元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした

まどぎわ

文字の大きさ
上 下
12 / 254
第2話 勇者、分業制を提案する

〜4〜

しおりを挟む
「まず、お名前をお願いします」

「白魔術師、リリーナです」

 ニーアに問われて、椅子に腰掛けた志望者、リリーナははきはきと答えた。
 服も髪もペンキで塗り潰したような白で、会議室の壁に紛れて見えなくなりそうだった。肌は更に透き通るように白く、青い目だけが雨上がりの丸い水溜りのように光っている。

「では、勇者の仲間を志望した理由を簡単に教えてください」

「はい。以前から自分が住んでいる街のために働きたいと考えていました。勇者と共に街を守る仕事は、私の魔術が最大限に発揮できるのではないかと思い、志望しています」

 ニーアの問いにリリーナが明朗に答え、面接は滞りなく進んでいた。

 まさか、志望者が来るとは思っていなかった。
 俺は面接の質問なんて1つも考えていなかったけれど、ニーアはそれも想定済みだったらしい。俺の代わりにリリーナが持って来た履歴書に目を通しながら質問を進めている。

 有能なニーアが俺の仲間で良かった。ニーアがもしも俺の敵、例えば副市長側に付いたら、俺の無給時間外労働は今でも続いていただろう。
 全ての勇者に好意的なニーアに感謝しつつ、俺は人生の些細な疑問を考えながら2人のやり取りに神妙な面持ちで深く頷いていた。

 ニーアの履歴書の文字を追う視線が、一瞬止まる。

「この住所……お家はもしかして、ホテル・アルニカですか?」

「はい、私の父がオーナーをしています」

「……もしかして、3番目の娘さん……」

 言い澱んだニーアは、リリーナから隠れて俺に視線を送った。俺はそのホテルの名前を聞いた事がないが、気になることでもあったのだろうか。
 しかし、俺が尋ねる前に、ニーアは気を取り直して履歴書に視線を戻してリリーナへの質問を続ける。

「魔術はどこで学ばれましたか?」

「基礎は両親から学びました。国家認定魔術師資格は、アムジュネマニス・ゴルゾナフィール国のモルフィルタス・ベラドーナ・ハリュリリュードコス学園で取得しました」

 聞いた事がある学校の名前に、俺は崩れかけていた姿勢を正した。

 アムジュネマニス・ゴルゾナフィール国、モルフィルタス・ベラドーナ・ハリュリリュードコス学園。通称モベドス。
 魔術師の魔術師による魔術師のための学校。生徒の選定には何よりも血筋を重視していて、箱入りの御子息御令嬢のための学校として有名だ。
 入学するには親が魔術師であることは必須条件。更に、魔法が全く使えない人間「退魔の子」が血筋に1人でもいると、両親が著名な魔術師であっても、学院にいくら金を積んでも、入学を拒否されると聞いた事がある。
 勇者養成学校の魔術教師は概ねモベドス卒業生だったし、歴史に裏付けされた信用と実力があるモべドスの生徒と繋がりを作っておけば卒業後も有利だから、合コンのようなものをセッティングするために生徒たちは人脈を駆使していた。

 そんなことをしているから、俺が2年で卒業したのに5年も10年もかかるんだ。

 しかし、こんな片田舎にモベドスの魔術師がいて、その上勇者の仲間になるために採用面接に来てくれるとは到底信じられない。
 見た目は美人だし話し方も就活生のお手本のようなリリーナだが、嘘をついている可能性がある。
 就職の面接とは、脚本演出自分の自分役を演じる舞台だ。だから俺の前世では、世の中のサークルの数よりサークルリーダーが溢れていた。

 『……我、今ここに宣言する』

 俺は面接を続ける2人に聞こえないように高度魔術の発動条件を唱えて、リリーナの思考を覗いた。

 今までのリリーナの話に嘘は無い。
 名前も住所も、学歴も、リリーナの言葉と履歴書に書かれている通りだ。
 強いて言うなら、志望動機で言っていた「街を守りたいから」は17位くらいの理由で、1位は「金が欲しいから」。
 その方が逆に信用できる。もし本当に街を守りたくて俺の下で働こうとしているのなら、俺が言う事じゃないけれど、別の職場を探した方がいい。
 2位は「住み込みで働けるから」。俺は職場からは可能な限り離れたいと前世で考えていたから、その志望動機は理解不能だ。しかし、通勤が面倒とか、住み込みに憧れるとかだろうから、それ以上は覗かなかった。
 そして、3位は……

「うわッ!」

 それ以上覗こうとして、俺の魔術が強制遮断される。
 リリーナの思考から大砲で打ち出されるように激しく追い出されて、思わず体も動いて椅子が音を立てた。

「勇者様……居眠りだけは、止めてくれますか?」

 俺が魔術を発動していた事に気付いていないニーアは、俺がジャーキング、寝ている時にビクッってなるヤツ、で1人で騒いでいると思ったらしく、冷たい目を俺に向けてきた。
 採用面接中に寝る不真面目な人間だと思われると、今後のニーアとの付き合いにヒビが入る。後で必ずこの誤解を解いておこう。

「失礼いたしました」

 全て理解しているらしいリリーナは、俺と目が合うと柔らかな笑み浮かべたまま、一言だけそう言った。


 +++++


 リリーナに一旦廊下に出てもらい、俺とニーアは合否を決めるために相談を始めた。しかし、俺の中でリリーナの合格は既に決定している。

「優秀じゃないか。モベドスだぞ」

「もべ……?」

 リリーナは、俺の魔術に気付いていながら、好きに覗かせていたようだ。戦争中の敵国でもないのに、あそこまで暴力的に遮断しなくてもいい思うが、人の思考を読む魔術は禁術だ。見るべき物は見ただろうと、追い出したわけだ。
 勇者である俺が、発動を悟られないように何重にも防御膜に包みながら発動したのに、ニーアの質問に答えながら俺の術に気付いて反撃してくるとは。流石モベドスの卒業生、期待以上だ。

「お話を聞く限りでは優秀な方のようですね……その……少々家業手伝いの期間が長いようですが……」

「家がホテルって言ってたよな。何かあるのか?」

「ホテル・アルニカは、9thストリートの奥にある魔術師が観光で滞在するときに使われる屋敷です」

 履歴書には、モベドスを卒業した後から現在まで、家業手伝いと書かれている。あそこを卒業しておきながら魔術を活かさないのは勿体ないが、家が仕事をしているなら仕方ないのかもしれない。

「10年くらい前から9thストリートは魔術師専用みたいになっているんです。観光客ばかりで人の出入りが激しくて、よくトラブルになっています」

 それなら、市職員のニーアにとっても悪い話では無いはず。
 市とトラブルになっている集団の1人を仲間に引き込めば、今後のトラブル対応が上手くいく。俺はホーリア市と関係ない国の人間だから、仲介に立ってやってもいい。とにかく、モベドス卒は仲間に入れておいて損は無い。
 俺がそう言うと、ニーアはまだ何か言いたげな顔をしていたが、諦めたように頷く。それで、リリーナの合格が決定した。
 俺が廊下に出ると、椅子に座っていたリリーナが気付いて立ち上がり、靴のヒールを鳴らして俺の前に直立する。

「採用」

 俺の言葉にリリーナの顔がぱっと明るくなって、白い頬が僅かに桃色に変わった。

「ありがとうございます!私、頑張ります!」

 モベドス卒が仲間に入り、俺は今後の勇者業の成功を確信していた。けれど、ニーアが「ニーア、知ーらない」と小さく呟いたのが少し気がかりだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界に召喚されたぼっちはフェードアウトして農村に住み着く〜農耕神の手は救世主だった件〜

ルーシャオ
ファンタジー
林間学校の最中突然異世界に召喚された中学生の少年少女三十二人。沼間カツキもその一人だが、自分に与えられた祝福がまるで非戦闘職だと分かるとすみやかにフェードアウトした。『農耕神の手』でどうやって魔王を倒せと言うのか、クラスメイトの士気を挫く前に兵士の手引きで抜け出し、農村に匿われることに。 ところが、異世界について知っていくうちに、カツキは『農耕神の手』の力で目に見えない危機を発見して、対処せざるを得ないことに。一方でクラスメイトたちは意気揚々と魔王討伐に向かっていた。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

【幸せスキル】は蜜の味 ハイハイしてたらレベルアップ

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアーリー 不慮な事故で死んでしまった僕は転生することになりました 今度は幸せになってほしいという事でチートな能力を神様から授った まさかの転生という事でチートを駆使して暮らしていきたいと思います ーーーー 間違い召喚3巻発売記念として投稿いたします アーリーは間違い召喚と同じ時期に生まれた作品です 読んでいただけると嬉しいです 23話で一時終了となります

その幼女、最強にして最恐なり~転生したら幼女な俺は異世界で生きてく~

たま(恥晒)
ファンタジー
※作者都合により打ち切りとさせて頂きました。新作12/1より!! 猫刄 紅羽 年齢:18 性別:男 身長:146cm 容姿:幼女 声変わり:まだ 利き手:左 死因:神のミス 神のミス(うっかり)で死んだ紅羽は、チートを携えてファンタジー世界に転生する事に。 しかしながら、またもや今度は違う神のミス(ミス?)で転生後は正真正銘の幼女(超絶可愛い ※見た目はほぼ変わってない)になる。 更に転生した世界は1度国々が発展し過ぎて滅んだ世界で!? そんな世界で紅羽はどう過ごして行くのか... 的な感じです。

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。 しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。 『ハズレスキルだ!』 同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。 そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』

処理中です...