを受け取る気を無くして、ハープを弾きながら俺の包帯を巻いた右腕を見て尋ねて来た。
 よくぞ聞いてくれた、と俺は少し憂いのある表情で俯く。

「仕事で、ちょっと、な」

「へぇ、勇者様って怪我するんだね」

「うっそぉ?勇者様、仕事するんですか?」

 俺は、業務時間中にもかかわらずベンチに転がっているウラガノよりかは働いている。
 エルカがいつまでも受け取ってくれないから、俺は寝転んでいるウラガノの口にバゲットを突っ込もうした。

 その時、屋根から黒い塊が噴水広場に転がり落ちて来た。
 地面に広がった黒い煙の塊は、ニーアが追っていた魔獣だ。
 そいつがよろよろと四足で起き上がって体を震わせて周囲を見回すと、噴水広場に悲鳴が広がった。
 黒い毛皮が所々白く変わっているのは、人肉を食った証だ。

「うわっ!人食いか」

 その魔獣を見たウラガノは、慌てて起き上がって噴水広場の人間に防御魔法をかけた。
 流石、怠けていてもホーリア市職員。ホーリア市では、観光収入が市の財源の多くを占めている。魔獣に襲われて怪我人が出たとなると評判が落ちて観光事業に大打撃を受けるから、市の職員も土産物屋も一般市民も、魔獣が出たら魔法が使えない観光客や街の人間を即座に守る。
 互いを助け合う精神が根付いてる素晴らしい街だ。
 お蔭で勇者の俺が仕事をせずに、夕飯前の小腹を満たしていられるのだから有難い。

「あー!勇者様!やっぱり食べてる!」

 ニーアの声が上から振って来た。
 声の元を探して広場を囲む建物の屋根を見上げると、ニーアが双剣を構えて駆けて来たところだった。
 魔獣を前にしておやつを食べている俺を見て、頬を膨らませて屋根の上で足を踏み鳴らす。
 ニーアは小柄だし身軽だから、それくらいで屋根はびくともしない。

 魔法を使えるホーリア市民からしてみると、この程度のサイズの魔獣の恐ろしさの度合いは、春先の露出狂くらい。近付いて来たら恐怖を感じるが、傍から見ていると公共の福祉を害しているなぁくらいだ。
 勇者の俺にとっては、家で見る虫程度。スリッパで叩けば潰せるが、面倒だから放っておくという選択も、ありといえばあり。

「ちゃんと働いてくださいよ!もー!」

 ニーアの双剣は、怒っても可愛くていまいち迫力のない声と一緒に飛んできた。
 しかし、一本は低く唸っていた魔獣の首を的確に貫き、もう一本は俺の手の皮を一枚裂いてバゲットを石畳に縫い付けた。
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