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第2話 勇者、分業制を提案する
〜3〜
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この世界における「魔法」と「魔術」はほぼ同義だが、その目的と難易度に違いがある。
一般的に道具として使われるのが魔法で、限られた者だけが専門的に習得するのが魔術。
数学で例えると、0~9の四則演算で、日常生活を送る上で知っておいた方が便利なのが魔法。Σとか∫とか、数字よりも記号が多くなり、「これって社会に出ても使わなくね?」とついて行けなくなった学生が勉強を放棄するのが魔術。
魔法剣士のニーアは、一般的な魔法を使えるから魔法使いでもある。そこから専門的に学び、更に好みによって治癒と修復の白魔術とか破壊と災厄の黒魔術を選んだ者が魔術師に就く。
俺は勇者だから、黒でも白でも灰色でも、巷の魔術師レベルには達している。
ニーアが言うように、家の修理も怪我人の治療も俺が自分でやれば早いが、白魔術師がいるとクリーンなイメージを持ってもらえるので勇者のパーティーに1人は雇用した方がいい。というのが、養成学校で言い伝えられている教えだ。
+++++
「来ませんねぇ……」
朝から姿勢よく座っていたニーアは、退屈に押し潰されたような声を出した。
市庁舎1階の会議室。ドアから真正面に置いた長机に俺とニーアが並んで座り、その正面に1つ、志望者用の椅子を出している。
今日で3日目、まだ誰もそこに腰掛けていない。
俺は前世で似たような受付仕事を押し付けられる機会が多かった。休日出勤してくれる使い勝手の良い奴なら馬鹿でも務まるからだ。
こういう時の時間の潰し方は慣れている。周りからサボっていると思われないように、姿勢だけ固めて、手元の資料に目線を落とし、頭の中で人生の些細な疑問(例・庭から石油が出たらどうやって大家から隠すか)を考えられるようになれば楽勝だ。
しかし、今は俺の仕事ぶりに目を光らせている市民はいない。机に手入れ道具を広げて剣の整備をしていた。
「採用は、どうやって決めるんですか?」
ニーアはさっきから、ちらちらと横目で勇者の剣を気にしている。
生体認証機能が付いていて、本人以外が握ると暴走するから勝手に触るな、とニーアに釘をさしているが、鼻で笑われたからおそらく嘘だとバレている。
「筆記試験、集団面接2回、最終に個人面接」
「現時点で志望者ゼロなので、そこまで絞る必要無いと思います」
ニーアは大きな溜息と一緒にそう言った。
しかし、俺が屋根を修理した礼に、ニーアの同期のウラガノが知り合いに声を掛けてみると言っていた。ニーアが言うには、ウラガノは最近引っ越して来て、8年ほどホーリアに住んでいるらしい。ホーリアは、住民同士が皆顔見知りの小さな街だ。白魔術師の1人や2人、知り合いにいるだろう。
関係無いが、8年を最近と言い表すニーアの土着の思考回路は、俺の前世の職を思い出すから何となく嫌だ。
「白魔術師なら誰でもいいですか?」
「素行が悪いのはダメだ。服装が乱れてるのとか、派手な髪色してるのとか」
「派手な髪色、とは?」
「……」
光が当たると宝石のように透き通って見える赤毛のニーアが、首を傾げる。
この世界の生き物は、12色色鉛筆では間に合わないくらいカラフルで鮮やかな髪や肌をしている。それでも地毛が好きな色と違うから染めている奴もいて、一般的に正しいと言える髪色がわからない。
人権侵害だとか騒がれると厄介だから、それに関しては前世の就活マナーを忘れることにした。
「あとは、言葉遣いとかだな」
「なるほど」
ニーアは頷いて、俺の採用方針に一応納得したらしい。
俺は人事の経験が無く、前世の就職活動では落とされてばかりだったから、採用試験には少し興味がある。
どんな相手からも長所を見つけ出し、将来性を見抜くのが、「人を見る目がある」ということだ。だから、俺は訴訟一歩手前の圧迫面接や、「自分を動物に例えると?」なんて暇な休み時間の心理テストのような質問はしない。
規定の人数を選ぶのではない。俺の信念に本気で付いて来てくれる奴を社会から見つける。それが採用試験だ。
まぁしかし、受験者が誰もいないから、そんな熱くなっても仕方ないが。
「勇者様、もしかして、誰も来なくてもいいとか、考えていませんか?」
俺が読み捨てた魔術書を捲っていたニーアが、静かに尋ねてきた。
「事務所にいるより、仲間を集めているフリをしている方が仕事をしているとアピールできるから、無駄だとわかっていてやっていませんか?」
沈黙が、会議室の時を止める。
剣を磨く俺の手も、電撃に撃たれたように固まった。
この不自然に空いてしまった間を埋めるために、何か言わなくては。
「ニーア」
「はい」
「ニーアは、本当に、優秀だな」
「どうして、今褒めたんですか?」
ニーアの緑の目が俺を横から貫いてくる。喉を食い千切ろうと狙う蛇のような視線に耐えて、剣の整備を続けようとした。
「失礼します」
その時、俺を救うかのように、会議室の入り口から1人の女の子が顔を覗かせた。
真っ白の長い髪を後ろでまとめて1つに結わえている。
髪型、合格。
皺の無いジャケットと膝下丈のタイトスカート。色はどちらも白だが、俺の記憶にあるリクルートスーツのような服を着ている。
服装、合格。
会議室に俺とニーアしかいないのを見て少し不安そうな表情を浮かべつつも、深くお辞儀をしてから中に入り、俺とニーアに書類を一枚差し出した。
「採用試験の会場は、ここで間違いないですか?」
手書きの履歴書、合格。
一般的に道具として使われるのが魔法で、限られた者だけが専門的に習得するのが魔術。
数学で例えると、0~9の四則演算で、日常生活を送る上で知っておいた方が便利なのが魔法。Σとか∫とか、数字よりも記号が多くなり、「これって社会に出ても使わなくね?」とついて行けなくなった学生が勉強を放棄するのが魔術。
魔法剣士のニーアは、一般的な魔法を使えるから魔法使いでもある。そこから専門的に学び、更に好みによって治癒と修復の白魔術とか破壊と災厄の黒魔術を選んだ者が魔術師に就く。
俺は勇者だから、黒でも白でも灰色でも、巷の魔術師レベルには達している。
ニーアが言うように、家の修理も怪我人の治療も俺が自分でやれば早いが、白魔術師がいるとクリーンなイメージを持ってもらえるので勇者のパーティーに1人は雇用した方がいい。というのが、養成学校で言い伝えられている教えだ。
+++++
「来ませんねぇ……」
朝から姿勢よく座っていたニーアは、退屈に押し潰されたような声を出した。
市庁舎1階の会議室。ドアから真正面に置いた長机に俺とニーアが並んで座り、その正面に1つ、志望者用の椅子を出している。
今日で3日目、まだ誰もそこに腰掛けていない。
俺は前世で似たような受付仕事を押し付けられる機会が多かった。休日出勤してくれる使い勝手の良い奴なら馬鹿でも務まるからだ。
こういう時の時間の潰し方は慣れている。周りからサボっていると思われないように、姿勢だけ固めて、手元の資料に目線を落とし、頭の中で人生の些細な疑問(例・庭から石油が出たらどうやって大家から隠すか)を考えられるようになれば楽勝だ。
しかし、今は俺の仕事ぶりに目を光らせている市民はいない。机に手入れ道具を広げて剣の整備をしていた。
「採用は、どうやって決めるんですか?」
ニーアはさっきから、ちらちらと横目で勇者の剣を気にしている。
生体認証機能が付いていて、本人以外が握ると暴走するから勝手に触るな、とニーアに釘をさしているが、鼻で笑われたからおそらく嘘だとバレている。
「筆記試験、集団面接2回、最終に個人面接」
「現時点で志望者ゼロなので、そこまで絞る必要無いと思います」
ニーアは大きな溜息と一緒にそう言った。
しかし、俺が屋根を修理した礼に、ニーアの同期のウラガノが知り合いに声を掛けてみると言っていた。ニーアが言うには、ウラガノは最近引っ越して来て、8年ほどホーリアに住んでいるらしい。ホーリアは、住民同士が皆顔見知りの小さな街だ。白魔術師の1人や2人、知り合いにいるだろう。
関係無いが、8年を最近と言い表すニーアの土着の思考回路は、俺の前世の職を思い出すから何となく嫌だ。
「白魔術師なら誰でもいいですか?」
「素行が悪いのはダメだ。服装が乱れてるのとか、派手な髪色してるのとか」
「派手な髪色、とは?」
「……」
光が当たると宝石のように透き通って見える赤毛のニーアが、首を傾げる。
この世界の生き物は、12色色鉛筆では間に合わないくらいカラフルで鮮やかな髪や肌をしている。それでも地毛が好きな色と違うから染めている奴もいて、一般的に正しいと言える髪色がわからない。
人権侵害だとか騒がれると厄介だから、それに関しては前世の就活マナーを忘れることにした。
「あとは、言葉遣いとかだな」
「なるほど」
ニーアは頷いて、俺の採用方針に一応納得したらしい。
俺は人事の経験が無く、前世の就職活動では落とされてばかりだったから、採用試験には少し興味がある。
どんな相手からも長所を見つけ出し、将来性を見抜くのが、「人を見る目がある」ということだ。だから、俺は訴訟一歩手前の圧迫面接や、「自分を動物に例えると?」なんて暇な休み時間の心理テストのような質問はしない。
規定の人数を選ぶのではない。俺の信念に本気で付いて来てくれる奴を社会から見つける。それが採用試験だ。
まぁしかし、受験者が誰もいないから、そんな熱くなっても仕方ないが。
「勇者様、もしかして、誰も来なくてもいいとか、考えていませんか?」
俺が読み捨てた魔術書を捲っていたニーアが、静かに尋ねてきた。
「事務所にいるより、仲間を集めているフリをしている方が仕事をしているとアピールできるから、無駄だとわかっていてやっていませんか?」
沈黙が、会議室の時を止める。
剣を磨く俺の手も、電撃に撃たれたように固まった。
この不自然に空いてしまった間を埋めるために、何か言わなくては。
「ニーア」
「はい」
「ニーアは、本当に、優秀だな」
「どうして、今褒めたんですか?」
ニーアの緑の目が俺を横から貫いてくる。喉を食い千切ろうと狙う蛇のような視線に耐えて、剣の整備を続けようとした。
「失礼します」
その時、俺を救うかのように、会議室の入り口から1人の女の子が顔を覗かせた。
真っ白の長い髪を後ろでまとめて1つに結わえている。
髪型、合格。
皺の無いジャケットと膝下丈のタイトスカート。色はどちらも白だが、俺の記憶にあるリクルートスーツのような服を着ている。
服装、合格。
会議室に俺とニーアしかいないのを見て少し不安そうな表情を浮かべつつも、深くお辞儀をしてから中に入り、俺とニーアに書類を一枚差し出した。
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手書きの履歴書、合格。
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