爪弾き者の第一王女は敵国の年下王子の妻となる

河合青

文字の大きさ
上 下
46 / 56
2.雪の降る国

14

しおりを挟む
 苦笑を溢したゴーゼルの真意が掴めず、ヴィオレッタは彼を見ないまま眉を潜めた。そもそも彼女はリーゼロッテのことなど知りたいとは思っていない。
「見知らぬ土地の見知らぬ相手に嫁ぐということが、不安でないはずがないとリーゼロッテ様は仰っていたよ。誰でも、そうだと」
 ゴーゼルにそう言い放ったリーゼロッテの微笑みには、欠片の不安も浮かんではいなかった。言葉が真実か、微笑みが真実か、ゴーゼルには知る術もなかったが、リーゼロッテが何故そのように答えたかゴーゼルにはわかってしまった。
 目の前で子供のように拗ねて見せるヴィオレッタ。
 彼女もまた、不安を抱えているのだということをリーゼロッテは暗に示唆していた。
 そして同時に、未だに不安を抱えさせているのは誰の責任か、遠回しに責め立てていた。
「ヴィオラ、私は君に謝らなければならないことがいくつもある」
 突然何を言い出すのかと、ヴィオレッタは訝しむような瞳でゴーゼルを見上げた。いつも微笑みを浮かべている細い瞳が、どうしてか今は普段と違っているような気がした。
「私は君に対して、色々と説明が足りなかった部分が多かったと思う」
「何を言いたいのか、全くわからないのだけれど」
「私たちは夫婦としての努力が足りなかったのだということだ」
 私たち、と一括りにされたことがヴィオレッタの中で引っ掛かり、彼女の瞳が鋭さを増す。少なくとも彼女はゴーゼルの妻となるために努力をしていた時期はあった。
 嫁いだばかりの頃は、幼いながらに眠い目を擦りながら帰りの遅いゴーゼルを待っていた。仕事の話はわからないし、家事が出来るわけでもない。子供の身では社交の場で出来ることもたかが知れている。僅かでも一緒にいる時間を作ることしか、十歳の娘には出来なかったのだ。
 しかし、その気持ちを踏みにじったのは他でもないゴーゼル自身。次第にヴィオレッタは彼を待つことはしなくなり、緩やかの二人の時間はすれ違い始めた。
「私たちが上手くいかないのは全部貴方のせいじゃない……!」
「またそうやって子供じみたことを……」
 そこまでを口にして、ゴーゼルははっと言葉を飲み込む。
 ヴィオレッタは子供じみているのではない。本当の意味で、彼女はまだ子供なのだ。
 普通の十七歳とは違う。十歳という成長の途中で嫁いでしまった彼女は、未熟なまま自分自身を磨き上げる時間を剥奪されてしまったのだ。
「……ゴーゼル?」
 彼が言葉を止めたことが不思議だったのだろう。ヴィオレッタは険しく細められていた瞳を丸くして、ゴーゼルの顔を覗き込むように彼を見上げた。
「今さらと怒るかもしれないが、ヴィオラさえよければこれからはなるべく食事を一緒にしたいと思うんだが」
「え?」
「君さえ良いのなら、だ。ただ、この時間では私も難しいので、少しだけ時間を遅くして欲しいのだけれど」
 思いもよらない提案に、ヴィオレッタは驚き固まってしまう。上手く頭も回らない。この人は何か変なものでも食べてしまったのかと、心配になるくらいだった。
 黙ったままのヴィオレッタの態度を拒絶だと判断し、ゴーゼルは小さく息を吐くと申し訳なさそうに口を開いた。
「信じられないかもしれないが、私は自分の子供の母親となるのはヴィオラ以外にはいないと思っている」
「それは……私が王家の人間だからでしょう?」
「それもあるが……本音としては王家に生まれたせいで、人生を犠牲にして私に嫁いだヴィオラへの敬意と誠意だと思っている」
 敬意と誠意。ヴィオレッタは唇に乗せてその言葉を繰り返す。そんな感情を彼が抱いていたなど、知りもしなかった。
「けれど、君が子供のうちは母親にするわけにはいかなかった。子供が子供を産んでしまえば、母と子の両方が苦労するからね」
「でも、貴方はよく他の女性とも……」
「あれは私をよく思わない者たちの流す噂にすぎないよ。私はただ男女関係なく良い顔をして、仕事のために女性とも親しくしているだけだ。その結果相手から言い寄られてしまうこともあるけれど、手を出したことは一度もないよ」
 目の前にいる人の姿を、噂でしか知ることが出来ていなかった。どれだけ自分は視野が狭かったのだろうと、ヴィオレッタは恥じる。
「……これじゃ本当に私は紫陽花の花ね。冷徹、傲慢、無情……本当に私にはよく似合うわ」
 紫陽花と同じ色の瞳が、悲しみに陰った。ゴーゼルの互いに努力が足りなかったという言葉は、確かにその通りだったのかもしれない。
 ヴィオレッタが父から送られた誕生花は、紫陽花。心まで紫陽花のように冷徹で傲慢になれと父に命じられたような気がして、ヴィオレッタはこの花を好きにはなれなかった。
「紫陽花には確かにそれらの花言葉もあるけれど、デュッセル様が君に願ったのは辛抱強い愛で円満な家庭を作る女性になって欲しいということだったんじゃないか?」
「どういうこと?」
「紫陽花の花言葉には、良い意味も悪い意味もあるんだよ。紫陽花は確かに冷徹とか無情とかの悪い意味が一般的だけど、一家団欒とかの意味もあるんだ。普通は誕生花なのだから、良い意味を取っているはずだよ」
 その一言が、ヴィオレッタの心に巣食っていた彼女自身でも自覚のなかった寂しさを埋めてくれた。今までずっと嫌いだった紫陽花の花を、紫陽花を冠に持つ自分自身を、好きになれそうな気がした。
 そして、本当に自分を好きになれるときが来たとしたら、そのきっかけを与えてくれたゴーゼルへの想いにも、何か変化が訪れるような予感がしていた。
「私にも、色々と非があったと思う。認めたくないことも、沢山あるけど」
「認めたくないことはどうしてそう思うのかを話し合おう。私たちに足りないのは、わかり合うための時間だ」
 ゴーゼルの顔を直視できず、ヴィオレッタは俯いた。そして、確かに一度だけ、はっきりと頷いてみせたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!

音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。 愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。 「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。 ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。 「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」 従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

処理中です...