上 下
37 / 244
第7話 勇者、探偵業に手を伸ばす

〜1〜

しおりを挟む
 今朝は、勤務時間になってもニーアが事務所に来ない。

 何か用事があるとか聞いていないし、昨日は元気だったからただの寝坊だろう。昼を過ぎても来ないなら連絡するつもりだ。
 それは兎も角として、ニーアが朝食を作ってくれないと、この事務所は火を通さない食材を丸のまま齧ることになる。
 獣人のコルダは生肉を食べても問題ないが、俺とリリーナはそうはいかない。朝食を準備しないと空腹のリリーナが文句を言ってくるかと思ったが、リリーナの部屋は朝食の時間になっても静かだった。明け方までミシンの音が聞こえていたから、夜更かししてまだ寝ているのだろう。
 コルダには、ハムの塊を与えておけば玩具にしながら齧って静かにしているから大丈夫だ。
 ホーリアに着任したばかりの時は、俺も真面目に料理をしていたのに、最近は飽きてしまった。

「さて……」

 しかし、今日の俺は珍しく仕事がある。料理などしている場合ではない。
 今日の勇者の仕事。それは、大量の本に混ざって見失った報告書の捜索だ。

 俺の魔術を使えば、探し物など楽勝だ。街中のホワイトライオンくらい見つけるのが容易い。
 しかし、そのためには探す物のイメージを明確に持っていなければならない。「本の形をした報告書という名のアレ」程度の認識しか持っていない状態では、この広くも無い事務所のどこにあるか、魔術を用いてもわからない。
 だから、俺は売り払う予定で積み重ねていた魔術書を広間に広げて、報告書が混じっていないか一冊一冊確かめていた。常時暇な俺が暇さえあれば買い集めているから、広間の床が埋まって足の踏み場がなくなり、20人は座れるテーブルの上にも積み重なって山が出来ている。
 1回読めば頭に入る程度の事しか書かれていないから、この世界でいう電子書籍の魔術盤に映写する版を購入すれば良かった。しかし、俺は古い人間だから、紙で読まないと頭に入らない。

 この本は、つまらなかったからぱらぱらと捲っただけだ。もう記憶が薄れている。でも、これはすごく面白かった記憶がある。ああ、ほら、このページ。

 とかやっているうちに、2時間くらい経過していた。片付けが出来ない人間のよくあるパターン。
 もちろん、聡明な勇者である俺は、こうなる事は最初から薄々気付いていた。報告書が見つかるまで本を売るのは止めればいい。こうして読み返していれば、報告書もいつか出て来るはずだ。

 俺が潔く探し物を諦めて読書に没頭し始めた時、ニーアが広間に飛び込んで来た。
 走って来た勢いのまま、ニーアはテーブルに両手を付く。巨大なテーブルが揺れて、テーブルの上の本の山がバラバラと崩れた。テーブルの横で本に埋もれて昼寝をしていたコルダの上に落ちて来たのか、小さな叫び声が聞こえた。

「ウラガノさんが、捕まっちゃいました!」

「い、痛いのだぁ……そ、そしょー……」

 コルダの途切れ途切れの寝言が聞こえる。魔術書を読んでくれとコルダが言ってきたが、俺が読み聞かせたところで自分には理解できないとわかると、本を枕にしてふて寝していた。

「庁舎内で窃盗事件があって、ウラガノさんが犯人にされちゃったんです!」

「もっと上手くやればよかったのにな」

 俺はニーアがテーブルを叩いたせいで崩れた本の山を魔法で積み上げ直した。床に落として傷がついたら、買い取り価格が落ちてしまう。コルダの毛が付いたり涎が付いたりした本は、残念ながら既に買い取り対象外だろう。
 どうせ全て売ったところで大した金額にはならない。魔術書はすぐに新しい物が構築されて古本には殆ど価値が無いからだ。新作の紅茶の茶葉を買う時の足しにはなるだろうか。

「でも、ウラガノさんはやってないって言ってます!」

 犯人は皆そう言う。俺が魔術書を捲りながら呟くと、ニーアは深く溜息をついた。

「ウラガノさんは……口では悪ぶってますけど、あと仕事中に休憩が多いですけど、でも、本当は真面目な人なんです……犯罪に手を染めるような人じゃないんです……!」

 ニーアは作戦を変えて、人情に訴えかけるように静かに語りだした。ニーアがどれくらいウラガノと仲が良いのか知らないが、ただの同期を案じるにはやや大げさだし情緒不安定な気がする。
 これは、副市長に俺に何か仕事を頼んで来るように言われているな、と察しが付いた。

「ところで、俺の報告書、知らないか?」

 俺はニーアの話を遮って、今の今まで探し物を真剣にしていたフリをした。俺が全然話に乗って来ないのに気付いたニーアは、いつまでも大きな声を出しているのが疲れたのか、椅子にまで積んでいた本を退かして腰を下ろす。
 そして、鞄の中からパン屋の紙袋を出して、ジャムパンを俺に1つ渡してきた。やけに急いでいる体で来たけれど、ニーアもパン屋に寄って来る余裕はあったらしい。

「盗まれたのは、ゼロ番街の営業許可証です」

「……営業許可証?」

 俺はパンを受け取った見返りにというわけでは無いが、魔術書から顔を上げてニーアの話を聞くことにした。これは、奇しくも食べ物に釣られた事になるのだろうか。
 営業許可証と聞いて、俺はニーアがここまでウラガノの無実を主張する意味が理解できた。あの語彙力の著しく低いウラガノが盗むのだから、現金とか宝石とか、分かり易いものだと思っていた。許可証なんて、取り扱いにIQが必要な物を奴が盗むとは思えない。

「それは、金になるのか?」

「ゼロ番街の支配人を強請るとか……方法はあるかもしれませんが、すぐにお金に換えられるものではないと思います」

 俺はウラガノと大して親しくないけれど、そんな頭を使った金稼ぎが出来る奴ではないと思う。
 そもそも、ゼロ番街の支配人を強請るとなると、あの街で働いている人間を敵に回す事になる。お店の女の子やホストはどうにかなるかもしれないが、用心棒で雇われている魔術師たちが厄介だ。侵入系の魔術だけが得意なただの市職員のウラガノが立ち向かうには、余りに無謀。

「それに、ウラガノさんは、ゼロ番街の常連でしたから。あの街に不利益がある事は多分しないでしょう」

「なるほど……奴は無実だ」

 俺が冴え渡る勇者の勘でそう判断して静かに呟いた。ニーアが「だから、さっきからそう言ってるじゃないですか!」とテーブルを叩いて立ち上がり、積み上げ直した本の山がまた崩れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~

月見酒
ファンタジー
 俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。  そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。  しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。 「ここはどこだよ!」  夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。  あげくにステータスを見ると魔力は皆無。  仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。 「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」  それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?  それから五年後。  どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。  魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!  見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる! 「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」 ================================  月見酒です。  正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

キャラ交換で大商人を目指します

杵築しゅん
ファンタジー
捨て子のアコルは、元Aランク冒険者の両親にスパルタ式で育てられ、少しばかり常識外れに育ってしまった。9歳で父を亡くし商団で働くことになり、早く商売を覚えて一人前になろうと頑張る。母親の言い付けで、自分の本当の力を隠し、別人格のキャラで地味に生きていく。が、しかし、何故かぽろぽろと地が出てしまい苦労する。天才的頭脳と魔法の力で、こっそりのはずが大胆に、アコルは成り上がっていく。そして王立高学院で、運命の出会いをしてしまう。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

虚無の統括者 〜両親を殺された俺は復讐の為、最強の配下と組織の主になる〜

サメ狐
ファンタジー
———力を手にした少年は女性達を救い、最強の組織を作ります! 魔力———それは全ての種族に宿り、魔法という最強の力を手に出来る力 魔力が高ければ高い程、魔法の威力も上がる そして、この世界には強さを示すSSS、SS、S、A、B、C、D、E、Fの9つのランクが存在する 全世界総人口1000万人の中でSSSランクはたったの5人 そんな彼らを世界は”選ばれし者”と名付けた 何故、SSSランクの5人は頂きに上り詰めることが出来たのか? それは、魔力の最高峰クラス ———可視化できる魔力———を唯一持つ者だからである 最強無敗の力を秘め、各国の最終戦力とまで称されている5人の魔法、魔力 SSランクやSランクが束になろうとたった一人のSSSランクに敵わない 絶対的な力と象徴こそがSSSランクの所以。故に選ばれし者と何千年も呼ばれ、代変わりをしてきた ———そんな魔法が存在する世界に生まれた少年———レオン 彼はどこにでもいる普通の少年だった‥‥ しかし、レオンの両親が目の前で亡き者にされ、彼の人生が大きく変わり‥‥ 憎悪と憎しみで彼の中に眠っていた”ある魔力”が現れる 復讐に明け暮れる日々を過ごし、数年経った頃 レオンは再び宿敵と遭遇し、レオンの”最強の魔法”で両親の敵を討つ そこで囚われていた”ある少女”と出会い、レオンは決心する事になる 『もう誰も悲しまない世界を‥‥俺のような者を創らない世界を‥‥』 そしてレオンは少女を最初の仲間に加え、ある組織と対立する為に自らの組織を結成する その組織とは、数年後に世界の大罪人と呼ばれ、世界から軍から追われる最悪の組織へと名を轟かせる 大切な人を守ろうとすればする程に、人々から恨まれ憎まれる負の連鎖 最強の力を手に入れたレオンは正体を隠し、最強の配下達を連れて世界の裏で暗躍する 誰も悲しまない世界を夢見て‥‥‥レオンは世界を相手にその力を奮うのだった。              恐縮ながら少しでも観てもらえると嬉しいです なろう様カクヨム様にも投稿していますのでよろしくお願いします

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

処理中です...