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1.望まれぬ婚姻

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「お前の言う通りだ。実際にアカネース国では王子や王女の不審死は少ない。そんなことをして、自分の地位を脅かされる方が危険だからな」
「……それに、アカネースは正妃様が妃の中で最も高い地位の方であることも要因の一つかと思われます」
「ほう? 続けてみよ」
 自分にはない視点であったため、デュッセルは興味深そうに笑みを深める。
「レイノアール国では、平民の妃はないと伺っております。ですから、子の地位はそのまま妃の地位となるでしょう。しかし、アカネースでは正妃様が良家のご令嬢で、側室は比較的身分の低い方が多いということが多いと思います」
 それは正妃が政略結婚で、側室は王が純粋に好意を持った女を囲うからであったが、リーゼロッテはあえてそこには触れなかった。そして、話を逸らすように言葉を続ける。
「それにそもそもがアカネース王家は女性が多い血筋ですから、国王とはいえ基本的には婿として王家に入ってきた方が多かったはずです。正妃様がお子を産めない場合を除いては、側室など招くことはできなかったでしょう。側室が存在しなければ、そもそも争いは発生しません」
「……私は自分が産まれたときから王であったからな。その視点は持っていなかった」
 デュッセルの父も婿として王家に入った身であったが当時は彼の生家も王家に劣らぬ発言力を持っていたため、第一王女だけでなくその妹二人も妃として自身の地位を固めていた。
 正妃が第一王女と第三王女を産み、妹の二妃が第二王女を産んだ、そしてもう一人の妹によって産まれたのがデュッセルである。男児が産まれたことで正妃と三妃の立場は逆転し、その後国王は生来の女好きが目覚めてさらに二名の妃を迎え入れたという。
 その父親を見てきたデュッセルには、正妃である元王女を気遣うという発想は最初から存在していなかった。
「……ですが、レイノアール王家はそうではないということですね」
 リーゼロッテは神妙な面持ちで唇を噛んだ。
「レイノアール王家では妃は皆爵位を持つ貴族の娘で、王位は最も相応しき王子に与えられるということは、アカネース国よりも苛烈な王位争いが繰り広げられているということですね」
 どこか信じられない様子のリーゼロッテを不思議に思いながらもデュッセルは頷いた。
 伝えられる情報はなにもこれだけではない。デュッセルは足を組むと背もたれに体を預けてリーゼロッテを見上げた。
「そうだ。そして今、最も王位に近いと言われているのは第一王子のアレクシス王子。正妃の息子だ。しかし、以前はもう一人将来を期待された男がいたらしい」
「もう一人王子がいたのですか?」
 いいや、とデュッセルはリーゼロッテの言葉を否定する。その男が王子であったなら、大した問題にはならなかっただろう。
「現王の弟の息子だ。性格には王位継承権を持たされてはいなかったが、知略と勇気に溢れた王の器を持つ男で、一部の家臣達はその男を次期国王として推していたという話だ。血筋としては問題ないからな」
「……その男性は、今はどうしていらっしゃるのですか?」
 大方予想は付いているのだろう。リーゼロッテの声音は固い。
 デュッセルは対して面白くもない答えを、勿体振ることもなくそのまま告げた。
「死んだ。五年ほど前だったか、弟王子が現王暗殺を計ったとして一族揃って処刑された」
「暗殺ですって……?」
「はは、お前も可笑しな話だと思うか。どう考えても誰かの策だと思うだろう?」
 誰の、とは言わなかったがデュッセルもリーゼロッテも思い浮かべた相手は同じであっただろう。
 リーゼロッテはレイノアール国の裏側で行われる王位争いの苛烈さがアカネースの比ではないことを知る。しかし、彼女には一つ疑問があった。
「あの、質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「構わん」
「ありがとうございます。……私が嫁ぐ先は正妃様のお子であられる第三王子だと伺っております。ご自身のお子を王位に付けることを目的とするのでしたら、アカネース国の姫を上手く使い第三王子に王位を継がせることも考えられるのではないでしょうか。第一王子と第三王子の二人のお子に可能性を持たせたいと考えるのなら、私の身に危険が及ぶような真似は出来ないのではないかと思うのです」
 暗に弟王子の一族処刑を目論んだのは正妃ではないか、と告げるリーゼロッテ。彼女自身、自分の言葉が含む棘に気づいていないはずはないだろう。
 デュッセルを見返す瞳は、凪いだ海のような静けさでその答えを待っていた。
「そうだ。二人の王子のどちらかが王位に付けば良いと考えるのならな」
「……そうは考えていらっしゃらないということですか」
 頷くデュッセルの前で、リーゼロッテはそっと目蓋を伏せた。
 何を考え込んでいるのかデュッセルには想像が付かない。リーゼロッテが普段浮かべている害の無さそうな穏やかな笑みとはほど遠い思案の海をさ迷う険しい瞳は、やはりリーゼロッテの母親に良く似ている。
 懐かしさに胸が締め付けられるなどという青臭い感情は既に持ち合わせていないデュッセルであったが、少し余計に喋りすぎてしまいたいという滅多に抱かぬ衝動は沸き上がってしまった。
「詳しいところまではわからぬが、あちらの正妃が第一王子を溺愛し、第三王子と第一王女については酷く冷たく当たっているというのは周知の事実だ。それと、面白いことにレイノアールの王子達同士は案外互いを嫌っていないらしい」
 我が国とは大違いだな。そうデュッセルが告げると、リーゼロッテは悪戯に目を細める。
 貴方は何も知らないのですね。そう彼女の瞳は語っていた。
 特に知りたいとも思わないデュッセルにとっては、姉妹の不仲の真偽よりも今後のリーゼロッテの身の振り方の方が興味深かった。
「新たな土地でどう生きるかにまでは口を出さぬが、くれぐれもお前は白薔薇の第一王女であることを忘れるな」
 父親として告げる言葉など今さら何もない。
 いつもの通り、国王として命ずる言葉の重みに従って、リーゼロッテは深々と頭を下げてみせた。
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