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第2話 勇者、分業制を提案する
〜2〜
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採用試験をしたいから、会場を貸してくれ。
副市長にそう言うと、引き攣った顔で「今度は何を企んでいるんだ?!」と叫ばれた。
そのくだりは、もうやっただろうが。
+++++
そうして副市長は、市庁舎の中の会議室を快く貸してくれた。
一昨日から街に求人ポスターを貼って待っているが、今のところ収穫は無い。
「今日こそ、誰か来てくれますかね……」
事務所から市庁舎に向かう途中、ニーアは街の壁に貼った求人ポスターを見て溜息をついた。
地元の人間と長期滞在する観光客が利用する商店が並ぶ1番街や2番街に貼ったから、人目には付いているはずだ。
「勇者と一緒に働く仲間を募集しています」と太字で書いたポスターには、具体的な仕事内容は書いていない。俺の職務放棄の後始末が主な仕事だから、書かない方が正解だ。
この世界にはワードアートもフリーいらすとで有名なサイトもない。前世の仕事で散々使っていたから、何の思い入れも無いけれど心に隙間が空いたような寂しさがある。
代わりにニーアがポスターに描いたイラストは可愛いが、俺に似ても似つかない筋骨隆々の人物は、誰だ?
「ポスターに白魔術師限定って書いたのが悪かったんですかね?黒魔術師もたくさんいますから」
「黒魔術師に来られてもなぁ……」
「でも、頼めば転向してくれたりしますよ」
「まぁ、そうだけど」
魔術師は、能力の高さ故、頭が固くてプライドが高い奴が多い。だから白魔術師と黒魔術師は、互いの主義を否定して殺伐としている、とよく勘違いされるが、別にそうでもない。
「お前、黒なの?マジ?俺も気になってたんだけど、機会が無かったんだよなぁ。じゃあ、俺も今日から黒にするわ」といった会話を首都で聞いたことがあるから、ウィンタースポーツはスキーかスノボかくらいの、好みの問題だと思う。
「今日も誰も来なかったら、『黒白問わず』って書き直してもいいですか?」
ニーアに聞かれて、ニーアが作ったポスターだから好きにしてくれ、と俺は頷いた。
「ついでに、『※履歴書持参』っていうの消していいですか?」
それは必要だ。手書き履歴書文化が未だにある世界の一国で根付いている理由を説明しようとしたが、上から「ニーア」と呼ぶ声が聞こえて、ニーアは背後の商店の屋根の上を見上げた。
「ニーア、何してんだ?」
「あ、お疲れ様です」
2階建て屋根の上に、市の作業着を着た男が立っている。ニーアが職場の同期だと教えてくれたその男は、梯子を使って地面に下りて来ると、俺を見て「おぉ、勇者だ」と小声で言った。
「市職員のウラガノです。どうも、よろしく」
こいつが副市長の手先の可能性があるが、ニーアより少し年上くらいの若い職員だから大した権力は持っていないはずだ。俺は差し出されたウラガノの右手を握って、握手を交わした。
ウラガノは俺と手を離すと、ニーアの肩を抱えて俺に聞こえないようにニーアに囁く。
「……勇者って、案外普通だな」
「街付の勇者は、見た目はそんなに厳つくないですよ」
「でも、ニーアだって『なんか違くない?』って言ってただろ」
「しっ!馬鹿……ッ!……それで!上で何やってたんですか?」
「ああ、あの屋根の修理」
ニーアに尋ねられて、ウラガノは今まで登っていた屋根を指差す。屋根の下に『肉屋』の看板が掛かっていて、店先に商品が並んでいて、間違いなく肉屋だ。
だからどうという訳では無いが、俺は顔が見えないように着ていたマントのフードを深く被って、ニーアの後ろに隠れた。
「魔獣に壊されたんだってさ。ここの主人は修理失敗して足を怪我したから、頼まれたんだよ」
前に市内放送でそんな微笑ましいエピソードを聞いたが、あれは肉屋の主人の事だったのか。
魔獣に襲われるし足は怪我をするし、踏んだり蹴ったりで流石に哀れだ。
しかし、噂によると俺をあんなに恨んでいるのは「勇者が来るなら魔獣を討伐するから、商品が増えて店の売り上げがアップ!!」と勝手に期待して、店を増築して負債を抱えたからだと言う。見通しの甘い肉屋が悪い。
「取り敢えず雨漏りだけ何とかしようと思ったんだけど、俺じゃ上手くいかなくてさぁ」
「あー……派手に壊れてますねぇ……」
「店の主人が魔獣と屋根の上で格闘したんだって。大工に頼んでも、しばらく忙しいから無理って言われるし」
「うーん……あそこまで破壊されてると、私の魔法でもちょっと難しいです」
「だよな、呼び止めて悪かったよ……あ、もしかして、勇者様なら、これぐらい簡単に出来るかんじですか?」
ちょっとした興味から聞いてみました、といった様子でウラガノに話を振られて、俺は聞こえないフリをした。
俺の魔術なら屋根の修理どころか新築に建て替えることだって可能だが、この状況で「簡単に出来ますよ。じゃあ頑張ってください」と立ち去れるはずが無い。
だからといって一度引き受けてしまうと、屋根の修理が勇者の仕事だと市民に思われてしまう。
1番街の誰々が「他の家の屋根を修理していたのに、私の家はやってくれない。市民対応に差が生じているのではないでしょうか?」と市内放送に投書するのも時間の問題だ。
白魔術師が仲間になったら、いくらでもそいつがやってくれる。
早く採用試験会場に向かおうとしたが、俺が頼んでもいないのにニーアが胸を張って代わりに答えてくれた。
「当たり前じゃないですか。だって勇者様ですよ!その程度、朝飯前です!」
ウラガノは待ってましたとばかりに、「それなら、ま、頼んますわ」と片手を上げて軽く頭を下げて、俺に梯子までの道を空けてくれる。
俺はやるなんて言ってないし、俺を嫌っている市民のために労力を割きたくない。
が、それを街中で公言できるほど馬鹿ではない。
副市長にそう言うと、引き攣った顔で「今度は何を企んでいるんだ?!」と叫ばれた。
そのくだりは、もうやっただろうが。
+++++
そうして副市長は、市庁舎の中の会議室を快く貸してくれた。
一昨日から街に求人ポスターを貼って待っているが、今のところ収穫は無い。
「今日こそ、誰か来てくれますかね……」
事務所から市庁舎に向かう途中、ニーアは街の壁に貼った求人ポスターを見て溜息をついた。
地元の人間と長期滞在する観光客が利用する商店が並ぶ1番街や2番街に貼ったから、人目には付いているはずだ。
「勇者と一緒に働く仲間を募集しています」と太字で書いたポスターには、具体的な仕事内容は書いていない。俺の職務放棄の後始末が主な仕事だから、書かない方が正解だ。
この世界にはワードアートもフリーいらすとで有名なサイトもない。前世の仕事で散々使っていたから、何の思い入れも無いけれど心に隙間が空いたような寂しさがある。
代わりにニーアがポスターに描いたイラストは可愛いが、俺に似ても似つかない筋骨隆々の人物は、誰だ?
「ポスターに白魔術師限定って書いたのが悪かったんですかね?黒魔術師もたくさんいますから」
「黒魔術師に来られてもなぁ……」
「でも、頼めば転向してくれたりしますよ」
「まぁ、そうだけど」
魔術師は、能力の高さ故、頭が固くてプライドが高い奴が多い。だから白魔術師と黒魔術師は、互いの主義を否定して殺伐としている、とよく勘違いされるが、別にそうでもない。
「お前、黒なの?マジ?俺も気になってたんだけど、機会が無かったんだよなぁ。じゃあ、俺も今日から黒にするわ」といった会話を首都で聞いたことがあるから、ウィンタースポーツはスキーかスノボかくらいの、好みの問題だと思う。
「今日も誰も来なかったら、『黒白問わず』って書き直してもいいですか?」
ニーアに聞かれて、ニーアが作ったポスターだから好きにしてくれ、と俺は頷いた。
「ついでに、『※履歴書持参』っていうの消していいですか?」
それは必要だ。手書き履歴書文化が未だにある世界の一国で根付いている理由を説明しようとしたが、上から「ニーア」と呼ぶ声が聞こえて、ニーアは背後の商店の屋根の上を見上げた。
「ニーア、何してんだ?」
「あ、お疲れ様です」
2階建て屋根の上に、市の作業着を着た男が立っている。ニーアが職場の同期だと教えてくれたその男は、梯子を使って地面に下りて来ると、俺を見て「おぉ、勇者だ」と小声で言った。
「市職員のウラガノです。どうも、よろしく」
こいつが副市長の手先の可能性があるが、ニーアより少し年上くらいの若い職員だから大した権力は持っていないはずだ。俺は差し出されたウラガノの右手を握って、握手を交わした。
ウラガノは俺と手を離すと、ニーアの肩を抱えて俺に聞こえないようにニーアに囁く。
「……勇者って、案外普通だな」
「街付の勇者は、見た目はそんなに厳つくないですよ」
「でも、ニーアだって『なんか違くない?』って言ってただろ」
「しっ!馬鹿……ッ!……それで!上で何やってたんですか?」
「ああ、あの屋根の修理」
ニーアに尋ねられて、ウラガノは今まで登っていた屋根を指差す。屋根の下に『肉屋』の看板が掛かっていて、店先に商品が並んでいて、間違いなく肉屋だ。
だからどうという訳では無いが、俺は顔が見えないように着ていたマントのフードを深く被って、ニーアの後ろに隠れた。
「魔獣に壊されたんだってさ。ここの主人は修理失敗して足を怪我したから、頼まれたんだよ」
前に市内放送でそんな微笑ましいエピソードを聞いたが、あれは肉屋の主人の事だったのか。
魔獣に襲われるし足は怪我をするし、踏んだり蹴ったりで流石に哀れだ。
しかし、噂によると俺をあんなに恨んでいるのは「勇者が来るなら魔獣を討伐するから、商品が増えて店の売り上げがアップ!!」と勝手に期待して、店を増築して負債を抱えたからだと言う。見通しの甘い肉屋が悪い。
「取り敢えず雨漏りだけ何とかしようと思ったんだけど、俺じゃ上手くいかなくてさぁ」
「あー……派手に壊れてますねぇ……」
「店の主人が魔獣と屋根の上で格闘したんだって。大工に頼んでも、しばらく忙しいから無理って言われるし」
「うーん……あそこまで破壊されてると、私の魔法でもちょっと難しいです」
「だよな、呼び止めて悪かったよ……あ、もしかして、勇者様なら、これぐらい簡単に出来るかんじですか?」
ちょっとした興味から聞いてみました、といった様子でウラガノに話を振られて、俺は聞こえないフリをした。
俺の魔術なら屋根の修理どころか新築に建て替えることだって可能だが、この状況で「簡単に出来ますよ。じゃあ頑張ってください」と立ち去れるはずが無い。
だからといって一度引き受けてしまうと、屋根の修理が勇者の仕事だと市民に思われてしまう。
1番街の誰々が「他の家の屋根を修理していたのに、私の家はやってくれない。市民対応に差が生じているのではないでしょうか?」と市内放送に投書するのも時間の問題だ。
白魔術師が仲間になったら、いくらでもそいつがやってくれる。
早く採用試験会場に向かおうとしたが、俺が頼んでもいないのにニーアが胸を張って代わりに答えてくれた。
「当たり前じゃないですか。だって勇者様ですよ!その程度、朝飯前です!」
ウラガノは待ってましたとばかりに、「それなら、ま、頼んますわ」と片手を上げて軽く頭を下げて、俺に梯子までの道を空けてくれる。
俺はやるなんて言ってないし、俺を嫌っている市民のために労力を割きたくない。
が、それを街中で公言できるほど馬鹿ではない。
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