上 下
29 / 244
第5話 勇者、闇の巣窟に潜入する

〜5〜

しおりを挟む
 この世界は、人口の数%を獣人という人種が占めている。
 個人差があるが、皆、姿形の一部が獣に近い姿をしていて、人間離れした身体能力を持つ。
 その生態は未だに明らかにされていないが、遠い祖先に魔獣の血が混じっているという説が最も有力だ。
 ちなみに、魔獣を倒す勇者と、魔獣を祖先に持つと考えられている獣人の関係は、当然のことだがギクシャクしている。


 +++++


 獣人の当たり屋とは、最悪の奴に引っかかってしまったらしい。俺はニーアの言いつけを破って店の外に出たことをようやく後悔していた。
 コルダは俺に縋り付いて、マントを涙で濡らしながら切々と自分の境遇を語り続けている。

「この街で働いていると、獣人だからって見世物にされるのだ……!」

「闇オークションにでも掛けられたか?」

「似たようなものなのだ。お店に来たおじさんたちが、コルダの胸とかお尻とか、じろじろ見て来るのだ」

 それはコルダがそういうお店で働いているからだ。全然似ていない。

「それは、そういうお店で働いているからでは……」

 ニーアが俺が考えている事とそっくり同じ事を言おうとして、俺はニーアの口を塞いだ。
 見た目が普通の人間と違っている獣人は、地域によっては差別的な扱いを受けることがある。ヴィルドルク国では獣人の数が少なく珍しがられるものの、不当な差別があったという話は聞いたことがない。
 ただ、各地の勇者の報告書によると、自らの権利とか自由とかに敏感な人種で、魔獣を倒す勇者と度々小さな衝突を起こしていると聞いている。
 何事も無くこの場から離れたいから、俺は余計な事は言わないつもりだ。

「お店でお酒勧められるし、知らないおじさんと話さなきゃいけないし、お金貰ったら体触られるし……」

 ゼロ番街では、それをやってない店を探す方が難しいと思う。それが嫌ならどうしてゼロ番街で働いているのか、理解に苦しむ。
 それに、ゼロ番街の用心棒はその立ち振る舞いからして魔術師だ。サービスを強制するような客は、魔術師がつまみ出しているだろうから、お金を貰わなければ拒否できるはずだ。嫌ならどうして、お金を受け取ったんだ。

「コルダは仕事に行きたくなくて、毎日お布団から出るのに一苦労なのだ」

「だ……」

 だったらゼロ番街を出ればいいのでは?とニーアが言いかけたのに気付いて、俺はニーアの口を再度塞いだ。しかし、ニーアはその手を振り払って、俺を押し退けてコルダに向き合う。

「ホーリア市内で仕事を探したらいかがでしょうか?」

「でも、朝は眠いから、夜のお仕事がいいのだー」

「ホテルの夜番とか文化財の警備とか、色々あると思いますよ」

「コルダ、ソファーでご馳走食べながらちやほやされる仕事がいーいのだー」

 俺は、コルダの前に立ち塞がった。コルダの胸倉を掴もうととしたニーアの手が、勢い余って俺の首を掴む。
 気管を締められながら、俺はニーアの手がコルダに届かない距離まで引き離した。

「勇者様、離してください!」

「気持ちはわかるが、俺にも色々立場があるんだ」

「あんな社会を舐め腐っている子、許せません」

「わかる。わかるけども」

 ここまでニーアが怒るのは、俺が仕事で無駄な苦労ばかりさせていたからだ。突き詰めると俺が悪い。
 それに、俺の部下のニーアがコルダに怪我をさせたら、獣人の人権保護団体が事務所の前に押しかけて来る。厄介な集団で、道を塞がれて魔獣退治には行けなくなるし、市民からは騒音がうるさいと勇者に苦情が来るし、最終的に勇者が異動になったという話を聞いた事がある。

「もしかしたら、学が無いから仕事が選べないとか、色々事情があるのかもしれないだろ」

「でも、白銀種ですよ。ヴィルドルク国内ならどこでも生活は保証されているはずです」

「……そうだよな」

 薄暗い裏通りでも僅かな光を反射してキラキラと光るコルダの毛並みは、白銀種の特徴だ。
 銀の毛並と尖った大きな耳を持つ白銀種は、獣人の中でも別格の存在。その中で一番有名なのは、首都アウビリスにいるアルルカ大臣だ。獣人の権利と自由を声高に訴える彼と話す時は、あのオグオンですら敬語になると聞いている。
 全ての獣人のトップに君臨する白銀種に差別的な扱いをすると、獣人全員を敵に回すことになる。だから、元々獣人と関係性が悪い勇者は、彼等を特に丁重に扱わなければならない。

 ただ、仕事をしたくない白銀種は、国の研究者に少し毛や血液を提供して、その見返りに3食昼寝付きの生活を送っているらしい。それくらい権力と地位を持っているのが白銀種だ。
 だから、俺はさっきからコルダの言っていることがさっぱり理解できない。

「コルダ、週休3日で働いているのだ……本当は、週5で休みたいのだ……!」

 それを聞いたニーアが、とうとう腰の双剣に手を伸ばした。俺はニーアが抜かないように手を上から抑えてまあまあと宥める。
 しかし、そのニーアを更に逆撫でするように、コルダは涙で汚れた顔を上げて、はっと俺に気付いたように光る耳を揺らしながら駆け寄って来る。

「勇者様、コルダを雇って欲しいのだ!」

 俺の足元に抱き着いて来たコルダは「白銀種だから、役に立つと思うのだー」と、俺にとっての死刑宣告をした。
 自分のバックには白銀種が付いている、と言いたいのか。自分を雇わないと、獣人全員がお前の敵になるぞ、と言いたいのか。

「……ちょっと、相談させてもらっていいですか?」

 俺は、コルダを引き剥がして、既に双剣を構えているニーアを連れてコルダに声が聞こえない隅まで移動した。

「ニーア、どう思う?」

「勇者様のお給料で誰を仲間に加えようと、市職員の私は意見する立場にありません」

 ニーアはそれだけ言って、それ以上話す事は無いとでも言うように膨れた面をぷいと反らした。
 それはわかっているけども、俺がニーアの意見を聞きたいんだと説明して、ニーアの双剣を取り上げて腰に収めさせた。
 リリーナを雇った経験で、それが失敗とは言いたくないが、ニーアの意見を聞く必要性を身を以て学んだ。ニーアに頼るべきところは、見栄を張らずに頼るべきだ。
 俺が反省しているのに気付いて、ニーアが少し冷静さを取り戻す。

「獣人を仲間にすれば今後有利になると思います。ホーリアにも獣人の観光客が少なからず来ますから。それに、魔獣退治について苦情を言ってきても、白銀種が止めれば退くと思います」

 ニーアは剣を抜いた割に、冷静な意見だった。勇者の仕事を趣味で調べ尽しているニーアは、俺が白銀種に強く出れないことも、有難いことに理解している。

「でも、あの子に限っては、デメリットしかないと思います」

 引きこもりのリリーナを許すニーアにしては珍しく厳しい言い方だが、その通りだ。俺も週5で休む奴を雇うつもりはない。リリーナの給料を支払うだけで、俺の財政が逼迫しているのに。

「ただ、もう遅いんじゃないでしょうか」

 ニーアがコルダを指差して言った。正攻法でいっても俺が頷かないと気付いたコルダは、俺が止める間も無く表通りに駆け出していた。そして、通りを歩く人々に向かって叫び出す。

「ホーリアの勇者に、襲われたのだー!!」

 俺が承諾しない限り、いつまでも叫び続けるつもりだ。幸いなことに、俺のホーリアでの評判は地に堕ちているから今更痛くも痒くも無い。
 しかし、市民らしき奴らが「やっぱりな」という顔をしているのが、心の底から腹立つ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~

月見酒
ファンタジー
 俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。  そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。  しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。 「ここはどこだよ!」  夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。  あげくにステータスを見ると魔力は皆無。  仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。 「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」  それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?  それから五年後。  どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。  魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!  見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる! 「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」 ================================  月見酒です。  正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

キャラ交換で大商人を目指します

杵築しゅん
ファンタジー
捨て子のアコルは、元Aランク冒険者の両親にスパルタ式で育てられ、少しばかり常識外れに育ってしまった。9歳で父を亡くし商団で働くことになり、早く商売を覚えて一人前になろうと頑張る。母親の言い付けで、自分の本当の力を隠し、別人格のキャラで地味に生きていく。が、しかし、何故かぽろぽろと地が出てしまい苦労する。天才的頭脳と魔法の力で、こっそりのはずが大胆に、アコルは成り上がっていく。そして王立高学院で、運命の出会いをしてしまう。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

虚無の統括者 〜両親を殺された俺は復讐の為、最強の配下と組織の主になる〜

サメ狐
ファンタジー
———力を手にした少年は女性達を救い、最強の組織を作ります! 魔力———それは全ての種族に宿り、魔法という最強の力を手に出来る力 魔力が高ければ高い程、魔法の威力も上がる そして、この世界には強さを示すSSS、SS、S、A、B、C、D、E、Fの9つのランクが存在する 全世界総人口1000万人の中でSSSランクはたったの5人 そんな彼らを世界は”選ばれし者”と名付けた 何故、SSSランクの5人は頂きに上り詰めることが出来たのか? それは、魔力の最高峰クラス ———可視化できる魔力———を唯一持つ者だからである 最強無敗の力を秘め、各国の最終戦力とまで称されている5人の魔法、魔力 SSランクやSランクが束になろうとたった一人のSSSランクに敵わない 絶対的な力と象徴こそがSSSランクの所以。故に選ばれし者と何千年も呼ばれ、代変わりをしてきた ———そんな魔法が存在する世界に生まれた少年———レオン 彼はどこにでもいる普通の少年だった‥‥ しかし、レオンの両親が目の前で亡き者にされ、彼の人生が大きく変わり‥‥ 憎悪と憎しみで彼の中に眠っていた”ある魔力”が現れる 復讐に明け暮れる日々を過ごし、数年経った頃 レオンは再び宿敵と遭遇し、レオンの”最強の魔法”で両親の敵を討つ そこで囚われていた”ある少女”と出会い、レオンは決心する事になる 『もう誰も悲しまない世界を‥‥俺のような者を創らない世界を‥‥』 そしてレオンは少女を最初の仲間に加え、ある組織と対立する為に自らの組織を結成する その組織とは、数年後に世界の大罪人と呼ばれ、世界から軍から追われる最悪の組織へと名を轟かせる 大切な人を守ろうとすればする程に、人々から恨まれ憎まれる負の連鎖 最強の力を手に入れたレオンは正体を隠し、最強の配下達を連れて世界の裏で暗躍する 誰も悲しまない世界を夢見て‥‥‥レオンは世界を相手にその力を奮うのだった。              恐縮ながら少しでも観てもらえると嬉しいです なろう様カクヨム様にも投稿していますのでよろしくお願いします

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

処理中です...