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第6話 勇者、季節の節目に立ち向かう
〜3〜
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一夜明けて、俺が目を覚ますと横にコルダはいなかった。
太陽は高く登って昼に近い。1階から「訴訟モノなのだ!次に会うのは法廷なのだ!」とコルダが騒いでいるから、リリーナとケンカをしているのだろう。
ニーアが2人の騒ぎを止めてくれないかベッドに転がったまま下の騒ぎを聞いていると、俺の部屋のドアがノックされた。ドアノブが壊れているからそのままドアは力無く開く。
「勇者様、体調はいかがですか?」
片手に下げていた桶を床に置いて、ニーアは俺のベッドに乗ってくる。そして、そのまま俺の額に自分の額をくっつけた。
距離が近過ぎて、一瞬息が止まった。
呼吸を再開させて、肺に空気が満たされているのも忘れて息を吸うと、実家が靴職人の工房のせいでニーアからは革とワックスの甘い匂いが僅かに漂ってくる。
「熱は……少し下がったみたいですね。暖かいうちに体拭いちゃいましょう」
ニーアは額を話すと、俺の体を引き起こしてすぽんと服を脱がす。桶のお湯に浸したタオルを絞って俺の体を拭き始めた。ニーアがいいなら俺は全然いいけれど、サービスが良過ぎる。
まずあり得ないが、この世界では他人の体を拭くくらい握手程度の意味しか持たない可能性がある。俺は病気の時に看病された経験がないからわからないけれど、大騒ぎする方が意識し過ぎなのかもしれない。
何より、この時間が少しでも長く続いてくれと俺は抵抗もせずにされるがままになっていた。
「夜は冷えるから、今日もお風呂は入らない方がいいと思いますよ……」
ごしごしと雑に顔を擦られて思わず顔を背けると、ニーアは「もー」と幼い子供を窘めるように俺の頭を抑えた。
「ちょっと我慢してね…………て、あれ、あ、ウソ」
ニーアの体が固まって、震える指からタオルが落ちる。目が大きく見開かれて、誰に何をしているのか、やっと理解したらしい。
そして、ぱちん、と俺の頬がビンタされた。
「いやぁー!!!」
ニーアは叫び声を上げながら部屋を飛び出して階段を駆け下りて行った。訴訟の気配を察したコルダが1階で興奮しているのが聞こえる。
本当に、一体何なんだ。
+++++
温厚な人格者として名高い勇者の俺も危うくキレるところだったが、ニーアはしばらくすると俺の部屋に戻って来て俺の前で深々と頭を下げた。
「ごめんなさい……兄弟が3人風邪をひいてまして、家で同じように看病をしていたので、つい、弟と間違えて……!」
平謝りをするニーアを見ていると、俺の怒りが空気が抜けるように消えて行く。家で3人の看病をして職場で4人目を看病していれば、同じ事をしてしまうのもわかる。
しかし、俺はニーアの新しいお姉さんキャラに未来が輝きだしていたのに、ニーアにとってはベルトコンベアを流れて来る缶の向きを揃えるくらいの流れ作業だったのか。この人生で一番無駄にときめいた。
「それはルール違反でしょ。決められた服はちゃんと着なきゃダメよ」
まだナース服を着ていたリリーナが、ニーアに巨大な注射器を押し付けていた。それは次に病気になったら本当に使われる可能性があるから、全快したら真っ先に処分しなくては。
ニーアは意味が分からないまま注射器を受け取って、それを抱えたまま俺にもう一度頭を下げた。
「勇者様、本当にごめんなさい。痛くないですか?」
顔を上げたニーアが、ビンタで赤くなった俺の頬に手を当てた。
俺に触れるニーアの手が妙に熱い。それに、俺を殴ったくらいでニーアが泣くはずはないのに、鼻声で目が潤んでいる。
嫌なフラグが立っていることを察したが、ニーアに翻弄された俺が深読みしているだけだと思っていた。
+++++
しかし、悪い予感は度々当たる。
翌日、事務所に出勤してきたニーアは、顔がぼんやりしていて足もフラついていた。仕事が出来る状態じゃないだろう。この事務所に仕事があればの話だが。
「あの……ここで寝ててもいいですか?家は、弟たちが風邪が治って元気で休めないんです」
勿論何の問題もない。俺はもう熱は下がって普段の調子が戻りつつあるが、ニーアに怒られないなら今日も昼寝をしようと考えていた。それくらい、いつも通り暇だ。
2階の空き部屋の、置きっぱなしになっているベッドに入ったニーアは、「お昼に起こしてください」と言い残して気絶するように眠ってしまった。
今日も何も用事が無い穏やかな日だから、ニーアのためにちゃんとした飯を作ろう。そう考えて、俺はニーアが寝ている部屋を出てリビングに戻ろうとした。
しかし、気付けばいつもの朝食の時間は過ぎているのに、リリーナは静かだし、早起きのコルダも今日はまだ起きていない。
コルダが寝ている俺の部屋を覗くと、朝から同じ状態で、ぬいぐるみを敷き詰めた床の上でコルダが丸まって唸っていた。俺が近付くと、力無く垂れている尻尾が床を撫でる。
「勇者様ぁ……気持ち悪いのだぁ……」
俺に抱き着いて来たコルダは、いつも以上に体温が高い。コルダが俺の服に顔を埋めると、涙か鼻水で服が湿って行く。これは、完全に風邪をひいている。
寝込んでいた俺と同じ部屋で、寒いのに床で寝ていたから当然だ。自業自得と言ってしまえばそうだが、コルダをベッドから追い出した俺にも少し責任があるような気がする。
ここはリリーナにコルダを看てもらって、俺はニーアとコルダのために何か体に良さそうな物でも買ってこよう。
俺はコルダを抱えたままリリーナの部屋をノックした。
「……何?」
部屋から出てきたリリーナは、いつもの薄着が嘘のように巨大な黒猫の着ぐるみを着ていた。
顔しか露出していなかったが、いつも透き通るほど白い顔が、赤く茹ったようになっているから熱が出ているのは明らかだ。
「用が無いなら呼ばないでよぉ……」
リリーナは、べしゅ!とくしゃみをして、俺の服で顔を拭いて部屋に戻って行った。
足と胸が丸出しのナース服を着ていたのは俺の看病のためだったらしいが、リリーナが風邪をひいたのは流石に自業自得だと思う。
太陽は高く登って昼に近い。1階から「訴訟モノなのだ!次に会うのは法廷なのだ!」とコルダが騒いでいるから、リリーナとケンカをしているのだろう。
ニーアが2人の騒ぎを止めてくれないかベッドに転がったまま下の騒ぎを聞いていると、俺の部屋のドアがノックされた。ドアノブが壊れているからそのままドアは力無く開く。
「勇者様、体調はいかがですか?」
片手に下げていた桶を床に置いて、ニーアは俺のベッドに乗ってくる。そして、そのまま俺の額に自分の額をくっつけた。
距離が近過ぎて、一瞬息が止まった。
呼吸を再開させて、肺に空気が満たされているのも忘れて息を吸うと、実家が靴職人の工房のせいでニーアからは革とワックスの甘い匂いが僅かに漂ってくる。
「熱は……少し下がったみたいですね。暖かいうちに体拭いちゃいましょう」
ニーアは額を話すと、俺の体を引き起こしてすぽんと服を脱がす。桶のお湯に浸したタオルを絞って俺の体を拭き始めた。ニーアがいいなら俺は全然いいけれど、サービスが良過ぎる。
まずあり得ないが、この世界では他人の体を拭くくらい握手程度の意味しか持たない可能性がある。俺は病気の時に看病された経験がないからわからないけれど、大騒ぎする方が意識し過ぎなのかもしれない。
何より、この時間が少しでも長く続いてくれと俺は抵抗もせずにされるがままになっていた。
「夜は冷えるから、今日もお風呂は入らない方がいいと思いますよ……」
ごしごしと雑に顔を擦られて思わず顔を背けると、ニーアは「もー」と幼い子供を窘めるように俺の頭を抑えた。
「ちょっと我慢してね…………て、あれ、あ、ウソ」
ニーアの体が固まって、震える指からタオルが落ちる。目が大きく見開かれて、誰に何をしているのか、やっと理解したらしい。
そして、ぱちん、と俺の頬がビンタされた。
「いやぁー!!!」
ニーアは叫び声を上げながら部屋を飛び出して階段を駆け下りて行った。訴訟の気配を察したコルダが1階で興奮しているのが聞こえる。
本当に、一体何なんだ。
+++++
温厚な人格者として名高い勇者の俺も危うくキレるところだったが、ニーアはしばらくすると俺の部屋に戻って来て俺の前で深々と頭を下げた。
「ごめんなさい……兄弟が3人風邪をひいてまして、家で同じように看病をしていたので、つい、弟と間違えて……!」
平謝りをするニーアを見ていると、俺の怒りが空気が抜けるように消えて行く。家で3人の看病をして職場で4人目を看病していれば、同じ事をしてしまうのもわかる。
しかし、俺はニーアの新しいお姉さんキャラに未来が輝きだしていたのに、ニーアにとってはベルトコンベアを流れて来る缶の向きを揃えるくらいの流れ作業だったのか。この人生で一番無駄にときめいた。
「それはルール違反でしょ。決められた服はちゃんと着なきゃダメよ」
まだナース服を着ていたリリーナが、ニーアに巨大な注射器を押し付けていた。それは次に病気になったら本当に使われる可能性があるから、全快したら真っ先に処分しなくては。
ニーアは意味が分からないまま注射器を受け取って、それを抱えたまま俺にもう一度頭を下げた。
「勇者様、本当にごめんなさい。痛くないですか?」
顔を上げたニーアが、ビンタで赤くなった俺の頬に手を当てた。
俺に触れるニーアの手が妙に熱い。それに、俺を殴ったくらいでニーアが泣くはずはないのに、鼻声で目が潤んでいる。
嫌なフラグが立っていることを察したが、ニーアに翻弄された俺が深読みしているだけだと思っていた。
+++++
しかし、悪い予感は度々当たる。
翌日、事務所に出勤してきたニーアは、顔がぼんやりしていて足もフラついていた。仕事が出来る状態じゃないだろう。この事務所に仕事があればの話だが。
「あの……ここで寝ててもいいですか?家は、弟たちが風邪が治って元気で休めないんです」
勿論何の問題もない。俺はもう熱は下がって普段の調子が戻りつつあるが、ニーアに怒られないなら今日も昼寝をしようと考えていた。それくらい、いつも通り暇だ。
2階の空き部屋の、置きっぱなしになっているベッドに入ったニーアは、「お昼に起こしてください」と言い残して気絶するように眠ってしまった。
今日も何も用事が無い穏やかな日だから、ニーアのためにちゃんとした飯を作ろう。そう考えて、俺はニーアが寝ている部屋を出てリビングに戻ろうとした。
しかし、気付けばいつもの朝食の時間は過ぎているのに、リリーナは静かだし、早起きのコルダも今日はまだ起きていない。
コルダが寝ている俺の部屋を覗くと、朝から同じ状態で、ぬいぐるみを敷き詰めた床の上でコルダが丸まって唸っていた。俺が近付くと、力無く垂れている尻尾が床を撫でる。
「勇者様ぁ……気持ち悪いのだぁ……」
俺に抱き着いて来たコルダは、いつも以上に体温が高い。コルダが俺の服に顔を埋めると、涙か鼻水で服が湿って行く。これは、完全に風邪をひいている。
寝込んでいた俺と同じ部屋で、寒いのに床で寝ていたから当然だ。自業自得と言ってしまえばそうだが、コルダをベッドから追い出した俺にも少し責任があるような気がする。
ここはリリーナにコルダを看てもらって、俺はニーアとコルダのために何か体に良さそうな物でも買ってこよう。
俺はコルダを抱えたままリリーナの部屋をノックした。
「……何?」
部屋から出てきたリリーナは、いつもの薄着が嘘のように巨大な黒猫の着ぐるみを着ていた。
顔しか露出していなかったが、いつも透き通るほど白い顔が、赤く茹ったようになっているから熱が出ているのは明らかだ。
「用が無いなら呼ばないでよぉ……」
リリーナは、べしゅ!とくしゃみをして、俺の服で顔を拭いて部屋に戻って行った。
足と胸が丸出しのナース服を着ていたのは俺の看病のためだったらしいが、リリーナが風邪をひいたのは流石に自業自得だと思う。
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