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第6話 勇者、季節の節目に立ち向かう
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俺が部屋で1人で寝ていると、昼近くになって部屋のドアがノックされた。ドアノブが壊れてたままだから、俺が返事をする間もなく押すだけで勝手にドアが開き、トレイを持ったリリーナが部屋に入って来た。
「ほら、ニーアが病人用のスープ作ったからありがたく食べなさいよ」
今日は俺の代わりにニーアが街を見回っている。勇者の代理と聞いてニーアは満面の笑顔で事務所を出て行って、リリーナは俺の看病を名目に引きこもりを続行していた。
ベッドから出ようとして、リリーナの格好に気付く。いつもの白尽くめの服だが、今日の服は形が違う。
お尻をギリギリ隠す長さの足にぴったりくっついたスカート、胸を強調させるようにボタンが限界で止まっているジャケット、背中に背負った背丈ほどある注射器。
微かな記憶を辿ると、この世界に生まれる前に、何かのゲームで見た事があるキャラクターのナース服だ。
リリーナがコスプレ服を作ろうが事務所の部屋に謎の服が散らばっていようが、好きにしてくれて構わない。リリーナの白い髪と肌に、白い服は良く似合っているし、ゲームのキャラそのままで少し感動すら覚えた。
が、しかし、人の病気をコスプレチャンスにするな。
「だって、看病する時はこういう格好をするものだって言ってたんだもの」
リリーナは俺の冷たい視線に気付いて、「常識でしょ」と俺を小馬鹿にするように言った。どこの世界の常識なのか知らないが、少なくとも俺の前世ではそうではなかった。可哀想に、リリーナはどこかのイナムに嘘を吹き込まれているのかもしれない。
俺が同情しているのも知らずに、リリーナは、お手製らしき服を見せびらかすように俺の前でくるりと回ってみせた。
「どう?興奮する?」
俺が元気だったら「もう少しリアル路線の方が背徳感があって好きかな」くらいの感想を言ってやるところだが、風邪をひいている今はリリーナの戯れに付き合う気力が無い。
俺が寝たふりをし始めたのに気付いて、リリーナは俺の上に乗って胸の谷間を見せつけるようにずいずいと体を寄せて来た。何がとは言わないが、ニーアがAngelならリリーナはFantasticくらいあるけれども、焦点が合わないくらい近過ぎて有り難みがない。
「色っぽい?ね?ゼロ番街の人とどっちがいい?」
俺の好みで言うと、人の上に乗って谷間を見せて来る女にいいも悪いも無い。警察か病院に行ってほしい。
それに、正直、リリーナは色気と対極のところにいる。透き通るような、西洋人形とか高嶺の花のような美しさで、それに性欲を感じる奴とは俺は仲良くなれない。多分そいつは、楽しいエロトーク中に強烈な性癖を暴露してきて話の流れを止めるタイプの人間だ。
そもそも、いつもリリーナは下着姿の半裸かシャツ一枚だから、今の方が露出が少ないくらいだ。「どお?エロくない?」と聞いてくるリリーナに、俺は何も答えず布団の中に潜った。
「ま、あたしは可愛い担当だから仕方ないか」
リリーナは謎の開き直りをして、俺の上から下りてベッドに腰掛けた。トレイを膝に置いて、スープが入ったスプーンを俺に差し出してくる。
だから人をプレイに巻き込むな、と言おうとしたが口を開けると普通に食べさせてくれた。
「食べたら薬飲むのよ。甘いの欲しかったら私のケーキ分けてあげるからね」
言動が世間とズレているのは魔術師だからで、リリーナは根はいい子だ。床に落ちていた体温計を拾って俺の熱を測って、額に置いていたタオルを魔法で冷やしてくれたし、看病役を真面目に務めていた。
ただ、巨大な注射器の使い方を勘違いしている。それは、ゲームでは武器になるけど二次元ではただの飾りだ。
「どこの穴に刺すのかしら?」とか言っていたから、リリーナが出て行った後、俺は最後の力を振り絞って部屋のドアノブを修理した。
+++++
夜も深まってうとうとしていると、ドアノブがバキリと壊れる音がして目が覚めた。
「勇者様、お休むのだー!」
コルダがいつものようにぬいぐるみを引きずりながら勝手に部屋に入ってくる。
もしかしたら、コルダはまだ鍵という概念が学べていないのかもしれない。開けると良い音がするなぁと無邪気に考えているのだろう。
コルダは俺の布団を捲ってベッドに入ろうとしたが、俺は布団の裾を離さないでいた。コルダが獣人の怪力で布団を引っ張るのを、魔法を使って全力で抵抗する。
それに気付いて、コルダはぬいぐるみをぽとりと床に落とした。
「も、もしかして、一緒に寝ちゃダメなのだ……?」
「勇者様、起きて起きて」と俺の顔に肉球パンチが飛んで来るが、俺は寝たふりを続ける。
ニーアが言っていたように、男女で同じ布団に寝るのがそもそも間違っている。他の獣人に知られたら、無垢な獣人少女に卑劣なセクハラを行っているだの、獣人を動物扱いして女性として見ていないだの、四方八方から責められて、俺は良くてホーリアから逃げ出すことになるか、最悪勇者のライセンス剥奪だ。
今日からコルダが1人で寝るように、心を鬼にして拒絶しようと決めていた。
「うぅー……コルダ、一人ぽっちで寝なくちゃいけないのだ……!こんなにボロい洋館で1人きりなんて、精神衛生上よくないから不眠症になってしまうのも時間の問題なのだ……!」
ぬいぐるみに抱き着いて床に丸まったコルダから、えうえうと泣き声が聞こえて来た。
いつもの過剰な被害者演技かと放っていたが、だんだん静かになって、最後にはぷーぷーといつもの寝息に変わる。動かなくなったコルダをベッドの上から見下ろすと、涙で顔を濡らしたまま寝ていた。
白銀種のコルダが何の企みがあってホーリアにいるのか聞いてないが、事務所は死体が2、3体くらい壁に埋まっていそうなおどろおどろしい洋館だから、コルダの精神衛生上良くないのは本当だろう。
コルダの部屋に連れて行こうかとも考えたが、1人で寝かせておくのも可哀想だから、余っている毛布を床で丸まっているコルダに掛けて寝かせておいた。
風邪が治ったら柵付きのベッドを俺の部屋に置くつもりだ。柵があれば、コルダも勝手に俺の布団の中に入って来ないはずだ。
決して、獣人を動物扱いしているわけではないが。
「ほら、ニーアが病人用のスープ作ったからありがたく食べなさいよ」
今日は俺の代わりにニーアが街を見回っている。勇者の代理と聞いてニーアは満面の笑顔で事務所を出て行って、リリーナは俺の看病を名目に引きこもりを続行していた。
ベッドから出ようとして、リリーナの格好に気付く。いつもの白尽くめの服だが、今日の服は形が違う。
お尻をギリギリ隠す長さの足にぴったりくっついたスカート、胸を強調させるようにボタンが限界で止まっているジャケット、背中に背負った背丈ほどある注射器。
微かな記憶を辿ると、この世界に生まれる前に、何かのゲームで見た事があるキャラクターのナース服だ。
リリーナがコスプレ服を作ろうが事務所の部屋に謎の服が散らばっていようが、好きにしてくれて構わない。リリーナの白い髪と肌に、白い服は良く似合っているし、ゲームのキャラそのままで少し感動すら覚えた。
が、しかし、人の病気をコスプレチャンスにするな。
「だって、看病する時はこういう格好をするものだって言ってたんだもの」
リリーナは俺の冷たい視線に気付いて、「常識でしょ」と俺を小馬鹿にするように言った。どこの世界の常識なのか知らないが、少なくとも俺の前世ではそうではなかった。可哀想に、リリーナはどこかのイナムに嘘を吹き込まれているのかもしれない。
俺が同情しているのも知らずに、リリーナは、お手製らしき服を見せびらかすように俺の前でくるりと回ってみせた。
「どう?興奮する?」
俺が元気だったら「もう少しリアル路線の方が背徳感があって好きかな」くらいの感想を言ってやるところだが、風邪をひいている今はリリーナの戯れに付き合う気力が無い。
俺が寝たふりをし始めたのに気付いて、リリーナは俺の上に乗って胸の谷間を見せつけるようにずいずいと体を寄せて来た。何がとは言わないが、ニーアがAngelならリリーナはFantasticくらいあるけれども、焦点が合わないくらい近過ぎて有り難みがない。
「色っぽい?ね?ゼロ番街の人とどっちがいい?」
俺の好みで言うと、人の上に乗って谷間を見せて来る女にいいも悪いも無い。警察か病院に行ってほしい。
それに、正直、リリーナは色気と対極のところにいる。透き通るような、西洋人形とか高嶺の花のような美しさで、それに性欲を感じる奴とは俺は仲良くなれない。多分そいつは、楽しいエロトーク中に強烈な性癖を暴露してきて話の流れを止めるタイプの人間だ。
そもそも、いつもリリーナは下着姿の半裸かシャツ一枚だから、今の方が露出が少ないくらいだ。「どお?エロくない?」と聞いてくるリリーナに、俺は何も答えず布団の中に潜った。
「ま、あたしは可愛い担当だから仕方ないか」
リリーナは謎の開き直りをして、俺の上から下りてベッドに腰掛けた。トレイを膝に置いて、スープが入ったスプーンを俺に差し出してくる。
だから人をプレイに巻き込むな、と言おうとしたが口を開けると普通に食べさせてくれた。
「食べたら薬飲むのよ。甘いの欲しかったら私のケーキ分けてあげるからね」
言動が世間とズレているのは魔術師だからで、リリーナは根はいい子だ。床に落ちていた体温計を拾って俺の熱を測って、額に置いていたタオルを魔法で冷やしてくれたし、看病役を真面目に務めていた。
ただ、巨大な注射器の使い方を勘違いしている。それは、ゲームでは武器になるけど二次元ではただの飾りだ。
「どこの穴に刺すのかしら?」とか言っていたから、リリーナが出て行った後、俺は最後の力を振り絞って部屋のドアノブを修理した。
+++++
夜も深まってうとうとしていると、ドアノブがバキリと壊れる音がして目が覚めた。
「勇者様、お休むのだー!」
コルダがいつものようにぬいぐるみを引きずりながら勝手に部屋に入ってくる。
もしかしたら、コルダはまだ鍵という概念が学べていないのかもしれない。開けると良い音がするなぁと無邪気に考えているのだろう。
コルダは俺の布団を捲ってベッドに入ろうとしたが、俺は布団の裾を離さないでいた。コルダが獣人の怪力で布団を引っ張るのを、魔法を使って全力で抵抗する。
それに気付いて、コルダはぬいぐるみをぽとりと床に落とした。
「も、もしかして、一緒に寝ちゃダメなのだ……?」
「勇者様、起きて起きて」と俺の顔に肉球パンチが飛んで来るが、俺は寝たふりを続ける。
ニーアが言っていたように、男女で同じ布団に寝るのがそもそも間違っている。他の獣人に知られたら、無垢な獣人少女に卑劣なセクハラを行っているだの、獣人を動物扱いして女性として見ていないだの、四方八方から責められて、俺は良くてホーリアから逃げ出すことになるか、最悪勇者のライセンス剥奪だ。
今日からコルダが1人で寝るように、心を鬼にして拒絶しようと決めていた。
「うぅー……コルダ、一人ぽっちで寝なくちゃいけないのだ……!こんなにボロい洋館で1人きりなんて、精神衛生上よくないから不眠症になってしまうのも時間の問題なのだ……!」
ぬいぐるみに抱き着いて床に丸まったコルダから、えうえうと泣き声が聞こえて来た。
いつもの過剰な被害者演技かと放っていたが、だんだん静かになって、最後にはぷーぷーといつもの寝息に変わる。動かなくなったコルダをベッドの上から見下ろすと、涙で顔を濡らしたまま寝ていた。
白銀種のコルダが何の企みがあってホーリアにいるのか聞いてないが、事務所は死体が2、3体くらい壁に埋まっていそうなおどろおどろしい洋館だから、コルダの精神衛生上良くないのは本当だろう。
コルダの部屋に連れて行こうかとも考えたが、1人で寝かせておくのも可哀想だから、余っている毛布を床で丸まっているコルダに掛けて寝かせておいた。
風邪が治ったら柵付きのベッドを俺の部屋に置くつもりだ。柵があれば、コルダも勝手に俺の布団の中に入って来ないはずだ。
決して、獣人を動物扱いしているわけではないが。
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