元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした

まどぎわ

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第4話 勇者、在りし日の己を顧みる

〜2〜

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 メインストリートの中心にある噴水広場に来て、ようやくニーアは俺の腕を離した。
 ニーアが振り返って俺の正面に立つと、噴水から散った水飛沫でエメラルドの瞳が鋭く光る。
 俺が街で騒ぎを起こした事に文句があるのだろうが、俺も街で買い物をする権利があるはずだ。しかし、ニーアは俺に向かってぺこりと頭を下げた。

「私の友人が失礼をしたみたいで、申し訳ございませんでした」

 基本的人権を声高に主張しようとしていた俺は、拍子抜けして「別にいい」とだけ応えた。
 それを聞いたニーアは髪を揺らして頭を上げる。俺に許してもらえた事に安心するように小さく息を漏らした。

 さっきまでニーアは俺の代わりに市民と親友に謝罪して、今度は親友の代わりに俺に頭を下げている。ストレスが胃に来る年齢だった前世の俺だったら、トイレでそのまま吐いているところだ。
 ニーアは街ではこの調子だし、事務所ではリリーナの介護をしているし、家では妹弟の面倒をみるいい娘だし。それで俺にチクチク小言を言うだけで耐えているんだから、元凶の俺が言えることではないが、ニーアの胃壁の具合が心配だ。

「でも、気を付けてください。あの子、父親譲りですぐに手が出るんです」

 肉屋の遺伝子は、血の気が多い。
 俺はチコリにホウキで突かれた肩を抑えた。俺は勇者だし、肉体年齢はニーアと同じに見えても精神年齢は前世から引き継いでずっと年上だし、この程度でまさか怒ったりしないけれど、絶対、大きな青痣になっている。全治2週間くらい。
 多分チコリは知らないだろうが、あの肉屋の屋根を直してやったのは俺だ。今度請求書でも送り付けてやろう。

「もちろん、勇者様がチコリに負けるはずないですけど……」

「市民と殴り合いのケンカなんかできない」

「ですよね!」

 ニーアはパン屋の紙袋を探って、黒苺のジャムパンを出して俺に渡した。
 噴水広場に並んでいるベンチにニーアと腰かけて一時休憩をする。

 メインストリートを歩いているのは観光客が多い。悪い意味で街で評判の勇者に気付く人も少なく、俺に向けられる冷たい視線もやや少ない。
 街付の勇者の俺よりも、観光客の方が街に馴染んでいるのはどういうことだ。

 久々の晴天に、噴水の周りでは大道芸人や吟遊詩人が、旅行先で気が大きくなっている観光客の小銭を狙っていた。
 5体のマリオネットを同時に動かす大道芸が終わって剽軽な音楽が途絶えると、吟遊詩人の小型ハープの音と歌声が聞こえて来た。
 声の大きさもリズムもデタラメで途切れ途切れの歌だが、その足者に置いてあるフェルトの帽子にはそこそこお金が溜まっていて、羨ましい。

「チコリは、何故か勇者が嫌いなんです」

「親の教育が悪いんだろ」

「そんな事、言わないでくださいよ」

 ニーアが俺の機嫌を取るように2個目のジャムパンを差し出して来て、俺は一応受け取った。パンは合格点だが、中のジャムはニーアが作ったものの方が美味しい。

「でも、本当にどうしてでしょう。勇者様の輝かしい活躍の数々を、ニーアがいつも教えてるのに……」

 ニーアは「親友の気持ちが全くわからない」とでもいうように、寂しさと戸惑いが混ざった表情を浮かべている。

 俺は、チコリが何故勇者を嫌いになったのか、概ね理解できた。
 俺がニーアの中の勇者像を押し付けられているのと同じように、チコリもニーアの被害者らしい。
 俺はまだ深刻な被害は受けていない。でも、チコリは幼い頃から付き合わされて、それでもニーアの親友なんだから、たとえホウキで人を殴る暴力女だとしても、なんて良い子なんだ。
 
 俺の感動を余所に、ジャムパンを握っていたニーアは覚悟を決めた顔で呟いた。

「ブロマイドがあれば、チコリも勇者の素晴らしさに気付きますかね?」

「何故そうなる」

「だって、御顔と御名前がわかるようになれば、絶対好きになると思いませんか?」

 前世で地下アイドルを推される時に度々聞いたセリフだ。まさか現世でも聞くとは思わなかった。
 「顔と名前だけ!顔と名前だけ覚えて!このCDあげるから!」と言われて押し付けられた未開封のCDが埃を被ってアパートに何枚もあった。まさか、俺と一緒に棺桶に入って火葬されたりしていないだろうな。
 その洗脳にも近い推し方でファンになる可能性があるのは、相手が無垢な時だけだ。既に勇者を嫌いになったチコリには、何をやっても嫌がらせにしかならない。

「ニーアの保存用のがあるので。最終手段として、それをあげようかと!」

「それは保存しておけ」

 俺は膝の上のパン屑を払いながらベンチから立ち上がった。ニーアも俺の後に続いて歩き出したが、「チコリのためなら……」とまだ思い詰めた顔をしている。

『おや、財布、落としたよ』

 数歩歩いたところで後ろから声が聞こえて、俺は足を止めて振り返った。
 訳あって、俺の財布に金はあまり入っていないが、貴重な国税の一部だ。地面に金をばら撒いて市民に施してやるほど、裕福な暮らしはしていない。
 しかし、俺の後ろに財布は落ちていないし、マントの上から確かめると、服の内ポケットに財布はちゃんと入っている。

 俺が足を止めたせいで、後ろを歩いていたニーアが俺の背中にぶつかった。ニーアが持っていたパンの紙袋が俺の背中でぐしゃりと潰れて、ニーアが悲鳴を上げる。

「あー……!どうしたんですか?」

「俺じゃなかった」

「何がです?」

「財布」

「財布?」

 広場にいた人間なら皆聞いていたはずなのに、ニーアは俺の背中よりも潰れた紙袋の方を気遣いながら不思議そうな顔をしていた。大方、ブロマイドをチコリに渡すか渡さないかで頭がいっぱいで聞いていなかったのだろう。
 俺は「何でもない」と先に行こうとしたが、流れていたハープの音が止まる。
 ベンチでそれを弾いていた吟遊詩人が立ち上がった。

『やあ、見つけた』

 ニーアは、彼が俺達に何か話しかけているらしいと気付いて、「どうしましたか?」とトルプヴァールの言葉で返した。
 観光地で国境沿いの街だけあって、ホーリア市の住民は隣国の言葉を日常会話程度なら話せる。

 しかし、彼が話しているのはヴィルドルクの近隣国の言語ではない。この世界に、存在しないはずの言語だ。

『君は、イナムだね』

 彼の言っている意味は理解できなかったが、その言語はわかった。
 間違いなく日本語だ。
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